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2017年9月20日水曜日

めずらしく人狼ゲームについても書いてみる

人狼ゲームって面白いなーと思うところがあって、

同じゲームでありながら、
引いた役職でゲーム内で求められるスキルが全然変るんですね。

村人なら、
まず見えない情報を推理する力が試される。
その為の記憶力とか、相手の行動への観察力とか。

でも一方で狼なら
まず与えられた情報を元に、「どのようにゲームを組み立てるか」っていう構想力が試されて、
仲間との連携力とか演技力とか、そのベースになる客観的視点とかが試されてくる。

全然違うゲームといえるわけですね。



そして例えば村人でも、
置かれた立場で幾つか求められるスキルが違う。

先日練習会で村人の時に、
久々に偽占い師に「狼」って言われた。

んでこの時の私、
狼とか狂人の内訳は全部当たったんですが、
全く抵抗できずに吊られたわけです(ーー;)

何が言いたいかというと、
こういう状態のときに必要なスキル=「村としての弁明力」が全く足りてなかったなと。

以前にスリアロ村でスクエニの安西先生が偽占い師に黒出されて吊られた時、
普段の安西先生からは考えられないしどろもどろさで「絶対狼だw」とか思って私投票して、
あっさり村が滅びたわけです。

この時に
「洞察力が強い ≠ 弁明力が強い」って考えるのも危険なのかも、とか、
「普段が凄い頭脳明晰なイメージの人ほど、こういう時に完璧な切り替えしが求められる分かえって大変なんだな」とか色々思ったりしたわけで。





そういえばスリアロのエースプレイヤーである「はなうさ大先生」が、
人狼の各自のスキルを「攻撃力」「防御力」って例えで表現したりしていて、

これは僕とかには結構しっくりくるわけです。

色々と修行が足りないなあ、とか思うわけですね。


さて最後の締めとして、
話がちょっと変ります。

唐突ですが、
僕麻雀で競技選手の後輩とかから「麻雀のスキル」について「得手・不得手」の事をたまにきくんですよ。

「自分は攻撃が得意だが防御が苦手」とか、
「鳴きが得意、面前が苦手」とか、

そしてこれを聞くと多くのケースにて、

いやいや、
必要知識は多少違えど結局これらの根幹って一体だから。
好き嫌いとか好みのタイプとかはあっても、どれが得意でどれが苦手とかないし。
分けて考えてる時点で誤解してるから。

とか思っちゃうわけです。
※今回はちょっと極端な物言いで書いてます^^;


つまりまあ、

今日書いたこの日記も、

人狼がすごい上手い人から見ると

いやいやいやいやいやいや、
お前が解ってないだけだから
結局これらの根幹って一体だから(ry

とかになるのかなあ、
とか思った。
というお話。
物事の根幹に対する理解する瞬間、
幾つかの情報(経験)が連結するのを感じる瞬間、
これに至れるのって難しい。
僕はちなみに人狼でそれを感じた機会って一回もないんです。
麻雀だったら数回あるかな。

解る人には解る感覚だとおもう。
いつか記事にしてみるか。
おしまい

2017年9月19日火曜日

麻雀漫画について書いてみる⑨ むこうぶち 高レート裏麻雀列伝

今日紹介するのは「 むこうぶち 高レート裏麻雀列伝」
2017年9月現在、この漫画は46巻まで刊行されている。
これはおそらく近代麻雀史上最長の長編連載だろう。
連載年数はアカギの方が上だが、こっちは月2回ほぼ休まずの連載をしてきた結果である。
いやこれは凄いことだ。






物語構成として、
いわゆる「麻雀劇画」が一般的には「麻雀で勝った者の勝者のストーリー」であるのに対し、
本作品は主人公である「傀(カイ)」と麻雀して負けた者を描いた「敗者のストーリー」である点が画期的な作品である。
その意味で真の主人公は各回に出てくる「敗れていく者たち(あるいは彼の闘牌の観戦者など戦いを見届ける者)」であると言えるだろう。


そこで繰り広げられる様々な死闘と人間模様、
死にゆく者
生き残る者
全てを失った後で新しい希望を見つける者
そういった背景と人間ドラマ、
そこにたどり着くまでの心理的葛藤が魅力的な作品である。

ただし25巻くらいまでは。

※ここからは、このブログの漫画レビュー史上最初の「低評価レビュー」となるのでご承知おきを。



上述の通りこの作品、
連載当初は傀によって倒される人々の様々な背景が書かれ、
水原・ノガミの秀・日陰・江崎のように倒された後に再挑戦してくる人達が出てきたりとしたあたりまでは面白かった。

が、
いい加減にそういった人間模様を書くのに限界が出てきたのか、
新しいキャラクターを書くのに限界が出てきたのか、
20巻過ぎたあたりから人間ドラマを書く作風からの方向転換をはかったあたりで、
急激なまでに作品のパワーが落ちた感が否めない物となっている。

元々この作品は、片山作品ほどの骨太な牌姿構成で成り立っている作品ではなかった。
そこで途中から水原とか日陰を使ってキャラクターで魅せる作風を目指すも、押川作品のようなパワーは出ず。
さらに途中から色々なルールとそこにあわせた戦術アイディアで魅せる作風を目指すも、
福本作品のような面白さは出ず、

僕としては、
「一体いつまで連載してるんだろう」
「いまだにそんなに人気あるんだろうか・・」
という状態になってしまった感が否めない作品である。

というわけで改めて。
25巻くらいまではお勧めです。
水原とか江崎のリベンジ戦あたりまでは本当に面白い。
でもそこから先は正直に見る価値はあまり無い作品だと思います。

上述の通りちょっと酷評寄りのレビューとなりましたが、
初期の面白さをしってる僕としては、
天獅子悦也先生にはむしろこれを続けるより新作を書いて欲しい。

と思っているのでありました。

2017年9月15日金曜日

麻雀プロだって「投了」したい その3 棄権休場制度について考えてみる

以前に書いたが、
「麻雀は投了ができない」
これは本当に辛い点である。

そしてこれがさらに顕著になるのは「リーグ戦」である。

今期の通年リーグの結果だけを見てもわかるが、
10節の戦いともなると最終節が始まる時点でもはや降級が確定している人は否応無しにも出てきてしまう。
これは仕方が無い話だ。
今期の当団体の通年リーグ最終結果だけ見てもその事実は明白である。

https://twitter.com/ClubNPM/status/906822090765955073
https://twitter.com/ClubNPM/status/906449275793444864
https://twitter.com/ClubNPM/status/906438031665541120


無論、物理的に考えればどんなにマイナスをしている人でも勝つ可能性は0ではない。
たとえば100万点のトップを取れば大きなマイナスを抱えている人でも一気に昇級する事はありえる、
そして麻雀の性質上、これが起きる可能性は0%ではない。

ただそんな事象は多分人が100回生まれ変わって1回巡り合う事も無いくらいの可能性だ。
事実上はもう決着がついている。

「リーグ戦で棄権休場の制度を作るべき」
この意見はちょくちょく聞く。

大きなマイナスを負って事実上もはや勝機が無い選手、
もはや卓につく事に意味が無い、
でも自分の一打が勝敗に影響を与えてしまう、こういった立場は本当にきつい。

これを回避する為の休場を認めて欲しい、という訴えは別に不自然ではない。
さらに言えば地方から通う選手にとっては交通費も結構切実な問題だろう。

一度東京にでるだけで相応のお金がかかり仕事も休む事になる、
それがもはや敗戦処理にしかならない戦いの為だとしたら、これほどつらい物はない。

ただ棄権制度を認めた場合の大きなデメリットとして、
「上位の選手が割を食うケースが多くなる」という点がある。

大きな負債を抱えた選手が後半に「今更のトップ」を取ること、
これは上位の選手にとっては、歓迎する事態だ。

自分と100P離れた選手がトップを取って自分に迫るよりも、
自分と500P離れたもはや選手がトップを取って一半荘を消化してくれる方が事の方がどう考えても望ましい。

「棄権」が制度として認められてこういった選手が後半にいなくなると、
どうやってもそこまで優位性を築いてきた選手達にマイナスとして働くケースは増える。

個人的にはやはりそういう意味で「公平な勝負を作る為」と考えて、各人には責任を持って出場をして欲しいと思うが、
「でもこれは東京に在住しているから言える台詞なのかも」とか思ったりもする。


過去に一度B2リーグにおいて、
大きなマイナスを喫した選手が次々と休場し、
結果として「降級人数0人」というケースが生まれた事があった。

大半が地方在住の選手だった為、気持ちは理解できたが、
この珍事はさすがに今のところはこの期しか見たことが無い。

そして一部選手達、特に昇級ボーダーの選手達からは不満の声が聞こえてきた。
実際に最終節は結構なカオスだった。
そりゃ降級する人がいないのだからそうなるだろう。

見方をちょっと変えてみよう。

将棋プロの順位戦なんかは、
「物理的にもう勝ち目なし」って事態が良く起こる。
なんせ勝ち負けの数で勝負が決まっているのだから、
最終戦が始まる前に既に昇級・残留・降級が確定の人が数多くいる。
そんな人でもちゃんと出場している理由をさがすなら

①対局料
②たとえ降級であっても今年の順位が翌年にもたらす影響が大きい
③選手としての自覚
ってトコだろう。多分。

麻雀界ではこれをマネできない事情が多すぎる(特に①②)
さらに言えば既述の通り、
麻雀が4人の戦いである為に、非現実的目標しかない人の一打が現実的目標のある人を阻害してしまうケースが多い、という精神的に厳しい点もある。



今年はB2にて佐月麻理子が史上初の「4月にて残留確定」という立場にたたされた後に大きなマイナスを追った。
この立場を見せつけられて改めて、「棄権休場の可否」ってのがちょっと話題に上がった。

長野からかよっていたAリーグの田幸さん、
関西から通っていたB2の可南さん、

色々と考える点が多い中、
それでもちゃんと戦いきったのは高い選手としての責任感のあらわれだと思うし、素直に敬意を払った。
特に数年前のB2の立て続け休場を良く覚えているだけに。

そういった姿を見ると、
食えない業界である競技麻雀、
多くの選手の意地と自覚で成り立っているんだなあ、と思う反面、
より多くの人が競技をしやすい環境作るうえで、棄権休場はちょっと考えるべき制度かなあ、
とか思う次第である。







ただ、

改めてこの日記書きながら考えた結果、

それでも僕はやっぱりもしも「棄権休場を制度化すべきか?」という決議が協会で出たら、
多分、反対票を入れてしまうと思う。

凄い悩ましいけど、
自分が選手として不利をこうむる可能性と、
選手としての立場を放棄する権利を使える可能性、


どっちをケアするかといったら前者をケアしたいかな。
皆お金じゃなくて色々な矜持で参加している競技麻雀、
問題も一杯あるけれど、それでもやはり「競技の公平性」って部分はぶらしたくない。

そう思うのでありました。