女流雀王決定戦もいよいよ開始したわけで。
初日を終えて大崎・愛内・佐月のデッドヒートとなる一方、朝倉がおいていかれる展開。
まあまだ二日間残っているので先はわかりませんがね^^;
興味のある方はニコ生・abemaTVのタイムシフトを是非^^
http://live.nicovideo.jp/watch/lv283194543
https://freshlive.tv/threearrows-ch/63435
さて今日はちょっとこの決勝シーズンにふさわしく(?)、
私の中で印象にのこっている決勝についてちょっと書こうかと。
それはズバり「第36期最高位決定戦」
石橋伸洋さんが初の最高位に輝いた戦い。
片山先生がweb漫画も書いてます。
前編
http://majandofu.com/manga/katayama-masayuki-vol1/
後編
http://majandofu.com/manga/katayama-masayuki-vol2/
それで私がこの決勝を印象的と思っている理由は、
優勝した石橋さんと惜敗した曽木さんの最高位戦史上にも残る名勝負って点でも勿論なんですが、
実は村上さんにありまして^^;
(以下選手名敬称略)
その理由を説明する為に、
ちょっと最終戦前のポイント状況を。
曽木 + 145.7
石橋 +113.0
村上 △84.7
佐藤 △176.7
要するに最終戦での村上の条件を簡単に言えば、
①曽木と約17万点差をつけてトップラス
②かつ石橋と約16万点差をつけてトップ三着
という条件でした。
まあ活字にすると良くわかるのですがかなり非現実的、
実質最終戦は石橋・曽木のマッチレースだったわけです。
実際にこの二人の壮絶なデッドヒートのまま南四局を迎え、二人がほぼ上がれば優勝の状況、
対する村上はラス親でしたが上記の過酷な条件を満たすには程遠い状況でした。
最終局親番、ここから村上は1500,2000とあがった直後にいよいよ厳しい牌牌を受け、
そして石橋の2フーロと曽木のリーチを受けます。
南四局 ドラ白
石橋
四五六⑧⑧34 888(ポン) 中中中(ポン)
曽木リーチ
一二三②③④⑦⑧234白白
対する村上がこの形
①②⑥⑦⑧⑨東東西白 南南南(ポン)
この局見てて、
「さすがの村上さんでもこりゃもうおりるかも、、、、」
と思いました。
トータル条件を満たすのなんて不可能に等しい状況の中、
ほぼ張っている石橋、リーチの曽木、
その中で突きつけられたこの手牌
「邪魔しない」と考えてしまうかもな、と。
でも村上さんはこの状況でも我をつきとおします。
その結果。村上さんが石橋さんに放銃し第36期最高位は決したわけです。
正直にこの対局を見ているさなか、
石橋・曽木の名勝負にも興奮しましたが、
村上さんの信念により強く興奮したのを覚えています。
それも「勝ちに拘る信念」というより
「競技麻雀とはこうあるべきだという信念」にですね。
ここまで書いてきた村上さんの状況、
この状況で押すというのは並大抵の精神力で出来ることじゃないんですね。
競技麻雀を良く見る人ならわかると思うのですが、
こういった局面で「ほぼ目無しだけど自分の親が終わるまでは普通に打つ」という人は結構います。
予選などであれば「自分の為」と徹底できる人も多くいるでしょう。
でも例えラス親であっても、こんな大舞台で「ほぼ目無しの自分が決定打を打つ」という局面では、
大体の人間が逃げて勝負を放棄してしまう。
「最後を自分で決めてしまうのは申し訳ない」と。
ここで村上さんが我を突き通したのは、
勝ちたいという気持ちだけで出来る事ではなく、
「麻雀は所詮どんな形でもお互い迷惑を掛け合うゲーム」
「最後だけ何もしないふりをする方が本当の迷惑」
という競技麻雀その物への信念と、
そして何より自分の麻雀の知識と技術に対する自信、
これがなきゃ出来る事ではなかった。
「俺こんな自信も信念も持ってねーわ・・・」
と終わった後にただただ感動したのを良く覚えとります^^
決勝というのは本当に面白い。
それは打牌内容はもちろんですが、
個人の勝負や麻雀に対する信念を垣間見ることができる点がやっぱり魅力的なんですよね^^
冒頭の女流雀王決定戦。
ここでも見れるんじゃないでしょうか。4選手の技術と信念が^^
とこの記事でプレッシャーかけてみるとしましょうw
好勝負期待!
・・・・と村上さんについて誉めまくったまま終わろうかと思ったのですが、
実は私村上さんを非常に恨んでいる事が一つあったのを思い出し。
村上さんが昔結婚式された時、
彼は私の双子の兄だけ式に招待したんですよ。
まあそれだけならまだいいんです。別に「兄と仲良いのだな」ってだけで普通の事かと。
しかし数日後
村上さん「なんで兄は来てくれたのに弟は来てくれなかったのさ?(・・;)」
ワシ「呼ばれてないんですけど・・・」
村上さん「あっ!そうか!兄に招待メール送ったから弟も来ると思い込んでた!ごめんね!!」
・・・麻雀界の多くの方がよばれていた中呼ばれずしょんぼりしていた私にこの仕打ちですよ(--;)
というわけで麻雀プロの皆様。
武中兄弟は片方呼んだらもう片方も自動的についてくるわけではありません。
あしからず!
獲得タイトル:第13期雀竜位
趣味:競技麻雀、人狼ゲーム
活動範囲:各競技麻雀大会およびニコニコ生放送(スリアロチャンネル 等)
主に今までの経験や今後についての雑記です。
今まで書いた主な記事のまとめはこちら
麻雀プロ対局動画のまとめはこちら
twitterはこちら
facebookはこちら
2016年12月5日月曜日
2016年12月3日土曜日
麻雀プロだって「投了」したい その2
ラベル:
競技麻雀関係
前回の記事
http://susumutakenaka.blogspot.jp/2016/11/1_23.html
さて前回の記事の最後に書いた「ほぼ目無し時の打ち方」について。
結論は前回の通り「自分自身に言い訳(?)して普通に打つ」でして、その背景を少々書こうかと。
まず物理的なロジックについて少々言及を
リーグ戦の最終戦等で、
もうトップを取ってもほぼ降級というような状況だとしましょう。
でもそこでしっかりトップをとる行為は自分の残留確率を0.00000001%は上げる行為だという事実があります。
つまり脇のライバル目がこぞって箱下10万点とかに行けば、トップ取ったおかげで残留できるかもしれません。これは2着確保、3着確保、アガラスについても同様。
「そんな夢みたいな事考えて同卓者に迷惑かけるな」って人がいるかもですが、
前回記事の通り「自分が取れるトップや2着を放棄して卓外の人が損する可能性」というのもあります。
一緒に戦っている回りの人達のトータルで見れば、
自分がトップを取って喜ぶ人もいれば悲しむ人もいる。
自分がラスを引いて喜ぶ人もいれば悲しむ人もいる。
悲哀の総量は同じなんですね。
だったら自分が0.00000001%でも一番得する行為を見つけ出して実行する。
これが一番良い、と個人的には思ってます。
そしてそれ以上に精神論の話を。
これについては将棋の「米長哲学」を紹介したいかと。
米長哲学とは昭和の大棋士の一人である故・米長邦雄(永世棋聖)の持論=勝負に対する哲学です。
米長氏は幾つかの勝負論を語っていますがその中で特に、
「自分には消化試合であっても、相手にとっては一生を左右するほどの大勝負には全力投球すること。それができない者は、この世界では見放される」
と、説いています。
①相手や勝負への尊敬は自分が全力を出すことでしか保てない、という礼儀
②全てを100%の力でやり遂げる事よりも、95%を全力でやって5%程度の事で手を抜く事、こちらの方が遥かに難しいという全体への悪影響
これらによる「自分以外への情を勝負に持ち込む危険性」を説いているのです。
米長氏の考え方は麻雀プロとしても非常に感銘を受ける点が多いので、
興味のある方は是非とも色々とググってみて下さい^^
僕もこの言葉を聴いて感銘を受けた点は多くて、
どんなに自分が目無しであり、どんなに仲が良い人が相手でも、やはり卓上では手抜きはしない、って言うのは持論の一つです。
でもまあ、
仲が良い人とそういう局面で同卓するとなると、
「相手が上手く打って自分をすっきり負かしてくれるのが理想」って思いながらやりますけどね
人間だもん^^;
あっ、ちなみに
「俺は同卓者に有利なように打つ。いつか自分もお返ししてもらえるかもだし。それが自分の"次"に、つまりトータル勝ちに近づく行為だと思ってるから。」
って意見は何回か聞いた事があります。
それはある意味では正論の一つで、そういわれると何とも反論できない部分があるのも事実^^;
どうなんですかね。
正解は僕にもよくわからないです。どちらを選ぶかは貴方次第^^;
http://susumutakenaka.blogspot.jp/2016/11/1_23.html
さて前回の記事の最後に書いた「ほぼ目無し時の打ち方」について。
結論は前回の通り「自分自身に言い訳(?)して普通に打つ」でして、その背景を少々書こうかと。
まず物理的なロジックについて少々言及を
リーグ戦の最終戦等で、
もうトップを取ってもほぼ降級というような状況だとしましょう。
でもそこでしっかりトップをとる行為は自分の残留確率を0.00000001%は上げる行為だという事実があります。
つまり脇のライバル目がこぞって箱下10万点とかに行けば、トップ取ったおかげで残留できるかもしれません。これは2着確保、3着確保、アガラスについても同様。
「そんな夢みたいな事考えて同卓者に迷惑かけるな」って人がいるかもですが、
前回記事の通り「自分が取れるトップや2着を放棄して卓外の人が損する可能性」というのもあります。
一緒に戦っている回りの人達のトータルで見れば、
自分がトップを取って喜ぶ人もいれば悲しむ人もいる。
自分がラスを引いて喜ぶ人もいれば悲しむ人もいる。
悲哀の総量は同じなんですね。
だったら自分が0.00000001%でも一番得する行為を見つけ出して実行する。
これが一番良い、と個人的には思ってます。
そしてそれ以上に精神論の話を。
これについては将棋の「米長哲学」を紹介したいかと。
米長哲学とは昭和の大棋士の一人である故・米長邦雄(永世棋聖)の持論=勝負に対する哲学です。
米長氏は幾つかの勝負論を語っていますがその中で特に、
「自分には消化試合であっても、相手にとっては一生を左右するほどの大勝負には全力投球すること。それができない者は、この世界では見放される」
と、説いています。
①相手や勝負への尊敬は自分が全力を出すことでしか保てない、という礼儀
②全てを100%の力でやり遂げる事よりも、95%を全力でやって5%程度の事で手を抜く事、こちらの方が遥かに難しいという全体への悪影響
これらによる「自分以外への情を勝負に持ち込む危険性」を説いているのです。
米長氏の考え方は麻雀プロとしても非常に感銘を受ける点が多いので、
興味のある方は是非とも色々とググってみて下さい^^
僕もこの言葉を聴いて感銘を受けた点は多くて、
どんなに自分が目無しであり、どんなに仲が良い人が相手でも、やはり卓上では手抜きはしない、って言うのは持論の一つです。
でもまあ、
仲が良い人とそういう局面で同卓するとなると、
「相手が上手く打って自分をすっきり負かしてくれるのが理想」って思いながらやりますけどね
人間だもん^^;
あっ、ちなみに
「俺は同卓者に有利なように打つ。いつか自分もお返ししてもらえるかもだし。それが自分の"次"に、つまりトータル勝ちに近づく行為だと思ってるから。」
って意見は何回か聞いた事があります。
それはある意味では正論の一つで、そういわれると何とも反論できない部分があるのも事実^^;
どうなんですかね。
正解は僕にもよくわからないです。どちらを選ぶかは貴方次第^^;
2016年12月1日木曜日
人狼も麻雀も、タテヨコ読みのゲームである
ラベル:
人狼ゲーム
,
麻雀について思うこと
11/27(日)のスリアロ村:第三十九幕、
改めてご視聴いただいた方々ありがとうございました^^
http://live.nicovideo.jp/watch/lv282057198
https://freshlive.tv/jinrou-ch/59897
いやあ三戦目、
レアケースの展開になった結果ミスリードも色々としたけれど終わってみたら個人的にも凄い印象に残るゲームとなりました。
その内振り返り放送とかやりたいなあ・・・
次回は12/9(金)の特殊村に出る予定。
皆様是非ご視聴を^^
さて、3戦目にてちょっと印象に残った事を一つ。
それはゲストの堀江さんが2日目に言った「可能性は全て追うべき」って意見についてです。
人狼を良く知らない読者もいるかもなので短く書くと、
①3戦目初日にて占い師が3人出てきて内の1人を処刑
②2日目に霊媒師をなのるはなうさ氏が、初日処刑者の結果を「人狼」と言った
③ほぼ全員が「じゃあ占いはつらずに他を吊ろう」と言っていた中で堀江さんだけそれに反対した。「違うケースもあるんじゃないかと」
別にこれは「どちらが正しい」ではなく、
「どこまでを”レアケースとして”枝葉切りするか」という考え方の差だと思うのです。
これは麻雀にも良くある事。
例えばピンフのみ、ピンフドラ1、カンチャンドラ1、どこまでを「基本的にはリーチ」として思考を枝葉切りするか、
これは正解不正解よりも勝負に対する意識の違いが結構物をいいます。
つまりここで言いたいのがタイトルにもある
「タテの読み」
「ヨコの読み」
どちらに重きを置くか、という考え方の違いだと思うのです。
「ヨコの読み」というのは、
「現在この瞬間にて最良の手段は何か」という考え方。
徹底的に色々な可能性を追って各局面を考える力。
ところがこれは実は「トータルでの勝率」という点には相反する部分が出てくる。
つまりそれが「タテの読み」
「ぶれない安定した展開」「レアケースの排除」
こういった点を考慮した上で全体の局面やトータル勝率を考えて読む力。
この二つは似ている様で実は真逆の部分を持っているのです。
人間の脳のスペックには限りがあるし、
麻雀や人狼のような選択型のゲームには選べる選択肢にも限りがある。
あまりにもヨコの読みをしすぎると、却って多くのパターンで裏目を引いて勝率を落とす。
何より選択の先で更に限りなく分岐していく局面でどの可能性に重きを置くのかが難しくなる。
だからといってタテ読みだけを重視しすぎるとその局面での有利な選択ができずに後々の展開が先細りにもなりえる。
「どの枝葉をそぎ落とすべきか」「どこに重きを置くか」を考えて全体を決める必要があるわけです。
そして麻雀に関して言えば、
タテの読みとヨコの読みの間を何度も行ったり来たりしながら思考を深めていくと、
やがて勝負に置いての勝ち負けを左右する「本質」が表れてきます。
根幹とも呼ぶべき部分であり、変えてはいけない部分。
でもやっぱり「根幹」と呼ぶべき部分すら人によって差があるんですけどね。
まあ、私人狼の事は麻雀ほどはわからないけど
麻雀も人狼もこの部分は近くて、色々なバランスがあって色々な考え方がある、
それを常々思った一日でした。
ちなみに放送を見た兄いわく「俺が村にいたらお前を間違いなく村置きしたわ」との事。
僕もいつかの回で兄が二人の占い師に狼判定出されたの見て、
「いやいやコイツ村だろ。俺の目にはそうとしか見えん。」と思ったっけ。
これはいわゆる「ヨコ読み」の典型、
その中でも最強の「双子センサー」という奴です^^;
おしまい
※
ちなみに文中にある「タテ読み」「ヨコ読み」って考えは
僕が尊敬する将棋プロの一人、緻密流こと佐藤康光さんの著書からパクリです。
あしからずw
佐藤さんって人狼やらないのかな・・・・
やらないか^^;
改めてご視聴いただいた方々ありがとうございました^^
http://live.nicovideo.jp/watch/lv282057198
https://freshlive.tv/jinrou-ch/59897
いやあ三戦目、
レアケースの展開になった結果ミスリードも色々としたけれど終わってみたら個人的にも凄い印象に残るゲームとなりました。
その内振り返り放送とかやりたいなあ・・・
次回は12/9(金)の特殊村に出る予定。
皆様是非ご視聴を^^
さて、3戦目にてちょっと印象に残った事を一つ。
それはゲストの堀江さんが2日目に言った「可能性は全て追うべき」って意見についてです。
人狼を良く知らない読者もいるかもなので短く書くと、
①3戦目初日にて占い師が3人出てきて内の1人を処刑
②2日目に霊媒師をなのるはなうさ氏が、初日処刑者の結果を「人狼」と言った
③ほぼ全員が「じゃあ占いはつらずに他を吊ろう」と言っていた中で堀江さんだけそれに反対した。「違うケースもあるんじゃないかと」
別にこれは「どちらが正しい」ではなく、
「どこまでを”レアケースとして”枝葉切りするか」という考え方の差だと思うのです。
これは麻雀にも良くある事。
例えばピンフのみ、ピンフドラ1、カンチャンドラ1、どこまでを「基本的にはリーチ」として思考を枝葉切りするか、
これは正解不正解よりも勝負に対する意識の違いが結構物をいいます。
つまりここで言いたいのがタイトルにもある
「タテの読み」
「ヨコの読み」
どちらに重きを置くか、という考え方の違いだと思うのです。
「ヨコの読み」というのは、
「現在この瞬間にて最良の手段は何か」という考え方。
徹底的に色々な可能性を追って各局面を考える力。
ところがこれは実は「トータルでの勝率」という点には相反する部分が出てくる。
つまりそれが「タテの読み」
「ぶれない安定した展開」「レアケースの排除」
こういった点を考慮した上で全体の局面やトータル勝率を考えて読む力。
この二つは似ている様で実は真逆の部分を持っているのです。
人間の脳のスペックには限りがあるし、
麻雀や人狼のような選択型のゲームには選べる選択肢にも限りがある。
あまりにもヨコの読みをしすぎると、却って多くのパターンで裏目を引いて勝率を落とす。
何より選択の先で更に限りなく分岐していく局面でどの可能性に重きを置くのかが難しくなる。
だからといってタテ読みだけを重視しすぎるとその局面での有利な選択ができずに後々の展開が先細りにもなりえる。
「どの枝葉をそぎ落とすべきか」「どこに重きを置くか」を考えて全体を決める必要があるわけです。
そして麻雀に関して言えば、
タテの読みとヨコの読みの間を何度も行ったり来たりしながら思考を深めていくと、
やがて勝負に置いての勝ち負けを左右する「本質」が表れてきます。
根幹とも呼ぶべき部分であり、変えてはいけない部分。
でもやっぱり「根幹」と呼ぶべき部分すら人によって差があるんですけどね。
まあ、私人狼の事は麻雀ほどはわからないけど
麻雀も人狼もこの部分は近くて、色々なバランスがあって色々な考え方がある、
それを常々思った一日でした。
ちなみに放送を見た兄いわく「俺が村にいたらお前を間違いなく村置きしたわ」との事。
僕もいつかの回で兄が二人の占い師に狼判定出されたの見て、
「いやいやコイツ村だろ。俺の目にはそうとしか見えん。」と思ったっけ。
これはいわゆる「ヨコ読み」の典型、
その中でも最強の「双子センサー」という奴です^^;
おしまい
※
ちなみに文中にある「タテ読み」「ヨコ読み」って考えは
僕が尊敬する将棋プロの一人、緻密流こと佐藤康光さんの著書からパクリです。
あしからずw
佐藤さんって人狼やらないのかな・・・・
やらないか^^;
登録:
投稿
(
Atom
)