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2017年3月31日金曜日

麻雀漫画について書いてみる②打姫オバカミーコ

さて、今日紹介するのは片山先生の代表作であるこの漫画。



プロ競技麻雀の世界で初心者同然の駆け出し女流プロ雀士が成長してゆく様を描く物語。

意図的にほぼ毎回必ず、麻雀の戦略上重要なポイントを詳しく解説する場面が描かれており、初級者・中級者のための上達指南書としても作られているのも特色である。

闘牌内容のしっかりした作りこみや、基本的な戦術についての説明部分はやはり秀逸、
麻雀の基本的なルールを理解した人が次のステップに進むにあたって、これは格好の教科書とも言える作品となっており、麻雀を強くなりたい貴方には特にお勧めします。

さて、個人的にこの漫画について非常に面白いと思っているキャラが二人いる。

一人が物語の最終盤に出てくる新生代デジタルの申し子「デジミユ

彼女について言うなら「ここまで近代デジタルを正確に表現しているキャラは麻雀漫画においてみた事がない」だった。
そもそも麻雀業界で「デジタル」という単語が普及した時期から、
有名漫画・マイナー漫画にかかわらずそれを自称するキャラクターは多々出てきた。
しかしそれらの大多数が先手・好形をとにかくひたすら重視するタイプの打ち手として描かれており、その姿に「デジタルなのかこれ?」と突っ込みいれたくなる人達ばっかりだったのが正直なところである。

だがそんな中でデジミユは全く違う感覚を持ったキャラクターだった。
打点の重要性や麻雀の相対性を作品中で説き、「間違ったデジタル」という言葉を使って麻雀がトータルバランスを重視すべきゲームであることを示す印象的な存在だった。
もうちょっと彼女が活躍する姿を個人的にはみたかった気もする。



そしてもう一人が「ミーコ」
この漫画は基本的に序盤から中盤は以下の展開が主になる
①波溜プロがミーコに戦術アドバイスをする
②ミーコがそれを実践。ところがアドバイスを守ってはいる物のミーコのやる事は基本的に間違った「おバカ行為」
だがここに存在する矛盾が麻雀のゲーム性そのものを表している点が多い。

これを特に象徴するのが第二話
波溜プロがミーコにこんな教えをする

麻雀で攻めるか押すかの判断の基本
先手
好形
高得点
このうちのどれか二つが揃っていたら押せ、揃っていなかったら引け
という物である。

そしてこれを受けたミーコは
  1. 子供の先制リーチを受ける⇒ 親の国士48000をテンパイ⇒ 高得点は満たしているが残り二つが足りないのでベタオリする
  2. 中のみ1000点の1-4s両面待ちをテンパイ⇒ 親のリーチを受ける⇒ 一発でドラの⑤を持ってくる⇒ 先手・好形なのでドラの⑤を親に真っ向勝負

さてこの場面のポイントは親の国士を平然とおりるミーコのおばかっぷりも勿論なのだが、
「ミーコはきっちり波溜プロの教えを守っている、それなのにおバカ」という点にある。
念のために言っておけば波溜プロの教えは非常に的確な戦術論でもあるし間違っていない。
それを忠実に守った上で、それでもおバカになる。

なぜか?
これを論理的に説明するには結構麻雀のゲーム性をしっかり把握していないといけない。
つまり一見何気ないミーコのおバカ場面が、実は麻雀の持つゲーム性の難解さを示している、そういった場面がこの漫画の隠れた見所の一つと個人的には思っている。
そして波溜プロは「どうやって教えたらいいんだ!」と苦悩していく訳であるw

改めて、
初心者~中級者には麻雀戦術を楽しく学べる本として、
中級者以降の人には麻雀の持つ矛盾性を改めて見つめなおす機会として、
麻雀漫画史上屈指の名作の一つである事は疑う余地が無い。


読んでない方は是非に^^

2017年3月29日水曜日

数値だけでは決まらない。戦っている相手人間なのだから。

例えばジャンケンにこんなルールをつけるとする。

グーで勝てば相手から1000円もらえる
パーで勝てば相手から2000円もらえる
チョキで勝てば相手から5000円もらえる

これをやるとして、もしも相手がランダムに三つの手を平均して出す機械とかだとするなら、
ひたすらにチョキを出し続けるのが文句無く効果的だ。

例え負けても自分は1000円しか払わない、
勝てば一方で5000円もらえる、
圧倒的なローリスク、ハイリターンだろう。

、、、が実際にこのルールで人間同士が戦った時、どうなるか?
多分ひたすらチョキを出す人はあまりいない。
チョキが数字的には有利である事を各プレイヤーが十分に承知している以上、
結局そこに「人間の思考」が介在するからだ。

さて、
競技麻雀にも「数字的には可能だが現実的には無理」という局面が多々発生する。
昔とある競技大会のトーナメント戦であったのだが、

オーラスに自分の条件は14000点差の南家をまくること、
つまりハネ満ツモか満貫直撃だった。
その中で最後のツモ17巡目にようやく以下の手を張る
二三四六七③④⑤⑧⑧345 ドラ北
ツモ番ももう無かったが渋々宣言
「リーチ」
これで南家がハイテイで放銃してくれれば条件達成である!

・・・数理上リーチしなければ勝てる道すらないのだから仕方なくかけたのだが、
書いててむなしくなる位、今考えても「起きるわけねーだろ」である。

こっちの事情をさっして苦笑いをしながら南家は安全牌を切って、親のノーテン宣言とともにこの戦いは終了した。

まあこれはちょっと極端な例だが、
やはり麻雀には「数字的な可能性と現実性での狭間での判断」というのが要求される場面が多々出てくる。
そしてそれは情報のベクトルが違うものであり、いつだって正確な答えは出せない代物なのだ。
「情報のベクトル」については以下記事もご参考までに。

http://susumutakenaka.blogspot.jp/2016/12/blog-post_28.html

さて昨日協会主催のネット麻雀リーグ「しゃるうぃー天鳳」にて麻雀を打った。
結果は3212でプラス4ポイント。
正直に「やっちまった」と思った局面が3つほどあった。
ただそれ以上に4回戦のオーラスはかなり判断が微妙だった。

着順システムは素点一切関係なしの完全順位制、
トップ +2P、2着 +1p、3着 0p、ラス -3p、
ラスが特に厳しいシステムである。

そして南4局にて点棒状況は以下の通り

東家 zero氏 25100
南家 逢川 38000
西家 蔵 25900
北家 武中 11000

8巡目に以下の手
①②②③④⑤⑥⑦⑧⑨⑨⑨北北 ドラ五

北と⑨が1枚切れ、⑥が2枚切れ、自分の河はピンズ染め超濃厚。

②を切ってリーチをかけた。
北がzero氏か蔵から出れば文句なし。
逢川からの場合、リーチをかけてれば裏次第ではトップもある。
③⑥ツモで裏からのラス抜けもある。
ラス抜けのパターン数や、トップの可能性とか考えると、数理上はリーチかもしれない。

がラスだけが強烈なマイナスを負うこのルール、
「リーチをかけた時の出にくさ」というのは上記の人間的判断が加わるとどうなるかは想像に難くない。
特に北についてはダマとリーチでかなりの出やすさに差がある。

だがこのリーグ戦はいわゆるタイトル戦に近い戦いであり、皆が優勝目指してゴリ押しをしてくる可能性がある。
俺としても優勝目指すには無難な三着の可能性を多少低めてでも、更に上の着順も追えるメリットはある。

協会ルールなら素点も意味があるから確実に満貫クラスを拾う為にダマ?いや協会ルールこそリーチ?

・・・とか色々と考える間もなく、優勝目指してゴリ押ししてきた蔵から一発で北が出て僥倖の2着終了となった。

いつだって麻雀は、曖昧かつベクトルの異なる情報を統括的に判断するバランスゲームなわけで、
そんな事を改めて思った、たった一局、されど一局だった。
どーなんでしょうねこの一手

リーチ?ダマ?いっそテンパイ崩し?
皆さんの意見を是非に^^
特に天鳳なれてる方の意見をぜひtwitter等にて頂ければ幸いです^^


【追記】
こんな事を書いていたら、
協会の二見さんから「ダマで逢川から北が出たら西入だからまだラスは決まらんぞ」
って突込みが着ました。
・・・・・皆さん、
ルールの把握漏れに気をつけましょう!

m(_ _)m

https://freshlive.tv/npm2001/97696

2017年3月27日月曜日

渋川難波はやはり強かった件 (第15回日本オープン決勝)

第15回日本オープン
優勝は日本プロ麻雀協会の渋川難波。

雀竜位、野口賞に続いての三つ目の栄冠、
彼が現協会を代表する打ち手の一人だという事を示す結果だと思う。
https://twitter.com/ClubNPM/status/845967042012360704

しかし今回の渋川の麻雀について解説の木原さんもコメントしていたが、
タイトルには色々な勝ち方がある」という感想を僕も持たずにはいられなかった。

思えば以前にこんな内容の日記を書いた。
http://susumutakenaka.blogspot.jp/2016/11/blog-post_45.html

簡単に言えば、
タイトル戦とは一位のうま味だけが巨大なゲームであり、目指すものは平均着順ではなく一位回数の多さである、
よって
「守りすぎると自滅する」
「普段のフリー等とは違う性質であり攻める姿勢こそが大事
というのが僕の考え方の基本だった。

しかし今回の渋川の麻雀は本当に我慢に我慢を重ねた物だった。
無論展開による所もあったが「僕だったら勝負しているかも」という局面をひたすらに我慢し、確実な局面でしっかりリードを広げて勝ちきる、お見事としか言いよう無い物だった。

ぶっちゃけ僕が上記のように「攻める姿勢の重要性」を考えているのは、
「最終盤にて精神的プレッシャーが大きくなる局面を作らず、その前に決着をつけたい」という逃げの思考が多少ある。終盤前に周りを諦めさせれば、精神的にも点棒的にも楽なのは事実なわけで。

でも渋川はギリギリの局面を恐れず、ギリギリまで詰め寄られても冷静に凌ぎぎった、
これは彼の技術の高さはもちろん、自身の麻雀に持っている自信の表れに見えた。
改めてその精神力と判断の正確さを思い知らされる内容だったと言える。

いよいよ4/2(日)から始まる来期雀王戦B1リーグ、
ここで今年は渋川と戦うことにもなるわけだが、今からもう「出来る限り渋川とあたりませんように」とかちょっと考えてしまう一日だったかもしれません^^;

・・・・まあでも無論打ち手として楽しみな面もあるし、
結局は自分がやれることやるだけですけどね。

改めて自分の麻雀感を見つめなおすいい機会になる決勝だったとも思う。 渋川難波、本当におめでとう!

しかしまあ一方で、
負けた方々のこの勝負にかける思いも本当に見てて伝わってきた決勝だった。

連盟の石立さんとは直接の面識は無いが、
ずっと表舞台に立たず10年以上選手をやってきた人があの舞台をどれ位重く受け止めていた、どれ位勝ちたいかは同じ様にキャリアを積んでいる身として察するに余りあるし、
勝ちたい意志が画面からも明確に伝わってくる内容だった。

そして小倉孝、
思えば9年前の第6回日本オープン、
最後の最後で彼が連盟の藤崎さんの倍満に屈し準優勝に終わったあの時を知るからこそ、彼が今回の決勝に熱い思いを抱いていたのは想像できた。

それらの思いも含めて、本当に楽しませていただきました。
桑原さんも本当にお疲れ様でした。

ちなみに小倉孝が敗れた第6期の観戦記のURLはこちらです。
現Aリーガーの佐久間さんが書いている中々の名作なので興味のある方は是非^^

http://npm2001.com/nihonopen/6-nop.html

2017年3月25日土曜日

タイトル決勝戦の変化について (ついでに第15期日本オープン決勝について)

数年前までタイトル戦の決勝に生放送というものはなかった。
どこかしらの雀荘で対局者と記録係、
そして大勢のギャラリーとともに行われていた。

無論ギャラリーが勝負に何かしらの影響を与えるのは許されない話であり、
人々は能面のように静かに勝負の行く末を見守る事を義務付けられていた。
それでも各局の決着の際にギャラリーが声を殺しきれずに生じるどよめき、
各半荘間での会話、
そして勝負がいよいよ佳境にはいった際の静寂、
「決勝独特の雰囲気」というものがそこにはあった。

生放送が普及して僕を含めた多くの人は自宅でご飯を食べながらゆっくり観戦ができるようになった。
会場生観戦のように立ちっぱなしではないし、
何より4人の手をすべて同時に確認できる(現場観戦だと立ち居地をコロコロ変える事はNGなので全員の手は見れない)、
なんとも便利な時代になったと思う反面、
あの独特の空気を味わえなくなったの少々寂しい面もある。

特に先述の「勝負が佳境に入った瞬間の緊張感」、僕はこれがたまらなく好きだった。
2時間前までは半荘の合間に談笑していた対局者達がいよいよ会話をしなくなり、
その空気を察してまわりも会話をしなくなる、
場の空気が一気に変わる瞬間が確かにそこにあった。


生放送が出来るまで、決勝観戦というのは麻雀の内容はもちろんその空気を味わうところまで含めて楽しむ物だった。

そして選手として決勝に進出した場合の緊張感も若干異なる物となったと感じる。
近年の放送はより多くの人の目に触れる一方で、会場には関係者以外がいない。
人数は少なくても現場で生観戦者から受けるプレッシャーとどちらがきついかというのは人によるだろう。

個人的には、昔の現場に多くのギャラリーを抱えていた時の方が緊張したかなあ、と思ったりもする。特に超有名プロとかに後ろに立たれると多少なりとものプレッシャーを感じた物だった。僕も人間なのでw

先日の雀竜位決定戦最終日の放送を見ていて、
「さぞかし今現場はピリついているだろうなあ」と考えながら、
その空気を現場で味わってみたかった、とかちょっと思ったのでありました。

さてそして、
去年まで麻雀界のGIタイトルでも唯一決勝生放送が無かった大会、
協会主催の日本オープンも今年からいよいよ決勝生放送になる。
これでいよいよ「現場の臨場感」を感じれなくなるのだなあ、とちょっとだけ寂しい気持ちもあるが、家でゆっくり今年の勝負も見せてもらえるのは有難くもある。

明日行われる決勝のメンバーは、
石立岳大プロ(プロ連盟)
桑原俊之さん
渋川難波プロ(プロ協会)
小倉孝プロ(プロ協会)

個人的にはやはり小倉・渋川の対決が非常に楽しみだ。
以前に小倉について記事を書いた事があるが、
http://susumutakenaka.blogspot.jp/2016/11/3.html

この文中で小倉の事を「今までも僕が協会で見てきた中でもNo.1の天才」と称する一方、
「それに匹敵するとしたら渋川か仲林」と書いた。

協会の元祖天才と本家天才の対決、期待せずにはいられない^^

https://freshlive.tv/threearrows-ch/96397
http://live.nicovideo.jp/watch/lv293340342

2017年3月24日金曜日

四神降臨2017王座決定戦 : ついでに王座戦の思い出とか書いてみる

毎年恒例、
スリアロチャンネルがこの時期にお届けする各団体リーグ王者の頂上決戦、
「四神降臨2017王座決定戦」が本日3月24日(金)17時より放送となる。

対局者は以下四名
・近藤誠一(最高位戦日本プロ麻雀協会・第41期最高位)
・忍田幸夫(麻将連合・第14期将王)
・角谷ヨウスケ(日本プロ麻雀協会・第15期雀王)
・多井隆晴(RMU・第8期RMUリーグチャンピオン)

【PV】
http://www.nicovideo.jp/watch/1489917671


まあ注目はやはり我が団体の新王者である角谷ヨウスケかと。
僕は麻雀番組「ハイステ!」等で彼の麻雀を何回も見ているが、
常人には考えられない押し引きや手牌進行から彼を「進撃の角谷」と呼んだりしている。

「普通だったら静観する局面なんですが、打ってるのが角谷さんなだけにどんな奇行に走るかちょっと読めないです」とか解説した覚えもある^^;

そんな角谷が麻雀界を代表する名手3人にどのように戦いを挑むのか?
結構楽しみにしている。

さてさて、
角谷については来期リーグ戦とかで別記事にてもうちょっと細かくふれる事もあるかと思うので、
他三方にちょっと目を向けてみようかと。

僕が三方の中で一番しゃべった回数が多いのは考えるまでも無く多井さんだが(いやもう本当に考えるまでも無くw)、
一方で一番最初にお話させて頂いたのは忍田さんだった。

僕がプロになって3年目の「第31期 王座戦」の時の事でもう10年以上前になるが、僕の中では結構印象に残っている。間違いなくご本人は全く覚えていないと思われるが^^;
今日はその時の事をちょっと書こうかと。

「王座戦」と聞くと、知らない若手が結構多いと思う。
残念ながら数年前に大会自体が開かれなくなってしまっているが、30期以上に渡って行われていた由緒正しきタイトル戦であり、僕もプロになって最初の数年は毎年参加していた。
※鈴木たろう大先生もたしか獲得している。

そしてこの王座戦、
「一発裏ドラなし」「ノーテン罰符なし」「ウマ・オカなしの素点勝負」というルールだった。

当時はまだ最高位戦クラッシックが創設されておらず、「ノーテン罰符なし」というルールはこの大会だけだった。
そしてある程度経験した人は解る事かと思うが、「一発・裏」よりも「ノーテン罰符」の有無の方がゲーム全体のバランスに与える影響はかなり大きい。
「和了しなければ100点すらもらえない」という枷はやり続けると予想以上に大きさがわかり、また他家の進行も大きな変化が出るのである。僕も競技はじめて最初に「ルール変化への対応力が競技選手には必須」と強く思ったのがこの大会だった。

さて当時、この協会ルールとかけ離れたバランスが必要になる大会を前に、協会で内部勉強会が開催されたりもした。
が、そこで僕をはじめとした若手数人は、当時の先輩と結構揉めたのである。

「リーチは基本的に損。役があるなら必ずダマテンにするべき」
これが当時の王座戦ルールの定石だった。

このルールは和了しなければ点棒が100点たりとも増えない。つまりリーチをかければ全員が退却し、流局すれば自分だけが1000点マイナスを負う事態が発生しうる。
よって役ありリーチ = 悪手という考えは当事強く主張されていた。
かの有名な麻雀漫画「ノーマーク爆牌党」にもこの点は書かれており、まさにダマテンが基本であり王道として信じられていたのである。

私「ピンフドラ2とかあがった時のリターンの大きさを考えるとダマとかむしろ非効率的じゃないですかね?」
先輩「だったらリーチしてろ。そして負けてりゃいいだろ。」
・・・・勉強会にてこんなやり取りを繰り返し、「なんだかなあ」と思いつつも参加した王座戦、その中で忍田さんと対戦したのである。
無論当事から既にMUの第一人者の一人であった忍田さんの事を私は知っていたし、同卓出来た事を嬉しくも思った。

そして対局後の酒の席で改めてご挨拶をした時に、先述の勉強会の話を少々してみたのである。

私「このルールでリーチってそんなに損ですかね?先日も協会の先輩にさんざん怒られまして^^;」
忍田さん「僕は全くそんな事考えた事ないです。むしろ皆さん消極的過ぎて戸惑いますね。おとなしくしていれば勝てるゲームでもないのに。。。研究してますか?と言いたいです。」

これ位のキャリアを持つ著名な方が旧来セオリーをはっきり否定する姿が個人的にはとても印象的だった。
前週の勉強会があまりに不満だったのもあり、
物凄い失礼な話なのだが質問する時私は「また根拠の薄い理論とセオリーを語られるのかな、、」
と考えていたくらいである。

「自分もこの先どんなに長く選手をやっても常に研究の姿勢を持たなきゃな」と思い、印象的な一日だった。

それから数年後、
四神降臨王座決定戦にて忍田さんの麻雀を改めて拝見する事になる。
一緒に見ていた協会員達が「まったくもってMUっぽくない攻撃的スタイル」と言っていたが、僕としては既述の出来事があっただけにそこまで意外ではなかった。
まあ想像以上の攻めっぷりだったが^^;

PVでもある様に、鈴木たろうをもって「クレイジー」と評するそのスタイル
今回もどんな麻雀を見せていただけるのかが個人的には楽しみである。

さて改めて、
放送URLは以下の通りです。
皆様宜しければTS・ご視聴を是非^^

https://freshlive.tv/threearrows-ch/96442
http://live.nicovideo.jp/watch/lv293349246

2017年3月22日水曜日

よそ見ダメ絶対

ボクシング漫画の金字塔として知られる名作「はじめの一歩」、 この漫画の登場人物の一人である青木勝の必殺技に「よそ見」がある。



まあリング上でその通りによそ見して、相手がつられてよそ見した瞬間にパンチを打ち込むという本気なのだがギャグなのだが良くわからない技である。
そもそもよそ見した瞬間に相手がつられずいきなりぶん殴られてKOとかないんだろうか・・・・
まあそのリスクがあるからこそ相手もつられ易い”恐ろしい技”と作品中では形容されているが。

だが実はこれ、日本ボクシング史上に名を残す名チャンピオン輪島功一さんが現役時代に実行していた技らしい。
伝説のチャンピオンがやっていたとなると、それなりの効果がありそうだし、何だがいきなり凄い技に思えてきてしまう・・・・


さていきなり話を変えよう。

二週間ほど前のフリー雀荘でのことだった。
南2局、点棒状況としては大体以下の通りであった。

東家 5000
南家 45000
西家(私) 35000
北家 15000

7巡目を過ぎた時私の手は以下の通り、
二三四六七④⑤⑥⑥⑦3388 ドラ⑥

まあ考えるまでも無くソーズの雀頭のどちらか落とし、
ちょっと場を見て打8とした。

するとその直後にトップ目の南家がいきなりのツモ切りリーチ。
「はってたのか・・・」と思いつつ、
まあ点棒状況的に良形ダマはあっても役なしからのリーチだろう、
当たる可能性もかなり低いし当たってもリーチのみだろう、と先ほど切った8のもう一枚を切った。
ところがその瞬間に南家の「ロン」という発声と共に手牌が開かれる。

一一12345667③④⑤赤 ドラ⑥ 裏2

一発裏で8000点の祝儀3p。
前巡に2000点の祝儀1pだったのをスルーしてのこのあがりである。

一瞬、
本当に何が起きたか解らなかった。

たしかにこういったツモ切りリーチを戦略上する時はある。しかしこの形はとてもそれが有効な形ではない。
しかも良形役無しからのスルーならまだしも、ピンフがついている形、さらに今回点棒的にも南家がこの手をダマにする事はあっても見逃す意味はほとんどない。
フリー雀荘において他の人の打牌理由なんて全部は信用していないが、それにしたってこれは考えられない事態だった。

そして頭の中でこの見逃しの理由を必死で探した。
トイツ落しが見えた?
いや見せてない。自分の手牌を相手に見せない点はいつもかなり気を使っているし、並びからも読めないはず。
そして100%の確信がないかぎり見逃せない局面のはず。
まさかガン牌でもされてるんじゃ・・・・・・

何故だ



そして数秒後、その疑問が氷解した。

ワシ「そういえばこの人さっきまで携帯いじりながら麻雀やってたな・・・・

つまり推察するに、
この人携帯いじってたがためにうっかり私の一枚目の8をスルーしてしまい、
仕方ないからツモ切りリーチかけて一発で私がハマったという訳である。





そんな理由でここまで点数と祝儀pを余計に払わせられるとか(--;)
ク●ゲーにも程があるでしょちょっと(--;)
精神的にかかったのもあり、この半荘は北家にもまくられ3着でおわる。

そしてこの半荘から先の10回、
3444333434とかいう10連続逆連帯の奇跡が始まるのでありました。

改めて皆さん、
麻雀中のよそ見ダメ絶対

(´;ω;`)ブワッ

2017年3月20日月曜日

私見にともなう麻雀プロ紹介その7:坪川義昭

さて今回紹介するのは、
先日結婚を発表した日本プロ麻雀協会のこの男、坪川義昭


http://mj-news.net/mjpro/pd/2016071545482

お相手は同じ協会員の女流プロ、三添りん。
スリアロチャンネルの「お悩み相談室」等でも知れられております。
というか夫より嫁の方が業界ファンからは知名度が高いと思われます^^;


http://mj-news.net/mjpro/pd/2016082648693

さて今日はそんな彼について、
僕の覚えている事を書こうかと思う。

彼が協会に入ったのは第五期、もう10年以上前の事となる。
当時北海道に住む19歳の大学生だった彼は麻雀プロを目指して試験の為に東京にきた。

「どうしても麻雀プロになりたい。合格すれば大学を辞める事も考えている」

まだあどけなさが残る10代の可愛らしい少年がそんな真摯な思いを語る姿を見て、
当時の面接官達はその熱意に喜びを感じ、一方で少々の戸惑いを感じたと聞く。
麻雀プロはけして独立して生計をたてられる職業ではない、彼には是非とも合格してほしいが、それが生活や将来を狂わせることにはならないだろうか、という不安を感じざるを得なかったのが正直な所だっただろう。

結局協会は彼に「大学を卒業すること、それまでは北海道に在住すること」という前提を伝え迎え入れたのである。

それから約二年、彼は大学生をしながらアルバイトをし、リーグ戦の度に上京する忙しい生活をおくる事となった。
年会費に交通費、色々と大変な中でも懸命にプロを続ける彼を見て、多くの協会員が心から応援し、僕も彼が東京に来る度に色々な場に誘ったりした。

その後彼は無事大学を卒業し北海道にて一般企業に就職する。
だた仕事の都合等で一時的にリーグ戦を休場する中、やはり競技プロへの情熱を抑えられず、ついに数年後(今から5年前位)に「麻雀に骨を埋めたい」という気持ちから上京、そしてマーチャオに就職する。
彼が上京したことを聞いたときは「仕事やめちゃったか、、、、( ̄▽ ̄;)」と思いつつも、生粋の競技麻雀愛好家がまた一人東京に増えた事を嬉しく思ったものだった。

思えば、こんな風に一人の青年が長い年月で麻雀を軸に自分の人生を意思決定し形成していく姿を見る機会は、これだけの年数業界にいる僕でもあまり見る物ではない。そういう意味で彼は非常に印象的な後輩の一人である。
そしてその麻雀を通してついには伴侶まで得たわけだから、まさに彼の人生は今までもこれからも「麻雀ありき」なんだろうなあ、と思う次第だ。

2017年3月14日、坪川のそして二人の新たな門出、心からお祝いしたい。
本当におめでとう。






さて、
このまま終わると「坪川=麻雀に人生を捧げてきた真摯な男」みたいになるのだが、
それだと面白くないので違う側面にもちょっと触れておこう。

彼は既述の通り19歳で協会に入った。
そのあどけなさが残る可愛らしい容姿、北海道から来る真摯な姿、そして物静かな普段の態度は当時の先輩達、特に女流に大人気であり協会内のアイドル的存在だった。

たとえばある日、彼がヤングジャンプの水着グラビアを見ていると、先輩女流がいきなり雑誌を取り上げて「よしクンはこんな物読んじゃダメ!」と言ったほどである。
実際に僕も彼の事を「麻雀に真摯で他には特に趣味も無いのかなあ」とか思っていた。

しかしある日の事だった。
リーグ戦後の飲み会で彼をカラオケに誘った時に事件がおきる。
その時も彼はおとなしく端に座り何も歌って居なかった。「こういうお祭り騒ぎは苦手だったかなあ」と連れてきた事をちょっと申し訳なく思った位だった。
、、、、が、とある女流が入れたアニソンが流れた瞬間、いきなりあいの手を入れて彼が踊りだしたのである。
そこには今までのイメージを全てぶち壊す位の姿があった。

それ以来色々な所で彼はそのアニオタっぷりを発揮。
気付いたら彼は、最初の「可愛い」というイメージから、すっかり「アニオタ」になっていた。
そして数年後に上京した際、彼は「アニオタ」からすっかり「ももクロオタ」になっていたのである。

可愛い → アニオタ → ももクロオタ

思えば、こんな風に一人の青年のイメージが長い年月で変化していく姿を見る機会は、これだけの年数業界にいる僕でもあまり見る物ではない。そういう意味で彼は非常に印象的な後輩の一人である。

おしまい

2017年3月17日金曜日

印象に残った対局 第7期雀王決定戦

本日は同じく片山先生のWeb漫画にもなっている第7期雀王決定戦について、
覚えている事を書いてみようかと

http://majandofu.com/manga/katayama-masayuki-snd-vol1/

この決勝最終戦も僕の競技人生の中でも忘れる事が出来ない瞬間の一つでしたね。
大まかな決勝全体の流れは
①初日から小倉孝が首位を走りいよいよ最終戦へ
②鈴木たろうはかなり厳しい条件を突きつけられつつも奮闘
③一方で暫定2位だった鈴木達也が最終局の親番にて小倉を捉え、トータル首位に立つ。そして後はノーテン終了するのみの状態で最終局
④しかしこれによりたろうが「テンパイ宣言すれば小倉優勝、ノーテン宣言なら達也が優勝」という局面にたたされる
⑤たろうがリーチをしてテンパイ宣言した結果、小倉孝が再逆転をして第7期雀王位となる

と、こんな感じです。
細かい内容は以下観戦記もあわせてごらんください。

http://npm2001.com/jannou/kansenki/7-jannou-4.html

まあ全体の展開は書くと簡単な話なのですが、
正直最終局やその後の場の空気は文章なんかで容易に表現できる物ではなかった。

僕自身、達也さんが小倉をまくった瞬間に、
「次局小倉が条件満たせるアガりを出来なければ達也さんが優勝か・・・・」
と安易に思ってました。

だからこそ、
途中からたろうさんが聴牌を目指している事が打牌から伝わってきた時、その並々ならぬ状況に気づき「どうすんだこれ・・・・」と思ったわけで。
「僕だったら舌噛んで死にたい」というのは見ていた一人の後日談、

僕としては、
「いっそたろうさんが、小倉か達也さんのどちらかと仲が悪かったり、打ち手として評価していなかったりしたら楽だろうけど・・・」
とも思いました。
両者を認めているとなると、あの状況は更に耐え難いだろうな、と。

そして終わった瞬間の場の空気、
タイトル戦の最終盤の空気ってどんな決勝でも緊張感にあふれる異様な物ですが、
あの場の空気は、様々な感情があふれた後にも先にもない独特の物でした。

終わった後も色々な事がありました。たろうさんの行為を「ゲームを歪めた」と批判する人は、協会内外に結構いました。

僕としてはあの立場を責める気なんて同じ競技選手としてなれなかったし、
「ベタおりとなると今度は小倉に不利な状況を作ってゲームをゆがめる。最終的に自分の優勝を少しでも狙うという立場ならリーチをして達也にテンパイを明示するのが正しい」
というたろうさんの意見は理論上正しいと思ってました。
でも「目がない人は邪魔をするべきじゃない」という考え方からの批判は多かった。「どこまでが目無しか?」って議論もそういう人たちにはあまり効果も無かった。

そんな宗教論争に近い世界に巻き込まれた中で、
堂々と自分の信念をつらぬいたたろうさんを見て、「やはり選手としては鑑のような人だ」とおもったわけで。ちなみに私人としては(ry

ただ、
実は僕があの場で一番印象に残った点は別にありまして。
それはたろうさんが最後の手を一巡ツモ切ってリーチした事、この点なんですね。

自分の優勝の確率を0.00001%でも追うのであれば、出来る限り早くリーチを宣言して、達也さんにテンパイを追ってもらわなきゃいけない。
そして「達也さんにテンパイ宣言をさせる為だけのリーチ」である以上、一巡のツモ切り=テンパイ宣言の遅れは、不利でしかない。

それでもたろうさんが一巡まわした理由、
これはもう自分の置かれているあまりのキツい立場に悩んで迷った為だった。
この決勝の前もその後も、
たろうさんが競技で実行してきたスタイルは基本的に自信に満ち溢れていて迷いがなかった。
しかしそのたろうさんが見せたこの不整合、

卓上のたろうさんもやっぱり人間だった」と僕の心に焼きついたわけです。

まあそれほどこの最終局は本当に辛かっただろう。

でもちなみに、数日後にその話をたろうさんにしたら、
「いや只のミスだから。ツモ切りした点"だけ"は本当に。」
と言ってました^^;

そして物凄い悔しそうな思いをしていた達也さん、
決勝後のスピーチで「翌年こそは文句のない内容で取る」と断言し、
きっちり第八期を取ったのも本当に凄かった。

「格が違う」ってこういう事を言うんだろうな、と思い知らされましたね。

あれからもう8年が経って、
いまやW鈴木は協会の、いや麻雀界のトップの一人となっているかと思います。
そんな二人や小倉孝の色々な思惑が交差したけの決勝、やっぱり忘れられない瞬間の一つですね。

さてついでに、
今回の主役(?)たろうさんの最新本が先日出版されました。
本人も「初心者から上級者まで参考になる内容」と太鼓判を押す出来なので、興味のある方は是非!私も買う!(予定!)

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2017年3月15日水曜日

今では考えられない日本プロ麻雀協会の歴史⑦ 西高東低と東高西低

内容的に前の投稿からの続きとなります。
宜しければこちらもご参照ください。

http://susumutakenaka.blogspot.jp/2017/03/blog-post_13.html


私が入会した2期、
まだ関西支部は無かったが関西在住協会員は何人もいた。
※現在関西事務局長の一北寛人はもちろんだが、今でも昔なじみの関西勢は協会に何人かいる。

そんな中で当時囁かれたのが「西高東低」という言葉である。
毎回リーグ戦のたびに多くの交通費を出して足しげく東京に通う関西の人達、
彼らの麻雀に対するモチベーションと実力は関東の若手達よりも上だという考えに基づく意見だった。

正直に、これが事実だったか否か?
今となってはわからない。
当時の僕は今よりも更に未熟だった中、周りにいた人達の実力も測れていた自信はまったくない。
よってその真偽ももはや計りようも無いのである。
うーん、、、ただ正直に「気のせい」だった気はしないでもない。
当時の協会の全体レベルは今とはやはり比べられないだろうし、特に根拠無くイメージで他人の実力を語る人もかなり多かった。
その中での評価というのはどうしても・・・・(ry

さて一方でそれから数年後、全く逆の造語が生まれる。
これが「東高西低」である。

4,5期あたりの協会は色々な事情で低迷期だった(いつかこれについても書きましょう)。
その中で関東協会員の間では「自分達の実力を高めて協会の評価を高める」という気風が強くなっていた。
協会員同士の勉強会はもちろんだが、他団体有志との活発的な意見交換を含めて各人がスキルアップを目指し、
それがある程度実を結んできていたのが7期あたりの頃である。

そしてこの考えに影響されて関西協会員も関東の勉強会に時々参加する事になったのだが、ここで明確に出たのが「議論経験の差」だった。
いや私見を書いてしまえば「実力の差」と言っても過言ではなかったかもしれない。

思うにこれは個人の責任ではなかった。
東京に住んでいる人間は上記のように協会員や他団体の人たちとの意見交換にも非常に恵まれた時期であり、多くの場数を経験していた。
麻雀の技術向上にはこういった議論の場、特に「普段自分の所属しているサークル外の視点が異なる人達の意見」というのは結構貴重である。

そういった中でもまれていった関東協会員が何人もいた一方で、この時協会関西にはまだそういった土壌が確立されていなかった。
いうなら「大会を開催する環境を整えるだけでやっと」という状態だったのである。

実際に「協会員同士が議論をする機会なんてあんまりない」という関西若手の意見を聞いて、ちょっとびっくりする事もあった時期だった。
更に言えば、関西の有望な若手が関東に移籍するケースが出ていた事も、その事態に拍車をかけていただろう。

この地域差がうまったきっかけは幾つかあるが
①天鳳を主としたネットにおける麻雀研究者達の出現
→ 彼らを主とした研究の発展および関東との交流活性化
②最高位戦関西を主とした関西における他団体の出現、
→ 視点が異なる人達の意見を聞ける機会の増
といったところが主理由ではないだろうか。
この数年で本当に飛躍的な変化が生まれているのではないかと個人的には感じている。


さて最後に、
東京に30数年在住している僕が言うのもなんだが、
「競技麻雀をしっかり勉強できる地域の拡大」これは個人的に本当に嬉しいし、今後についても期待している。

協会関西支部が出来て10年以上が経つ。
規模や営業利益といった数字ではおそらく関東には及ばないだろう。(お金の話の詳しいとこはぜーんぜん知らないがw)
ただ「関西支部が出来たお陰で発掘できた人材」というのは間違いなく多数存在する。

協会で言えば
男性だったら既述の田内翼や下石戟、
女性だったら水瀬姉妹、米崎奈棋、あたりだろうか。

「地方支部が存在したお陰で発掘できた人材」というのがいるとしたら、
それは支部の大きな功績であり業界にとっても大きくプラスだと思う。

今後関西がより強固な競技地盤を固めて、本来埋もれたままだった人材を掘り起こしていってくれれば嬉しいし、
願わくば九州や北海道にもそういった競技の地盤が発達して、日本全国の「競技に触れる機会が無い地域にいた為に埋もれていた人材」ってヤツがもっと発掘されれば、一麻雀ファンとしても非常に嬉しい。

その基盤が強く固まるのはまだ何年かかるかわからない話なんだろうけど、利益じゃなくて長い目での発展を見た活動が続けられるのを望んでいる。
まあでもやっぱお金は大事だし、この先まだ障害は多いんだろうけど^^;

2017年3月13日月曜日

麻雀議論が上手な人は麻雀も強い

先日、矢島亨の定期勉強会「やじけん」に、
協会の関西のホープ(来期Aリーガー)の田内翼が来ていた。

色々な彼の考え方を聞いていて、
「俺より10歳も年下なのにしっかりしてるなあ」と改めて思った。
というか数年前の田内ってこんなにしっかりして無かった気がする、若手の成長恐るべし。
・・・・俺が気付いてなかっただけ?

何より彼の「議論に慣れている」という点が本当にすばらしいと思い、
色々な人と色々な話し合いや研究を重ねてきた事がしっかり伝わってきた。

以前、以下記事で書いたように、
麻雀の強さというのは「どれくらい他人と意見をきっちり交わしたか」という事が非常に重要になる。

http://susumutakenaka.blogspot.jp/2016/11/blog-post_27.html

結果と技術が直結しにくいこのゲームにおいて、
他人の意見を参考にすることはもちろん、
「自分の意見が正しいか」を他人に評価してもらう事、
その為にも自分の意見をきっちり理由をつけて発信する事は非常に大事になってくるのだ。

色々な研究会等を経験した人間は以下の二つの姿勢をしっかり身につける。
まず「自分はこれを切る」と自分の意思をはっきりという事。
そして次に「理由は他の選択肢より○○の点で優れているから。●●の点でもそんなには劣らない」といった背景を客観的に述べる事。

様々な勉強会等に出れば出るほど、
知らない人と話をすればするほど、
「自分の考えを明確に伝える技術」の重要性、それをしないと自分にとって良質の情報を引き出せない事に気付かされる。

最初はそれが苦手であっても徐々に徐々に鍛錬をつんでいのである。
そしてそれと同時に「自分の間違っていた点」を自分の中で見直す事もできる。
まさに好サイクルとなるわけだ。

今まで色々な競技選手を見てきたが、
やはり成長する打ち手は最初から勉強会で活発に意見を言う人が多い。
間違っているか否かではなく、発信しようとする姿勢が麻雀に向いている、というのが正しいだろう。

そして何切る等でも「何を切ってもいいと思う」と最初から全て肯定する姿勢もあまりみせない。

そいういう意味で、
ちょっと自信過剰な位の人の方が、
案外麻雀は向いているのかもしれないな、と思う次第だ。
さて改めて田内の洗練された議論態度を見て、
彼自身および彼の置かれている関西グループのレベルの高さを見せつけられた気がする。

唐突なのだが協会の過去の歴史を振り返ると、
14年前には「西高東低
6,7年前には「東高西低
こんな言葉がささやかれていた記憶がある。(あくまで僕の記憶)
言うまでも無く
前者は「関東より関西の方が強い」
後者は「関西より関東の方が強い」
の意味である。

だが今じゃこの言葉ももう廃れた過去の物なんだろう、と改めて思った次第である。

長くなったので、西高東低・東高西低のお話は別記事に続く。

2017年3月11日土曜日

ちょうど6年間の3/11(金)の出来事

夕方にさしかかり新宿オフィス25Fにて仕事のメールを打っていた時、
突如の揺れを感じた。

最初は「ああ地震か」程度に思ったが、
あまりのすさまじさから生まれて初めて地震時に机の下にもぐった。
窓の外に見えた東京都庁が揺れている光景を今でも覚えている。
恐怖しかなかった。

終わった後にすぐにYahooニュースを開くと「福島震度6」という内容。
携帯電話もほとんどつながらない中、mixi等のSNSで家族や友人の安否を確認した。
電車は完全にストップしており、甲州街道を3時間かけて歩きながら家に帰った。

僕の友人が直接亡くなったという事はないが、会社の友人や麻雀界の友達で実家が甚大な被害にあった人は何人かいた。
東京もしばらく余震に悩まされた。
何より学生時代から入り浸っていた新宿に明かりの灯っていない光景をこの年はじめてみた。

この時とある協会員(現在退会)の女性が妊娠四ヶ月で福島にいた。
だが彼女は原発事故と自分の体と子供を理由に福島から離れる決意をした。
「県外で『放射能が来た!』と差別される事もあるらしいです…福島の人は汚いですか?」
こんな文章と過酷な避難生活記録を見て心を痛めた記憶もある。
今元気でやっているんだろうか。


そして翌日の3/12(土)、
この日は日本オープンの本戦初日だった。
協会としても色々と判断は難しかったが、既に上京している人たちや場所の確保を考えると延期は難しく、開催を決行した。
やはり交通事情でこれない人もいる中、例年よりも数十人少ない人数の中で始められた本戦だった。
ちなみに「参加出来なかった人達へのお詫びも含めて何かイベントを開きたい」
という意見が後に協会のチャリティー大会「フェニックスオープン」の開始へとつながる事になる。

改めて2011年3月11日の東日本大震災から6年がたつ。
東京はすっかり元通りになったが、福島原発の話などを聞くと今でも危険で過酷な状況が続いているそうだ。
何が出来るというわけではないが、あの日の事を思い出しちょっとだけ日記に書いてみた。
被災者の方々に改めて心からお見舞い申し上げます。

ちなみに私、
地震が終わった直後に「いかん!これガスとか水道止まる!」とか思い、
誰よりも早くダッシュで25Fから階段をかけおり地下のコンビまで降りて、食料と水を買いました。
戻ってきた時に職場の人達がコンビニ袋を見てすごい呆れ顔で「その瞬発力をもっと仕事に使ってよ・・・・」
といわれたのを覚えております(^^;)

さて我が家の地震の備えをちょっと見てみるか。
そして日本オープン本戦の方々は頑張ってください!

2017年3月10日金曜日

麻雀プロのネット対局についてのお話 その3

記事の続き
あくまで私見です!
http://susumutakenaka.blogspot.jp/2017/03/2_3.html

さて前回も書いた、麻雀界における「魅せる」という単語、
この数年で対局放送が増えた中、「打ち手よりも解説が意識すべき」という点を個人的には感じているし、業界全体が強く認識し始めているとも感じる。

改めて麻雀生放送というコンテンツを考えると、
①映像(打ち手による対局)
②音声(実況、解説)
という二つの要素から成り立っている。

ここで最近改めて思う点が、
「映像だけで全てを把握できるほど知識のある視聴者はほぼ皆無(業界関係者除く)」という点、
つまり解説次第で視聴者が受ける印象は強烈なまでに変わる点である。

これを伝える例としてちょっと将棋の話を。
僕は将棋の対局をたまにネットやTVでちょくちょく見る。
でも正直にあまり知識が深くない。映像だけじゃ勝負どころもほとんど見えないライトファンである。
でもそんな僕でもある程度楽しく将棋を見れるのは、やはりもう解説の力なのである。
勝負どころや、その勝負の概況をきっちり伝えてくれる存在がやはり大きい。
というか解説無しの対局風景だけの映像はとても見る気にはならない。

そしてその前提がある以上、
解説が拾わない技術は拾えないし、凄い一手かもわからない。
この一事だけで解説にどれだけの責任があるかは言うまでもない。
打ち手の技をしっかりと拾える知識と視点、そしてそれを伝える話術、
これらが備わっていない解説が対局放送のクオリティを下げることになる。

が、しかし更に重要な点がそれ以外にある。それは「面白い放送を届けなくてはいけない」という責任感である。



ネット生放送の開始当初、
「自分が放送のクオリティに責任を負うべき立場にいる、という事を自覚していないのでは?」と感じさせる解説者の方が、多少いたのは残念ながら事実ではないだろうか。

この考え方を持っている解説の方なら、「自分の自慢」「打ち手批判」というのがあまり意味が無い点を想像できるはずだからだ。
まあ別に「選手をひたすら褒める解説」が面白いわけではないし、時折含む苦さというのは重要な隠し味だし、批判解説も人によっては好きだろう。


だがたとえばスポーツの試合とかで
「この試合は本当に酷い試合だ」と解説が言っていて、面白く感じる人がいるだろうか?
「俺の方が強い!」と解説が連呼していて、それが視聴者が楽しむ足しに常になるだろうか?
ほかにもTVの通販で
「この商品は本当に酷い!」とか言っていて、それを買う人がいるだろうか?

 解説が「良い対局です」と言えば多くの視聴者にはよく見えるし、 解説が「酷い対局です」と言えば多くの視聴者には酷く見える。
そして解説者とは「面白い放送」を届ける責任をおっている以上、客をたのしませる前提で話をするべきだろう。
考えてみれば当たり前だが、その事実を気付くのに麻雀界は多少なりともの時間を費やしたようにも見える。何より僕自身の話をしても「解説なんて喋ってればOK」程度に考えていた恥ずかしい時期がある。

さて総論として、
麻雀放送にとって対局とは素材であり、解説者とは料理人のようなものである。
そう考えるとやはり「楽しませる」という意識の無い人が解説はやるべきではないし、
「プロはギャラリーに魅せるべき」と言うのであれば、解説の時にそれを更に意識すべきでだろう。
※ただ、「選手」とは麻雀に対する価値観で当然譲れない点であり、このバランスが非常に難しい問題もあるが^^;

最後にもう一つ。
僕は選手視点で、「解説は出来る限り現役選手にやってほしい」とも思っている。
というのも、実際に一生に一度クラスの決勝の場を解説された立場の人間でないと、
「解説者は基本的には打ち手の視点を拾えない」という事実を実感できないからである。
これは
①打ち手が自分視点だけで考えるのに対して解説は4人視点=一人の視点への入り込みはどうしても薄くなる
②本気で集中をしている選手と比べて解説の集中力は遠く及ばない、
という点を自覚できないケースが多いからである。

まあでも片山まさゆき先生の解説はすばらしいと思っている。
これは先生の麻雀知識はもちろんだが、先述の通り「自分が放送の品質に責任を持つべき立場という自覚」が随所に見えるからだ。
そう考えるとやっぱり解説に必要なのは技術、そしてそれ以上に「サービス精神」なんだろう。

あってるかは知らないがw

2017年3月8日水曜日

「自然」「普通」というけれど、意外に定義は難しい

改めて、昨日の協会ネット麻雀リーグ「しゃるうぃ~てんほう」
ご視聴頂いた皆様ありがとうございました。

Fresh! ⇒ http://live.nicovideo.jp/watch/lv291822850
ニコ生 ⇒ http://live.nicovideo.jp/watch/lv291822850

やっぱり天鳳を打ちなれている各人同士の戦いとあって、
結構参考になる選択が多かった。
3回戦なんか特にそれを意識したダマテンでの場まわし等が顕著に出てて、僕としても勉強になりました!^^


そんな4者のしのぎあい、
そして繰り広げられる「やまーん(山中浩樹)サスペンス劇場」、
宜しければURLより是非ご覧ください。特に「Fresh!」は永久無料!

そして改めて
今回で▲24Pというダントツ最下位になったやまーんの立場を見て改めて思ったお話を。


以前こういう状況について、「麻雀プロも投了したい」という観点から2つほど記事を書いた。
http://susumutakenaka.blogspot.jp/2016/11/1_23.html
http://susumutakenaka.blogspot.jp/2016/12/2.html


しかしこれら記事にある”厳しい状況”であっても、
麻雀には素点という概念があり、「0.00000000000000000001%の目はある」と考えると、
「100%の目無し」という条件はそう簡単には生まれない。
まあ最終戦南場で親が落ちた後に「条件無し」といった状況はちょくちょく生まれるが、
大体の場合では「100万点トップを取れば優勝、という考えに基づいて強引に打つ」、というのがまかり通るのである。

ただ今回のやまーんについは、
おそらく後2,3回後に「全く目の無いまま半荘を数回打つ」という展開になるだろう。
※ちなみに計算してみたら現時点では8連勝した後に、周りに奇跡の並びができれば足きり回避があるようだ。

こうなると、
改めて「普通って何よ?」という疑問が僕の中では出てくる。
いやまあ、「普段のフリーの通りにあくまで一回の半荘としてトップや2着を目指す」と言われればその通りなのだが、
上記の通り普段の競技大会では「ひどく薄い目でも常にその条件を満たす為に無理をする事」こそ”普通”であり、「フリーのように打つ」は僕の中では"普通ではない"のだ。

そしてリーグ戦とかなら例えもう実質降級決定に見えても、「トップさえとっておけば周りの展開で奇跡がおきる」という言い訳?の元に、「普段のフリーの様に」となるが、今回のような完全順位戦ではそれすら期待できないケースが出てくる。
これはかなり異常な事態と言えるだろう。

そんな彼の立場を思った時、
「普通の定義は本当になんだろう」、と改めて感じてしまった。


そういえば昔、リーグ戦最終節でこんな事があった。

同卓者および状況は以下の通り
①Aさん 箱下10万点ラス引かなければ昇級
②Bさん 箱下10万点ラス引かなければ残留
③Cさん 箱下4万点ラスを引かなければ残留
④私 箱下2万点ラスを引かなければ残留

さすがにこうなると、普段とはかなり異質な戦いが展開された。
特に私とCさんは徹底して場をまわし、残り二人もそれに同調する形であっというまにオーラス、
親番の私は50,000点のトップ、つまりトリプル役満を放銃しなければ残留である。
ほか三人も条件は十二分に満たしており、「後は親の武中が伏せて終わりだな・・・」という空気が卓上には流れていた。

・・・が、ここで僕が思ったのはただ一つ、
「降級の目はもう実質ほぼ0。ならばここから素点をできる限りかき集めて昇級を目指す」である。

ちなみに必要な素点は約20~30万点、まあほぼ無理。
でも僕にとってはここからはもう自分の素点を限りなく叩きに行くのが「普通」だったのである。

そこからは猛プッシュをして親のあがりを繰り返したが、
昇級には17万点ほど足りずに終了した。
同卓者の「空気読んで」という苦笑いがあったのは言うまでもない。


が冗談交じりで言われる分には別に冗談で返したのだが、
後から観戦していた後輩に「普通に打ちましょうよ最後まで」とガチ気味の文句を言われて、ちょっと本気でイラっとしたのだった。

この時も昨日と同じく「普通の定義」ってヤツを考えざるを得なかった。


さて改めて、どこまでが目無しか?
というのは非常に議論がし辛いのが競技麻雀である。

ただそれでもやはり投了できない以上は、「物理的な道筋」というのを最後まで追うのが僕の中では「普通」である。
競技麻雀慣れしてない人は今までの経験だけで考える為、この諦めが2,3歩早い。
でもそこに対してほぼ不可能な条件を泥臭く探さなければ競技選手ではない。
これは昨日のサスペンス劇場の主役であったやまーんについてもそうである。彼もまだ物理的な残留の目はあるわけだ。
・・・・まあでもあと数回打ったらおそらく物理的な目無しになるだろう。その時はもう本当に「フリーのつもりで」が普通、、、、なのかなあ?
改めて「投了」を作ってくれないだろうか、と昨日も思ったのであった。

2017年3月7日火曜日

天鳳、いつかはじっくりやって高段位目指したいんだけどね・・・^^;

天鳳に興味はある。
高段位の人はメディアとかでも扱ってもらってるし、
何より天鳳勢の中では麻雀に研究熱心で色々と面白い話をネットでしている人も多い。
今後の自分のサークルを広げて雀力向上に役立てる、って意味でも始めてみようかと思う時もある。


じゃあ何故やらないのか?
と聞かれると「時間が無い」の一点なのだ。
正確に言えば「高段者を目指すほどに打ち込むとなるとリアル麻雀をやる時間を割く事になる」だが。

断っておくと、
僕はリアル麻雀がネット麻雀に勝るという事を昔から全く思ってない。
MJ2からずっとアーケードゲームに参加してきたし、
東風荘とかハンゲームもやってきた。
天鳳が出る前からネットの記録機能をつかった勉強会をプロ同士で開催したりしたし、今もスカイプと天鳳を使った研究会等はたまにやる。

十数年前にとある有名プロが「ネット麻雀は全然勝てない。リアルと違って次のツモが全く解らない。」という趣旨の発言をした事があったが、
「意味が解らない」としか思わなかった。

そりゃリアル麻雀には落ちてるアナログ情報(相手の挙動)がネットでは拾えなかったり、その逆もしかりだったりする。
が、根幹部分は全く同じゲームであって、「ネットだから」とか言うのは恥ずべき意見に思っている。

そして何よりリアル麻雀の世界はとにかく「自称上級者」が多い。
特に正確性のある根拠や記録が無いからだ。
一方でネットの上級者とは確実な根拠と記録がある。
「リアルの自称上級者」と「ネットの上級者」を100人ずつ戦わせたら、ネットが勝つだろう。

まあそれでも僕はやっぱりリアルを打つ時間を割いてまで天鳳高段者を目指したいと、今のところは考えていない。
僕の主戦場はやはり競技麻雀である。
ネットとリアルで多少のゲーム性の違いがある以上、会社という時間拘束を持った中で少しでも実力向上を目指すとなると、やっぱりリアルで麻雀を打つ機会と勉強会等の機会は減らしたくない。
勉強ツールとしては大いに役立てているが。
まあこれは僕がリアル麻雀を好きな時に打てる環境に恵まれている、という点もあるのだろうが^^



以前に別記事でかいたとおり、
天鳳のルールは異質だと思ってはいるが、それが一般競技ルールのバランスを壊しそう、とかは特に考えいない。「ルールの違い」なんて吸収できなきゃ競技選手じゃないし、その点は多少の自信はあるし。

ただまあ、もっとやった方がいいのかなあ、とか思ったりも最近するんだよね。
「麻雀は場数を踏めば強くなるわけじゃない」という点、そして普段と違う環境で勉強する事は大事という点、これらは骨身にしみている。

今や押しも押されぬ協会エースの一人である渋川難波とか、
デビュー数年で協会タイトルとってる菊地俊介とか高津 圭佑とか、
そして最近だと僕の中で「今の新人ってクオリティ高い子いるなあ・・・・・」と思ったのが坂本太一、
天鳳出身勢で協会で結果出してる子を何人も見て、色々と考える点はあるわけですね。

まあそんな事などを考えて試しに参加してみた協会天鳳リーグ、
今日は私解説でございます。面子は以下の通り。
①坂本太一 :先述の通り、この数年の若手でも僕が特に注目している子の一人
②秋山裕邦 :麻雀よりも髪の毛の色がいつも違う事で協会にて有名。
③水口美香 :水着のセクシーショット画像をtwitterにアップしていた娘。
④山中浩輝 :▲15でダントツ最下位。まさに極!傾奇ゾーン突入中。

解説は私、そして実況は命です。
ゲス飲みみたいな面子ですが今日は至って真面目に放送させていただきます!
皆見てね!
以上、宣伝ブログでした。(唐突に終了)

Fresh! ⇒ http://live.nicovideo.jp/watch/lv291822850
ニコ生 ⇒ http://live.nicovideo.jp/watch/lv291822850

2017年3月6日月曜日

ツモ切りリーチの是非

約10年前に「科学する麻雀」が一大ムーブメントとなっていた時期、
ツモ切りリーチは色々な理由で損だと提唱され、「ご法度」とまで呼ばれた。
一部の若手はこの行為自体を「恥」とすら思っていたふしがあった。

一方で鈴木たろうプロなんかは「良形リーチをダマにして、当たり牌をスルーしてのツモ切りリーチ」なんてのたまにやったりしていた。
まあこれは手代わりや打点期待値を考えての理論的な行為なのだが。

ただやはり、ツモ切りリーチは損するケースの方が多い。
これは色々な観点から言える事実だろう。

たとえば両面系でテンパイをしたとして特に理由無く一巡ダマにするという行為、
巷ではこんな「謎の一巡まわしリーチ」をちょくちょく見かけるが、メリットはほぼ無いといっても過言ではない。

次巡にひょこりあがり牌を持ってきたら一発も無いどころかリーチすら無い状況になるし、
実は一発であがれる総回数も、一巡回しより即リーの方が多い。(この詳細はちょっと説明が面倒なので今回は省略)

祝儀Pが存在するフリー雀荘ではこの事実だけをもってして、
「無意味な両面の一巡ダマ」はマイナスしかないし、
手代わり枚数もたかだか1,2種程度だったらとっととリーチをかけた方が良いケースは多いだろう。

一方で両面ではない愚形リーチのツモ切りリーチというヤツは色々と判断要素がある。
ただし巷で良く見る「愚形の追っかけツモ切りリーチ」というのはマイナス要素の方が多い。
せっかく後の対応を考えてダマにしていたのに、
他家からのリーチ=場の危険度が上がった瞬間に良形ではない待ちで戦いに行く行為、
正直に「何が何やら・・・・」というケースが多数になるのは事実である。
それならば最初からリーチして相手にプレッシャーをかけといた方がマシなのだ。

しかしツモ切りリーチにも時としてすべきケースもある。
というか競技でツモ切りリーチが発動する状況のNo1、それはおそらく・・・・・・


ここで唐突に場面を変える。
先日土曜に行われた第15期日本オープンのプロ予選。
半荘3回で上位約30%が通過するこの戦いの1回戦の事だった。

東1局で私は親番
6巡目に北家がリーチをすると、
その次巡に西家がノータイムでツモ切りリーチ。

これを見た瞬間に「マズい」と私は思った。
西家をある程度信頼するならば、これはもう「高くて待ちも良形だったからダマにしていた」というのが一番考えられる理由である。
心の中で「北家がんばれ!もしくは放銃しろ!」と思っていたのだが、
その願いもむなしく西家が一発ツモを宣言

二三四③③④④⑤23455 ツモ⑤ ドラ③ 裏5
安めの10ハン
開始3分で4000,8000の親っ被りである。




このあと多少は粘りながらも結局はラス、
そして続く2回戦は呼吸をするかのようになすすべなく自然なラスを引き、
今期日本オープンはあっさり敗退でした。

もはや目無しの三回戦で7万点トップとって同卓者全員フルボッコにしてやったけどな!
ちなみに最高位戦の石井一馬プロ(三回戦の被害者)との会話
石井「武中君、ポイントどれくらい?」
私「▲90Pくらいなので15万点くらい必要かと」
石井「いやいや、13万点で足りるでしょ。ちゃんと計算してよ」

どっちでもいいわ!w

2017年3月3日金曜日

麻雀プロのネット対局についてのお話 その2

ちょっと前に書いた記事の続き

http://susumutakenaka.blogspot.jp/2017/02/1.html


さて放送対局について思うことをもう少々書いてみようと思う。

麻雀界では「魅せる」という単語がよく使われてきた。
いわば「プロである勝ち負けよりも観客を楽しませる事が大事」、
という考えに基づいた打ち筋のススメである。

この考え方自体は完全には否定できない。
麻雀というゲームの結果が結局は運に大きく左右される以上、
「見ている人が面白い物を」という考え方を重視するのは、ある意味正しい。

がしかし正直に僕ごとき若輩者の本音としては、
「そんな事を考えていてはきりが無い」である。

理由を言えば「魅せられる麻雀」の定義なんて、
人によって違う、そしてそれ以上に時代によっても違うからだ。

そもそもこの10年、
ネット社会の普及により一般の打ち手の価値観は大きく変わった。
まず一部のレベルの飛躍的向上が背景としてある。
ネット麻雀の超高段者を中心とした研究集団とそのつながり、
これにより麻雀プロ業界の外からも非常に冷静で客観的な評価を下せるレベルの人達が出てきている事実がある。

そしてその影響で全体の価値観というものはかなり多様化した事実もある。
上記のような辛らつなファンもいれば、昔ながらの「魅せる」が好きなファンもまだいる。

そんな状況の中で、
全てのファンを納得させる麻雀というものは昔以上に難しい時代になっている。
そしてその環境変化に合わせて「魅せるの定義」もちゃんと研究されて変わってきたか?
と考えた時、僕には正直あまりそう見えていない。


改めて、
放送に出る人間が今後どのようなテーマを持って挑むべきか、
これはもう僕の中では単純で「自分の得の為に麻雀をただ打つだけ」である。

「ギャラリーはどうするか」という意見があるとしたら、
まず大前提として言いたいのが、
「信念の為の麻雀」は「勝つ為の麻雀」より難しい、という事実である。
誤解を恐れないで言えば「難しい」というよりも「劣る」という言葉を使いたい。

なぜなら「勝ち」とはこの様々な価値観があふれる麻雀というゲームの中で唯一万人に共通の価値を持ちうるが、「信念」なんていうものは当人にしか通用しない価値だからである。

まあ今後も打ち手は「生放送の批判コメント」というのは避けることができないだろう。
ただ前回の記事でも書いたが、テレビの放送が開始されてから既に90年位なのに対してネット生放送なんて5年程度しかたっていない。あまり過敏に反応するのも意味がないとも思う。

ちなみに最近見て面白かったのは以下ブログ
http://kasakoblog.exblog.jp/22518806/

企業がクレームに振り回される時、
10人中9人の客がこれはいい商品だと思っていても1人の客が「これはダメだ」とわめくと、
ポリシーのない企業はたった1人の声に振り回され、商品を改定してしまったりする。
結果、9人のファンを失うことになってしまう。

大事なのは当人がしっかりポリシーを持つ事なんだろう。
今の僕には無理だが、小島先生のように「魅せる」という事にしっかりとポリシーをもって数十年やれる人もいるわけだ。

そして視聴者の方にお願いしたいのは、
「出来る限り賞賛コメントも打ってね!」であるw


さて大事な事をもうひとつ、
ギャラリー(視聴者)という物について考えた時、
この数年で遥かに重要性が増した(認識された)のは、
対局者ではなく解説者
個人的にはそう思っている。

もうちょっとだけ続く

2017年3月1日水曜日

「小金井市女子大生ストーカー刺傷事件」を元に思った事 その1

デリケートな部分を含む話題なので書くか悩んだがまあ書いてみよう。
あくまで私見です!世の方々とか麻雀業界のほかの方々考え方とはずれてるかもしれませんが、そこはご勘弁を!
小金井市女子大生ストーカー刺傷事件の地裁判決が出た。
求刑17年に対して懲役14年6月。

http://news.yahoo.co.jp/pickup/6231536
被害者の厳罰を望む感情が峻烈だったのもあり、
過去の判例と比較して十分に重い量刑にはなっているらしい。
でも被害者からしたら「14年後に報復される」という恐怖心とか、納得できない部分とか、色々な思いがあるだろう。

数年前に起きたAKB襲撃事件から個人的には思っているのだが、
「公開イベント等の出演者を殺傷した場合の新しい罪状(普通の傷害より重い罪)」は作った方がいいと思う。

昨今、音源や映像が商売道具としての利益率が下がっている中で、
有名人やタレントは商売の為にもこの手の活動は減らせないだろう。
更に言えば「誰がどこでどんなイベントをやっているか」も非常に情報が簡単に入手できる時代なわけで、

上記のような新罪状とか、
ストーカー規正法強化とか、
出所後の報復防止に向けた規制とか、
今回の事件や今の世情をちゃんと考えて法整備がされてほしい。

東名高速飲酒運転事故が大きく影響して作られた危険運転致死傷罪、
早稲田のスーパーフリー事件もきっかけに作られた集団強姦罪、
これらと同じような動きを求めております。


さてこの話題、麻雀界もけして他人事じゃない。
まあ接客業がメインとなっている業界全体が考えるべき話題だと思う。

やっぱり麻雀プロは2017年現在ではゲスト等を主とした「接客」を元に生計を立てる人が多い。
その中で「サービスする側される側の関係性の難しさ」というのを常々感じる。

ゲストプロを熱烈におっかける「追っかけ」の方々、
これ自体は業界にとってはありがたい存在だ。
でもそれが行き過ぎて、店で出待ち等をしてしまうケースとか、直接連絡を取りたがるケースとか、
つまり「個人として、下手すれば異性として仲良くなりたい」という願望が迷惑行為を生むのも事実なわけで。

結局のところ、
客とゲストって「個と個の間にワンクッションがある関係」だし、
それは双方が自覚しなくてはいけない。
まあそれが「きっかけ」で個としてつながるケースはあるが。

でも僕が一番言いたいのは、
それって悲しかったり空虚な関係じゃない、良い関係なんだって双方に思って欲しいという点である。

私自身大学時代にメンバー業をやっていたが、
その時知ったのは、「接客する方もお客さんと節度をもって仲良くするのは楽しい」って事実だ。これは本当に。
それまで接客経験もなかった私は「店員の笑顔」って本当に苦手だった。作り物に見えて。
でも働いてみて作り物じゃないことが良くわかったのはいい経験だった。

要するに、ゲストだってお客さんと良質な関係を築ければ嬉しいに決まっている。
まあ「それでも個と個のつながりの方がいいに決まっている」と言われれりゃそれまでだし、だからこそこのテーマは結論が出ない。
「どこまでがセーフ?」
「個として仲良くなる方法はないの?」
とか色々とあるかもだが、これはいつか別記事に書く、かも。

さて、ちょっと長くなったので続きます

麻雀界屈指のAKBオタ(最近はすっかり疎遠だが)であり、
アラフォーであり、

理系大学!
麻雀業界!!
アイドル業界!!!
(サンシャイン池崎風)

こんな男女構成比が著しく偏った環境をいきぬいてきた男!
その私がちょっと「追っかける側」ってやつについて書いてみようかと!
※別に麻雀プロは追っかけた事ないけどw

続く