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2020年8月21日金曜日

40歳になりました^^

迎えました。
新しい10年の始まり。
四十路ですよ。
うーん、、、
自分の中での勝手な感覚は、20歳ぐらいの頃と今を比べて、
自分が大人になった印象がほとんど無い。
いや本当に無い。
でも年齢だけはもう倍位に。。。。。
自分の親もこんな感覚だったでしょうか、、、w


んで、この数字を突き付けられてちょっと自分の半生について振り返って考えたんですよ。 
「もしも戻れるとしたら何歳位に戻りたいか?」と。

いっそのこと4歳とかにもどるのは全然ありなのですが、
それを除くならもう30歳くらいがちょうどいいなあ、と思ったのです。
それぐらいにこの10年が本当に楽しかった。

正直に、学生時代、特に中学・高校時代ってあんま良い思い出が無い。
親に色々と強要され、
学校では全く持って良く解らない価値観で色々な評価をされ、
とにかくストレス感じた記憶が、、、、

大学になるとバイトとかで自分の世界を好きに広げられるようになったのが大きかった。実際そうやって大学外で知り合った人とは今でも交流があったりする。
麻雀界の人とも一部はこの頃しりあって、今では普通に付き合いがある。
でも大学の友達って本当に一人たりとも連絡とってないw

ここであんまり僕がこの業界で話した事なかったんです事を一つ。
僕大学時代実はテニスサークルだったんですよw

入ろうと思ったきっかけは
出来る限り高校時代の知人がいない場所で大学の友人関係を築きたかったから、
そして麻雀を生活から切り離したかったから。


16で麻雀を本格的に覚えて、
高校時代はとにかく麻雀やってた。
友人と毎週末徹マンやってたし、フリー雀荘の存在を知ってからはそれも含めてとにかく麻雀打ってた。

麻雀は好きだったけど、
一方で「このままだと俺、10代や20代の大事な時期を全部麻雀だけやって過ごしちまいそうだ・・・」と思い、心機一転人間関係も環境も自分にとにかく合わなさそうなところに飛び込んだわけです。

そういった生活の中で友達も出来たり彼女も出来たりして、
楽しい思い出も幾つかあるんですが、
卒業したらぱったり連絡も取らなくなった。
実際、学生時代の同窓生で連絡取ってる奴なんて今皆無だし、会いたい人もいない
回りからすると僕はさぞかし奇異な男に見えたんじゃないかなあ、とか今となっては思うw

結局大学3年くらいの時にそのサークル仲間が麻雀覚えたあたりから、また麻雀どっぷりの生活に戻ったし、
結局この期間は僕にとって「肌に合わない事をする」って事を経験した、それはそれで貴重な期間だと思ってます。

うん。

僕の学生時代、
麻雀は今よりも遥かにアングラなイメージを持たれてて、
こんなゲームに多くの時間をついやしてる自分に疑問や劣等感を持つ事もあった。
「自分っておかしな人間なのかもな」とかねw

でも18年前に麻雀プロになった。
そうすると自分と同じような人間が自分のまわりに増えて、
その人たちとはウマもあったし、お互いにこの些細なゲームに対する価値観や時間を共有できたし、僕にとっての財産の一つだと思います。


仕事についても、
家庭についても、
僕の人生の中で自慢できる数少ない事の一つは、
10代の時よりも、
20代の時よりも、
30代の方がどう考えたって楽しくて実りある時間だと断言できることですね。
まあ色々と不幸事が続いて病んだ時期とかもあったりしたけど、
そこの中での心境変化とかも含めて、良い時間が過ごせました。
学生自体の話を「今となっては」とか言えるのもその証拠かもですねw

これからの10年は更に良い時間にしたいですね。
そして出来ればもっと多くの人と知り合っていきたい。
「慣れは退化につながる。新しい人に出会い続けてこそ進化できる。」
って言葉が好きです。
その為には「もっと自分の色々な部分を磨いて価値ある存在になる」が目標。

今僕とかかわってくれている皆様、改めましてありがとうございます。
そしてこれから出会う方々、どうぞよろしくお願いいたします。

さて40代になり、
まあまず迎えるは来月のリーグ戦9,10節(最終節)です。
厳しい位置ですが、踏ん張りたいと思います。。。。。

2020年4月20日月曜日

自分の子供に麻雀を教えたいか?(あくまで僕の私見です。私見。)

我が団体の雀王である堀慎吾が先日twitterにてこんな事をつぶやいていた。
https://twitter.com/elis0323/status/1249990071907844096

今年三歳になる息子が「麻雀プロになりたい」と言ってるのに対して、それを必死で阻止する親の絵である(?)。

改めて思うんですよ。
麻雀プロに「自分の子供に麻雀を教えたいか?」と聞いたとき、なんて答えが多いだろうか、と。
これはあくまで僕の予想なんですが、男性プロのマジョリティー回答は「あまり教えたくない」じゃなかろうかと。

僕自身の回答も「あまり教えたくない。まあ20代後半位に趣味として覚えてくれればいいけど、10代とかからのめり込むのはね、、、、」
です。つまり程々にしてほしい、自分のようにのめりこんでは欲しくない、ってとこでしょうか。

理由は主に二つあって
まず麻雀業界ってのは現時点では食いつなぐのも難しい=麻雀にのめり込んでも色々と夢がない点。
そしてもう一つが、自分の人生を振り返った時の事を考えてです。
ざっと言ってしまえば麻雀に多くの時間を費やした20代の事を振り返ると、自分の子供にあまり同じ経験をさせたくないのです。

麻雀界の環境や世間のイメージって僕が20歳頃の時代は今よりかなり悪くて、麻雀にのめり込む行為自体が「根暗で内向的」「アングラ」ってイメージがあった。
僕自身もそういった世界にのめりこんで20代の時間を結構費やして、まあそれは今の人生では多少なりとも大事な経験になってる部分はありつつも、「もっと貴重な時間をその時しかできない有意義な事に費やしたかった」って思いは少なからずあったりする。
片山先生の名作「スーパーヅカン」の後書きより。
麻雀に深くのめり込んだ人間には共感する部分があるのかもしれない内容ですね。



とまあ自虐も含めてネガティブ要素を書いたのですが、
そんな話をした際の我が家の相方との会話
「じゃあ自分の子供に自分の対局とかは見せたくないのね?」

、、、それは嫌だ。
麻雀のルールとか覚えなくてもいいけど放送対局見て「パパ頑張って」と言ってほしい、そう多くの打ち手は思うはずである。
μの石原さんが以前にこんなツイートをしていたい。
https://twitter.com/i/status/954335257523884032

僕はこれを見た時に感動してマジで涙でそうになった。
いつか僕も死ぬまでにこんな経験してみたい・・・

というわけで
「麻雀覚えるなら20代後半くらいからにしてほしい」
「でも対局とか競技について”パパ頑張って”と言ってほしい」
多くの麻雀プロの親はそう思うんじゃないだろうか、
という勝手な意見を書いてみたわけです。


まあしかし、改めてこの年になると「子育てって難しいよなあ」、と思うのです。
ちょっと僕の経験を一つ。
僕の母は結構教育系だったのです。
そして母が特に僕に勉強を強要したのが「英語」だったんですね。
中学入った頃から英語の塾に通わされて、成績も英語を特に重点的にチェックされ、「英語は一番大事だから勉強しろ」と耳にタコが出来るくらいに言われたのです。

で、どうなったかというと、僕は英語が大っ嫌いになり、高校入るあたりから苦手教科の一つになったのです。
社会人になると苦手意識とかも消えたし、海外の人と英語で仕事する事もあった。
そしてこの年になると「英語が大事だという母親の意見自体は正しかった。」と思うのです。
ぶっちゃければ僕も「自分の子供に何を一番勉強してほしいか?」と聞かれれば、「英語もしくは中国語」になります。
ただ同時に「でも母の子供への英語の勧め方は最悪だった」とも思っているわけでして。

その自分の経験上、「子供が自発的に興味をもって勉強してくれる方向に導けなきゃ意味が無い」って思う一方で、その方法は本当にわからない。
母のやり方が最悪だったと考えつつも、「じゃあどうすればいいのか」って正解については正直に全くわからんのですね^^;

「子育て」って人類が長い間ぶち当たってきた正解のない難題の一つなんでしょうね多分。
僕はもし自分の子供が「麻雀やりたい」って言ってきたら、その子供の好奇心を摘み取らずある程度は教えてあげつつ、一方でその心をもっと有効な物に誘導してあげたい、そんな事を思うのでありました。

そんな未来が来るかどうかがそもそも不明ですがw

2019年12月31日火曜日

2019年も終わる

今年の締め日記を軽く書いとこうかと思う。
・・・特に書くネタが思い浮かばないのだが。

そういえば昨日、
ずっと見たくても見れなかったボヘミアンラプソディーをamazonでようやく見たんですよ。まあ面白かったんです。個人的に一番好きな「Don't stop me now」がエンドロールでちゃんと使われてたし。
ただ、できればやっぱ映画館で見たかったとも思い^^;



ちなみに、
映画にあったライブ・エイドの後もフレディーは音楽活動を続けながら、エイズの合併症で1991年に死去するのですが、そのあとについてちょっとだけ豆知識を。

映画にも出てきた彼の最後の恋人「ジム・ハットン」、
ジムはその後もフレディーを献身的に世話し続けるのですが、実はこの時すでにフレディー経由で彼自身もHIVに感染しています。ただその事は最後までフレディーには告げず、その後2010年に癌で死去してます。(エイズの合併症でなかった点は医療技術の進歩があったのかも)

その一方でフレディーの死後、
ジムは映画の中心人物でもあったフレディーの元恋人かつ友人のメアリー・オースティンと、遺産分与についてかなり争ったそうです。
結果はほぼメアリーの全面勝利で、現在でもフレディーの家は彼女の物でありフレディーの遺骨も彼女が埋葬しています。
現実は映画や小説よりも色々と複雑なのでしょうね。
※「フレディーが居なくなって、メアリーからすれば自分と仲良いポーズをする必要はなくなったのだろう」というのがジムの見解。メアリー側は基本的にフレディーの死後にコメントを残していない。


さてそんなこんなで2019年もいよいよ終わり。
個人的にこの一年を振り返ると、
まあ去年からの延長で引き続き色々と忙しくて、気づいたら終わってた一年な気がしますね^^;

仕事も麻雀も家庭もまあそれなりに忙しく、でもまあどれもそれなりには順調で。
仕事はまあここでは特に書かないですが、

家庭については昨年に引き続き忙しい日々ですが、今年については家を買ったのが大きなニュースではありますかね。これについては思う事とか色々とあるのでちょっと別記事でもその内あげますか。

麻雀についてはまあ無事A1残留できたのがやっぱ一番のニュースでしょうか。
そして年が明ければ雀竜位A級、こっちも楽しみ。

と、まあ、グダグダ書きつつも、
2019年も改めて皆様お世話になりました。
2020年もよろしくお願いいたします!

・・・・・いよいよ40代か(ーー;)人生って早い。

2019年10月9日水曜日

一年ってあっという間ですね

あれからもう1年ね。

知人の訃報というのは正直に人生でほかにもあったのですが、
やっぱり何度聞いても衝撃の度合いというのは変わらないわけで。

10月8日の最高位戦B1リーグ最終節、
スリアロの放送見ている中で一回戦終了後に発表された突如の対局中止と放送中止、
対局者の体調不良という事と、その当人が巌と知りその時は「何やってんだアイツ・・・まあ間違っても健康体じゃないからな。。。」と思ったわけで。

ただ翌日に自分の属するライングループのいくつかで容態がただならないとの話がぽつぽつ出てきて、事の重大さを知り。
気づいた時にはそれが訃報になっていたわけで。


家族葬の予定だったところを、
麻雀ファン、人狼ファンの皆様の声があったおかげで一部ながら関係者は呼んでもらい、
僕も最後の挨拶ができたことは改めてこの日記でもお礼をいわせていただきます。
ありがとうございました。

この写真もファンの方に掘り起こしていただきました。
本当にありがとうございます。
これはすごい嬉しかった。
・・・なんか俺、この時の方がふけてるかもw

書きたいこともいろいろとあるんですが、ちょっとうまくまとまらないのでやめときます。

ちょっと話変わって、
僕の古い友人がなくなってから、来年で10年になるんです。
今年はその彼と親しかった仲林とか堀とかたろうさんとかと対局をする機会が多かった中で、この10年の移り変わりをちょっと感じることがありました。

10年前の自分から見て、
今の自分ってちょっと想像がつかなかった点が多々ある。
身の回りの奴らも僕と同様に、結婚した人、子供ができた人、中には離婚して再婚したやつとかもいてw
「10年もたつと色々と報告したいことが多すぎるな」
とか思うわけです。


そしてもちろんこの1年もいろいろな事があった。
巌がいなくなってからの1年か。
皆結構いろいろとあったぞ。
いや、全然変わってないやつももちろんいるけど。
色々と彼と話したいなあ、とやっぱりこういう日は思ってしまう。

今日の20時から人狼チャンネルでの一回忌放送です。
正直に放送として体裁を保てるのか不安な点はありますが、
まあ生暖かく見てください。
個人的には彼の人狼の思い出って僕はほとんどないですけどね。
麻雀と私生活のダメっぷりの思い出ばっかw

【ニコ生(2019/10/09 20:00開始)】田中巌 一周忌 追悼特別放送
https://live.nicovideo.jp/gate/lv322119584

僕の敬愛する友人の方々、
体も心も健康気を付けて、
80歳過ぎたくらいまでお互いぴんぴんしてましょう。
んで、その時だからこそ言える昔いた奴らの悪口とか色々な暴露話で盛り上がる。
それをちょっと僕はやりたい。
できる限り多くの人にそれに付き合っていただきたいのでw

2019年10月7日月曜日

小倉は小倉でも孝では無い方の小倉の話

会社の近くで火事(ボヤ)があったらしい。
消防車のサイレンが昼間っから鳴り響いていた。
現場をちょっと見てみたが凄い火事ってレベルでもなさそうで一安心した。

僕は火事とかボヤの話を聞くと必ず思い出す2人の男がいる。

一人は大学時代のアホ友人の代表格だったS。
ある日彼が酔っ払って自分のジーンズにオイルライター思いっきりこぼして、
ふざけてそれに火をつけようとして引火した時、
信じられない位の速度でジーンズを脱ぐ脱皮芸(何故かパンツも一緒に)を僕に披露した男である。
「人間ってこんなすごい速度でフル●ンになれるんだな・・・」と感動すら覚えた事は今でも心に残っている。


そしてもう一人は、
かって日本プロ麻雀協会の後輩だった小倉ノリヒトという男だ。
この男は確かな麻雀の実力と端正なルックスによってかっては協会のホープと呼ばれた男だった。(現在はもうやめてる)
だが一方でとにかく色々な挙動が変人だった。
ちなみに彼はそんな変人性を生かして(?)現在動画配信の世界でちょっとした有名人らしい。
いや、凄い事だ。
https://twitter.com/bomba_yeah

そんな彼の火の思い出を語る前に、
当時の彼の状況をちょっと話そう。

彼は当時仕事を辞めたばかりで酷くお金に困っていた。
「明日のご飯にも困っている」と言っていた。

そしてそれを聞いた僕は、
『お金なら貸せないけど食べ物だったらあげるから困ったら言え』
と言ったのだ。

すると
「このままだと死ぬから助けてください」
と即返答が来た。

正直に驚いた。
だってこの日まで、
僕の「食べ物だったらあげる」という言葉は
「お金無いから助けて」と言われた相手への断り文句だったからである。

麻雀界は金遣いが荒い奴がたまにいる。その為に遊ぶ金に困ってる奴はいる。
こういう人ほど”お金に困っている”という。
実は大して困ってないのに、だ。

本当に食料欲しがるレベルで金ないやつなんてこの日まで見た事が無かったw
※後に聞いた話だと、当時は家の近くの市場に落ちてた野菜を拾い食いしていた位に困ってたらしい。


急いでスーパーでコメとかカップラーメンとか食料を色々と買って彼の家にいく。
彼はそれを受け取り本当にうれしそうだった。

そして笑顔で
「あっ!せっかくだから夕食食べていってください!餃子焼きます!」
せっかく彼が作ってくれるならご相伴にあずかる事に。

そしてフライパンで餃子を焼き始めた彼。
だが、
「あれ、差し水の後に蒸すためのフタがない・・・・・まあこれで良いか」
そんな独り言が聞こえて後ろを見ると、
差し水のフタ代わりに少年ジャンプを使っているヤツがいた。

『アホか!燃えたらどうする!!』
「大丈夫ですよ。そんな簡単に燃え・・・・・(ブワッ)・・・・・ウワー!」

いきなりジャンプが火の手をあげだす。まあ当然だ。
急いでそれを玄関外までもっていき、踏みつけて火の手をけして事無きを得たのだった。

まあ火事は無事回避されたてよかった。
だが出された餃子の中には、
少年ジャンプの燃えカスが幾つかはいっていたのはちょっと問題だったが。


『Sも小倉も元気でやってるかなあ。まあ小倉は動画見る限り元気そうだけど』
そんな事を思った数日後、
その小倉から電話がかかってきた。

『どうしたの』
「あっ、お久しぶりっす。実は今度石田晴香って元AKBの子と人狼番組やる事になりまして。知ってます。」
『ああ。知ってるけど。』

なんか昔麻雀でつながってた後輩が、
気づいたら人狼って別のゲームかつ僕もちょっとだけ関係していたフィールドで、
僕が昔追っかけてたアイドルグループとそのゲームやる。
人生ってなんだかんだで縁がつながるのかなあ・・・・
ジャンプに火をつけて騒いでいた彼を思い出しながら色々と感慨深くなった秋でありました。

ちなみにその番組がこれみたいです。
彼も石田晴香も元気そうで何よりだw
人狼好きな方等、ご視聴してあげてください。

https://www.openrec.tv/live/d1rn51lm5rv

2019年9月28日土曜日

メンバーをやめて会社員になる、本当に良い決断だろうか?

「実は会社員になろうと就活中なんです」
とある知人の雀荘メンバーに珍しく誘われてお酒を二人で飲む事となったある日、
こんな相談を持ち掛けられた。

彼の背景をある程度知っている故、
今回の動機も察しはついた。
『結婚を彼女さんのご両親に反対されたの?』
「そうなんですよ。”麻雀”って単語が出る時点でもう厳しいみたいで・・・」


僕らの親世代は麻雀について物凄い悪いイメージを持っている人が少なからずいる。
麻雀=ギャンブル、
メンバー=不安定でお金がない、
まあこれを100%否定できない部分があるのは正直につらい。
僕も今の相方のご両親に「麻雀打ち」って点を凄い心配された事もあるし。
そして麻雀にかかわるメンバーという職業に対して、
彼女さんのご両親が心配する気持ちを察する部分はある。

ただやっぱりこの点に、
この業界を良く知る身だからこその反論もあるのだ。
『今40でしょ?俺の目から見ると会社員になんか絶対ならない方がいいんだがな・・・・』

あまりメンバー業を良く知らない人が誤解しているケースはあるが、
メンバーの給料(額面ではなく手取り)というのは店次第ではそこらの会社員の給料よりも断然良いケースがある。
ましてや新入社員の手取りと比較したら比べるまでもないレベルだ。

確かに会社員は社会的信用(与信)の面で色々と優遇されいる中でメンバーは厳しい点も多い(不動産関連は特に大変)。

ただ典型的な高給取りメンバーである今の彼が、
40から会社員になって、
年収が数分の1とかになって、
そこから20年ほど働いたとしても、
とても生涯年収で挽回できる絵は僕には見えない。
そして会社員としてコツコツ勤続を積み上げる事で出てくる旨味って奴も、味わえるはずの頃には年齢の問題で色々と厳しいだろう。


彼女のご両親の懸念は解る。
出来ればしっかりしたスーツを着て会社に勤める男に、
マイホームを買ってもらい、
しっかりコツコツとした生活基盤で娘と子供を守ってもらいたいのだろう。

ただその絵は、
日本経済が右肩上がりで色々とした社会システムの懸念が少なかった数十年前、
かつ相手の男が20代、30代とかの場合に通用した「人生の成功モデル」にも思える。

日本経済について言えば
終身雇用時代が終焉を迎えつつあり、
経済が右肩上がりとも言い難く、
年金に対する懸念も多く政府もiDeCoだのNISAだのを奨励して「自己責任」を推し進めている、
そんな時代に40の男性に押し付けるべきか、と言われると個人的には疑問が残る。

彼にメンバーを続けさせて、キッチリ貯金を夫婦で作って、お金という基盤で生活を守る、そんな二人の絵を認めさせた方がいい。
彼が持っている「高給取りのメンバーを続けれらる接客スキル・麻雀スキル」というのは大きな武器であり、
それを放棄して丸裸で武器もなく会社員になれ、という方が遥かに非現実的だ。
と個人的には思うわけだ。
※まあメンバーには金銭以外のリスクが多少なりともあるのも事実なんだが。既述の与信の関係ももちろんだが、法律的リスクにさらされる場合もあるし。

ただそういった点の比較を一切せずに、
ただただ麻雀という単語で門前払いをするご両親に折れて渋々就活をしている中、思うところも多いのだろう。
彼は酒を飲みながら何回も溜息をついていた。
「武中さんはいいですね。会社員長くやってて。」
『俺からすればメンバーが羨ましい点も色々とあるけどね。お前さんは特にギャンブルしないし貯金もしてるし、さっき言ったような生活設計をちゃんとご両親が理解してくれてメンバー続けられるのが一番良い話なんだがなあ・・・・・』
「僕よりもご両親にその点を説明して欲しいです・・・・」

高給取りの雀荘メンバーが結婚等の為に社会的に安定を目指し会社員になるケースは他にも幾つか見てきた。
が、そこから出戻りするケースが結構あるのも事実である。
社会から見たら彼らは「なまけ者」「落伍者」みたいに見えるのかもしれないが、
内情を知る人間としては、
仕事のストレスは倍増、
収入は大幅減、
そんな状況でも会社員を自ら選ぶ
この方が異常に見えなくもない。

それでもその道を続けるというのは並大抵の意志が無きゃできない事である。
転職をした後にずっと家庭を会社員として守っている人も確かにいるのだ。
彼にしても相手の女性を大事にしてるからこその決断なのだろう。
その決意はちょっとまぶしく見えた。


ただ一方
「就活は続けます。でも今日話してて、来週に具体的な今の貯金額と生活プラン(現在と社会人になった場合との比較)を出してもう一回ご両親と話そうと思いました。無駄かもしれないけどそれが彼女を守る一番良い選択と僕は思ってるんで。」
『そうだね。俺もそれが良いと思う。というか結婚に両親の許可っているかい?』
「ぼくはいいですけど彼女は両親に祝ってもらって結婚したいでしょうから。」
ご両親からしたらズレた主張に聞こえるだろうか?
でもキレイごと無しに自分が出来る最良の方法で彼女を守りたいと考えている彼の誠意がちょっとでもご両親に伝わって欲しい。
彼の人柄をしるだけに僕は本気でそう思ったのであった。

メンバー業も大変だ。
でも会社員が必ずしもメンバーより魅力あるものでもない。
結局人は40も近くなると自分の年齢と今持ってる武器をもって最良の選択をするしかなくなってくる。
何が彼にとって一番いいのだろうか、
ちょっと色々と考えさせられた一日だった。

2019年8月21日水曜日

39回目の8月21日(正確には40回目か?どっちでもいいけど。)

昨日夜に家で相方に言われて思い出したのだが、
今日は僕の39回目の誕生日だった。
いかん、マジで忘れかけていた。
もうこの年になるとおめでたいかも微妙だしw

うーんまあこの一年。
色々とあったかな。
昨年9月に父が他界したり、
今年になって双子の兄が結婚したり、
放送対局にも何回も出た年だったし、
家庭も仕事も麻雀もまあ色々と忙しい一年でした。
来年も色々と忙しいだろうし、楽しみなイベントもちょくちょくあったりですね。

そして去年も似た事書いたのですが、
30代の9年間は自分が10代、20代の時に考えていたよりずっと楽しくて、
この年にして「今が自分の人生で一番面白い一年」と思えるのは、自分のちょっとした自慢かもしれないです。
願わくば来年はもっと楽しい一年にしたいな。
 

さて、
ここで僕のプライベート云々とか仕事云々の話書いても仕方ないのでちょっと麻雀プロ関連について書きましょうか。

まずやっぱリーグ戦についてですね。
先週に第9節が終了。
約3週間後の9/8(日)が最終節なのですが、現状はこんな感じ。

・・・・降級のがけっぷち。
そして最終節の卓組がこれ。
A卓
順位登録名ポイント
1
矢島 亨333.9
6
田内 翼96.6
7
仲林 圭79.9
12
武中 進-136.6
13
小室 勇人-209.6

B卓
順位登録名ポイント
2
宮崎 和樹271.1
5
阿賀 寿直163.1
8
渋川 難波42.0
11
須田 良規-116.9
14
下石 戟-299.3

C卓
順位登録名ポイント
3
堀 慎吾269.7
4
鈴木 たろう176.6
9
小川 裕之-15.3
10
西村 雄一郎-85.9
15
橘 哲也-575.3

A卓にて小室・ワシの二人が降級最前線で殴り合う事になりました。
まあほかの卓だってまだ全然わからんのですが。

ちなみにその殴り合いの相手である小室についてちょっとだけ書こうかと
僕が初めて彼に会ったのは第7期新人王、
彼は関西のホープとして決勝に挑んでいたのです。(結果は4位)
僕は観戦記者でした。
http://npm2001.com/shinjin/7-shinjin.html
 

※その二人が10年後に殴り合う事になるなんて・・・・
しかしこうしてみると彼って全然風貌変わってないのね。

彼はA1リーグの猛者の中では隠れがちかもですが、
この新人王の後も着実にキャリアを積みA1リーグに在籍3期目となる関西の強豪なわけです。

うーん勝ちたいし、
それ以上に今期は本当に思う事が色々とあったのですが、
それを書くのは結果が出てからにしますかね。
落ちても残っても来年は続きますから。
いや凄い残りたいけど。

とりあえずリーグ戦終えて多少精神的には時間的にも落ち着いたら、
改めて考えたい事もいっぱいあるし、九月も忙しなあ。

麻雀の勉強の機会をもっと増やすためにちょっと新しい物を立ち上げたいのと、
資格試験勉強もやらなきゃだし、
あとそれ以外でちょっと興味を最近持ったのはクイズです。
先週に出たスリアロ27時間放送が面白かったので(単純)w
https://freshlive.tv/threearrows-ch/270633

企画側に色々と忖度してもらったおかげだったのかもですが、本当に面白かったし、今後もちょっとやってみたいと思ったりしました。
元々雑学の類は結構好きなので。
 

でもまあそういった色々な物を心から楽しむためにもまずはキッチリ残留しときたい。。。。。
というわけで全く持って落ち着かない気分で迎えた39歳。
とっとと9/8になってくれ。

でもその前に8/31(土)からRMUクラウンだった。
久々のオープンタイトル戦、こっちも勝ちたい。。。

改めまして39歳の一年も皆さまよろしくお願いいたします!

2019年2月7日木曜日

若さって力と価値が薄れる中で、人は何を考えるべきか、とか柄にもなく思う最近

2/23は日本プロ麻雀協会の選手総会である。
この中にはいよいよ来期の新人、18期の人たちがくるわけだ。

18期・・・・一番若い人と俺何歳差なんだろ・・・・
ここ数年、毎年新人が入るたびに結構その”若さ”ってヤツに危機感を感じる。
更に言えばあと数年して僕の競技麻雀歴が20年とか過ぎると、
いよいよそれよりも年齢自体が下の若手も来るかもしれない。色々と恐ろしいw

ここでちょっと唐突に最近Lineマンガで読んだ心えぐられた話について。

「東京タラレバ娘」
2年位前に吉高由里子主演でドラマ化され人気を博した作品なので、
聞いた事ある人も多いのではないだろうか。
https://manga.line.me/book/detail?id=0024sa57

んで漫画の3巻でこんなエピソードがある。
・主人公の倫子(33歳 脚本家)は予定していた自分の仕事を22歳の新人に奪われる
・「若さと体で自分の仕事を取りやがって」と荒れ狂ったが、しばらく後にその新人が緊急入院
・そのピンチヒッターでの台本作成を急遽たのまれる
・なかなかに筆が進まずプレッシャーがかかる中、自分のアシスタント(19歳)が書いた台本が製作者サイドの目に留まり、その仕事もあっさり奪われる
・それを通して、そもそも自分が仕事を奪われた事も実力不足が原因と気づく

「若さ」「新しさ」という多くの人たちを驚かせ感心させる力を秘めたエネルギーが無くなった時に、
自分の中にそれに代わる本質が無い、
そんな倫子の思いが結構刺さるシーンでして・・・・・

ちょっと違う観点の話になるが、
アラフォーになってくると昔よりくっきりと見えてくる社会の現実、
「人間社会お互いの価値の計り合い」という根本原理がある。

市場価値が高い人間には色々な人が近づいて更に世界を広げる一方、
市場価値が低い人間には何も近づいてこない。
若い時はこの簡単な構図が結構見えにくい。
理由は「若さ」という価値を皆が既に持っているから、
それに惹かれてくる人は想像以上に多いからである。

ただそれが去った時、いよいよ社会は「貴方は何を持っているのか?」と問いかけてくる。
容姿?
お金?
実績?
スキル?
人脈?

別にこれは仕事関係だけじゃなくて、友情関係にも恋愛関係にも問われてくる。
30過ぎても40過ぎても新しい友人がどんどんできて異性にもてる人、
こういった社会価値を持っているのが最大の要因だろう。
女性は男性より総じてこの社会構図を若いうちから実感してるのかも、とも思う。男性よりも圧倒的に手間と時間をかけて容姿に気をつかう人が多い。


今年も入ってくる「若さ」って価値を持ってる新人さん達、
毎年「新人にとって刺激のある業界の先輩でありたい」ってのは思うが、
無論あっちの若さに見合う価値をこっちも何かしら提供しなきゃ、向こうにとって刺激にはならないかもしれない。

その為に自分の市場価値を高めたい、
その欲がないとあっという間に「団体に所属してるだけの人」になるじゃないかと恐怖を感じる。
楽しい競技生活送るためにも頑張りたい、と。

そして「実績」とか「人脈」っていう解りやすい価値も高めたいけど、
やっぱ「スキル」でありたいんですよね。
地味だけど、自分で一番磨きやすい。

この業界、
たとえ実績では中々運に恵まれてなくても、
高いスキルが周りに認められて楽しい競技生活送ってる、
そういう人は結構いるし。
スキルはやっぱり刺激的な競技生活するうえで一番大事な物かもしれない。
今年も頑張らなきゃなあ。
柄にもなくそんな事思った。

いやー、しかし心に刺さる漫画だ。
アラフォー男性ですら刺さるのだから、この漫画とストライク同世代の女性にはどうみえるんだろう、、、、


とまあそんな感じでこの記事を締めくくろうと思ったのですが最後に1つ補足を。

毎年来る新人さん、本当に年々平均レベルが上がってる、って点を思う。
なんというかこの情報化社会の影響で、我々世代が10年で得た知識を1年で得ている、そんな人達がどんどん増えているのだから、そりゃレベルも上がるだろう。
「新人=麻雀歴が浅い」は事実でも「新人=先輩より弱い」って考えは、昔以上に通用しない世の中になってるんですよね。
ましてやキャリア積むとプライドだけは無駄に高くなるのが人間、
技術は新人以下、でもプライドは人一倍、そんな人がゴロゴロいるのもこの業界。
益々自分自身にも怖さを感じるのです最近
気が向いた時にそれをもうちょっと掘り下げたお話を書く、かもしれない。

2019年1月3日木曜日

今年もよろしくお願いいたします 2019

本年は喪中につき新年の挨拶は控えさせていただきます。
うーんきましたねえ2019年。
新しい年号もいよいよ始まるみたいだけど、何になるんだろ。

さてこのブログをはじめた2017年の正月に、僕は「正月の目標と願望は違う」という旨の記事を書きました。
https://susumutakenaka.blogspot.com/2017/01/blog-post.html
まあ簡単に言えば
「”リーグ戦昇級”みたいに自己努力で達成できるとは限らない事項は、目標ではなくただの願望」
というものですね。
今年も改めて言いたいのは「目標ってのは自分の努力のみできっちり達成しやすい物に設定しましょう」という点。
麻雀の目標だったら
●「昇級」 それはただの願望。
●「何切る本たくさん読む」 自己努力だけでできる。定量的な目標も立てるとなおよい。
って感じでしょうか。

ちなみにこれにそって去年の正月に2018年の目標も書いたのですが、
いまちょっと振り返ってみて、まあ達成できたもの、できなかったもの、半々くらいですかね・・・

https://susumutakenaka.blogspot.com/2018/01/2018.html
んでとりあえず2019年の目標は、
①仕事関連 AI関連技術とか勉強しつつ、久々に資格取得勉強をやる。
②麻雀 夢は大きく、雀王で。
③その他 健康保険とか家とか色々と生活の見直しをしたい。
かな。
仕事も麻雀も全力でがんばります。
改めて今年も一年、よろしくお願いいたします。

2018年10月9日火曜日

田中巌

今でこそ協会も最高位戦も数百人を超える規模になり、
特に最高位戦は色々な地方支部も抱えている。

でも10年ほど前は両団体ともまだまだ規模も小さかった(とはいっても100人は超えていたが)。
だからこそ協会や最高位戦の若手というやつは、今よりももっと活発に勉強会などを通した交流をする事が多かった記憶がある。
団体は違えど同じ麻雀界という釜の飯をくっている仲間、
まあ元々協会は最高位戦から分裂した経緯もあって上層部はまだこの頃一部ギクシャクが残ってたけど、
我々当時の若手はそんな事お構い無しに互いの麻雀や見解をぶつけ合った。
そして酒を飲んだりカラオケ行ったり色々な遊びもした。

今となってはその頃があったからこそ自分の競技麻雀のベースは作られたし、
その頃できた人脈が自分のこの業界での活動ベースにもなっている点が大きい。


園田賢
坂本大志
佐藤聖誠
橘哲也
大浜岳
吉倉万里
浅見真紀
近藤加那子
そして武中真と武中進
ここらへんでTwinCupという私設リーグを立ち上げたりもした。

彼・彼女ら以外にも当時一緒に切磋琢磨をした仲間は他にも多くいて、
当時の仲間達が後に上位リーグにいったりタイトルを取ったりしてる姿を見るたびに、
「自分も負けてられないなあ」と思ってきた部分は大きい。
そしてその思いはお互い様なのかもしれない。

田中巌もその1人だった。

彼と最後にあったのが、
8/25に原宿の脱出ゲームに一緒に行った時。

コンビニで買い物してる時にふとした会話
巌「リーグ戦好調そうじゃん。今年こそA行けそう?」
私『まだなんともね。去年だって結構ポイントあったけどダメだったし。』
巌「そっか。まあ俺はこの間ボロ負けして今年はちょっと厳しそう。ただダメでも来年頑張るよ。」

こんな事いうのも何だが
田中巌は私生活面はダメ人間の見本市みたいな男だった。
「とりえは麻雀だけ」、それを本人も素で昔から言っていたし、まわりもそう思っていた。
でもその実力は折り紙つきで、
実際に同時期に切磋琢磨をしてきた多くの仲間が彼が物凄い高い実力を持った打ち手だと認めていた。
だからこそ本人が長年自分が納得できる結果を出せない事にもどかしさを感じているのも理解できたし、この時の短い会話でもそれが伝わって来た。

まさかこれが最後の2人でしたまともな会話になるとはなあ・・・・
皆で帰りに飲みながら撮った写真が最後の一枚になってしまった。




そういえば第3回TwinCupの優勝は巌で、俺と兄と巌の3人で取った写真もあったっけ。
でもネット探しても見当たらなかった(T_T)
※はこパラなくなる前ならあったのかも

スリアロ人狼でもしられている巌だけど、
俺の中には彼の人狼の記憶なんてほとんどない。
いつもストイックに麻雀打ってる姿、
それこそスピード全盛デジタル時代から頑なに手役の大事さと有効性を主張していた職人気質の打ち手の姿、
そして私生活ではおちゃらけておおらかで、酒飲みながらカラオケ歌っている彼の姿、
そんな色々な姿である。

なんというか、
昔からの仲間の訃報はこれが初めてじゃないけど、
あまりにも突然すぎて本当に本当に言葉が出ない。

「ありがとう」とか「安らかにお眠りください」なんて言葉まだとても出てこないよ。
俺と同じ年だよ?
まだやりたいこと一杯あっただろうし。

本当に色々なショックに言葉が出ない2018年10月9日の夜だった。
https://saikouisen.com/news/%E7%94%B0%E4%B8%AD%E5%B7%8C%E9%81%B8%E6%89%8B%E9%80%9D%E5%8E%BB/

2018年9月27日木曜日

2018年、本当に色々あった。

さて皆さん。
これ何点でしょうか?

一一七八九45 456(チー) ②②②(ポン) ロン 6 ドラ 發

まあお気づきかと思うが、役が無い。
よってフリー雀荘だったらチョンボである^^;

が、武中家の家族麻雀だとこれは「500点」だった。

僕と兄が麻雀を初めて経験したのが中学1年の頃。
元々小学生の頃から、親戚一同が集まったときに大人達がコタツを囲んでやっていたこのゲームに強い興味は持っていたが「中学校に入ったら教えてあげる」と親に言われていた。

13の時に最低限のルールを教わり、
その後は父母兄弟にて年に1,2回の家族旅行の際に家族麻雀もやるのが恒例行事の一つになっていたが、
無論ルールすら覚えたての中学生は手役なんて物をいきなり覚える事はできない。

最初は「とりあえずチーもポンもせずにリーチしなさい^^」といわれていたのだが、
それでは満足できずに不満を言った結果、このルールが追加されたのである。

まあ無論点数計算は勿論役すらしらない子供達が勝てるはずもなくいつも父にケチョンケチョンにやられていた。
でも今思うとロクにルールもわからない子供達相手に限られた休暇の中、こっちも楽しんでくれるルールまで考案して付き合ってくれた父が居たおかげで、
2000年代に日本初の双子のプロ雀士が誕生したわけであるw


父が40代半ばのときに僕等は生まれた。
すでに社会的にそれなりのスキルと地位を持っていた父は、なに不自由なく、むしろかなり恵まれた環境を僕等に用意してくれたのがこの年になるとはっきりわかる。

まあ当時の風潮もあって子育ては母に任せる部分は多かったけど、
それでも激務の中での貴重な休日を割いてくれた記憶も幾つかあるし、
仕事に家庭に色々と大変だったんだろうなあと自分が大人になればなるほどはっきりと理解ができ、年を重ねるほど父の凄さが身にしみる思いだった。

2018年9月、
その父が永眠に入った

近年徐々に徐々に衰えていく姿、子供の頃に感じた威厳が無くなっていく姿に心が痛かったが、
最後にあった日ついに目に光がほとんど宿っていない姿をみて、
「ああ、本当にそろそろ逝ってしまうのだろうな」と感じた。

覚悟はしていたけどいざその時が来て、
徐々に覚悟をしていただけに驚きというのはないし、
正直にまだ実感がわかない部分もあるけど、
何かぽっかり穴があいた部分もあり、
色々と書き表せない心境が多い。

あと数年元気でいてほしかったなあ、、、というのが率直にある。


思えば今年1月の雀竜A級戦、
「ひょっとしたら決勝にいる自分を見せる最後のチャンスかもしれない。麻雀プロの事なんて良く解らずとも自分の晴れ姿を見せてあげたい」
と対局において珍しく自分以外の人間の事を考えた。
そんな中での2日目最終半荘(12回戦目)、
「ここで踏ん張らないともう決勝は厳しい」って場面で同卓者に痛恨の放縦をした時、
色々な感情が交錯して久々にすぐに点棒を払うことが出来なかった。

そして今年のリーグ戦最終節が始まる前も、
「来年は自分の晴れ姿を見せてあげたい。もう理解できないかもしれないけど」と複雑な思いだった。
こうなってしまうと「勝つ事はできたけど1年遅かった」という思いも今となっては出てしまう。

なんか、、、、
もっと色々と思い出もあるはずだし、
書かなきゃいけない事もあるはずなのに、

気付いたら麻雀教えてくれたきっかけとか、
今の自分の麻雀打ちとしての晴れ姿を見せてあげたかったとか、

父からすれば
「麻雀なんかより、もっと他の事頑張って俺を安心させてくれw」とか言うのかもしれない。
「文章として晒すならもっと他の思い出書いてくれ」とか言うのかもしれない。

結局麻雀にたどりついてしまう自分、
こんなことをつらつらと書いているのが我ながら色々と度し難くも感じる。
でもやっぱ「何か書いておきたい」って感じたときに真っ先にこれが思い浮かんでしまった。






お父さん、良いのか悪いのか解らないけどあなたの息子は競技麻雀プロとしてそれなりにやってます^^;
もちろん会社員としてもちゃんとした生活もおくれるように頑張ってますので多少は大目にみてください^^;
いや、今後の業界がどうなるかで解らない部分もあるけど。


そして、
長い間本当に本当にありがとうございました。
ゆっくり休んでください。

2018年9月14日金曜日

「人間」は結局「人間」に惹かれる というお話

ちょっと前にネットで見つけた以下の記事が興味深かった。

eスポーツ転身アナが熱く語る「実況」と「解説」の違い
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/56897

eスポーツという日本ではなじみに薄いジャンルを「喋りのプロ」という形でもりあげていこうと朝日放送テレビを退社し専門会社をたちあげた方のお話。
一番賛同したのが「ライト層を引き込んでいくために大事になるのが、各選手の人間性、生き様やドラマを実況で伝えていくことだ」という点である。

麻雀について考えてみても、
そもそも世間の多くのファンは「麻雀の内容だけで選手を評価する」という事が出来ない。

言うなら観衆の99.9%は、
「誰が打ったか」で麻雀の良し悪しを”多少なりとも”判断し、
「誰が喋ったか」で解説の良し悪しを”多少なりとも”判断している。
単純に麻雀や解説の質”のみ”で判断が出来る人は業界関係者のごく一部、言うなら同業の職人さん達くらいだろう。

別にこれは麻雀だけじゃなく将棋や囲碁、スポーツ、そして芸術分野を見てもそうである。
結局人間は提供された物よりもその背景にある「人間」や「ドラマ」って奴に強く惹かれるのだ。
ちょっとそれを実感させる例としての記事を今日は書いてみようかと思う

さて唐突だが皆さん以下の絵をご存じだろうか。

クロード・モネ作「日傘を差す貴婦人」である。
まあこれを初めてパッと見て「名画だ」と感じるような人ってどれくらいいるかちょっと知らないが、
この絵についてのエピソードをちょっとだけ紹介したい。

モネは19世紀に生まれた印象派を代表するフランスの画家だった。
多くの名作を世に残しているが、特に有名な作品といえばオランジェリー美術館の「睡蓮の部屋」、
部屋中がモネの「睡蓮」によって彩られたまさに「作品という名の空間」である。


印象派は簡単に言うのであれば当時の芸術分野で主流だった写実派に対抗するもので、
従来の絵画に比べ明るい色彩や荒いタッチを使う事で、光の動きや変化の質感、モチーフの「印象」を主軸に描画をするのが主な特徴である。
モネは印象派の巨匠として当時、そして今も多くの人に愛されており、絵画芸術の歴史において欠かす事の出来ない人物だ。
が、彼の一生は激動の物だったことでも有名である。

彼が従来の絵画とは一線を画した新たな作風を世に出し始めた当時、
画壇の中心を牛耳っていた多くの保守的な芸術家達がその作風を激しく批判した。
彼はそういった批判にもめげずに旧来勢力と戦い続け展覧会を連続して開催し、
1880年代には「印象派」は芸術界でも認められた存在になりその第一人者として認めらる。

が、その戦いの中での1879年、
当時まだ世間の批判に晒され続けていた中で妻のカミーユが病死する事となる。
その当時の彼の強い失望は所々に記録されている。(彼女の死に際の顔=デスマスクを描いた作品も有名だったり)


さて、冒頭の絵「日傘をさす貴婦人」は、
その妻カミーユと息子ジャンを1875年に描いた作品である。
柔らかい日差しの下にいる家族、
モネと幸せな家族との暖かい時間が伝わる一枚。
そして既述の通りその4年後にカミーユが病死するのだが、
更にその7年後、モネは2枚目、3枚目の「日傘をさす貴婦人」を描いている。
※描く際のモチーフは後の二人目の妻アリスの連れ子


だがこれらには1枚目との大きな違いが幾つかある。

表情が全く見えず塗りつぶされたかのような顔
人物と風景の境界が曖昧にぼやけた1枚目とはっきり異なるタッチ、
モネはこの絵を亡き妻カミーユへの追憶と惜別として書いた、というのが有力な説である。(彼自身はそれを明言はしなかった)

そしてこの作品以降モネは人物画を描いていない。
「日傘をさす貴婦人」は彼の家族そして亡き妻への愛が伺えるエピソード持つ絵として、
今でもモネを語るうえで欠かせない作品と言われている。

さて、
この長い記事をここまで読んでいただいたそこの貴方、
改めて冒頭のこの絵をもう一回見てください。

ちょっとだけこの絵が名画に見える気がしてきた方がいるんじゃないでしょうか?^^;
そう見えた方、それは別に正常な感覚の一部です。人間ってそういう物。
そこにある無機物よりも、その裏に存在した「人間」に惹かれる、それが自然なんでしょう。


さて、
じゃあ近々の日記で、今期の雀王決定戦をより深く見ていただける様に、
各選手の人物紹介でも書きますかね。
・・といっても仲林とか金とか既に書いたからその旧記事紹介しつつ、
必要分追加する感じになるでしょうが^^;

< とりあえず時間ないので本記事はここまで。

2018年8月29日水曜日

さくらももこ先生 ありがとうございました

今週、一つのニュースが日本、いやアジアに衝撃を与えた
さくらももこさん死去 53歳
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180828-00000005-dal-ent

「平成のサザエさん」とも称される国民的アニメ「ちびまる子ちゃん」の作者の早すぎる死、
僕なんかは特にその黄金期を生きてきた世代なので、
先生が作詞した「踊るポンポコリン」、
著書である「もものかんづめ」「さるのこしかけ」、
少年期の思い出は尽きない。
それゆえにこのニュースは衝撃的だった。

さてこのニュースに伴って先生の色々な作品が改めて取り上げれれている。
その中でも特にネットで多く見かけるのが以下二つ。
①先生の中学校以降、漫画家を目指す姿等の実体験を描いた漫画「ひとりずもう」

これはこっちの紹介ブログもご参照。
https://ameblo.jp/naolovesxxx/entry-12277942883.html

②「ちびまる子ちゃん 12巻」にあるコジコジによってまる子が未来の自分に会いに行く回


「ちびまる子ちゃん」が元々作者の自己投影キャラという点、
先生の作品が少女漫画というジャンルからすると風変りな部類であり、それに対するコンプレックスは容易に想像できる点、
これらから「大人になって夢をかなえた」という点がやはり見て取れるこれらエピソードは感動を呼んでいる。
「ひとりずもう」とかちゃんと読んだことないけど、読んでみようかなー、、、

んでこれら見て改めて「自分が子供の頃何になりたかったか」ってのをちょっと思い出そうとしてみた。
が、、、明確に「これ」って特に思い浮かばずw

なんかねー、小学校の卒業文集に「弁護士」って書いたのなんとなく覚えてるんですよ。
でも当時は「弁護士が何か」なんて知らなかったw
親が「目指せ」って言ってたから漠然と思ってて、それを書いた位のレベルですね。
うちの母親は凄い教育系だったのです。

高校生あたりだと父親の会社とかの影響でPCには強かったし漫画やゲームは大好きだったので、
「ゲームクリエイターになってみたい」とか漠然と思ったりはした。
実際にゲーム関係大手は大学卒業時の就職活動でもちょっとだけ受けた。
これは当時もっと本気出せばなれたかもしれない。
親の目とか気にしちゃって大きな声でそれを言えなかった感が、今ふりかえるとあったりする。

「麻雀プロ」
、、、うーんどうだろう。
僕自身本格的に麻雀覚えた高校生の頃「なってみたい」って思いはそりゃまああった。
僕は22歳の頃に協会に合格したが、実は18歳の頃(今から20年前)に一度最高位戦を受けたりもしてる。
まあ当時のプロテスト合格率は今とは比較にならないほど高く、文句なく落とされたが、
高校生には凄い高い受験料をわざわざ払ったわけだし結構熱意を持っていたはず。
いざこの業界にはいって実態を知ると「夢というほどの物じゃない」が正直な本音ではあるがw

今は「幼少期から麻雀プロを目指す」なんて子もさすがにいないだろうが、
「将棋プロ」だったらそういう子もいるだろうし、
あと200年後位にはそんな時代もくるんだろうか^^;
それを実現するためにも「麻雀が好き」って声を大きくして言う人がもっと増えてほしいなあ。


まあちょっと話それたけど、
子供の頃の夢かなえるってすごいよね。
特にさくらももこ先生の場合、当時は漫画家って今より低俗に見られた時代だろうしそんな中で一途に目指し続けた熱意が凄い。
この年になって先生のエピソードを見て、
自分の人生振り返って、
上述の通り「青少年の頃、もっと自分のやりたい事を大きな声で言えばよかった」って後悔をちょっとだけした。
それが出来てたらちょっと違う人生だったのかなあ、と。
まあ今の人生にそこまでの不満は無いけどw

これからその立場になる自分の子供とかには「自分のしたい事を恥ずかしがらずに目指す事の大事さ」ってやつを知ってほしい。
何よりも大事な事なのかもしれない。
そんな事を思った。

改めて最後に、
先生多くの名作と感動をありがとうございました。
安らかにお眠りください。
最後に初代OPの動画を。
僕の中ではちびまる子ちゃんと言えば踊るポンポコリンよりこっちなんだよなあ。

2018年8月23日木曜日

最先端デバイスがもたらす変化

ちょっと興味深いツイートを先日みた。


AppleWatchは腕時計と非常に似た形状ながらスマホと同様の機能を持っている。(詳細は実はよく知らん・・・w)
まあ上述のケースについてはただそれでラインでも見てただけかもしれないが、
これをつかってやろうと思えば「通し」と言われるようなイカサマが出来るかもしれない。
①対局者がAppleWatchを付ける
②協力者が相手の待ち等をラインで連絡
③対局者は届いたメッセージをさりげなく腕時計見る形でチェック
ただ現実的には②の送信行為を効果的かつ即時にやるのが大変だろう。でも可能性としては十分にありえる。
漫画「天牌」で携帯電話とローズを使った「通し」というのがあったが、それよりももっとスマートな方法だろう。


ITデバイスの進化というやつは、我々の日常生活に思いもよらない変化、今まで想定していなかったケースを生むことがしばしばある。
それに関連した僕が大学生の時の思い出話をちょっとしたいかと。

さて、今の20代の学生とかには信じられないかもだが、
僕が大学生1,2年の頃は試験中に携帯電話は机の上においてもOKだった。
しかもちょっといじる位なら何も言われなかった。

今となっちゃウソみたいな話である。
「そんな事したらカンニングし放題だろ!」と思うだろう。
でも当時はOKだったのだ。

何故かというと、
当時普及していた一般的な携帯電話の性能では
「携帯電話に大容量のメモを入れる」
「携帯電話でネットを見る」
これが出来なった為である。

当時携帯はただ電話するための道具だった。
付属したメール機能も、送受信できるのは50文字程度だった。
つまり「こんなものを机の上に置いたところでカンニングなんかできない」と大学側はタカをくくっていたのである。

これが劇的に変わったのが2000年頃、
Docomoの「iモード」が特に有名だが、
ネット検索が可能、何より数百・数千文字のemailが送受信できる、
そんな最先端デバイスが世に出てきた事だ。これにより携帯の用途は従来からおおきくかわったのである。

ところがリリース当初の広く普及する前は、そんなものがあると大学側は認識しきってなかった。
一方で最新流行に敏感な若者がこれににどんどん機種変更をしていき、携帯に数百文字以上の情報を簡単に打ち込めるという事実、それに対する大学側のガードの甘さに気づく。
そしてカンニング用の長文emailを携帯に打ち込み、「時計のかわり」と称して携帯を机の上において、堂々とカンニングしながらテストをうける、こういう行為が結構されていたのだ。
まあ大学側もバカではないので1年くらいで「携帯禁止」という文言がテスト時の注意に追加されたが。


昨年、日本将棋連盟は携帯デバイス機器の対局会場持ち込みを禁止とする規則を発表した。
昨今のデバイスの小型化、高性能化、これは麻雀界としてもけして他人事ではないのかもしれない。
もしもこの先時代が進めば、麻雀AIをAppleWatchにて利用して打つという事も出来るかもしれない。
そうでなくてもAppleWatchを2台使って上述の「通し」をするというのは、もうやろうと思えばできる行為だろう。
そういった事を防ぐためにも、我々競技選手や団体運営がそういった状況を把握して必要な対応をしてかなきゃいけないんだろうーな、
と思ったお話でした。

ちなみに余談、
先述の携帯電話利用禁止が出たのち、
カンニングが出来なくなり困った大学生達が何をしたかというと、
今度は小さいメモにテストの答えを書いた物、つまり「カンニングペーパー」を作成する行為がかなり横行する事態となったのである。
最先端デバイスを封じられた若者が行き着く次の手段が古来の超アナログ手法ってのが、見ててちょっと面白かった。
そんな大学時代の思い出。

2018年8月21日火曜日

38回目の8月21日(正確には39回目か?どっちでもいいけど。)

38歳ですよ。38歳。
もうアラフォーですよ。アラフォー。
少なくとも会社でも麻雀界でも「若手」ではない。
だからといってバリバリのベテランと言われると抵抗が・・・

改めて実際にこれくらいの年齢になると、社会に凄い大きな事を既に成し遂げてる人も数多くいれば、普通に生きてる人も多々いる。
いや、後者の方が大多数なのでしょう。僕含めて。

夏目漱石が「吾輩は猫である」で作家デビューしたのはこの年らしい。
僕がこの先生きててそんな物書けると思えない。

マイクロソフト社のビル・ゲイツ(1994年:実業家)はWindowsの大成功により、はじめて世界億万長者ランキングの1位になったのもこの年らしい。(以降18年連続1位)
収入的に考えれば武中進の一生なんてビルの2秒位の物だろう。スケールが違い過ぎて羨ましいとも思えないw


「この一年どうだったか?」と聞かれりゃ、
疾風怒濤のように色々とあったけど、一言で言うなら「いい1年だった」になりますかね。うん。

ちょっと前までは「麻雀早くやめたい」って思ってたのも、
ここ数年は「麻雀の技術もこの業界の人脈も僕が人生で築いてきた財産」とつくづく感じる様になりました。麻雀に出会えたことに最近は感謝しっぱなし。時にイラつく事があるのはあいかわらずだけどねw


思えばここ数年、
自分の中での毎年のテーマは「この一年が人生で一番楽しい一年にする」ってものなのですが、37歳の一年はそれを達成できたかもなとも思います。
いい一年でした。これも周りの皆様のおかげでもあります。改めて日々の感謝の気持ちをここに記しておきたい。
そして願わくば、38歳の一年はもっといい一年にしたいですね^^

最後に今年の目標はまあ特に変らず、
「できる事からコツコツと」ですかね。
麻雀も人狼も色々勉強したいなあ。特に人狼は伸びしろしかないレベルなのでw

そしてまずは最終節目前のリーグ戦を最高の形で締めくくりたい。
これは「願望」なので「目標」ではないですがw

・・・と昨年の日記の締めで書いたのですが、残念ながらこれはかなわず。そして今去年と全く同じことを思っているわけで。。。。
https://susumutakenaka.blogspot.com/2017/08/821.html

37歳の最大の忘れ物であったAリーグ昇級をまずは38歳最初の1ヶ月にて取ってろうと思います。
8/25の第9節、そして9/8の最終節、頑張りますかあね。

改めまして皆さん今後ともよろしくお願いいたします!

2018年8月2日木曜日

松坂世代について書いてみる ※何人か追加

とりあえず僕ら世代の野球好きにとって昨日のこのニュースは色々と感じる物があっただろう。
元巨人村田修一、今季で事実上引退へ NPB復帰ならず
https://www.asahi.com/articles/ASL705SXSL70UTQP03B.html?ref=yahoo

NPB通算15年間で打率.269、1865安打、360本塁打。
2000本安打や400本塁打と色々な金字塔が目の前にあり、
しかも昨年度は14本塁打打率も.262と現役バリバリの数字だっただけに今年の引退を惜しむ声は多いだろう。
まあ正直に来年に劇的なカムバックを果たす可能性は0じゃないし、ファンはそれを期待してもいるが。

んで、村田といえば1980年度生まれ、いわば「松坂世代」である。
当の松坂大輔は過去3年、長年の故障にもがき苦しみながらも今年中日で見事なカムバックを果たした一方で、村田をはじめ多くの選手が現役を引退しているのが実情だ。
そんな中、実は私も1980年生まれの松坂世代、
まあスポーツ選手でもなんでもないし麻雀打ちとしては現役バリバリの年齢である。
が、やはり同世代の色々なジャンルの人にはもっと頑張ってほしいなあ、と思う事が最近多かったりはする。

ちなみに芸能人だと
ディーン・フジオカ、
妻夫木聡、
V6の岡田准一、
嵐の大野、
広末涼子
あたりが有名かな。
TVで頑張っている姿を見るとこっちも色々と応援してしまう。


さてそのくだりから本記事では「麻雀プロの松坂世代」についてちょっと触れようと思う。
思えば僕がプロになった2004年には「同世代」ってのはほとんどいなかった。
まあ当時僕は22歳と業界全体で見てもかなり若かった(この年でプロになる人があまりいない)為だったが。
さらにいえば僕の同期である2期後期は「不作」と呼ばれた時期なのもあり、
「同期はイマイチ、同世代はいない、さみしいなあ」とプロ入り数年は思っていた。
だが数年たつと同世代で麻雀プロになる人も増えてきたし、最近では実績ある人も色々と出てきた世代である。今が黄金期かもしれない。

というわけでこの記事の締めは
「僕が把握している麻雀界松坂世代の雑な紹介」です。
せっかくなので皆さん覚えてあげてください。
なお本人からの申告等あれば徐々に記事に追加をしていきますのであしからず。


No1 石橋伸洋
最高位や發王位の獲得経験を持ちRTDでも活躍中の最高位戦エースの一人。
しかも見た目はイケメン、
まさに麻雀界松坂世代の男達にとって目の上のたんこぶ。
そして嫁も美人。

No2 園田賢
最高位戦現Aリーガー。
昔からその高い実力と意欲的な姿勢で業界内での評判はトップクラスだったが、
実績や世間知名度がそれにならんできたのは最近の気がする。そういう意味では遅咲きの大輪。
そして麻雀以上に飲みとカラオケの実力については麻雀界で並ぶものがいない。

No3 勝又健志
言わずと知れた連盟のA1リーガーであり鳳凰位経験者、そして麻雀界のトップ選手の一人。
解説の実力についても業界内で凄く評価が高い。
・・・が個人的交流がほぼ0なので書ける事特に無し(涙)

No4 小川裕之
協会Aリーガーであり新人王獲得経験者。
元ラクビー部の巨体と貫禄ゆえもっと年上にみられることもしばしば。
ちなみに入会当初の飲み会でいきなり女流相手に●●ゲームやろうとして怒られた黒歴史を持つ。
「いのしし」というあだ名はそんな特攻精神からきているのだろうか?由来を忘れた。

No5 田中巌
最高位戦の中堅。
世間に知られるレベルの実績はまだないが園田と同じく長年業界では高い評価を受けている男。
人狼プレイヤーとしても知名度あり。
ただし彼の黒歴史は小川のようにかわいい物ではないのでここでは書けない。キリッ

No6 武中真
もはや麻雀プロとしてよりも人狼プロとして有名になってしまった男。
ただし最高位戦のB1リーグ経験者でありG1タイトル(日本オープン)獲得歴をもっており、
「実績」って点については業界で上から数えた方が圧倒的に早い。
あと僕の双子の兄。

No7 独歩
「オンライン麻雀 天鳳」にて三代目の天鳳位となった男。
その実力は業界でも広く知られている。
ちなみに先日「初デートで女性をサイゼリアに連れてくのはありか?」というテーマをツイッターで僕と議論し、僕とは180度異なる異端の感性をもちあわせている男とも判明。

No8 川崎 友広
μの中堅の人。
。。。。すみません最近会話するようになったのでそれ以外の情報がないっすm(_ _)m

No9 一北寛人
協会の関西事務局長。最近会ってない。
そういえば僕が10年くらい前に一人で関西に旅行行った際彼の家に泊めてもらったのだが、
① その時彼はつき合いたての新しい彼女とイチャイチャ電話してた
②なんかイラッとして 「電話するなら外行って!」と言って彼を外に出した
③ カギ閉めてやった
温厚な彼がこの時珍しく怒ってたのはいい思い出ですね。キリッ


No10 大平亜季
女流最高位3連覇の方。
そして僕が「何で今更プロに」と思った人第3号(他は協会の堀と千貫)
だってこの人、僕がプロになった時には既に渋谷の有名店でメンバーやってたからね。
その後プロになるまで10数年の間にどんな心変わりがあったんだろ。

No11 石井あや
野球好き。ソフトバンクのファンらしい。
ヤクルトの10連敗についての世間話をグループラインでしている最中にいきなり結婚&妊娠報告ブログをネットに挙げた女(ラインでは一言も触れず)。
同世代にも拘わらず金本知憲を知らない等、その知識が少々謎。

No12 田籠謙介(たごもりけんすけ)
同年齢で僕よりプロ歴が長いレアな存在。
そしてオープンタイトル(優駿杯)も取っている。
まあ個性的な伝説を色々と持っている男なのだが、
そんな彼が今年結婚したのは業界に長い人達の間で軽い衝撃が走った。

No13 松ヶ瀬隆弥
今やRMUのエース格。
そのコワ面は業界随一との定評があるが、実際は麻雀にも情にもあつい良い人。
ちなみに「歌舞伎町の人込みの中を彼が歩いたら、人の方から彼を避けていった。それはまるで紅海を割るモーセの姿の様だった」なんて逸話もある。

No14 吉田基成
僕から雀竜位を奪っておきながら翌年あっさり負けた男。
普段は冷静な打点思考の持ち主だが理不尽な展開が重なるとキレ打ちモードになる。
そして見た目によらない肉食系男子。世間では彼のような男を「ロールキャベツ」と呼ぶとか呼ばないとか。
コイツに関しちゃこっちも参照
http://susumutakenaka.blogspot.com/2017/01/5.html

No15 有賀一宏
痩せている時は「ヨン様似」、太ってる時はどこぞのお笑い芸人似、
おそらく麻雀界の中で「体重の増減(痩せてる時と太ってる時)のギャップが激しい男ランキング」を作ったら間違いなく上位になると呼ばれる男の1人。
マーチャオではそこそこ偉いポジらしいが最近あんま会ってないな・・・

No16 比嘉 秀仁
関西を拠点に活動を続ける協会員。そしてネット麻雀界ではその名を知られたカリスマらしい。僕はネット界隈事情をよく知らないが。
そして彼のおっかけファン集団は「ヒガール」と呼ばれているとか。
さらに最近はFXで稼ぎ捲くってるとか。
次会うときは多分美味しいものおごってくれるのだろう。

以上、
僕の私見による簡単な紹介です。特に苦情は受け付けてません。あしからず。
他にも新井啓文とか有賀一宏あたりは年齢はちかいんだよな。あれ同世代だったっけ?

2018年7月30日月曜日

ここでカミングアウトをしておきます。解説とかいりません。

突然ですがここでカミングアウト。
僕は実は、RTDの麻雀見るときいつも音声オフにしてます。つまり実況・解説全く聞いてません^^;

これには理由があって、
けして「松嶋桃の声が聞きたくない」とか「多井・村上の解説いらない」とか思ってるのではなくw、
①同居してる相方が麻雀が解らない
②一方で相方はラジオ大好き
→ リビングに一緒にいる時「音声はラジオ、動画は麻雀、そして気ままに会話もする」というライフスタイルになっている為である(同居している間に気付けばそうなった)。
本音は解説のトークも楽しみたいのだが、まあそこまで大きな問題なく番組を楽しめている。これつまり僕が麻雀番組見るうえで解説というのは必須ではないという事である。
さてちょっと話をいきなり変える。
昨日テレビにて、
外国人初の吉本芸能学校卒業生のお笑い芸人として話題になった「チャド・マレーン」さんが特集されていた。

10年ほど前はその肩書からちょくちょくテレビでも見たが、2018年現在お笑い芸人としてのTV出演は微々たる物。
しかし彼は現在月収200万を稼いでいる多忙の身との事だった。
そしてその仕事内容は何かといえば、「バラエティ番組の海外向け英語字幕作成」だという。
http://www.tbs.co.jp/tsuburenai-mise/onair/onair_contents_20180729_4.html

海外の人に日本の作品、映像・映画・ドラマとかバラエティ番組を楽しむ為の面白い英語の字幕を作成するのが彼の仕事との事。
現在日本のこういった番組の海外人気が高いのもあり仕事は後を絶たない状態らしい。

そしてここでちょっと面白かった点、そして共感できた点が、
「大事なのは直訳するのではなく全体のニュアンスを伝える事」というものだった。
その例としてあがったのがピース又吉原作の「火花」、
この中で主人公達が「西郷隆盛」を題材にボケ・ツッコミをしているシーンがあるのだが、
①セリフを出来る限り正確に直訳
→ 全くウケない。外人はそもそも西郷さんを知らない。
②西郷さんをケンタッキーのカーネル・サンダースに置き換え、細部のセリフも変更。
→ ウケる。

さて冒頭の話も含めて今回言いたい事を。

僕は麻雀の番組を見るときに解説を必要とはしない。でも多分解説が無きゃ楽しめない人は多数いるだろう。一方で僕は将棋の番組を見る時は解説なしは無理である。楽しむための掴まなきゃいけない情報をキャッチできない。

つまりこういった見世物には「物事を伝える為に必要な情報を伝達する」いわば「伝え手」というのが介在しているケースが多々ある。
「伝え手」に必要なスキルはまず「事実を相手に楽しめる形で伝える」という事、そしてそれをするにあたり認知しておかねばらないのが重要点が
・伝え手の能力は原作者よりもギャラリーのウケを左右するケースがある。
・事実を出来る限り正確に伝える事が良いとは限らない。不必要な情報を省略し、編集して表現することが必要。
という点である。

日本人の古来からの性格なのかどうなのかわからないが、
「伝え手」について「出来る限り事実を正確に伝えなきゃいけない」という意見を結構見かける。ただこれ間違いだと主張したいのが本記事の主旨である。
正確に伝えるのは二の次で良い。
まずは「聞いてる人が楽しめるか」これが第一。(まあ行き過ぎると捏造になるかもだがw)

まず伝えなきゃいいけないのは
・重要だと思うファクターを軸にした全体のニュアンス
・伝え手自身の意見
だろう。
「客観的な意見だけ言うべき」って人たまに見るが、これもはっきりと否定したい。
早い話、そう思う人は僕のように解説オフにして対局動画だけ見りゃいいのだ。
「この解説はレベルが低い」と思う人も同様で、解説のレベルが本当に把握できる位の麻雀力を持つ人は解説がなくとも対局を楽しめるのだ。(”本当に”把握できるならw)
日本人が日本のバラエティに字幕や副音声なくとも楽しめるのと同じである。
実際僕は冒頭の通り、解説無しでもそこで繰り広げられてる理論や駆け引きを自分である程度拾えると思っているからオフにしても大きな問題もない。
まあ個人的には解説という味付けが無いから寂しいし、1人で見る時はもちろんオンにしているが。


さて総論
「伝え手」とは「把握能力がない人への手助け」として存在している。同時に素材に対する味付けの役割でもある。
客観的意見だけを求めるのなら麻雀対局に解説は不要だし実況だけでいい。
そして観戦記については東1局からオーラスまでの全局レポートだけ書けばいい。

でもそんな物が面白いと思うだろうか?
というか僕個人が「一番読んでてつまらないと思う観戦記」の典型が、東1局から全局についてレポートしてる観戦記である。
ただ文章が長くなるだけだし、何より観戦記者自身の思考が全然伝わらないケースが多い。

「面白く伝える」には
①情報を正確にキャッチする高い知識
②ニュアンスを解りやすく伝える表現力(省略する力、作り変える力)
が必要である。
麻雀で言うならそれが備わってるのが「良い解説」「良い観戦記者」なんだろう。
「私見を入れるな」というのはズレた話だし、それを不要と思う人はそれらをシャットアウトすりゃいい。


そして最後にこの事実から出されるもう一つの意見は、
「ギャラリーの多くが”つまらない対局”と感じた場合、その責任の半分以上は解説にある」という点である。
僕は現役の競技選手以外が解説をやる事に結構反対派である。
まあ片山先生ともなれば別格だが、選手としてその場に立った事が無い人はそれ故の視点欠落の多さもさることながら「”自分の解説のせいで試合が台無しになるかも”という責任感をもってくれない」というケースを何回か見た記憶があるからだ。

たとえば先述の「火花」に直訳された字幕や拙い字幕がつけられて、
それがもとで花火が外人に酷評されたとして、
字幕作成者が「作品がうけなかった」と他人行儀に言ったら、又吉が怒っても不思議じゃないだろう。

何かを「伝える」というのが、
原作者と同じだけの責任を負う事、
その事をなによりも明確に示しているケースを見て、改めてその大事さを感じたのであった。

そういえば俺まだ「火花」観たことなかった。今度見ようかな。
チャド・マレーンさんの字幕も入れて比較して見てみたいかも^^;

2018年7月13日金曜日

「子育て」ってやつの難しさ

ちょっと前にツイッターでこんな記事を見かけた。
なんというか、まっすぐな子供心が胸にささってちょっと切ない文章だった。
https://twitter.com/joker_masiro/status/1012684573270990849


今37歳になって改めて振り返ると、
自分の両親が自分にしっかり愛情を与えてくれた事は結構解る。
しっかりした家庭で自分を何不自由なく育ててくれた事に感謝も尽きない。

だがそれでも敢えて言えば、
自分たちの両親(特に母)は子育てについて色々と稚拙だったんじゃないかなあ、と思う点もあったりする。

別にこれは僕だけが感じる事じゃないのかもしれない。
だって子育てなんて90%以上の親がほぼ初めての経験、子供を「人生の初心者」とでもいうなら親も「子育ての初心者」という中であれやこれやと努力をする訳だ。
そしてその子育ての方法が正しかったか否かが解るのは子供が大きくなったときであり、PDCAなんて物を回すこともできない。
結果が見えてきたときには既に一人の人間という物が形成されており、失敗の挽回が出来ない点が多々ある、
そう考えると子育てとは恐ろしい。

僕が敬愛する数少ない人間の一人に水谷修さんという教育者の方がいる。
この方は非行に走る未成年の更生等に特に尽力している先生なのだが、
いくつかの講演にて「子育てで一番大事な心構え」を以下の様に述べている

子供を「叱った回数」「ほめた回数」どっちが多いか?
こう聞くとほぼすべての親が「叱った回数」と答えます
確かに叱るという行為も必要でしょう。
でも叱るという行為は実は子育てを簡略化する、つまり「親が楽をする為の手段」として用いられる事が多いのです。
一方でほめるという行為は「ほめるべき部分」を見つける等の労力が必要だし、親としても非常に手間がかかります。
でも子供をほめずに叱る行為を中心にして育てると、子供は「叱られないようにしなきゃ」と減点を恐れるようになります。そして、その子の創造性や人間性はどんどん殺されていくのです。何よりも子供自身が親の愛情のすばらしさを理解できずに育ちます。
言うなら「しっかり子供をほめる事」、つまり「手間と愛情を与えてあげる事」、これは塾に通わせる事なんかよりも子供の才能を遥かに伸ばすことになります。そして優しさや社会性もはぐくむのです。



さて改めて、
子供を叱る親の行為、
これ自体は完全悪ではないが、それでもやはり1回叱るなら1回ほめる、という精神をもつべきと個人的には考える。
これは先述の水谷先生の言う通り、叱るだけの教育がその子の人間性や創造性を削る=親が望むような優秀な子にならない、という点もあるが、
僕としては「子供が大きくなった時、親に好意や敬意を持たなくなる」という危険性を主張しときたい。
何故ならば叱る=減点法をメインとして育てられた子供は、
その子自身も基本的には減点法で他人を評価する人間になる、
そうなると自分をひたすら叱ってきた親を大量の「叱られた」という減点をもとに評価する可能性が高い、と思うからである

僕自身のぶっちゃけ話をすれば、
教育熱心な母親にただひたすら叱られた子供時代を過ごした中、
20代の頃はものすごい険悪な関係を経て、
今父親の色々な介護をしている母の姿を見たり色々と経てようやくちょっと見直してきた、
ってのが偽らざる本音です。薄情なのかもしれないけど。
でも
「生んでくれた恩知らず」
「育てくれた恩知らず」
それを”恩”と感じるかも含めて子育てって難しいんじゃなかろうか、とおもうわけで

でも「じゃあ具体的にどうすりゃいいんだ」なんて僕がこたえられるわけもないw
というか上述の通り、その答えが見えてる人は既に子育てを終えてる人であるケースが多い訳で、、、、
やっぱ人生でこれ以上に「やり直しがきかない」って事象も珍しい。恐ろしい、子育て・・・・


さて今回はそんな子育ての話題から、
「麻雀の教え方」についての話につなげたかったのだが、
長くなったので一旦切る。

続く

2018年7月4日水曜日

我々が”勝負”に魅了され愛してやまない理由を考えた

「勝負事には”流れ”がある」
これはギャンブルだけでなくスポーツにおいても昔から常々言われている事である。

「ここはしっかり守って流れを相手に渡さない事が大事です」
「ここでしっかり加点してまずは悪い流れを断ち切りたいですね」
スポーツの解説者のこんなセリフはよく聞くし、
麻雀の解説でも「流れ」という言葉は出てくる。

んで、
「流れ」というのは心理学でいうと「クラスター錯覚」という現象に分類される。
「ランダムに起こるべきある出来事がまとまって起こったとき、それをランダムでないと錯覚してしまうこと」

例えば、
コイン投げで表が続けて4回出たら「偏り」とみなす人がいるかもしれないが、
20回連続してコインを投げた場合、表が続けて4回出る確率は50%ある。むしろ確率どおりの数値で結果が交互に出る方が珍しい。
よーするにある程度の偏りっていうのは当たり前で、それらはむしろランダム性の立証とさえいえるわけだ。


クラスター錯覚については、近代様々な分野で統計が勧められ、それが”幻想”という結論が多方面で出ている。
多くのギャンブルは勿論だが一番個人的に興味をそそられた事例は、バスケットボールの「ホットハンド」を題材 とした研究。

バスケットボー ルでは昔から選手・コーチ・ファンとも、選手に「hot steaks」(熱い乗り)と「cold streaks」(冷めた乗り)があるという考え方があった。
しかし1900年代後半にて複数チームを対象にし2シーズン中のシュートを決めた選手について詳細に調査を行なった所、
選手はシュートを連続して決めたり外したりするが、それは確率的に期待される以上のものにはなって無いという結論に至っている。
つまり「ホットハンド」は確率の範疇は抜けてないただの錯覚、という統計的見解が出たわけだ。

だが「ホットハンド」の信者達にこの統計を見せたところ、
出てきたのは拒絶反応だったケースが大半だったという。
「我々は経験のおかげでバスケットというゲームを”もっと良く解っている”」、
麻雀においてもオカルト信者から大体よく聞くようなこの手の発言、他分野でもよくある事のようだ。

結局こういった勝負におけるクラスター錯覚は、2000年代においてほぼ立証されつつあるのが現状だ。
麻雀においても「勝つための戦術」として流れの重要性を語る人は、2000年代においては減少しているのは事実だろう。それでも根強い信者は無論未だにいるが。
ただ僕自身もそういった点を戦術として組み込む事には悲観的だし、する意味も感じない。まさに「錯覚」と考えている。


でもそれはあくまで競技選手としての目線であり、
異なる他の視点からすると、それを信じるか否か、否定して捨てるか否か、というのは全く別問題である。

「神は死んだ」と呼ばれる科学全盛のこの時代でも、
紀元前と同様に宗教という存在がいまだに亡くならないのは何故か?
多くの日本人がこのネット社会においても大自然や宇宙に強い感動を覚えそこに神秘を感じるのは何故か?


W杯2018、
日本vsベルギー戦、
日本中が歓喜し、そして涙したこの戦い、
おそらく僕だけじゃなくて多くの人が、後半ベルギーが初得点を挙げたあの瞬間、
相手のセンタリングの上げそこねともとれるような微妙な球が日本のゴールを揺らした瞬間に、
「勝負の流れが変わった」
「微笑み続けた勝負の女神がそっぽを向いた」
そんな事を思ったのではなかろうか。

日本にミスがあったか?
おそらくあったとも思う。
それが元になり流れが変わったのかもしれない。
でもそれも含めて「流れ」でありドラマなのだろう。

ちなみに機械同士の戦いではこういった逆転劇はあまり生まれない。
典型例として、AI将棋ソフト同士が戦った場合、大体の試合は序盤にリードした方がそのまま勝ち切る。理由はAIは凡ミスをしないからである。

「流れ」というやつは多分終わってみればの結果論なのかもしれない。
でも人間同士が戦うから、勝負に流れと呼ばれる逆転要素が生まれる。
つまり人間同士が戦うからこそ人々を魅了する神秘的な物が生まれる。
勝負事における人間にはあがえない運命的な力、その存在の可能性に、多くの人が魅了される。
今回のW杯を通してそんな「勝負という物が人々を魅了してやまない理由」これを思い出した気がした。


思えば今回のW杯における日本の下馬評は最低だった。
でも選手たちはコロンビア戦の勝利をもとにベスト16にすすむ見事な逆転劇で我々を魅了し、
最後まで本当に我々を楽しませてくれた。

日本中を魅了し、
僕自身には勝負の面白さって奴も改めて思い出させてくれた日本代表に改めて感謝の意を述べたい。

サッカー日本代表の皆さん、本当にお疲れ様でした。
多分今回のW杯の記憶は僕の中でずっと残ると思います。
ありがとうございました!

多分僕がサッカーファンになるのは次の3年後とかだけど、その際はまた是非楽しませてください!w