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2018年9月27日木曜日

2018年、本当に色々あった。

さて皆さん。
これ何点でしょうか?

一一七八九45 456(チー) ②②②(ポン) ロン 6 ドラ 發

まあお気づきかと思うが、役が無い。
よってフリー雀荘だったらチョンボである^^;

が、武中家の家族麻雀だとこれは「500点」だった。

僕と兄が麻雀を初めて経験したのが中学1年の頃。
元々小学生の頃から、親戚一同が集まったときに大人達がコタツを囲んでやっていたこのゲームに強い興味は持っていたが「中学校に入ったら教えてあげる」と親に言われていた。

13の時に最低限のルールを教わり、
その後は父母兄弟にて年に1,2回の家族旅行の際に家族麻雀もやるのが恒例行事の一つになっていたが、
無論ルールすら覚えたての中学生は手役なんて物をいきなり覚える事はできない。

最初は「とりあえずチーもポンもせずにリーチしなさい^^」といわれていたのだが、
それでは満足できずに不満を言った結果、このルールが追加されたのである。

まあ無論点数計算は勿論役すらしらない子供達が勝てるはずもなくいつも父にケチョンケチョンにやられていた。
でも今思うとロクにルールもわからない子供達相手に限られた休暇の中、こっちも楽しんでくれるルールまで考案して付き合ってくれた父が居たおかげで、
2000年代に日本初の双子のプロ雀士が誕生したわけであるw


父が40代半ばのときに僕等は生まれた。
すでに社会的にそれなりのスキルと地位を持っていた父は、なに不自由なく、むしろかなり恵まれた環境を僕等に用意してくれたのがこの年になるとはっきりわかる。

まあ当時の風潮もあって子育ては母に任せる部分は多かったけど、
それでも激務の中での貴重な休日を割いてくれた記憶も幾つかあるし、
仕事に家庭に色々と大変だったんだろうなあと自分が大人になればなるほどはっきりと理解ができ、年を重ねるほど父の凄さが身にしみる思いだった。

2018年9月、
その父が永眠に入った

近年徐々に徐々に衰えていく姿、子供の頃に感じた威厳が無くなっていく姿に心が痛かったが、
最後にあった日ついに目に光がほとんど宿っていない姿をみて、
「ああ、本当にそろそろ逝ってしまうのだろうな」と感じた。

覚悟はしていたけどいざその時が来て、
徐々に覚悟をしていただけに驚きというのはないし、
正直にまだ実感がわかない部分もあるけど、
何かぽっかり穴があいた部分もあり、
色々と書き表せない心境が多い。

あと数年元気でいてほしかったなあ、、、というのが率直にある。


思えば今年1月の雀竜A級戦、
「ひょっとしたら決勝にいる自分を見せる最後のチャンスかもしれない。麻雀プロの事なんて良く解らずとも自分の晴れ姿を見せてあげたい」
と対局において珍しく自分以外の人間の事を考えた。
そんな中での2日目最終半荘(12回戦目)、
「ここで踏ん張らないともう決勝は厳しい」って場面で同卓者に痛恨の放縦をした時、
色々な感情が交錯して久々にすぐに点棒を払うことが出来なかった。

そして今年のリーグ戦最終節が始まる前も、
「来年は自分の晴れ姿を見せてあげたい。もう理解できないかもしれないけど」と複雑な思いだった。
こうなってしまうと「勝つ事はできたけど1年遅かった」という思いも今となっては出てしまう。

なんか、、、、
もっと色々と思い出もあるはずだし、
書かなきゃいけない事もあるはずなのに、

気付いたら麻雀教えてくれたきっかけとか、
今の自分の麻雀打ちとしての晴れ姿を見せてあげたかったとか、

父からすれば
「麻雀なんかより、もっと他の事頑張って俺を安心させてくれw」とか言うのかもしれない。
「文章として晒すならもっと他の思い出書いてくれ」とか言うのかもしれない。

結局麻雀にたどりついてしまう自分、
こんなことをつらつらと書いているのが我ながら色々と度し難くも感じる。
でもやっぱ「何か書いておきたい」って感じたときに真っ先にこれが思い浮かんでしまった。






お父さん、良いのか悪いのか解らないけどあなたの息子は競技麻雀プロとしてそれなりにやってます^^;
もちろん会社員としてもちゃんとした生活もおくれるように頑張ってますので多少は大目にみてください^^;
いや、今後の業界がどうなるかで解らない部分もあるけど。


そして、
長い間本当に本当にありがとうございました。
ゆっくり休んでください。

2018年9月25日火曜日

”徐々に沈む落日”のはずが気づいたらグイっと真ん中に戻っていた太陽(朝倉ゆかりのお話)

一年間にタイトルを2つや3つ取る人というのは業界でごくたまに出てくる。
近年だと2017年(去年)に金太賢が雀王と最強位の2冠になったり、
2014年に村上さんが最高位クラッシックと最高位をとったり、
まあタイトルホルダーは他大会でも比較的シードに恵まれる事が多かったりはするが、
それでも2回勝つというのはなかなかに出来る物じゃない。

多くの選手がタイトルって奴に恵まれずそれを渇望して引退する中、
それをたった一年で複数取るのだから、
「持っている物はさらに与えられる」という宗教の教えの通りというか、麻雀界もなんだかんだで格差社会というか、、、(T_T)

がそんな中でも、
今週・先週で生まれた「2週間で協会公認タイトル2つとる」という記録は今後二度と現れないのではないかという快挙である。

達成したのは協会の女流雀王朝倉ゆかり大先生、
9/17に協会公式タイトル「オータムCS」を獲得
https://twitter.com/ClubNPM/status/1041648483193643008

そして9/24にRMUのオープンタイトル「RMUクラウン」を獲得
https://twitter.com/RMU1/status/1044164203454451712


既に協会女流の第一人者ではあるが、それにしたってすごすぎる記録である。
まあ既述の通りに同一年度に複数のタイトル取る事が既に凄いし、
2週連続ってのがもっとすごいが、
この記録がどれ位凄いかをさらに示す指標が以下の通り。

・女流選手の協会公式タイトル「オータムCS」の獲得
蔵美里に次ぐ2人目

・女流選手のG1級のオープンタイトルの獲得
清水香織、二階堂瑠美、佐月麻理子 、魚谷侑未に次ぐ5人目

・女流雀王も含め現在タイトル保有数3つ
ほぼ間違いなく女流初。
というかモンドとか除いた「団体主催のタイトル戦」を同時期に3つ保持した人って前例ない=麻雀界初かもしれない。

・協会の特別昇級制度が1年間で2回適用された初のケース
ツイッターでも書いたが、これによりこの3週間で朝倉のリーグはちょっと凄い事になっている
① 9/9 C2に降級
② 9/17 C1に昇級
③ 9/24 B2に昇級
特別昇級制度の詳細は以下記事参照
http://susumutakenaka.blogspot.com/2017/07/blog-post_7.html

と、こんな感じで記録ずくめ。
改めて協会の現女流雀王がその存在感を大きく世に知らしめた9月だった。

さて、今回の快挙を受けてちょっと僕の私見による昔話を書くしよう。
なお私見なので苦情は特に受け付けませんw


まず朝倉ゆかりという名前を聞いて、古くからの競技麻雀愛好家が思い出すのは第7,8期の女流雀王連覇の時期だろう。

この当時、つまり10年位前に「協会最強の女流は誰か?」と協会員にアンケートをとれば、
おそらく1位は彼女だったと思われる。(対抗が崎見、眞崎あたりかな)
女流雀王連覇以外にも新人王獲得も成し遂げた彼女はまがう事なき協会最強の女流として知られていた。

が5年前に同じアンケートを実施したらどうだったか?
おそらく大崎初音の名前をあげた人が多かったのではなかろうか。

2,3年前だったらさらに意見は分かれ、
大崎以外に豊後・愛内・佐月・愛内とかの名もあがりだれが1位になるかわからない群雄割拠の状態だったと思われる。

別に朝倉がどうとか言うより、競技選手とはそういうものである。
麻雀という偶然性の高い競技の世界にて常に第一線に居続ける存在、
例えば鈴木たろうのように何年間もあせずに中心で輝き続ける存在、
そっちの方が遥かに異常だ。
お昼には空の中心で輝く太陽も時間がたてば地平線に向かって沈むように、
選手の輝きも差はあれど徐々に地平線にむかって傾いていく、
麻雀の競技選手なんてそんなものである。
それが10年前は協会女流の中心で輝いた太陽であっても、だ。
落日が沈んでいく夕暮れの中、それが中心で輝いていた時代を思い出せる、競技の世界に自分が長く生きたからこそ味わえる醍醐味の一つかもしれない。
2,3年前の朝倉を見てそんな事を考えたりもした。

が、、、、
気づいたらその傾き始めた落日がグイっとまた中心に戻って10年前以上に燦然と輝いている、
そんな感覚を今回覚えた人も多いのではなかろうかw
僕なんか及びもつかない凄い打ち手がやっぱりいるのかもねえ、とか思う次第である。


まあ何はともあれ凄い記録が生まれた2018年9月の麻雀業界であった。

朝倉大先生が年末の女流雀王決定戦でも凄い戦いを見せてくれるのをやはり期待してしまう。
前人未到の女流雀王3連覇、、、、どうなるでしょうか。
あらためておめでとうございます^^

2018年9月20日木曜日

ボクシング「黄金の中量級」の4人を第17期雀王決定戦のメンツに例えた記事

ボクシングというスポーツはミドル級が全階級で一番過酷と言われている。
※ちなみにミドル(中間)という名称なのに17階級中5番目に重い階級。この理由が気になる人はググってね

理由は世界的に多くの人間、特にボクシングが盛んな欧米出身者がこの階級に適した骨格と身長を持つためであり、
その競争率の高さと体格的な問題から「日本人には絶対に攻略不可能」とも言われていた階級であった。
実際に日本国内ボクシング(JBC)では2009年までこのミドル級が最重量階級だったりもした。(これ以上の階級は適正体重の選手がほとんどいなかった為)

1990年代の竹原慎二、
そして近年にオリンピック金メダリストでもある村田諒太がこの中量級にて世界チャンピオンになったのは日本のボクシング史上に残る偉大な記録である。


さてそんな激戦区の中量級には無論ボクシング史上に名を残す人気選手が多い。
近年だと長年無敗を誇ってきたゲンナジー・ゴロフキン、それを破ったアメリカのスター選手サウル・アルバレスが有名だが、
1980年代には「黄金の中量級」と呼ばれ絶大な人気を誇った4人の選手がいた。

4人が4人ともボクシング史上に名を遺す偉大な名選手であり、
しかも4人それぞれが個性的なファイトスタイルを持ち、
勿論お互いの対戦カードも複数回あり、
今でも語られている伝説的存在である。

んでだ、
ちょうど4人じゃないですか。
麻雀の人数と同じなんですよ。

前からどっかの決勝で、
この4人を紹介しつつ各選手に照らし合わせる記事が書けないかなあ、とか思っていたのだが、どうもしっくりするケースが少なかった中、
来月から開始となる第17期雀王決定戦の4人はそれなりにしっくりくる気がする。

という事で黄金の中量級ファンがいたらちょっと怒られるかもしれないが、
以下その伝説の4名のボクサーを今期雀王決定戦進出者4名に重ねてちょっと紹介した記事を書きたいと思う。


①石の拳 ロベルト・デュラン 

「Hands of Stone」と称された誰もまねできない重く野性的なパンチで数々のKOを築いた名王者。
4人の中でもっとも多くの試合(100戦以上)をこなし名勝負を繰り広げた事でも知られている。
ちなみにデビューしたライト級時代のやせていた頃、そして増量後のミドル級時代、そして現在にて風貌がどんどん変化している事でも有名。
その個性的かつ野性的な麻雀スタイルや風貌の経緯(というか体重の経緯)がちょっと今回だと金太賢に似ている、気がする。


②ミスターパーフェクト マーベラス・マービン・ハグラー

あらゆるテクニックと強打、試合運びの巧さ、強靭なメンタルを備え、「ミスター・パーフェクト」と呼ばれた名王者。
4人の中でも総合力ではNo1の強さという呼び声は今でも高い。
今回の中だとまさに仲林圭がそれにあたると思われる。

ちなみに彼は他3人のような派手な言動は好まず、現役時代は酒や煙草はもちろん菓子やコーヒーすら口にしない修行僧のような生活を送った事で有名である。
この私生活の面については残念ながら仲林とは全く似ていない。



③拳聖 シュガー・レイ・レナード

デビュー直後からモハメド・アリの後継者として絶大な人気を獲得し活躍した名選手。
特にそのスピードと天性の防御テクニックで知られている。

今回の中だとデビュー直後に王位戦を優勝しそれ以来活躍を続けてきた宮崎和樹が雀風的にもそれをちょっとそれを彷彿とさせる。

そして現役時代の彼は4人の中でも特にビッグマウスとして知られていた。
この点も言わんでよい事まで言ってしまう事がある宮崎に似ている気がするw


④ヒットマン トーマス・ハーンズ
左腕をだらりと下げたデトロイトスタイル(ヒットマンスタイル)から放つフリッカージャブと正確な強打、マシンガンのように繰り出すラッシュで1980年代のボクシング・シーンを席巻した名選手。
漫画「はじめの一歩」の間柴のモデルとしても有名である。

面長な風貌がどこかしら下石戟に似ている気がしないでもない。(消去法で下石がここに入った気がしないでもないがそこは触れないで欲しい


というわけでいかがでしたでしょうか?
黄金の中量級の試合、Youtubeで落ちてる動画もあると思うので気になる人は探してみるのもいいと思います。
そして10/13(土)から始まる雀王決定戦、今回書いた4人の熱い戦い。
こちらも是非ごらんください!僕もこの初日解説予定ですので是非是非!
なお本記事に対する苦情は特に受け付けません。
僕のにわかボクシング知識と勝手な見解で書いてますので。
ただ本人からのみ一応受け付けます。金・仲林・宮崎・下石、勝手に書いてごめんよw
【おまけ】
今まで書いた各選手についての記事。そういえば宮崎だけ触れた事なかった。
個人的な思い出は結構あるので後日ちょい書いてみるかな。
いや、下石の記事も下石について特に書いてないけどw

●金太賢
http://susumutakenaka.blogspot.com/2017/11/16.html

●仲林圭
http://susumutakenaka.blogspot.com/2017/06/8.html

●宮崎和樹
※いまのとこ無

●下石戟
http://susumutakenaka.blogspot.com/2017/01/blog-post_3.html

2018年9月18日火曜日

協会の期首順位と大会シードと久々の役満聴牌のお話

9/17(月祝) RMUクラウンの一次予選にいった。
会場で軽く突っ込まれたりもしたが特に今年シードとかはない。

競技団体についてあまり知らない人の為に参考までに書こう。
他の団体の細かいシステムは知らないが日本プロ麻雀協会には「期首順位」という物が存在している。

基本的には以下のようなルールにて、
毎年団体内のランキング数値が各個人に当てがわれているのだ。
① 雀王
② 雀竜
③ 女流雀王
④ G1タイトルホルダー
⑤ 雀王戦Aリーガー(15名)
⑥ 新人王
⑦ 雀竜戦A級(8名)
⑧ 雀王戦B1リーガー(18名)



これに沿って、例えば2018年度の順位はこんな感じである。
※厳密ではなく大体。
1位 金太賢
2位 江崎文郎
3位 朝倉ゆかり
4位 角谷ヨウスケ
5位 鈴木たろう
6位 田内翼
・・・・
21位 中月 裕子
22位 ヨンス
23位 斎藤俊

ちなみに僕は今年度多分35位あたりである。2017年度にB1残留上位だったので。
雀竜戦A級に残留出来てりゃもうちょうい上だったが。(つまり今年度は雀竜A級の大浜・武中兄の方が順位は上)

協会員の各大会(特に他団体主催の物)のシードは基本この順で割り振られる。
んでこれに対して今年度の成績=先日のAリーグ昇級は無関係で、反映は来年度、
まあつまりAリーグに昇級してようが今年のクラウンは勿論これから先のタイトル戦も予選からが基本となるわけだ。


さて冒頭の通りクラウン一次予選に行くと、
そこにいたのは先日一緒にA昇級となった渋川難波だった。
『あれ渋川もここからか(・・;)』
「ああ武中さんもですか。でも浅井さん(今年度順位が俺のちょっとだけ上)には2次シード行ったみたいですよ。」

渋川の順位も俺と大差はない。
つまり自分たちのギリギリ上にて二次予選シードが終わった悲しい事実をここで知る。。。
まあ僕らB1あたりが一番こういうギリギリ線上の立場ともいえるのでこういう事はたまに起きるわけだ。

んでそんなガレナーの悪さから始まった予選。
それが牌にも影響したのか、4着3着といういかんともしがたい展開であっという間に最終戦となった。
7万点以上のトップ取らないとキツイ状況、そして南1局親番も流され絶望に打ちひしがれていた南2局、
ちょっと凄い手が入った。


4巡目にて以下の形
四五③③2233444發發 ドラ 六

現在の点数は38000点ほど。
「こんないい手はさっきの親番で来てほしかった(ーー;)」
と既にガックリしていた中、即座に三をツモって聴牌。
・・・・が条件考えるとドラの六ならまだしもこれを聴牌は取れずにツモ切り。

そして数巡後に出る3をポンして打五
極めて非効率的ゆえに人生で今まで2回しか狙ったことのないとある役満をもうヤケクソ気味に目指す。
四③③22444發發 333(ポン) ドラ 六

そしてなんと次巡で發をアンコにして發・トイトイを聴牌。
③③22444發發 333(ポン) ドラ 六
が、次にもってきた8sで聴牌を崩して打③。
これで済ますつもりなら最初から三ツモで發切るかリーチ打つかしている。

するとなんと次のツモが6!
手牌が見事に緑の牌で一色となった!
2244468發發發 333(ポン) ドラ 六

(ーー;)(ーー;)(ーー;)
がしかし和了牌である7が緑の牌じゃないのであがっても5200どまり。
「出たらさすがにスルーか。早く手替わりしてくれ。。。」

とか思ってたら上家が6を2連発でツモぎりという悲しい状況。そして次巡そのままリーチも受ける。
「あかん。これ7s出たら本当にどうしよ、、、」
とか思っていたのだが、
次のツモでついに念願の聴牌。
2244468發發發 333(ポン) ツモ 8 ドラ 六

6を切って2と8、どっちも緑一色の聴牌。
しかもリーチ者が5切ってて索子も全体的にそこまで高くはない。
「いけるかも、、、」
人生3回目の聴牌にさすがにドキドキしながらドラだろうがなんだろうがのフルプッシュ。
が、あがれず。リーチ者の和了となった。

「せめて放送対局とかだったら面白かったのに・・・」
ギャラリー0の中、屍を晒す事すらできなかった緑色の手牌が悲しく自動卓に吸い込まれていく中、僕の今年のクラウンも終了したのでありました。


しょんぼりして帰ろうとしていたら、先ほどの渋川難波もとぼとぼ帰宅の準備をしている。
『あれ、あんたも負けたの?』
「宇宙1ついてない日でした。。まあリーグ戦昇級したからいいんだもんね!」

まあ気持ちはわかる。
が、いくら大事な対局で勝っても次で負けてやっぱり悔しい、そんな気持ちもわかるぞ渋川よ、、、
とか思って俺も帰ろうとしたらばったり斎藤俊(雀竜A級なので2次シード)が会場に来た。

「あれ?武中さん。まさか負けたんですか?」
煽ってきやがったので渾身の煽りでカウンターをくらわす。
『聞いて下さい。斎藤さん!4年ぶりくらいに緑一色ってレアな役満はりました!あんな非効率的な役満でもたまにははるもんですよね!あがりたかったです!』

・・・来年またがんばろっと(ーー;)

2018年9月14日金曜日

「人間」は結局「人間」に惹かれる というお話

ちょっと前にネットで見つけた以下の記事が興味深かった。

eスポーツ転身アナが熱く語る「実況」と「解説」の違い
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/56897

eスポーツという日本ではなじみに薄いジャンルを「喋りのプロ」という形でもりあげていこうと朝日放送テレビを退社し専門会社をたちあげた方のお話。
一番賛同したのが「ライト層を引き込んでいくために大事になるのが、各選手の人間性、生き様やドラマを実況で伝えていくことだ」という点である。

麻雀について考えてみても、
そもそも世間の多くのファンは「麻雀の内容だけで選手を評価する」という事が出来ない。

言うなら観衆の99.9%は、
「誰が打ったか」で麻雀の良し悪しを”多少なりとも”判断し、
「誰が喋ったか」で解説の良し悪しを”多少なりとも”判断している。
単純に麻雀や解説の質”のみ”で判断が出来る人は業界関係者のごく一部、言うなら同業の職人さん達くらいだろう。

別にこれは麻雀だけじゃなく将棋や囲碁、スポーツ、そして芸術分野を見てもそうである。
結局人間は提供された物よりもその背景にある「人間」や「ドラマ」って奴に強く惹かれるのだ。
ちょっとそれを実感させる例としての記事を今日は書いてみようかと思う

さて唐突だが皆さん以下の絵をご存じだろうか。

クロード・モネ作「日傘を差す貴婦人」である。
まあこれを初めてパッと見て「名画だ」と感じるような人ってどれくらいいるかちょっと知らないが、
この絵についてのエピソードをちょっとだけ紹介したい。

モネは19世紀に生まれた印象派を代表するフランスの画家だった。
多くの名作を世に残しているが、特に有名な作品といえばオランジェリー美術館の「睡蓮の部屋」、
部屋中がモネの「睡蓮」によって彩られたまさに「作品という名の空間」である。


印象派は簡単に言うのであれば当時の芸術分野で主流だった写実派に対抗するもので、
従来の絵画に比べ明るい色彩や荒いタッチを使う事で、光の動きや変化の質感、モチーフの「印象」を主軸に描画をするのが主な特徴である。
モネは印象派の巨匠として当時、そして今も多くの人に愛されており、絵画芸術の歴史において欠かす事の出来ない人物だ。
が、彼の一生は激動の物だったことでも有名である。

彼が従来の絵画とは一線を画した新たな作風を世に出し始めた当時、
画壇の中心を牛耳っていた多くの保守的な芸術家達がその作風を激しく批判した。
彼はそういった批判にもめげずに旧来勢力と戦い続け展覧会を連続して開催し、
1880年代には「印象派」は芸術界でも認められた存在になりその第一人者として認めらる。

が、その戦いの中での1879年、
当時まだ世間の批判に晒され続けていた中で妻のカミーユが病死する事となる。
その当時の彼の強い失望は所々に記録されている。(彼女の死に際の顔=デスマスクを描いた作品も有名だったり)


さて、冒頭の絵「日傘をさす貴婦人」は、
その妻カミーユと息子ジャンを1875年に描いた作品である。
柔らかい日差しの下にいる家族、
モネと幸せな家族との暖かい時間が伝わる一枚。
そして既述の通りその4年後にカミーユが病死するのだが、
更にその7年後、モネは2枚目、3枚目の「日傘をさす貴婦人」を描いている。
※描く際のモチーフは後の二人目の妻アリスの連れ子


だがこれらには1枚目との大きな違いが幾つかある。

表情が全く見えず塗りつぶされたかのような顔
人物と風景の境界が曖昧にぼやけた1枚目とはっきり異なるタッチ、
モネはこの絵を亡き妻カミーユへの追憶と惜別として書いた、というのが有力な説である。(彼自身はそれを明言はしなかった)

そしてこの作品以降モネは人物画を描いていない。
「日傘をさす貴婦人」は彼の家族そして亡き妻への愛が伺えるエピソード持つ絵として、
今でもモネを語るうえで欠かせない作品と言われている。

さて、
この長い記事をここまで読んでいただいたそこの貴方、
改めて冒頭のこの絵をもう一回見てください。

ちょっとだけこの絵が名画に見える気がしてきた方がいるんじゃないでしょうか?^^;
そう見えた方、それは別に正常な感覚の一部です。人間ってそういう物。
そこにある無機物よりも、その裏に存在した「人間」に惹かれる、それが自然なんでしょう。


さて、
じゃあ近々の日記で、今期の雀王決定戦をより深く見ていただける様に、
各選手の人物紹介でも書きますかね。
・・といっても仲林とか金とか既に書いたからその旧記事紹介しつつ、
必要分追加する感じになるでしょうが^^;

< とりあえず時間ないので本記事はここまで。

2018年9月12日水曜日

あの時武中は平静を装っていたが、内心はかなり動揺していた・・・

麻雀プロの強打や引きヅモというのは世間でたびたび議論の対象になる。
まあ毎回毎回バチコンバチコンやるヤツがいたらたまったもんじゃない。
それはさすがに問題行為だし、そんな奴と同卓したら即刻立会人を呼ぶ。
が、一方で「勝負所の和了とかでやる分には良くね?」と僕とかは結構思ったりする。

リーグ戦やタイトル戦、
そんな選手たちの戦いの最後の最後には「勝負を決める和了」という物がある。
最後の半荘の最終局の和了という意味ではなく、勝負の大勢をほぼほぼ決定づける大きな価値の和了という意味。
特にそれが出る直前や出た局面での綺麗な強打や引きヅモは美しいと思う時すらある。

今期のAリーグ最終節4回戦、
2年連続で熾烈な残留争いに巻き込まれていた矢島亨、
ラスさえ引かなきゃほぼOKの最終戦もラス争いに巻き込まれいてた彼が、
南3局親番にて勝負手のリーチを入れる。
六七八⑤⑥⑦⑦⑦34567 ドラ 8

好配牌を貰うもなかなかに伸びないツモの中、
阿賀から先制リーチをうけ、
残留の為に全ツをして追いついたこの手、
矢島とまあまあ長い付き合いの自分としては「多分ツモ牌持ってきたら卓が叩き割れんばかりに引きヅモするに違いない」と思っていた。
その数巡後に山にいた8
六七八⑤⑥⑦⑦⑦34567 ツモ 8 ドラ 8


卓が割れるレベルではなかったが、やはり卓に8を叩きつけてのツモ宣言。
息が詰まり即座に「4000オール」と口に出ないあたりもどれだけ待ち望んだ和了かが伺えた。

「ちょっと(打牌が)強いな^^;」
同卓していた阿賀より。
この和了が矢島にとってどれだけ大きなものかは知りつつもの一応の注意喚起が出た。
まあただ気持ちはわかる、見ていてそんなシーンであった。

さて前にも書いたが、
武中進は
いや武中兄弟は、
麻雀界にて「打牌フォームが汚いプロの代名詞」として有名である。
とにかくおぼつかないツモ動作と切り動作、本当に麻雀プロには全く見えないフォームらしい。
故にどんな勝負所でも引きヅモも強打もほぼしない。
いや、力んでやっても大体「ガツッ」とかなって汚く終わる。
http://susumutakenaka.blogspot.com/2017/10/blog-post_19.html

話を上記Aリーグの前日、自分の最終節の話へと移行する。
僕にも「勝負を決める和了」が確かにあった。

2回戦終了時に+410Pほどで総合2位、
この3回戦でトップを取れば最終戦を待たずして9割方の昇級が決まる場面だった。
半荘トップ目の松本まで約3000点差の2着で迎えたオーラス親番、
トップの松本が2副露で聴牌濃厚な中でそれに追いつく。
一二三五六八八②③④678 ドラ 六

マンズは松本が既にドラを切り出してるのもあり場に安い。
ツモれば裏ドラに関係なく次局ふせてのトップ終了が可能。
つまりは昇級をほぼほぼ決める一手になりうる。

この時心の中でひたすらに
「俺が引きヅモなんてしてもどうせ失敗する。ツモ牌を持ってきたら出来る限り静かに和了宣言をして牌を置こう。冷静に冷静に。」
と思っていた。

そんな中での数巡後、
今期のリーグ戦を完成させるほぼ最後の1ピースが手の隙間から見えた。
ゆっくり静かに手牌の横に置き、静かに「ツモ」と和了を宣言する。
一二三五六八八②③④678 ツモ 四 ドラ 六

うん。出来もしない引きヅモより、こっちの方が自分っぽい。
私は冷静だ。
同卓者よ。
ギャラリーよ。
見たかね。この淡々としたたたずまいを。キリッ

とか思いながら倒牌へと進んだ瞬間だった。
ガラガラガッシャッ、、、、
冷静を装っても手元の震えまではおさえられなかったらしい。
ただでさえ不器用な牌捌きとあいまって上手く倒れずにに思いっきりぐしゃぐしゃに散らばる13枚、
周りの苦笑、恥ずかしい気持ちになりながら裏をめくって「2600オール」と宣言した。

そして次局も無事に流局して「ほぼ決まった。でも最終局も油断せずに行こう。」と思う中、
観戦していた後輩に「顔はスカしてたけどすげー手元震えてましたね・・・」と突っ込まれたのがこの日一番恥ずかしかった(ーー;)


16年間逃げ続けていた「牌捌き下手すぎる問題」、
来年のリーグ戦は放送も入るし、いよいよ今まで以上に本気での改善のための修行をするか・・・
でもここまで来たら個性って事で逃げちまいたい気持ちもあり。というか直せるならとっくに直してるし・・・

そういや10年前、
連盟のケネス徳田氏に
「Vシネマむこうぶちの手タレやってくれない?お前くらいの不器用さのヤツちょうど探してて。」
とか言われた事もあったなあ。
懐かしい。

2018年9月10日月曜日

第17期リーグ戦が終わりまして

以前このブログの中で
「麻雀打ちに出来る事は、結果という”幸運”に恵まれた時に正当な評価を受ける為の土台作りをする事だけ」
と書いた。はず。どの記事か忘れたけどw

でも逆に言えば「最後まで運に恵まれずに敗れ去る事」、
この可能性は0ではない。
だからといって「じゃあ結局無意味」と開き直って競技を辞める事ができるような人は、最初から10年も20年もこの業界にはい続けない。

いや、「結果とかどうでもいい。とりあえず肩書持っておこっと」というタイプもいる。そういった状態に陥っても自覚せず「自分は長年凌いでいる」みたいな勘違いをするタイプが一番たちが悪いともいえるし、自分がそうなってないかは毎年本当に怖い。


そういえば数年前、とある愛好家の人とこんな会話をした
「麻雀って何回位で実力通りの結果になるんですか?」
『何回というのは無いですね。まあしいて言うなら最低でも数千回欲しい、位です。それでも必ず実力通りに集束するとは言えないですが。』
「ダメでしょそれ」
『はい?』
「数千回?一万回?死んじゃいますよ!そんな回数こなさないと結果が出ない技術に何の意味があるんですか?」
『・・・じゃあ逆に聞きますが。麻雀が中国から日本に導入され、その後も様々なルール変更がされて今の形が出来たのはご存知ですよね?
その一つ一つの変更が、”短期間で実力が反映される為”という意図でされたと思います?むしろ逆の物が多数です。
そんな多くの変更で現在の形を成してるこのゲームにて”短期間で結果が集束する術が必ずあるはず!”と考える方が僕の中では理解に苦しみます^^;』

それを聞いて「この人ダメだ」という表情でその人はどこかに行ってしまった。

そりゃこのゲーム、結果なんて実力通りに出ない。
正確に言うなら実力通りに出るのに時間がかかりすぎる。
麻雀プロを「敬意を払うに値しない」と考える人が多いのも納得できる部分がある。
このゲーム性の点もあるが、成るだけなら簡単、続けるだけも簡単、冒頭のように「10年以上お金払って名乗ってるだけ」なんて人もゴロゴロいる。

でも僕の敬愛するごく一部の本物の人達もいて、
こんなクソゲーを心から愛して研磨を続けている人が確かにいるのである。
中には結果に恵まれ続ける人もいれば、結果に恵まれずに去っていた人もいた。
希望を抱えてこの業界に入ってくる後輩を見ると、
今後長い競技生活で「結果が出ない」という苦労と戦い続ける事に心おれないでほしい、いや広い視野で見たらとっとと心おれちゃった方が幸せかもしれない、そんな事を考えたりする。
最近の麻雀界はネット配信等のおかげで若手とかにスポットライトが少しだけ当たるようになった。とはいえ、「納得した成績を出す」というのがいばらの道である事は昔と変わらない。
我々は負けて負けて負けて負けて負けて・・・・負けて勝って負けて負けてを繰り返す存在なのである。

改めてそんな競技選手にとって、多少の区切りの曖昧さはあれど
「タイトル」
「Aリーグ」
これはもう"夢"という部類である。

3年前の2015年2月21日、夢の一つが自分の元に舞い降りた。
http://npm2001.com/janryu/13-janryu/13janryu_2.html

「これで引退するときに”全く運に恵まれない競技人生でした”とは口が裂けても言えんな・・・」
と思った記憶がある。

でもリーグ戦について言えば、
この時点で既に9回=9年自分を拒み続けたB2リーグの壁は大きく、
それを2年前、11回目にして破った時も「すぐにまたB2戻ったりして・・」「B1の壁はさらに高いと考えるとAとか行く前に寿命来そうだ・・・」
とか考えたりした。

が、
そんな悲観的な自分の予想とは真逆にもう一つの夢の星は意外過ぎるほど早く今年あっさりと舞い降りてきたわけで。。。。

改めまして、
2018年のB1リーグを終え、
2019年の第18期はAリーグで麻雀を打つことになりました。
とりあえずはうれしい。単純にそれだけですね。

ただまあ「意気込み」と言われても、、、、
僕が神のごとき打ち手と思ってる鈴木たろうとか、
現雀王の金太賢とか、
僕が比類なき天才と思ってる仲林圭とか渋川難波とか堀慎吾とか、
ほかにも凄い人がゴロゴロいて、
「こんなラスボスの巣窟でどう意気込めと・・・」
という気分なんだけどw

でもまあとりあえず、
ここまでの長かった競技人生(いや、大多数の人間がAなんかいけないんだから”長い”って言い方も微妙なんだが)、その全部をかけて来年も頑張りたいと思います。ハイ。

んで、ついでに最後に一つ。
前回の日記で「勝たなきゃ意味が無い」って書いたんですけどね、
http://susumutakenaka.blogspot.com/2018/09/2018.html

これ実は半分は嘘です。
確かに僕等のやってる事は結果を出さなきゃ評価されない。
でも頑張れば結果が出るもんじゃない。
だから結果を別に純粋に競技を楽しめないのは、人生を浪費してるも同然なんです。

どうですかね?皆さん、競技麻雀楽しんでます?

と言う台詞も勝ったからこそいえる。それが麻雀w
願わくば来年も運に恵まれますように!
もう今から降級にビクビクしている自分がいる・・・・

2018年9月8日土曜日

最終節前日の過ごし方 2018

ワシ「おーい。水曜日にセットしないか?」
後輩「別にいいですけど、面子は誰ですか?」
ワシ「●●と△△と、、、」
後輩「あ、なら遠慮しときます。最終節にライバルになりそうな人とは今ちょっとセットしたくないだけで。」

ここら辺って個人の感覚差があるんだろうなあ、と思ってしまう。
個人的には最終節のライバルとセットをやる事に僕は何の抵抗も無い。

なんなら今週やったセットにて最終節で同卓かつ僕の首だけひたすら狙うであろうポジの松本(若頭)にも声をかけたし、
思えば去年の最終節前日は昇級のライバルだった堀とセットをやってた。
https://susumutakenaka.blogspot.com/2017/09/2017_9.html

そもそも最終節の前にセットをやる理由といえば、僕の中ではその緊張感を肴として麻雀をいつもより楽しむ事以外にない。
勉強なんてのは普段からするものであって、巷でよくきく「調整の為」って感覚は僕としちゃ違和感がある。
なので面子なんてむしろ自分とバチバチやってる人を呼びたいくらいである。それにより勝率に大きな影響があるとも思えんし。

個人的には、
我々は競技の卓を囲むときはお互いに殴り合い、
他の場面では笑い合う、
そんな関係が理想だと思っているし、
まあただ「同卓したくない」って気分も全く理解できないわけではないが^^;

んで去年も書いたが、
最終節の前日といえばもう僕の興味は「前日の緊張感を肴にいかに旨い酒を飲むか」である。今更一日で雀力なんて上がるわけでもないし。

まあ麻雀はちょっとフリー打ちゃそれでいい。
問題は何食べるか。
思えば去年はそこで失敗をした。
夕方に鰻食ったのに、堀慎吾の要望でセット後の夕食も鰻屋に行った。

んで今年は前週に読んだグルメ漫画の影響で、
どうしても蕎麦屋飲みをしたくなった。
色々と候補はあったが予約などの関係で高田屋(蕎麦居酒屋)となり、6人くらいでわちゃわちゃとのむ。

そして終わった後に数人で花園神社でお参り。

1000円札を出す浅井、
2000円を出す富永、
財布の小銭(100円ちょい)を入れるワシ。
ここに現れる意気込みの差。

「武中さん。いいんですかそれで?」
『過去の経験から、こういう時の神頼みが却って逆効果って事を俺はよく知っている。キリッ』
https://susumutakenaka.blogspot.com/2016/10/blog-post_22.html
今年も緊張感を肴に上手い酒が飲めた。
そして今日に残ってることもない。
体調は万全。

いよいよ始まる最終節。
去年は日記で昇級確率30%くらいって書いてた。
今年は多分55%位かな。
まあそんな数字も終わってみりゃ0か100でしかなくなるが。

僕等の業界だって、結局は勝たなきゃ意味が無いのです。
いや勝ったところで意味が無いのかもしれない。
でも勝たなきゃやっぱり意味が無い。
結果なんて水物とは思いつつも、こういう大一番にその事実はちょっとだけ重く感じる。

勝つ事も、負ける事すらそう簡単に決まらない長い一日。
今年もキリキリしながらやったりましょう。

2018年9月5日水曜日

フリー麻雀での出来事 その10 奇跡の放銃回避

「上手い人は放銃をしない」
2010年代も終わろうとしている今になっても、このおとぎ話を信じている人をフリー雀荘で多く見かける。
そりゃ上手い人は放銃は少ない。
正確に言えばワリに合わない勝負はしない。
でも麻雀漫画にあるような、脅威の一点止めなんてできるひとはこの地球上に存在しない。

こんな人をもしも雀荘で見かけたら、まずイカサマの類を疑うべき、
そして次にエスパーじゃないかと疑うべきであるw

「普通の進行だったら出ていたロン牌を止めた」という自慢をする人は良くいる。
まあ大体はそもそも出る形になってない=嘘っぱち、なのだが、
たまに超不自然手筋で止めてるケースも本当にある。
が、それはむしろその人の手筋がしっかりしていない=下手の表れとさえいえる。
1回の奇跡のロン牌ストップの裏には、酷いあがり逃しが10回はある、
つまりトータルは損しているのに本人は気づいていなのだ。


ただまあ麻雀のゲーム性を考えると、たまたまであれ上手い具合に相手のロン牌を止めたことを自慢したがる人の気持ちは解らないでもない。

終局時に「いやー、危ないと思ったんだよ~」と言って相手のロン牌をもっていた事をアピールするのも、当然の心理だろう。
それが自然な手順ではないケース、
さらには相手のロン牌を止めきっての和了とかなら尚更である。
こっちとしても相手の手順が正しいかはともかくとして凄い止められ方とかを見せつけられると「マジか・・・」という気持ちになる時もあるといえばある。

先日こんな事があった。
東1局親番4巡目にて以下の手牌
二②③⑤123335789 ドラ 二

赤1の充分系。しかもピンズ①④受けは場にかなりよさそうな状況。
競技の赤無しならともかくフリーの赤含みの手、しかも祝儀が5000点分のルール、
こうなるとドラだろうが二を切る。
すると南家(メンバーさん)がこれをポンしてドラ3確定。それなりに早そうなタンヤオ形の捨て牌をしている。

が、、、その程度で退却するくらいであれば最初からドラを切ったりしない。
「全面戦争突入ですね」とか思いながらツモ山に手を伸ばすと望外の牌を引いての聴牌となった。
②③⑤123335789 ツモ 3 ドラ 二

相手の急所の可能性のある3を4枚固めての聴牌。
無論リーチ
②③⑤123333789 ドラ 二

この時点で自分の目から見て③が3枚見えている。
①が南家と西家の捨牌に1枚ずつ、④が北家の捨牌に1枚、「残り大部分がヤマっぽい」とか思った。
南家が掴めば文句無く出そうだし、他家も手詰まりから打つ可能性すらあった。
案の定西家と北家はオリ気味の中、南家は若干はある程度押してくる、
「出るのも時間の問題かも」とかほくそえんでいた。

そして数巡後、南家が次のツモをポロっとこぼす。するとそこにあるのは私の和了牌の①。


既に切っている牌のうえ、タンヤオ気配の南家は止められないだろう。
「勝負有り」、そう思った。
が、予想に反して南家はそれを手牌にしまって現物を切ってきた。

(おりた?ピンズ馬鹿安のかつ③のワンチャンの①でか、、、)
まあちょっと残念だったが1人聴牌ならそれはそれでしかたない。

と思ったのだが、直後に私がツモぎった五になんと南家から「ロン」の声。
三四四五六①②②②③ 二二二(ポン) ロン 五

(マジか・・・(T_T)・・・・)
最初に思ったのがこれだった。
捨てた①を引き戻しで使い切られ、しかもこんな薄い二五待ちをつかまされるとは、全てのめぐりが悪すぎる。

東1局から早々に落胆して8000点を払おうとする私、
ところがここで他家が一言
「それ、役ないですよね^^;」

(・・;)
(・・;)
(・・;)
良くみるとたしかに役が何も無い。
そもそも僕も「①がタンヤオにもならないから、掴んだら打ちそう」とリーチ中思っていたのを思い出した。

恥ずかしそうに平謝りしてくるメンバーさん、
が、僕も反射的に8000点払おうとしていたので人の事はいえない。
赤面しながら4000点を受け取った。

そして心の中では
(ツイテル~♪)
とさっきと間逆の事を考えていた。親で自分だけ4000点もらえるわけだし。

が、よくよく南家の手牌を見てとある事実に気付く。
三四四五六①②②②③ 二二二(ポン) 

この手、
もしもメンバーさんが役無しである事に気付いていたら、
多分チーして①を切って以下のフリテン役有りに取ったんじゃないだろうか。
四五六②②②③ 二二二(ポン) 五三四(チー)

①は②③が両方ともワンチャンス、つまりかなり安全に見える。
これをフリテンとはいえ聴牌にとらん人はいないだろう。
というか南家が最初から役無しの事実に気付いていたら、もっと早く①は切られてたのではなかろうか。

色々と考えて更に嫌な予感がした。
そして見なきゃいいのに興味本位で裏ドラをめくってみる。
するとそこにはまさに真っ直ぐ天に届く大樹を思わせる2sがあった。
②③⑤123333789 ドラ 二 裏ドラ 3

つまり18000の祝儀P25000点相当だったわけである。


その事を知らずに死にたい顔してる南家のメンバーさん、
が、このチョンボでこの人は35000点ほど得をしている。
というか俺がある意味この中で一番損した人まである。

「実はこの人エスパーなんだろうか・・・」
次局にあっさり500-1000の1Pオールをツモって失点挽回をした彼を見て、そんなくだらない事を考えたのであった。

ちなみにチョンボで得したケースと言えば、
生涯忘れる事がないであろう武中兄のとあるプレイ。
興味のある方は以下日記よりどうぞ
http://susumutakenaka.blogspot.com/2017/05/blog-post_17.html


●フリー麻雀での出来事まとめ
http://susumutakenaka.blogspot.com/p/blog-page_98.html

2018年9月3日月曜日

麻雀は生放送にとても向いているゲームである

Mリーグもいよいよ10月にスタート、
同じくこの時期は協会の雀王決定戦や最高位戦の最高位決定戦等もスタートし、
競技麻雀ファンのネット観戦ピークともいえる季節になってくる。

僕は昔からスポーツ観戦は好きだし、ネット放送が普及し始めた時期から麻雀観戦、そして将棋観戦もしている。
更に言えばスリアロチャンネルさんのご厚意もありそれ以外のゲーム番組とかにも出たりしている。
その経験等から一つ思ってるのは「麻雀は生放送にとても向いているゲーム」という点である。
ちょっと今日はそれについて記事にしようかと。


そもそも生放送は録画に比べて編集などの手間がかからない。
が逆に言うとこれは「視聴者に解りやすい形にする」という作業をするのが難しい点が多いと言える。
・視聴者が飽きないような工夫
・視聴者が理解しやすいような工夫
これをするための以下のような作業
・余分な部分のカット・編集
・注釈テロップ等の追加
これをするのが難しい。特にカット・編集は物理的に無理である。

つまりこの性質上、
「そのゲーム自体は面白いけど生放送には向いていない」という物が、結構あるのだ。
結論から言っちゃえば、麻雀や人狼はこれに向いてる一方で、ポーカーやカタンあたりは難しい部分が多い。将棋はその中間位である。

さてそれについての詳細を書いていこう。
「生放送に向いているゲームか否かを左右する要素」は大きく分けて2つある。
①スピード感
②最低限情報を映像だけ(もしくは音声だけ)で伝えられるか

まず①スピード感。
言うなら「視聴者が飽きない程度の動きが生放送にて常に起きる」という点だ。
麻雀は1局1局、1打1打にそこまで長時間がかかるゲームではない。
対局全体が数時間に及ぶことはあっても画面内では常に動きがある。
将棋はこの点について麻雀より不利といえる。
公式対局では1手に数十分なんて普通の事であり、解説は展開予想はもちろん昼食・おやつについての雑談等をしている。

将棋の場合、最近番組も増えライトなファンも増えた事により視聴者を楽しませる解説者の需要も大きくなってきているのではないだろうかと思う。
今年AbemaTVにて行われれている超早指し戦の「AbemaTVトーナメント」があるが、
これは”直感にゆだねる”というコンセプトは勿論、スピード感のある対局で新規のライトユーザーを取り込むという狙いもあるのではないだろうか。

さて次に②最低限情報を映像だけ(もしくは音声だけ)で伝えられるか
個人的には①よりも大事と考えるのがこれである。

以前に以下記事で例を書いたのだが、
麻雀対局を僕とかが見る場合、音声OFFにしても大きな問題は出ない。
点数・手牌・捨て牌全ての情報は映像から読み取れるし、いずれも非常に明確な形で表示されている。
まあ「ポン・チー・ロン」という発声はあるが、これは別に映像見てれば状況確認もたやすい。
https://susumutakenaka.blogspot.com/2018/07/blog-post_30.html

将棋もこの点は同様で、映像さえあれば知識の高い人は解説が無くとも楽しめるだろう。
これにより「音声情報をフル活用できる」という利点が生まれているのだ。
まあつまりゲーム状況の明示は映像をメインとし、音声によってその一部補佐=実況、解説による状況の深い説明、雑談などの遊び要素、といった付加価値を提供し、視聴者を更に楽しませる物にする、といった構図を容易に実現できているのである。
音声がゲーム状況の明示を阻害する部分が殆ど無いというのが大きい。

ところがポーカーを例にとるとそうはいかない。
そもそも場に映像で示すべき情報も麻雀・将棋と比べて雑然としている問題があるが(カード、チップの双方を明示するには色々と機器も必要)、
それ以上に「コール」「レイズ」といったプレイ、そして積むチップの数、これらが音声である。
つまり実況解説等をここに加えようとした場合、これとバッティングする問題が出てくるのだ。
解説が各プレイヤーを意図を説明するのに支障が出るケースもあるし、遊びの雑談も難しくなってくる。
結果、よほどの工夫や機器が無い限り放送として酷くのっぺりとした物、もしくは混沌とした物になる可能性が高い。

ちなみに「人狼」は音声に情報の大半が偏っているからこそ、映像でそれを補足することがやりやすい。
麻雀や将棋と逆の形で生放送に向いているわけだ。
各ゲームをまとめるとこんな感じだろうか。あくまで直感なので異論は特に受け付けないw

 スピード感伝えやすさ付加情報の付け易さ
麻雀
将棋×
ポーカー××
人狼


とまあ色々と書いたが、
結論は「麻雀は非常にネットで見やすい面白いゲームである」という点である。
皆さん、10月から始まるMリーグは勿論、各団体のタイトル戦、是非見てくださいね!

以上w