2017年2月18日土曜日

決勝とは悲喜こもごもである③

以前に以下の記事にて、
タイトル戦というのは究極のマゾゲーである、と書いた。
勝ち進めば勝ち進むほど次を勝ち抜く難易度は上がっていくし、
勝ち進めば勝ち進むほど負けた時の悔しさというのは高まっていく。

http://susumutakenaka.blogspot.jp/2016/10/blog-post_11.html
http://susumutakenaka.blogspot.jp/2016/10/blog-post_12.html
そしてタイトル戦の特徴として更に一つ言えるのが、
「勝ち進めば勝ち進むほど一緒に喜べる人が減る」
という事実である。

予選、本戦、ベスト64、
終わった後には勝ち上がりを一緒に決めた人がいて、ともに喜びを分かち合い、「次も頑張ろう」と励ましあう。
これがベスト16になると更に減り、
決勝となると自分以外は3人 or 4人に限定される。
そして優勝するという事は自分以外の全員が敗北した事を意味する。

つまり究極的な事を言えば、
優勝した時にその喜びを共有できる人は存在しないのだ。
周りにいる人は全員「自分に負けた人」であり、悔しい思いをした人なのである。
そう考えると「優勝」という行為は究極の孤独を味わう行為といえるのかもしれない。

まあそれでも勝ちたいw
無論勝つためにやっているし、孤独の味とは勝利の味の一部である。

客観的に見ても「勝者を決める」「敗者を決める」という残酷な事実があるからこそ、
こんな村社会に生きる麻雀プロという生計を立てることも難しい人たちも、ちょっとだけ輝けるのである。

ただそれでも、
いつも決勝のたびにちょっとだけ「引き分け制度ってないのか・・・」とか思うこともある。

4人の選手が互いをたたえあって濃密な時間を過ごす、
でもそんな4人の明暗が決まる瞬間、その一瞬の為に戦っているとはいえ、やはり寂しさも感じる。
これが準決勝なら喜ぶ人間が4人いるが決勝はそうもいかない。

応援する側としても「本当におめでとう」をいえる一人に対して、
言葉をかけられない3人が生まれる、という事実があるのだ。

これを特に強く思ったのは第13期日本オープン決勝だった

http://npm2001.com/nihonopen/13-nop.html


決勝に進出した4人
矢島亨
石井一馬
浅見真紀
近藤千雄

4人ともが実力のある、そして応援していた人だった。
この面子の決勝が決まったとき「誰が勝っても嬉しい面子だ」と思い、
数秒後に「つまり誰が勝っても負けた3人にかける言葉が・・・・」と思ったのである。

さて明日いよいよ第15期雀竜位が決定する

改めて1人の孤独な勝者と3人の敗者、悲しい現実がきまる瞬間ともいえるわけです。
楽しみにしながら見るとしましょう。

ちなみに今日、
決定戦面子の一人である江崎文郎のセット麻雀に付き合ってきたのですが、
その席で「お疲れ様です!雀竜位!」と煽りまくってきました!

・・・・勝負終わった後にあおるとかやっぱ出来ないからね^^;
その分直前に煽るのが武中流!キリッ

我ながら悪趣味w

https://freshlive.tv/threearrows-ch/81244
http://live.nicovideo.jp/watch/lv289046256