follow us in feedly このエントリーをはてなブックマークに追加
ラベル 私見にともなう麻雀プロ紹介 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 私見にともなう麻雀プロ紹介 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2020年11月7日土曜日

第19期雀王、そして協会初の三冠の達成(矢島亨について)

シャキール・オニールというNBAの歴史にその名を刻む名選手がいる。

彼は身長216cm、体重147kgという米国人バスケットプレイヤーの中でもずば抜けた巨大な体躯、かつそれに見合わぬ高い運動能力によって鳴り物入りでNBAに入団、そしてデビューしたその年に新人王を獲得し、翌年にはチームの中心として既に活躍をしていた。


そんな彼のキャリアにおいて転機の一つになったといわれているのがデビュー3年目の、1994-95シーズン。

この年、持ち前の攻撃力でオニールはレギュラーシーズンの得点王の座につき、彼の所属するオーランド・マジックは念願のNBAファイナルへと進出した。

だがこの時、ファイナルでオニールの前に立ちはだかったのがNBA史上屈指の技巧派センターとしてその名を残しているアキーム・オラジュワン。

「ドリームシェイク」と呼ばれた多彩なフットワークを初めとする彼の技術を前にオニールは完封されチームも0勝4敗で敗北を喫する。


「パワーだけでは勝てない」

この時既に現役NBAでもトップクラスのセンターとして知られていたオニールが初めて自分のプレイスタイルを見つめなおしたという。

自分を叩きのめした相手であるオラジュワンが得意とするようなスピンムーブ をはじめとしたフットワーク、高さと幅を活かしたフックシュート、

これら技術を年々向上させ彼はパワーだけでなく技術を兼ね備えるNBA史上屈指の名センターへとなったのである。




「戦慄の速射砲」

アーケードゲームMJにおける矢島亨の通り名、

初めて聞いたとき「ぴったりだな」と思った事をよく覚えている。(ちなみに自分で考えたらしいw)


元々彼はデビュー年度の新人王決勝進出、リーグ戦での順調な昇級、そして第13期日本オープンでの初タイトル、といった実績で協会のトップ選手として順調に名をあげていた。

その最大の武器は「圧倒的な攻撃力」、もうちょっと言えば最終形への構想力・積極性をベースにしたシンプルな押し引きであり、個人的には小倉孝に近いスタイルだという印象を持っていた。


ここからは更に僕の勝手なイメージの話なのだが、

そんな彼に対する印象が明らかに変わったのは2年ほど前、正確には第17期雀竜位の決勝の前の年末あたりである。

今まで基本的にはシンプルなスタイルの麻雀を目指していた様に見えた矢島が一転して細かい精度の読み等の技術をメインにした勉強・研究について口にする姿が目に付くようになった記憶がある。


勿論一般的なレベルから見れば矢島はこの前から既に十分なオールラウンダーだった。

上述の攻撃力も相まって協会のトップ選手だった。

だが「それだけでは足りない」そんな気持ちが彼自身にはあったのかもしれない。

鈴木たろうに勝つために、

金太賢に勝つために、

堀慎吾に勝つために、

仲林啓に勝つために、

渋川難波に勝つために、

多くのライバルに勝ち「協会のトップクラスではなくトップになるため」

一番の武器である攻撃力にプラスしてライバルに負けない高い精度と細かい技術を上乗せする、そんな決意があったのではないかと今となっては思う所がある。

もしも矢島がそう考えていたとしたら、オラジュワンに出会ったオニールがたどった道をちょっと彷彿とさせるものがある。



矢島はこの年の第17期雀竜位を制覇、

そして敗れはしたが第18期雀竜位では卓上の誰よりも高い精度の麻雀を見せつける。

これらを見た競技愛好家の中には彼の更なる飛躍を予想していた人間が少なからずいたのではないかと考える。


改めて第19期雀王は矢島亨、

協会史上初の雀王・雀竜・日本オープンの三冠を達成する偉業をここに成し遂げた。

鍛冶田良一も小倉孝も鈴木達也も鈴木たろうも、そしてその他多くの選手も成しえていない大偉業、改めて拍手を送りたい。

さて最後にこの記事で書いたオニールだが、彼にも引退まで克服できない弱点があった。

フリースローの技術である。

バスケットボールが彼の手に小さすぎた等の説が有名だが、彼はとにかく最後までその弱点克服ができなかった。(彼を止めるために故意の反則をし、あえてフリースローに持ち込む戦術があった位のレベル)


だが彼は引退後にこう述べている

「想像してくれよ。俺がステフ・カリーみたいにフリースローを決めたら、もっともっとヤバい選手だったはずだ。マイケル・ジョーダンやウィルト・チェンバレンを超えて、史上最高の選手になっていたと思う。でも、弱点があったおかげで謙虚なままでいられたんだ」


「2004年ソフトバンク松中選手以来の三冠王が僕です」

矢島は試合が終わった後に真顔でこう語った。

そう、

彼にはその見た目に合わない親父ギャグのセンスというおそらく一生直すことが出来ないと思われる弱点が存在している。

でもそれがあるおかげて彼は来年もその後もおそらく謙虚に更に進化した姿を見せてくれると思うのだった。


最後に選手の皆様、

改めまして素晴らしい戦いを今年もありがとうございました!

2020年1月28日火曜日

第18期雀竜位決定戦がいよいよ始まる その1

※文中敬称略

仕事が一年で一番忙しい時期故にブログも放置気味、
皆さんどうもお久しぶりです。
まあ色々と書きたいネタがあるので2月にはぼちぼちまたアップしますが、
とりあえず雀竜位A級が終わり、
当方敗退(降級)しました。。。。。
いやもう、結構心に刺さる負け方だったので、書きたい事もあるのですがそれはまた後に。

https://twitter.com/ClubNPM/status/1221047717050245122

んで、そのA級の勝利者と現雀竜位の5名による決勝が今週2/1(土)から始まるので、
今回の日記ではその面々について書こうかと。
というわけでここから先は観戦記モードで各選手の紹介をします。


「あの時あそこで勝てていれば」

競技を長くやっている選手にはこの手の自責が1つや2つはある物だ。
若い時分にたまたま勝ち上がった準決勝や決勝、
ここで未熟ゆえのミスや色々な理由で敗退した時、多くの選手はそこまで自責の念を抱かない。
「次頑張ろう」とまずは考えるし、それが正しい。

が、
その後長く競技を続けるほど大体の選手は自分が逃したチャンスの大きさを思い知る。
大きなタイトルの決勝は勿論だが、準決勝ですら長くやるほどそう簡単に得られるチャンスではない事を実感するからである。

あの時に感じた「次」は簡単には来ない、永遠に来ないかもしれない、
長く競技を続けるほど、その事実を知るほど、今の自分への自責の念は強くなる性質が一部ある。
ひょっとしたらこの選手もその思いを今も抱いてるのではないだろうか。

千貫 陽祐(せんがん ようすけ)
雀王戦A2リーグ所属、入会は第8期であり今期で競技選手歴も10年を超えている。
が、実は彼は競技の世界自体にはもっと古くから携わっている。


彼の名が競技麻雀界で知られたのは、第4回野口賞。実に16年ほど前だった。
若手の登竜門として当時から知られていたこのタイトル、
第4回の決勝で本命と目されていたのは既に業界のホープとして高い知名度をほこっていた現Mリーガー滝沢和典だった。
その声にこたえてこの年に滝沢は優勝、スターダムへの道を歩み続ける事になる。

そしてこの決勝でその滝沢を最後まで苦しめたのが当時無名のアマチュア選手こそ千貫だった。
その非常に珍しい苗字から、彼の名前はこの時なんとなく業界で知られる事となる。
※彼はその後の6期も野口賞でも決勝に行くが、ここでも優勝はできず。

そんな彼は日本プロ麻雀協会の門をこの決勝の約5年後に叩く事になる。
「今になってか・・・」
珍しい苗字故に彼の事は新入会者の名前を聞いた瞬間にすぐに解った。
プロになるという選択肢を麻雀界に携わっていてもすぐにとらない人というのはたまにいる。
現雀王の堀慎吾、そして千貫はまさにそれだった。
競技自体にはマイペースで携わり続けながら、
生活環境などの問題もあり本格的に選手の看板を背負う事はなんとなく避けていた中、
あの決勝から長い時間を経て意を決した、という所だろうか。

その後粛々とプロ活動をつづけた彼、
だが順調に昇級は重ねながらも大舞台には縁がなかった。
そして今回の決勝という舞台は彼にとって2回目の野口賞決勝以来なんと約13年ぶり、
滝沢との戦いに敗れてからは16年という歳月が流れている。


あの決勝、
千貫の中でどのような思いがあるだろうか。
もしあの時滝沢でなく千貫が勝っていたとして、どうなっていただろう?
多分滝沢はその後も順調に麻雀界の中心で活躍を続けていたと思う。
彼のカリスマ性は簡単には折れなかっただろう。

千貫はどうだっただろう?
勝っていたらひょっとしたらすぐにプロになっていたかもしれない。
業界の期待の若手になっていた未来があったかもしれない。
まあ今となっては埒のあかない空想だが。

ただ一つ言えるのは、
長い時間をかけて久々にチャンスを得た彼の今回にかける決意は並々ならぬものなのは容易に想像ができる、
という点である。
のらりくらりと競技をしている人というのはそもそも選手を10年も続けない。
いうならこの決勝は、
そんな彼の10数年におよぶ競技麻雀へのリベンジではなかろうか。
そんな風にも見えてしまう。


ちなみに過去に放送などに出る機会も少なかった千貫の麻雀に対するデータも実は少ない。
よって僕も彼の打ち方のタイプというのはよく知らない。
キリっとした正統派を思われる見た目の彼だが、
過去の対局で「なんだこの捨て牌?」って感じの技を結構やられた経験もあり、
実は凄いトリッキーファイターなのかも、とか色々と考えたりする。
そんな彼の正体が垣間見えるのではないか、という点がこの2/1から始まる決勝の注目ポイントと言えるだろう。

さて、
千貫について「競技麻雀へのリベンジ」という言葉を先ほど使ったが、
一方で「雀竜位決勝」という舞台にリベンジをもくろむ男、これが今回の挑戦者の中に2名いる。
というわけで次はその2人を紹介しつつ、
もう残った全員もこんな長々とは書かずにさらっと次の記事でまとめて紹介する予定
続く

決勝1日目URL
https://freshlive.tv/threearrows-ch/275682

2019年11月23日土曜日

麻雀界初の双子プロ「武中兄弟」についてちょっとだけ

遠い昔に記事でちらっと書いたが、
武中進は大学を一年留年している。
https://susumutakenaka.blogspot.com/2016/10/blog-post_6.html

必修の単位が1単位だけたりないというギャグみたいな話だったのだが、留年した一年は家にいるのが本当に気まずかった。
なんせ同じ家に住んでいる同じ年で同じ顔の双子の兄は、きっちり卒業してきっちり就職をして毎朝きっちりしたスーツをきて毎朝会社に行くわけである、
自分に注がれる両親からの「コイツ・・・・」という感じの視線を僕は今でもよく覚えている。

さて、
そんな僕だが必修は落とした一方 総単位数はそこまで切羽詰まっていたわけでは無かったので、その一年正直に時間に余裕があった。
そこで時間を有効活用しよう大学4年目の秋あたりから既に色々とやったのである。
その一つがまず就活インターン、これを3社ほど受け内一社に早目に内定をもらいそのまま就職した。よって就活はほとんど苦労をした記憶はない。

そしてもう一つが麻雀プロである。
以前からちょっとだけ興味のあったこの業界、奇しくもちょうど当時新設の団体=日本プロ麻雀協会が出来ていた中で、大学4年目の冬に受験をしたわけである。

プロテストがあったのは2002年1月、
就活が始まるよりも前のこの時期、アルバイトの面接と同様に履歴書を書き上げ送付する時だった。
「・・・あっ、写真張らなきゃ」
しかし手元には身分証明の写真なんて当然ない。駅前の証明書写真撮る機械のとこ行くか、と思いつつもふと思いつく。

隣の部屋にいる双子の兄、ヤツは今年度に就活をやった中で身分証明写真を撮っている。そのなかで余ったのがあるはずだ、、、、
というわけで部屋をたずねる。

『おい、兄。就活の時の写真あまってるならくれ。』
「はいよ。」
というわけで日本プロ麻雀協会の履歴書にこの写真が使われたのだった。



正直にばれるばれないとかいう心配は特になかった。
長年双子をやってるから知っている。ばれるわけがないのである。
実際にそのあとの面談なども特に何も言われず、筆記・面談・実技と通過して2002年に武中進は麻雀プロになったのであった。
※ちなみにそのあとの就活でもその写真を使いまくったが一回たりとも問題は起きず


さてこの写真の存在がクローズアップされたのは約3年後である。
僕はその時中国に約2週間出張をしていた。
そして日本に戻ると携帯電話に麻雀業界の知りあり複数人から不在着信が来ていた(当時は海外で日本の携帯使うのが結構面倒だったので他機をレンタルしていた)。

その人達に電話をかけると皆一様に「お前最高位戦に移籍するの?」との質問をしてくる。(兄は2019年現在は協会所属だが、デビューは最高位戦)
まあ聞いた瞬間に「ああ、受けたのかアイツ」と思ったわけだ。
元々麻雀が好きで、競技に興味もありそうだったし、「まあ受けるだろうなその内」と思っていたので別に驚きはしなかったが。
ただ協会事務局とかからも質問が来たのはちょっと面倒だったが。

こうして麻雀界の畠山兄弟、工藤兄弟、とでも言うべき(?)双子プロが誕生したわけである。
この時点で初めて「あー、すみません。そういえば事務局にある僕の写真も実は兄です。」という告白がされたのであった。

既に兄がプロになってからももう10年以上経つわけで、
色々とあったなあ、とか思うわけである。
まあそれは書くと長くなりすぎるのでまた別の機会に。


そしてそんな双子兄、
来年の初旬でいよいよ父親になる予定となっている。(先日の人狼放送でカミングアウト)

まあなんだろう。
子育てって大変だけど、まあアイツ結構子供好きだし(知り合いの子供に片っ端からチューしてるような男)、頑張るんじゃん?とか思うわけだ。

ちなみに僕は兄に、
結婚祝いもあげてないし、
妊娠祝いもあげてないし、
出産祝いもあげる予定はない、
だってあっちが何もくれないんだもんw

武中兄弟はお互い特に干渉等はしないマイペースな双子です。
でも改めて彼が父親になることについては嬉しいし感慨深い点がある。
改めておめでとう。
今まで赤ちゃんがオムツ変えるタイミング(特に大)になるといきなり逃げ出してたけど、
自分の子供のは頑張って変えてな!

2019年11月5日火曜日

改めて考えてみると坂本大志には麻雀のセンスがあったのだろう

そうでなきゃ最高位なんてとれるわけがない。

「努力すれば必ず上手くなれる」という言葉を麻雀でも聞く。
その考え方は大事だし、的を得ている部分も多分にある。
どんな人だって努力すれば必ず上達するのだ。

が、
「努力をすれば必ずトッププロになれる」といわれると、
正直にこれは違和感しかない。

所詮人間には「才能」って壁がある。
どんなに努力したって誰もがNo1になれるわけではないし、
No1に近い距離にすら行けない人が大多数だろう。


この世には、努力の量ってのが結果と直結しない物なんて山ほどある。
いや、大半がそうである。
麻雀だって僕の見てきた限り、努力の量と実力なんて比例するのは”最初のある程度まで”なわけだ。

例えばこの業界で活躍している麻雀プロ100人とかにもしも「強くなるために必要な物は何か?」というアンケートを取ったら、
ぶっちぎりの一位は「センス」になるのではなかろうか。
実際に麻雀プロを10数年やってもデビュー1,2年の新人と大差のない技術の人なんて業界にはゴロゴロいるし、そういった人に足りないのは勉強量よりもセンスのケースが多々ある。
強い人はほっといても勝手に強くなるし、この業界の頂点近辺にいる方々は涼しい顔しておいて多大なるセンスと努力の両方で成り立っている方々なわけだ。

結局センス無くしてNo1になんてなれない、これが健全、
プラスすれば麻雀だから運だって必要である。

だからこそ、
「坂本大志には結局は運もセンスもあった」
これである意味正解だと思う。
誰もが彼のように努力すれば報われるわけでもない。


が、
それでも彼が”この10数年麻雀界で一番努力をした人間の一人”という点は僕を含めて多くの人間が認めるべきところだろう。

そして彼は必ずしも麻雀プロになった当初からセンスや実力を感じされるタイプの男ではなかった。
つまり彼の実力の大部分を占めているバックボーンは、センスの土台の上に積まれた膨大なまでの練習量である点、これも疑う余地はないだろう。

なんというか、
彼の麻雀、特に競技麻雀にかける情熱は「狂気の域」とすら思う事さえあった気がする。

10数年前の第31期前期に最高位戦に入会し、
勤務先の雀荘でも当初中々に結果が出ずに同僚に心配された日々もあった彼だが、
その頃から「業界一の麻雀馬鹿」ともっぱらの噂の男だった。

坂本の逸話①
そのころの彼は渋谷道玄坂の雀荘で働いていたのだが、
長時間勤務を終えた後、渋谷の反対にある宮益坂の雀荘に客打ちに行き、ちょっと休んでまた道玄坂で仕事をする、
”コイツ正気か・・・”と回りが疑うほどの鬼畜ライフスタイルを貫いていた。

坂本の逸話②
「誕生日に
① 自分が尊敬する麻雀プロ3人とセットができる
② 自分の好きな子とデートが出来る
どっちを選ぶ?」
という2択にて、
「尊敬する麻雀プロ3人のセットに、自分の好きな子を連れて行く」という答えを出し異端の感性を披露。

坂本の逸話③
勤めていた雀荘での社員雇用の話も”競技に差し支える”といって突っぱねる。
(一時だけ社員やってたっけ?)

他にも数え上げればキリがない、
思い返せば返すほどの麻雀狂いで競技麻雀狂い。
それが彼だ。


でも逆にそれは”恐怖との戦い”だったとも思うのだ。

将棋の羽生善治がこんな言葉を残している。
「何かに挑戦したら確実に報われるのであれば、誰でも必ず挑戦するだろう。
報われないかもしれないところで、同じ情熱、気力、モチベーションをもって
継続しているのは非常に大変なことであり、私は、それこそが才能だと思っている。」

この言葉は逆に言えば、
「努力したとしても報われない事が多々ある」、
そんな怖さも語っているわけだ。

センスないゆえに努力が報われない人は多々いる。
運がないゆえに努力が報われない人も多々いる。
報われるにはそれらがある程度必要だ。
でも報われるかどうかなんて努力している最中には解るはずもない。

つまり努力とは恐怖との戦いなのである。
狂えば狂うほど怖い。
それが努力の一種の正体。

でも戦い続け、狂い続けた。
僕の多くの知人の中でも、
多分誰よりもその恐怖と戦い続けてきた男、
そんな彼が昨日大きな勲章を手にした。

第44期最高位
坂本大志

改めておめでとう。
同じ時代を選手として過ごしてきた一人として本当に僕もうれしい。
そんな日でした。

2019年7月8日月曜日

会社員麻雀プロの先駆者「横山明香」という女性のお話

自分が麻雀プロになった2004年頃、
「会社員麻雀プロ」というのは業界ではどちらかと言えばマイノリティだったのかもしれない。

そもそも業界の規模、
プロの総人口が今より断然少なかったのもあるが、
麻雀プロと言えば基本的にはメンバー業の傍らでやる人が大半だった。

実際に遠い昔に記事で書いたが、
協会は第1期は水曜日にも対局をしていたらしい。
僕が入った最初の総会で「今後対局は土日祝のみとします」とお達しが出た記憶がある程度なので、
明確にその前の事はしらないが。

さて協会が土日祝対局を基本とする体制をとったのには、
「会社員を積極的にこの業界に受け入れよう」とかいう崇高な意識とかではなく、
実は当時の主力女流選手が会社員麻雀プロだった中で彼女の事情を考慮して、
という部分が多少なりともあったという説がある(真偽は定かではない)。

横山明香(よこやまさやか)という女性だった。
 

会社員麻雀プロとして協会に所属、
おしとやかなたたずまいと気さくな性格もあり人気を博していた選手であり、
協会創立当初の看板選手の一人である。

彼女は一般企業にてOLをしながらも、
土日は対局やゲスト活動をし、
会社員および麻雀プロとしての生活をしていた。

実績的にも第2期日本オープンの決勝や第3期女流雀王決定戦の決勝進出、
リーグ戦で現A2に所属していた時期もありバリバリ活躍。
※ここらへんは当時と現在の業界規模の違いがあるので一概な実績評価は出来ないが。

第5期リーグ戦でB1⇒A2への返り咲き昇級をしながらも、
第6期の始まりと同時に協会を脱会された。
※ちなみにこの時の同リーグには僕もいたし、金やたろうさんもいたり。

詳しい話はしなかったけど、
この業界の理想と現実のギャップに色々と悩んだ中で、第一線から身を引く事を選んだように思えた。
脱会後に一度お会いした事もあった。(何故か奥村さんと3人で飲んだっけなw)
当時とほとんど変わらない姿で、その後の会社員としての生活や彼氏さんの話をされていたい。
そのさらに後、風のうわさで結婚したとも聞いてる。
今では子供に囲まれて会社員兼母親でもされているかもしれない。
 

「今のMリーグとかで盛り上がる業界を彼女もどこかで見守ってるのかな」
仕事の書類を作りながら、ふと思った。

多くの企業が業界を盛り上げてくれている現在、
10数年前には考えられない話だ。
当時の横山さんは、
女流選手もまだまだ今の10分の1にも満たない業界の中、
女流に対する注目度や偏見もいまより圧倒的に強い中、
プロ意識を忘れず高い志で協会自体の在り方についても真面目に色々と考えくれていた人であり、現在に続くレールを必死に作る為に頑張ってくれていた。

会社員麻雀プロという立場からすれば、
現在は一般的なこのライフスタイルについて、
協会および麻雀界への認知を広げてその体制づくりに一役かってくれた点についても彼女の果たしてくれた役割はとても大きい。



もしもMリーグが10数年早く来ていれば、
彼女も選抜に選ばれてその努力がもっと大きな形になっていたのだろうか。
これは埒があかない空想かもしれないし、それを言うなら同様にもっと報われてしかるべきの人だって多数いる。

さて一方で
「キャバクラに行って何の話するの?何切るとか?
というか麻雀知らない人と何の話をしたらいいか解らない?」
普段の真面目で良識ある性格で知られていイメージから想像できないぶっ飛んだ発言をして回りを凍りつかせた事もあったりした根っからの麻雀好き、
「引退してもどこかしらのフリーとかで麻雀打って”あの女性強いなあ・・・”と思われたい」
とか言っていた事もあった。

個人的には
今でも麻雀が好きで、
どこかでたまにフリーやネット麻雀打ってて、
対局放送はちょくちょく見てたりしてて、
そんな姿があったとしたら色々と嬉しく思う。
 

Mリーグって大きな媒体が明日にまた更なる発展をする中で、
過去の多くの先陣の功績があって麻雀界や女流プロの仕事って奴が今の形になってる事、
協会で僕の様な会社員が活動できる発端にこういった方がいた事、
ちょっと書いてみたくなった記事。

ご本人が何されてるかは知らないけど、
いつか元気にまたこの業界でひょっこり競技楽しみに大会来てくれたらそれはそれでそれで嬉しいですね。

例えば明日のドラフトをドキドキしながら見ててくれてて、
例えば明日に金太賢が指名されたとしたらそれを喜んで、
もしもお子さんがいたりしたら、
「この人と昔同じリーグで対局をしていた」
って語り掛けてる、
そんな姿があったらなお嬉しかったりするかも。

2019年1月29日火曜日

東大を出たとある雀士とコラムと嫁についての思い出話

「東大を出たけれど」
これは当協会の東大出身雀士であり現Aリーガーであり第五期雀王でもある須田良規、
彼が近代麻雀で10年以上前に連載していたコラムである。
以前にこのブログでも以下記事で漫画版の紹介をしたっけ。
https://susumutakenaka.blogspot.com/2017/07/blog-post_5.html

ここ数年で麻雀界に入ってきた人はあまり知らないだろうが、
当時はまだ世に今ほどネット系メディアが広く普及していなかったのもあり、近代麻雀の持つ影響力は業界で圧倒的に強かった中、この作品は多くの業界関係者の中で話題となった。
当然須田良規はちょっとした業界の話題の人になったわけである。
そして当時彼は大久保の「ポン」という雀荘で働いていたのだが、
麻雀の持つ闇の力、それに魅せられたクールな人物、コラムを読んで須田さんにそんなイメージを持った多くの人が店に訪れたものだった。

が、知ってる人は知ってると思うが、
実際の彼はそんなクールな男ではない。
仕事中にもかかわらず怪しい踊りをしたり陽気に騒ぐ彼を知ってた身としては「客が幻滅する姿しか想像できん」と思ったものである。

そんな中のとある日、
「ポン」の常連だった自分が店に行くと、そこで見知らぬ若者が麻雀を打っていた。
(新規のお客さんかな?)
と思いつつも、まあ僕には特に関係ないので麻雀を打っていた。

が、すぐに違和感に気づく。
いつもは仕事中でも怪しい踊りと軽快なトークをしていた須田さん、この日は黙々と麻雀を打っている。
その姿がかえって不気味だったので思わず聞いてしまった。
『・・・須田さん、機嫌でも悪いんですか?』
「ん?何でですか?」
『いや、いつもとぜんぜん雰囲気違うし。』
「いや、いつもどおりですけど?」

これ以上は特に突っ込みを入れることもなくその後数回打つと、その見知らぬ若者がラス半を終えて店を去る、そして最後に須田さんに挨拶をしていった。

そして彼が店を出た瞬間、いきなり文句が飛んでくる。
『ちょっと武中君~?
僕のファンが来てるんだから空気を読んでくれたまえ!
いや~なんかちょっと疲れたし、酒でも飲もうかな!仕事中だけど!』

どうやら彼は彼目当てで来た新規客に対して、クールなイメージを演出したかったらしい。

(アンタこの先ずっとその演技するつもりっすか、、、)
とか思った。
ちなみにこの後、その新規客は店の常連になり、すっかり須田良規の正体を知ることになるのである。



そして僕の中で須田さんといえばもう一つ、やはり今の嫁と出会ったときの事である。
それまで色々な遊びにも付き合ってくれた彼だったが、嫁と出会ってからとにかく付き合いが悪くなった。
それまでは女ほったらかしてパチンコとか付き合ってくれたのにである。(当時は僕も彼も生粋のパチンカー=店の養分、だった)
まあつまりそれだけ特別な出会い、と外から見えた事を良く覚えている。

そして当時は麻雀プロが結婚するケース自体がまだ珍しかったのもあり、その結婚には多くの業界からの祝福があったものである。
だが当時から変わった言動が多かったこの嫁、結婚10年とかになって非常に色々な伝説を残し有名になっていく。
最近そのまとめもできたのでそちらも是非ごらんください。
https://twitter.com/Suda_Yoshiki/status/1084449408874213377

まあでも僕が一番笑ったエピソードは以下のもの。
二人が結婚する直前のとある告白である。
(上記リンクには収録されてないかもね)

嫁「実は、結婚するにあたって一つ大事な事を言っとかなきゃいけないくて」
良規「(・・・・なんだ?改まって・・・・まさか病気?それとも大量の借金?それとも隠し子がいるとか?二股とかしてて結婚前に話をつけてクリアにしなきゃとか?)」
嫁「私実は
、
、
、
、
、
年齢を1歳サバよんでたの、、、、ごめんなさい」

この時須田良規は心の底から「どうでもいい」と思ったらしい。
そんな二人だが夫婦になって子供もいまや10歳とか。
時って過ぎてみると一瞬ですねえ。

コラムをいくつか読んで、色々と久々に思い出したのでありました。
興味のある方、ぜひともご購入を^^

2018年11月20日火曜日

スリアロチャンピオンシップ2018雑記 優勝したコウについてお話など

2018年スリアロチャンピオンシップ、
日本プロ麻雀協会の「コウ」が優勝となった。

彼は現在都内の雀荘勤務をしながら競技麻雀を続けている身だが、
元々関西に居住していた中、数年前に「競技麻雀をもっと打ちたい」と考え上京し、
その際に勤務していた会社も辞めて現在の職についたという過去を持つ、
まあ要するに筋金入りの麻雀バカである。

その人間性から渋川難波や堀慎吾など多くの協会員にも慕われている男であり、
僕自信も彼には世話になった点が多少なりともあるだけに今回の優勝はうれしい限りだ。

とにかく器が大きい男コウ、それを表すこんなエピソード群

その1
数年前
・飲み会の最中にとある女の子から、電話で「お腹すいた」と連絡が来る。
・飲み会を抜け出し、なか卯でテイクアウトの親子丼を買って彼女の家に直行
・するとそこにいた彼女とその彼氏に「ありがとう」とお礼を言われ品を受け取られバイバイされたという

その2
数年前
・とある女の子が「美味しいお肉を食べたい」と言ってくる
・味とコスパを考えた彼、六歌仙のランチでデートする事に(ランチなら数千円で済むという計算)
・何故かその子が自分の知人の子も連れてきて3人デートに
・ランチにも拘わらず5000円以上のコースを2人に注文される。(ちなみに自身は1500円の弁当)
・万単位の会計を全て親っかぶり。
・にもかかわらず後日またその子をご飯に誘う

カスピ海なみのデカい器、俺もちょっとは見習いたい。


、、、さて話を麻雀の方にうつろう。
決勝は1回戦でコウが親の国士を含む10万点級トップ、
この時点では「勝負あった」と多くのギャラリーが思ったのだが、
同じ協会の水嶋君がなんと2回戦で親国士をあがり返して猛追、
一時期はほぼマンガンクラスで並ぶ僅差まで詰め寄るという、
僕が見てきた競技麻雀の中でもまれにみるド派手な熱戦だった。
以下URLから興味のある方はぜひご視聴を(今月いっぱいくらいまで無料)
https://abema.tv/channels/mahjong/slots/98hy6eyVFFVBom

んで今回の戦いで印象に残ったのが、
地味なんだけど2回戦東場親番での水嶋君の選択。


この前局起死回生の親国士を和了した彼、
が、まだ数万点の差があるこの局面、
その中で「親番維持の為にどの程度押すか」という選択が難しい局面だった。
幾つも分岐点があったのでまるっきりのオリではなかったが、
最終的に水嶋君はオリによって勝負を保留、南場に全てをかける。
この局の各一打、それこそ序盤の進行から書くとなると文章量が多すぎるので省略するし、
南4局の親が水嶋君であると考えると無難な選択である。

ただもうちょっとだけ強気の別選択をできる分岐点があったのは事実で、
そっちをとっていたらどうだったんだろう、というのが終わった後の感想だった。
そしてこれを見て改めて思ったのが「人間は基本的に保留を好む」という深層心理である。

タイトル戦決勝しかり、
リーグ戦しかり、
半荘単位しかり、
人間心理って不思議な事に「保留できるのであれば保留したい」と考える傾向が強い。
正確に言えば「自分の決断で負けが確定してしまうのだけは避けたがる」とでもいうべきか、
リードしてる局面だと「今までのアドバンテージを覆されるまではひたすら防御をする」というシーンにつながったりする。

麻雀漫画「アカギ」の中で、
既存の確定した利益をとにかく守ろうとする人間の習性について鷲巣巌が
「利とはそれほど甘美なのだ・・・・」
とか発言しているシーンがあったが、まさにその通りというべきか。

いや既述の通り、
水嶋君のこの局については保留の一打もあれば強気の一打あり、
最終的には僕もあの牌ハイテイで掴んだら多分おりる、
と色々とあるし、
むしろ最後のポンでしっかり聴牌取りつつ水嶋君にハイテイまわしたコウが見事というべきだが。


一方のコウについては、
「一応はリードしてるのに思い切ったなあ」と感じた局面が幾つかあった。
その例が1回戦東2局、

この形で下家がマンズ染め濃厚の中強気のリーチ、
リスクもあるが「優勝だけを目指すからまだ先も長いし、どうせ降りる気がない」と考えれば納得できる選択でもある。
無論この選択がド裏目になって一気にリード分がチャラになるケースもあったし、正直けして勝算の高い勝負でもないようにも見えた。

ただ結果は6000オールという最高の仕上がり。
終わってみればこの局以外にも積極的に自分で場を回すための勝負を繰り返した彼の心意気に勝負の神様も呼応してくれた、とでもいうべきか。
まあ同時に終わってみれば「6000オールが安く思えるほどの打撃戦」になるなんて、
この和了直後の本人は想像してなかっただろうがw


普段の彼は上述のような器の大きさから闘志をむき出しにするタイプではない。
そして麻雀の内容で周りの人にこき下ろされるシーンもある^^;
まあこれはつるんでいる相手が渋川、堀ととにかく超人的な打ち手ゆえに「相手が悪い」という場面も多いw
が、競技選手としての承認欲求のない男が会社辞めて東京来て麻雀打ちをやるわきゃない。
今回の優勝、本人にとって途轍もなく大きなうれしさなのは想像に難くない。

いつも笑顔の彼の表情が、
ちょっとだけいつもよりさらに明るく見えた優勝スピーチだった。

改めてコウ、おめでとう

●私見にともなう麻雀プロ紹介
https://susumutakenaka.blogspot.com/p/blog-page_21.html

2018年11月12日月曜日

第17期雀王決定戦で覇を争った2人について書いてみる日記

最後の最後まで勝負の女神が裁定に悩んでいるかのシーソーゲームの末、
第十七期雀王決定戦は金太賢が優勝、連覇達成となった。
https://twitter.com/ClubNPM/status/1061227736784486402

19、20回戦は特に選手の吸う息・吐く息まで聞こえてきそうな激戦であり、まさに死闘だった。
なんというかこんな熱い勝負を見ると競技選手なら誰もが、
「自分もいつかこんな戦いがしてみたい」
「自分もこんな戦いをして観衆を感動させてみたい」
そんな強い興奮や憧れを感じるんじゃないだろうか。

まだ見てない人がいたら是非TSを見てください。
、、、でもやっぱこの手の興奮はリアルタイム視聴じゃないと味わえない部分はあるんだけどさ^^;
https://freshlive.tv/threearrows-ch/244750

さて改めて金についてちょっと書くとしよう。
今回の優勝により彼は昨年に続く2回目の雀王獲得となるのだが、
協会史上雀王の称号を複数回とったのは実は鈴木達也、鈴木たろう(両者とも4回)のダブル鈴木以外では彼が初、つまり史上3人目の快挙、
そして雀王連覇は鈴木たろう以来の2人目である。

「こちとら10年間からAリーグ、決定戦は5回目。達也・たろうから受け継いだ協会の麻雀にかけて初決勝の3人に負けるわけにはいかない」
そう語った姿からはまさに「協会最強」としての貫禄が漂っていた。

彼が年末の最強戦も連覇する姿、
そしてその先に見据えているであろうMリーグ、
彼だけでなく多くの協会員がその姿に期待していることだろう。


一方、最終日までの大量リードを持ちながら金の猛攻によりまさかの敗北を喫したのが下石戟である。

なんというか、こういう競技麻雀の持つ残酷さに直面する選手、
麻雀のゲームの性質上、大体の決勝では今回の下石のように「最後まで戦い続けて敗れる」という経験をする人間が必然的に出てくる。
そんな選手に対してどんな言葉をかけるべきなのか?
これは何年も選手をやっても、いややればやるほど解らない問いである。

実は僕、
彼が勝つと思って、彼との思い出話をネタにした「おめでとう下石」的な記事の下書きまで作っていたりしたんだけどね・・・

せっかくなのでちょっとだけ内容を書くと、
下石戟と初めて出会ったのが第10期雀王戦B2リーグで、
でもこの時の彼の印象はほぼ皆無、
というのも彼はこの年、たった1節だけ出て2節目以降は休場してしまったためで。

当時彼は神職の専門学校に通っていた学生だった。(あれそれとも就職したての頃だったかな?記憶曖昧。)
元々実家が神社だった彼は親の後を継ぐ勉強をしながらも、特技だった麻雀のプロ資格も取りつつそれを両立させていたのだが、
2節目の当日どうしても外せない実習とリーグ戦を両てんびんにかけた結果、泣く泣く休場を決意したらしい。

そんな彼と僕が初めて大きな接点を持ったのは、
第6回オータムCCの決勝で(彼が優勝で僕が準優勝)、
それからちょくちょくあった接点についてとか色々とかいたんだけどね。

なんかちょっと口惜しいけど、彼が雀王来年取ったらアップする予定記事として、取っておこうと思います。


・・・でもアップされる=自分が負けるって事になるので、やっぱ多分一生アップしないw

改めて宮崎も仲林もお疲れ様。
素晴らしい決勝をありがとうございました!

2018年10月12日金曜日

私見にともなう麻雀プロ紹介その11:宮崎和樹

今日は明日から始まる第17期雀王決定戦のメンツの一人である宮崎和樹について書きたいかと思います。
ちなみに彼も含めたメンツ4人の紹介記事はこちら
https://susumutakenaka.blogspot.com/2018/09/417.html


入会は3期後期
入会してわずか数か月で連盟のG1タイトルである「王位戦」を若干20歳(史上最年少)で獲得、
デビュー直後から協会でその名を知られた存在でした。
ちなみに同期入会だった橘哲也・大浜岳を含めた3人で「3期後期の3バカ」として当時知られていた存在でもあります。
まあその中でも宮崎は上記理由で知名度が高く、中心として知られていたわけで。

王位戦の後も、
第4期新人王戦での決勝進出、
リーグ戦にてほぼストレート昇級を続け第6期には既にB1リーグに入り(私の1年遅れデビューなのにB1昇級は10年も早いw)、
とその実力を周りに印象付けていきます。

そして本人が(特に若いころは)派手で自信にあふれた言動をすすんで行っていたのもあり、
古くから宮崎を知る人は「ビッグマウスの天才肌」というイメージがある人が多いと思われます。
歯に衣着せぬ言動からトラブルメーカーとしても有名でしたしw
とある先輩が「歩く危険物。傍から見てると面白いし話してて楽しいけどね」、と言っていたのは同感したし、「こんな奴が先輩だったら面倒だよなあ、、良かった俺一応先輩で」とか思った記憶もあったりw
まあその分昔から面倒見はいい部分があり行動力も高かったので彼の周りには人も集まり、
現在でも多くの人を要するイベントサークルが出来上がってるわけで。これは彼の人望なせるワザなのでしょう。



さて麻雀遍歴に戻ります。
リーグ戦についてはB1昇級まではトントン拍子で駆け抜けた一方、ここで長く停滞することになります。
降級も一度経験したあと念願のAリーガーになったのは14期、
B1在籍7年というのはおそらく吉川亘さんの10年に次ぐ歴代2位。(しかも吉川さんはB1デビューだったと考えると生え抜きリーガー以外では多分歴代1位。)
特に昇級後2年目の第7期は最終節になんと300P以上の差を捲られて昇級を逃す憂き目にあったりもしています。ちなみにこの時彼を捲って昇級したのは現雀王の金太賢、それが今年のリーグ戦で戦うのを見るのは古くからいる身としては感慨深い。

麻雀のスタイルについてちょっと僕の所感も。
まず若い頃の彼の打ち方はとにかく個性的でした。
前提として彼は論理的思考に疎いタイプではない。
もともと頭が凄い良いタイプなので数理的な点を無視するタイプではないのです。

ただ彼はそれ以上に論理外の情報を拾う能力がずば抜けて高かった。
卓外の相手の視線とか、手出し・ツモ切りの記憶とか、その他もろもろ。
対局後の局後感想でも捨て牌とか局の事を凄い良く覚えていたりして、正直にビビった事が何回かある。
故に物凄いカミソリみたいな切れ味で勝ち切る時もあれば、とんでもないポカする時もあるタイプ、って印象ですね。

近年麻雀に対する論理的アプローチをする人がネット等の影響で増えた一方で、
麻雀が様々なアナログ要素を含めて曖昧的に判断する、いわば「総合力を競うゲーム」という点、
これを軽視する人が多い、と個人的には感じる事もあるのです。
※これはオカルト要素とか「感性」とかいう物と一切関係なく。

その点でこの男は物凄い個性的なバランスを持つ故かなり賛否両論にさらされやすい打ち手なのですが、
僕がプロやってきて「総合力って物の大事さ」を感じたのはコイツとl金を見た時です。
そういう意味で今回の決勝メンツで現雀王に一番近いタイプは彼かもしれません。
いや雀風は似ても似つかない印象なのですがw

ただまあここ数年の彼を見てると、
「結構スタンダードな選択をする機会が増えたかも」って感じますねw

ちょっと寂しい点もありますがw


さて総括するなら、
「長くプロをやって性格も麻雀も大人になったなあ」ってのが正直な僕の印象w、
でも若い頃も含めてそんな彼の元には多くの人が集まっているのは変わらない。今回も多くの人が彼を応援している事でしょう。
そして上述のビッグマウスも多少なりとも健在ではある一方で、
大人になった彼が今回の相手3人と自分自身をどのようにとらえているかという”本心”が、実は僕としちゃ興味があったりします。
まあ、本人に聞いても多分答えないでしょうがw

明日から始まる第17期雀王決定戦、放送URLはこちらです。ぜひぜひご覧ください。
ちなみに僕は来週10/20(土)に解説で出る予定、そちらも是非^^

ニコ生 http://live.nicovideo.jp/gate/lv316126823
Fresh! https://freshlive.tv/threearrows-ch/240812

2018年9月25日火曜日

”徐々に沈む落日”のはずが気づいたらグイっと真ん中に戻っていた太陽(朝倉ゆかりのお話)

一年間にタイトルを2つや3つ取る人というのは業界でごくたまに出てくる。
近年だと2017年(去年)に金太賢が雀王と最強位の2冠になったり、
2014年に村上さんが最高位クラッシックと最高位をとったり、
まあタイトルホルダーは他大会でも比較的シードに恵まれる事が多かったりはするが、
それでも2回勝つというのはなかなかに出来る物じゃない。

多くの選手がタイトルって奴に恵まれずそれを渇望して引退する中、
それをたった一年で複数取るのだから、
「持っている物はさらに与えられる」という宗教の教えの通りというか、麻雀界もなんだかんだで格差社会というか、、、(T_T)

がそんな中でも、
今週・先週で生まれた「2週間で協会公認タイトル2つとる」という記録は今後二度と現れないのではないかという快挙である。

達成したのは協会の女流雀王朝倉ゆかり大先生、
9/17に協会公式タイトル「オータムCS」を獲得
https://twitter.com/ClubNPM/status/1041648483193643008

そして9/24にRMUのオープンタイトル「RMUクラウン」を獲得
https://twitter.com/RMU1/status/1044164203454451712


既に協会女流の第一人者ではあるが、それにしたってすごすぎる記録である。
まあ既述の通りに同一年度に複数のタイトル取る事が既に凄いし、
2週連続ってのがもっとすごいが、
この記録がどれ位凄いかをさらに示す指標が以下の通り。

・女流選手の協会公式タイトル「オータムCS」の獲得
蔵美里に次ぐ2人目

・女流選手のG1級のオープンタイトルの獲得
清水香織、二階堂瑠美、佐月麻理子 、魚谷侑未に次ぐ5人目

・女流雀王も含め現在タイトル保有数3つ
ほぼ間違いなく女流初。
というかモンドとか除いた「団体主催のタイトル戦」を同時期に3つ保持した人って前例ない=麻雀界初かもしれない。

・協会の特別昇級制度が1年間で2回適用された初のケース
ツイッターでも書いたが、これによりこの3週間で朝倉のリーグはちょっと凄い事になっている
① 9/9 C2に降級
② 9/17 C1に昇級
③ 9/24 B2に昇級
特別昇級制度の詳細は以下記事参照
http://susumutakenaka.blogspot.com/2017/07/blog-post_7.html

と、こんな感じで記録ずくめ。
改めて協会の現女流雀王がその存在感を大きく世に知らしめた9月だった。

さて、今回の快挙を受けてちょっと僕の私見による昔話を書くしよう。
なお私見なので苦情は特に受け付けませんw


まず朝倉ゆかりという名前を聞いて、古くからの競技麻雀愛好家が思い出すのは第7,8期の女流雀王連覇の時期だろう。

この当時、つまり10年位前に「協会最強の女流は誰か?」と協会員にアンケートをとれば、
おそらく1位は彼女だったと思われる。(対抗が崎見、眞崎あたりかな)
女流雀王連覇以外にも新人王獲得も成し遂げた彼女はまがう事なき協会最強の女流として知られていた。

が5年前に同じアンケートを実施したらどうだったか?
おそらく大崎初音の名前をあげた人が多かったのではなかろうか。

2,3年前だったらさらに意見は分かれ、
大崎以外に豊後・愛内・佐月・愛内とかの名もあがりだれが1位になるかわからない群雄割拠の状態だったと思われる。

別に朝倉がどうとか言うより、競技選手とはそういうものである。
麻雀という偶然性の高い競技の世界にて常に第一線に居続ける存在、
例えば鈴木たろうのように何年間もあせずに中心で輝き続ける存在、
そっちの方が遥かに異常だ。
お昼には空の中心で輝く太陽も時間がたてば地平線に向かって沈むように、
選手の輝きも差はあれど徐々に地平線にむかって傾いていく、
麻雀の競技選手なんてそんなものである。
それが10年前は協会女流の中心で輝いた太陽であっても、だ。
落日が沈んでいく夕暮れの中、それが中心で輝いていた時代を思い出せる、競技の世界に自分が長く生きたからこそ味わえる醍醐味の一つかもしれない。
2,3年前の朝倉を見てそんな事を考えたりもした。

が、、、、
気づいたらその傾き始めた落日がグイっとまた中心に戻って10年前以上に燦然と輝いている、
そんな感覚を今回覚えた人も多いのではなかろうかw
僕なんか及びもつかない凄い打ち手がやっぱりいるのかもねえ、とか思う次第である。


まあ何はともあれ凄い記録が生まれた2018年9月の麻雀業界であった。

朝倉大先生が年末の女流雀王決定戦でも凄い戦いを見せてくれるのをやはり期待してしまう。
前人未到の女流雀王3連覇、、、、どうなるでしょうか。
あらためておめでとうございます^^

2018年8月2日木曜日

松坂世代について書いてみる ※何人か追加

とりあえず僕ら世代の野球好きにとって昨日のこのニュースは色々と感じる物があっただろう。
元巨人村田修一、今季で事実上引退へ NPB復帰ならず
https://www.asahi.com/articles/ASL705SXSL70UTQP03B.html?ref=yahoo

NPB通算15年間で打率.269、1865安打、360本塁打。
2000本安打や400本塁打と色々な金字塔が目の前にあり、
しかも昨年度は14本塁打打率も.262と現役バリバリの数字だっただけに今年の引退を惜しむ声は多いだろう。
まあ正直に来年に劇的なカムバックを果たす可能性は0じゃないし、ファンはそれを期待してもいるが。

んで、村田といえば1980年度生まれ、いわば「松坂世代」である。
当の松坂大輔は過去3年、長年の故障にもがき苦しみながらも今年中日で見事なカムバックを果たした一方で、村田をはじめ多くの選手が現役を引退しているのが実情だ。
そんな中、実は私も1980年生まれの松坂世代、
まあスポーツ選手でもなんでもないし麻雀打ちとしては現役バリバリの年齢である。
が、やはり同世代の色々なジャンルの人にはもっと頑張ってほしいなあ、と思う事が最近多かったりはする。

ちなみに芸能人だと
ディーン・フジオカ、
妻夫木聡、
V6の岡田准一、
嵐の大野、
広末涼子
あたりが有名かな。
TVで頑張っている姿を見るとこっちも色々と応援してしまう。


さてそのくだりから本記事では「麻雀プロの松坂世代」についてちょっと触れようと思う。
思えば僕がプロになった2004年には「同世代」ってのはほとんどいなかった。
まあ当時僕は22歳と業界全体で見てもかなり若かった(この年でプロになる人があまりいない)為だったが。
さらにいえば僕の同期である2期後期は「不作」と呼ばれた時期なのもあり、
「同期はイマイチ、同世代はいない、さみしいなあ」とプロ入り数年は思っていた。
だが数年たつと同世代で麻雀プロになる人も増えてきたし、最近では実績ある人も色々と出てきた世代である。今が黄金期かもしれない。

というわけでこの記事の締めは
「僕が把握している麻雀界松坂世代の雑な紹介」です。
せっかくなので皆さん覚えてあげてください。
なお本人からの申告等あれば徐々に記事に追加をしていきますのであしからず。


No1 石橋伸洋
最高位や發王位の獲得経験を持ちRTDでも活躍中の最高位戦エースの一人。
しかも見た目はイケメン、
まさに麻雀界松坂世代の男達にとって目の上のたんこぶ。
そして嫁も美人。

No2 園田賢
最高位戦現Aリーガー。
昔からその高い実力と意欲的な姿勢で業界内での評判はトップクラスだったが、
実績や世間知名度がそれにならんできたのは最近の気がする。そういう意味では遅咲きの大輪。
そして麻雀以上に飲みとカラオケの実力については麻雀界で並ぶものがいない。

No3 勝又健志
言わずと知れた連盟のA1リーガーであり鳳凰位経験者、そして麻雀界のトップ選手の一人。
解説の実力についても業界内で凄く評価が高い。
・・・が個人的交流がほぼ0なので書ける事特に無し(涙)

No4 小川裕之
協会Aリーガーであり新人王獲得経験者。
元ラクビー部の巨体と貫禄ゆえもっと年上にみられることもしばしば。
ちなみに入会当初の飲み会でいきなり女流相手に●●ゲームやろうとして怒られた黒歴史を持つ。
「いのしし」というあだ名はそんな特攻精神からきているのだろうか?由来を忘れた。

No5 田中巌
最高位戦の中堅。
世間に知られるレベルの実績はまだないが園田と同じく長年業界では高い評価を受けている男。
人狼プレイヤーとしても知名度あり。
ただし彼の黒歴史は小川のようにかわいい物ではないのでここでは書けない。キリッ

No6 武中真
もはや麻雀プロとしてよりも人狼プロとして有名になってしまった男。
ただし最高位戦のB1リーグ経験者でありG1タイトル(日本オープン)獲得歴をもっており、
「実績」って点については業界で上から数えた方が圧倒的に早い。
あと僕の双子の兄。

No7 独歩
「オンライン麻雀 天鳳」にて三代目の天鳳位となった男。
その実力は業界でも広く知られている。
ちなみに先日「初デートで女性をサイゼリアに連れてくのはありか?」というテーマをツイッターで僕と議論し、僕とは180度異なる異端の感性をもちあわせている男とも判明。

No8 川崎 友広
μの中堅の人。
。。。。すみません最近会話するようになったのでそれ以外の情報がないっすm(_ _)m

No9 一北寛人
協会の関西事務局長。最近会ってない。
そういえば僕が10年くらい前に一人で関西に旅行行った際彼の家に泊めてもらったのだが、
① その時彼はつき合いたての新しい彼女とイチャイチャ電話してた
②なんかイラッとして 「電話するなら外行って!」と言って彼を外に出した
③ カギ閉めてやった
温厚な彼がこの時珍しく怒ってたのはいい思い出ですね。キリッ


No10 大平亜季
女流最高位3連覇の方。
そして僕が「何で今更プロに」と思った人第3号(他は協会の堀と千貫)
だってこの人、僕がプロになった時には既に渋谷の有名店でメンバーやってたからね。
その後プロになるまで10数年の間にどんな心変わりがあったんだろ。

No11 石井あや
野球好き。ソフトバンクのファンらしい。
ヤクルトの10連敗についての世間話をグループラインでしている最中にいきなり結婚&妊娠報告ブログをネットに挙げた女(ラインでは一言も触れず)。
同世代にも拘わらず金本知憲を知らない等、その知識が少々謎。

No12 田籠謙介(たごもりけんすけ)
同年齢で僕よりプロ歴が長いレアな存在。
そしてオープンタイトル(優駿杯)も取っている。
まあ個性的な伝説を色々と持っている男なのだが、
そんな彼が今年結婚したのは業界に長い人達の間で軽い衝撃が走った。

No13 松ヶ瀬隆弥
今やRMUのエース格。
そのコワ面は業界随一との定評があるが、実際は麻雀にも情にもあつい良い人。
ちなみに「歌舞伎町の人込みの中を彼が歩いたら、人の方から彼を避けていった。それはまるで紅海を割るモーセの姿の様だった」なんて逸話もある。

No14 吉田基成
僕から雀竜位を奪っておきながら翌年あっさり負けた男。
普段は冷静な打点思考の持ち主だが理不尽な展開が重なるとキレ打ちモードになる。
そして見た目によらない肉食系男子。世間では彼のような男を「ロールキャベツ」と呼ぶとか呼ばないとか。
コイツに関しちゃこっちも参照
http://susumutakenaka.blogspot.com/2017/01/5.html

No15 有賀一宏
痩せている時は「ヨン様似」、太ってる時はどこぞのお笑い芸人似、
おそらく麻雀界の中で「体重の増減(痩せてる時と太ってる時)のギャップが激しい男ランキング」を作ったら間違いなく上位になると呼ばれる男の1人。
マーチャオではそこそこ偉いポジらしいが最近あんま会ってないな・・・

No16 比嘉 秀仁
関西を拠点に活動を続ける協会員。そしてネット麻雀界ではその名を知られたカリスマらしい。僕はネット界隈事情をよく知らないが。
そして彼のおっかけファン集団は「ヒガール」と呼ばれているとか。
さらに最近はFXで稼ぎ捲くってるとか。
次会うときは多分美味しいものおごってくれるのだろう。

以上、
僕の私見による簡単な紹介です。特に苦情は受け付けてません。あしからず。
他にも新井啓文とか有賀一宏あたりは年齢はちかいんだよな。あれ同世代だったっけ?

2018年1月31日水曜日

協会の「3バカ」と言えば

日本プロ麻雀協会の創立初期
一部で「若手三羽烏」と呼ばれ注目されていた3人の打ち手がいた。

鎌田勝彦・伊達直樹・吉田光太
3名はその後も競技麻雀で結果を出し続け、
MONDO出演やタイトル獲得・Aリーグ昇級等をはたしている。(現在、鎌田は既に引退、吉田は最高位戦に移籍)

5期前期には3人娘と呼ばれる子達もいる。
成瀬朱美・蔵美里・綾瀬まり
夕刊フジ杯やMONDO等のメディア出演、
蔵に至っては女性として協会史上3人目のAリーグ昇級(Cリーグデビューからでは初)、
協会の今を作り上げた力の一つだ。

そういえば14期前期には同じく3人娘と呼ばれている、
都美・中山百合子・日當ひな、がいる。
個人的には5前の3人娘のように、今後の協会を引っ張ってくれると楽しむだったり。


さてそんな中、
3期後期には「3バカ」と呼ばれた男たちがいる。
この期に入ってきた当時20歳の以下3名。

宮崎和樹
大浜岳
橘哲也

中心として一番目立っていたのはやはり宮崎だった。
入会して僅か数か月で連盟のG1タイトル王位戦を獲得(史上最年少王位)、
その後もタイトル戦や新人王戦で活躍を続ける姿、
その一方でのエキセントリックな雀風と言動で「歩く危険物」として協会をハラハラさせていた。
※2018年現在、すっかり雀風も言動も大人になった彼を見ると、「人って変わるんだなあ」とか思ったり。

大浜岳は当時からすでに研究熱心な若手として知られる一方で、
飲み会での酒豪っぷりや麻雀に対する歯に衣着せぬ言動で協会で良く知られていた。
とにかく麻雀バカ、ひたすらに麻雀バカ、そんな印象の男だった。
※2018年現在彼が人狼ゲームのプロ(?)になるなんて考えもしてなかった。

そして橘哲也
たまたま他2名と凄く仲が良かったためにひとくくりに「3バカ」された感もある、比較的真人間色のある男だった。
それだけにキャラとして地味な印象もあった。

でも断っておくと彼のキャラクターがひたすらに「真人間」だったわけではない。
麻雀でもプライベートでもいつもすぐにキレる事には定評がある男で、
雀壮メンバーの仕事中、
タコ負けしてる彼に同僚が「たっちゃん、キレちゃだめ!」と言ったら
「大丈夫!もうキレてる!」と返したこともあるとか。

個人的には、
新宿で酔っ払った彼が道のガードレールに八つ当たりをはじめ
「酔っぱらいすぎだ!」と怒ったら
「酔ってないよ全く!」と言いながら八つ当たりを続け、
(酔ってガードレールに攻撃する男とシラフで攻撃する男、どっちが危険なんだろう・・・・)
とか思って困った事もある。

さて麻雀プロとしての彼も上記2名に比べてデビュー当初地味な印象もあった。
宮崎のような実績もなければ、大浜のような過激な言動もない。
MJでは「デジタルバスター」という通り名を掲げている彼だが、別にオカルトでもなんでもない。
むしろ競技十数年を共にしてきて、その打ち方も取り組み方も謹厳実直といった印象が強い。

だが実直な積み重ねたその雀力は確かな物だった。
その結果として彼はデビュー当初リーグ戦でも同期出世頭だった宮崎和樹を途中で追い越してのAリーグ入りをはたしている。
番組での解説を聞いていてもそのスキルの高さと視野の広さは良く解るし、協会の後輩がお手本にすべき打ち手の一人である事は間違いない。
そして事務局員としても協会を引っ張て来た存在でもあり、まさに協会を初期から現在を支える一人である。

そんな彼がこの度結婚を発表した。
相手は同じく麻雀プロ、最高位戦の浅見真紀である。

https://ameblo.jp/makimakinncho/entry-12348783134.html

まあ結婚自体はちょっと前に聞いていた。
浅見とも橘ほどではないが親交もあり、二人が結婚というのは色々と感慨深い。
嫁の方の記事もいつか書くか。
一緒にももクロ踊ったり、とかのネタあるし。

改めて結婚おめでとう。
最近もう麻雀界、結婚だの出産だの多すぎて、おめでとうって言い飽きてる気がするが。
でもやっぱりおめでとう。
古いよしみ同士の結婚って特に感慨深い。

昔、
「結婚式の友人スピーチは大浜か宮崎あたりにやらせたい。武中は出番ない。」
と橘が言ってたけど、どうなるんだろ。
そもそも式やるか知らんが。

2018年、今年も色々と楽しみだ。
そんな事を思った1月最後の日でした。

つまり明日からもう2月。
はやっw

2017年11月10日金曜日

第16期雀王決定戦がいよいよ終わる

第16期雀王決定戦の最終日(16回戦~20回戦)がいよいよ明日、
つまり今年もいよいよ協会No1が決まるわけである。

15回戦終了時のスコアは以下の通り。
鈴木たろう +129.3
金太賢 +31.6
田内翼 ▲81.6
角谷ヨウスケ ▲82.3

たろうがリードをしてはいるが、協会ルールともなると全然わからないポイント差、
実際に昨年、角谷はこれくらいの差を残り半荘2回でひっくり返しているわけだし。
ただまあ現状はたろうと金が優勝候補となっている。

放送ページは以下リンクをご参照ください。
ニコ生
Fresh!

さてちょっと今日は現在2位にいる金太賢(キムテヒョン)について書いてみようかと思う。

彼について触れるとなると、
まず思い出すのは11年前の第5期雀王戦B2リーグ

この年は協会全16期を振り返っても「史上最強のB2リーグ」と思われる恐ろしい期だった。
・最強位などの実績で既にトッププロとして認知されている中、他団体から鳴り物入りで協会に来た「鈴木たろう」
・入会2年にして雀竜位を2連覇、その革新的な打法と実績で協会若手の筆頭として既に認知されていた「小倉孝」
・若干20歳にてG1タイトル王位戦を獲得した「宮崎和樹」
・タイトルこそまだ無かった物の野口賞、新人王、最強戦にて実績を出している実力派「吉田光太」
というか10年たった今だからこそ、なおさら「凄かった」と思うような面々だった。
※ちなみに僕もひっそりとこのB2に参戦し、ひっそりと残留w

しかしこの期、
他者を寄せ付けない独走を続けたのは上記4名ではなく、
関西から来た全くの伏兵である若手、キムだったのである。
この時こそ多くの協会員が彼の存在を認知し始めた瞬間でもあっただろう。

その後彼はAリーグ昇級や野口賞受賞などの数々の功績をあげ、今や協会トッププロの一人となっている。
が、未だに雀王の栄冠には届いていない。

一番雀王に近かったのは第10期の決勝。
20回戦南場まで鈴木達也と強烈なデッドヒートを繰り広げ、一時はリードをするも
最後の最後に達也の才気に屈したかのように敗北した。

http://npm2001.com/jannou/kansenki/10-jannou-4.html

ちなみに普段の接客業をしている彼からは想像出来ない人がいるかもしれないが、競技の場で彼は基本的に多くを語らない。
人見知りなのか秘密主義者なのか、それとも実は私の事が嫌いなのかはしらないが(涙)、
ただ黙々と勝ち、そして負けた時も黙々としている。
それでもこの決勝で敗れた時の彼がどのような気持ちだったかは想像に難くない。
彼の今年にかける思いがかなり強いのも言うまでもないだろう。

でもまあキムと同様にたろうだって、
去年の競技人生最大の大逆転負けの雪辱、今年にかける思いは強いだろう。
何回も書いているが、たろうと親しい人の多くは「あんなに悔しそうな彼をはじめて見た」というレベルである。
ちなみにたろうについては遠い昔に書いた以下の記事をどうぞ。
まあ彼が優勝したらもうちょい何か書きますかねw

http://susumutakenaka.blogspot.com/2016/10/1.html

改めて今回の決勝のたろう vs キムの構図を見ると、
僕としては上記の5期雀王戦B2リーグを思い出してしまうわけである。
11年前に始まった2人の戦いが協会トップで続いているのだから中々に感慨深い。

というわけでそんな2人、
そして忘れちゃいけない田内・角谷、

4名の魂がこめられた最終日の戦い、僕も楽しみです。
皆様もご視聴是非是非^^

2017年9月22日金曜日

私見にともなう麻雀プロ紹介その10:大澤ふみな

本日紹介するのは最高位戦日本プロ麻雀協会に所属する「大澤ふみな」

スリアロダイエット部では鞭をふるって部員をしごく鬼教官、
そして競技選手としては2017年度の女流最高位決勝にも残っている、今注目の選手であります。


まず最初に、
何気に彼女は麻雀界に長くいる選手なのです。

最高位戦に入ったのは2014年度と最近ですが、
実はその前に日本プロ麻雀協会に数年所属していた経緯があります。
愛内とか大崎あたりよりもずっと先輩であり、
当時の彼女は鬼教官ほかならぬ鬼先輩として後輩に恐れられていた存在(ry
・
・
・
さて、
ここからちょっと彼女の凄いところ、
麻雀界で彼女だけが持っている競技記録について

ふみなは協会在籍時も決勝に数回残っています。
新人王戦決勝 1回
女流雀王決勝 2回
「将来の女流雀王候補」としてしも当時目されていた一人でした。(獲得には至りませんでしたが)

そして彼女は退会してから数年後に最高位戦に移籍するのですが、
ここでも2014年度の新人王戦決勝、
そして今年度の女流最高位決勝に残ったわけです。

つまり協会、最高位戦の双方にての新人王・女流リーグの決勝に進出しているわけで、
これは業界唯一のレアな記録であり、今後も多分塗り替えられないでしょう。

というか2014年の最高位戦新人王の決勝みて「そもそもお前のどこが新人だ」とか思ったのは俺だけでは(ry



競技成績以外についてもちょっと話を

彼女が入った当時、協会は後に「暗黒期」とも呼ばれるほどの低迷した時代でした。
新人、特に外に売り出せる新人があまりいなかった中、
色々な仕事を積極的にこなしてくれていた記憶があります。

近代麻雀で水着になったり、
MJのイベントではパンダのきぐるみきたり、
「大澤ふみな先生がやさしく麻雀を教えてくれるトレーニングモード」とかいう「何血迷ったキャラ作ってんだ」と皆が突っ込みいれる仕事したりと、
協会のMJ活動を主として大きな役割を担い、団体の活動に貢献してくれていたわけです。

それだけに彼女からとある日、
退会の挨拶をされた時は結構おどろきました。
そしてその時のやりとり、およびその後の事を良く覚えてます


ふみな「今年で協会やめます。おせわになりました。」
ワシ「・・・・そうか。今まで色々ありがと。寂しくなるね。」
ふみな「お前もいつまでもB2とかで燻ってないで頑張れよ」
ワシ「おう」

こんな憎まれ口を叩かれながらもサヨナラをしたのです。

でもそれから数年後、
ふみなの名前を忘れかけていた頃に最高位戦の友人から彼女の入会を聞いて驚きました。

そして彼女は新人王決勝進出はもちろん、
リーグ戦でもとんとん拍子で昇級していき、ストレートでのB2昇級も決めたわけです。

月日って流れゆく物で、

ふみなが協会を辞めて、
数年間競技の世界を離れ、
最高位戦に復帰して、
リーグ昇級を重ねB2まで駆け上がる、

そんな彼女の過去と現在に思い巡らせた時、
「月日って流れゆくなあ」
とか思ったのでした。

そしてその後、
ふみながそうやって色々と変っていく中で、
何一つ変らずににずっとB2リーグにいた自分に気付いた時、
、、、なんかもう色々と言葉に出来なかったわけで(--;)(--;)(--;)(--;)

「協会の中でも外でも色々な事が変ってゆく中で、唯一変らないのは武中進のリーグくらいだ」
という名言が出るのもそりゃ無理ないわ、、、、と。



さて来るべき女流最高位戦の決勝、
4者それぞれ頑張って欲しいですが、
個人的にはつきあいの古い分やはり彼女を一番応援してますかね。
期待して勝負を見させていただきましょう^^

あとせっかくなので大澤ふみなについてオマケ知識を書くなら
・実は韓国人とのハーフ
・料理は結構できる

・日本プロ麻雀協会の公式戦で始めて九蓮宝燈を和了(ただし本人気付かず18000と誤申告)
ってトコですかね。


改めて決勝は9/24(日)からだそうです。
大平が4連覇を達成するか?
他3人がそれを阻止するか?

必見ですね。

http://live.nicovideo.jp/watch/lv305952783
https://freshlive.tv/threearrows-ch/150029

2017年8月23日水曜日

私見にともなう麻雀プロ紹介その9:賀佐裕樹

今回の記事は特に本人の許可を取ってません。
※連絡先を知らないので取り様がなく^^;

というわけでこんな社会の末端のブログながらも、
もしも苦情が来たら削除します。あしからず。
・
・
・
さて表題にある通り、今日書くのは私にとって協会に残っている数少ない先輩の一人、、
協会1期生の賀佐裕樹さんであります。



年齢不詳。協会1期からいるので推定40歳。
趣味不明。
職業不明。
僕との接点は特に無く、会話をした事一切なし。
ここまで長く同じ団体にいて一度の会話もない人って、東京住まいのプロの中では賀佐さんくらいの物・・・・

協会員の中でも彼と仲がいいって人をほとんど知らないので、あまり社交的に他のプロと絡むタイプではない模様。
そういえば朝倉ゆかりは接点があるとか言ってたな。
・
・
・
「じゃあなんでお前この人の記事書いたんだ?」
というツッコミが聞こえそうなのでお答えしましょう。

実は賀佐さん、
地味に数々の協会レコードを持っている方だからです。

まず今回の記事を書こうと思った発端、
今期この方が作った協会記録について紹介しようかと。

まず今期前期Dリーグ最終成績をご覧ください。
賀佐さんが9位で昇級しております
https://twitter.com/ClubNPM/status/896296971580751873

そして次に、
当協会の福井さんが趣味で作ってる以下データをご参照ください。
https://docs.google.com/spreadsheets/d/1zZkqhFdDH8oda1UK1hw-EfUt-bwJOZIhtOJDm8x6kMA/

これにより判明したのですが、
賀佐さんは今期の昇級が16年目の協会選手生活において初となっております。
※最高位在籍時代もあったはずなので、その時は昇級していると思われる。

しかも彼は協会在籍からの16年間リーグ戦に皆勤で出場しており、
今回が23期目のリーグ戦、

23期目および16年目にいたっての”初昇級”、これは文句無く協会新レコードであり向こう10数年破られる事は無いと思われます。

なんせ1期から在籍していないとそもそも樹立できなかった記録、
そして女流しか出てない人や地方所属に似た年数の記録はありますが、ここまでの皆勤者が樹立というのは、次点をさがすのが面倒になるほどのずば抜けた記録なわけです。

まあ一つこの背景を書くのであれば、
賀佐さんは協会デビューがB1リーグ、
つまり極めて昇級しにくい所からスタートし、何回もの残留をしている点にあります。
そういった特殊事情もなければなかなかに難しいこの記録なわけで。

そして他にも幾つか賀佐さんの持つレコードを紹介。

まず在籍したリーグ数
B1, B2, C1, C2, C3, Dと6個のリーグを渡り歩いており、
これはA~C3を渡り歩いている土子、岸本、岸、綱川、矢島、小川、仲林、田内、蔵と並ぶ協会最多タイ記録となっています。
まあこれはその内破られるでしょうが。

そしてリーグ戦出場回数。
後期C3リーグが24回目のリーグ戦となり、これも近藤千雄と並んで協会最多タイ記録。
しかも千雄が現在通期リーグのB2に所属している事、賀佐さんが半期リーグ所属であることを考えるとおそらく来期単独首位になる見込み。
※次点の23回が宮崎 信一、橘 悟史、赤塚 修の3名。

ちなみに第7期に賀佐さんがB1から降級したときは、
”別卓”の浪江さんに最終日390P差を逆転されたという悲劇的な事もあったりしました。
これも推定ですが「別卓者に逆転された降級の最多ポイント差記録」なのではないかと。

さて、こうして改めて見て、
長いキャリアの中で改めて賀佐さんが色々な協会記録を持っている事が今回判明し
僕は素直に「競技を愛してるんだろうなあ」と感動を覚えてちょっと記事にしてみたわけです。

以前に違う記事で書いたのですが、競技の成績というのは所詮水物です。
協会で言えば土子みたいに、それなりのキャリアのある中堅がいきなり昇級を続けてAリーグに行く事もあれば、
長い間Aリーグにいた人がいきなり降級を続けて下位リーグに行くこともある。
そこからまた這い上がってAリーグに行くケースもあるんですね。最高位戦の宇野公介さんとかその典型かと。

淡々と競技を続けた末に作られたいくつかの記録、これは本気で賀佐さんの誇るべき足跡だと思うし、同じ競技選手として敬意を払ってます。
これからもこの記録を更新して、そしていつか上位リーグでまた戦う賀佐さんをちょっと見たい。
そんな思いを込めて締めくくりたいと思います。

・・・でも冒頭の通り、
賀佐さんご本人がこの記事不快に思ったら消します。
ご本人様、もしも何かありましたらご連絡ください^^;


とりあえず協会16年目にて初の会話を今度試みようかな、、、w

2017年6月14日水曜日

私見にともなう麻雀プロ紹介その8:仲林圭

日本プロ野球において一番凄い打者といえば誰か?
まあ色々な候補が挙がるだろうが恐らく結論は出ないだろうw

それでもその1位を争うと思われる打者の中に
王貞治
イチロー

この名前は絶対にあがるだろう。
日本の野球史にその名を深く刻んでいる両者、
まさに「打者がめざすべき頂点」と言える存在である。
ところがこの両者の打撃フォームは極めて特殊な事で知られている。


王貞治の一本足打法は打撃の神様こと川上氏に酷評され、
イチローの振り子打法は日本野球史上屈指の打撃コーチとして名高い山内氏に否定され一軍昇格を見送られた逸話があるほどだ。

つまり二人は大打者なのだが、そのフォームは「普通から外れた常識外」であり教科書どおりではない、つまり「真似してはいけない選手」なのである。


頂点に立っているのにお手本ではないと考えると違和感があるかもしれないが、別にこれはどんな業界でも珍しいことではないのだ。

競技選手はいつだって「一番」を目指して鍛錬をしている。
そしてその為にまず基礎=中核となる王道、を学ぶ。
しかしある程度経験をつみ技術を磨いた後、独自の道を探し出して更なる高さを目指す、その中で王道とは外れた「邪道」になる。
それはまるで木の枝のように、多くの部分は中心幹にそってのびていくが、最後の最後で枝分かれして、結果として中心部よりも高くなり「一番高い部分」となるのである。
一流とよばれる人には往々としてこういった常識外れの部分が存在している、そのケースが多いだろう。

さて、ここでようやく本日の紹介選手仲林圭の話に入ろう。


http://mj-news.net/mjpro/pd/2015092922579


とみせかけてその前に元広島東洋カープの天才バッター前田智徳の話をちょっとだけw

前田は度重なる怪我に泣かされながらも24年間の現役を通して2000本安打の記録を達成した名打者である。怪我さえなければもっと物凄い記録をたたき出した可能性もある「悲運の天才」だ。
そして彼のフォームは上述の王・イチローとは真逆、極めて「普通」として知られていた。
基本に基本を重ねた何にも特徴がない、誰にも到達できない「境地」といえるフォーム、
あのイチローや落合が「前田のフォームを参考にしろ」と言ったほどの理想の型である。

そして僕がもしも今の麻雀界でその前田のような「理想的な型の選手」をあげるとしたら、この仲林となるわけだ。
彼の打ち方は全く癖が無い。
正確なロジック、対人を意識したアナログ戦術、冷静な判断力、
全てを兼ね備えしかも最適のバランスでそれらを中和させたまさに理想と言える打ち方であり、
これは鈴木たろうや鈴木達也でも到達していない境地の一つではないかとさえ見える。
僕は後輩に「強くなりたいなら仲林の麻雀を見ろ」と言う事が多い。

多くの若手は「強くなる為に強い打ち手の麻雀を学びたい」と考える時、 上述の「最後の部分の枝分かれ」=「邪道な部分」に目を向けてしまう事が多い。
だが人が成長するときにまず知らなければならないのは物事の根幹となる「王道」である。 それは極めて効率的かつ効果が高い、勝つための常套手段だからだ。
これを知るには彼の麻雀はうってつけであり「教科書」と呼ぶにふさわしい。

彼は僕の5年後輩(第七期生)として協会に入ったが、その時から既に実力とセンスの高さは郡を抜いていた。
第十期の雀竜位決定戦、僕は彼の決勝15半荘を採譜したが、そのあまりのクオリティの高い内容に眩暈がしたほどである。
そしてその後にもオータムCSの獲得、そしてAリーグ昇級を果たし今や協会最強候補の一人と言える存在になっている打ち手だろう。
協会に入って何人もの打ち手を見てきたが、「天才」と呼べるクラスのクオリティを持た後輩は、今のところ小倉・渋川そして彼くらいしか見ていない。

というわけでもしも彼の事を良く知らない方がいたら、
是非とも協会の公式対局放送等をご覧ください。
新たな協会の最強候補を目の当たりに出来ると思いますので^^


さて、なんかあまりにも褒めすぎている記事なのでこのまま終わると気持ち悪い。
というわけで仲林のおまけ情報
麻雀についてはそんな絶妙のパーフェクトバランスを誇る彼だが、
プライベート(というか恋愛)については「押してダメならもっと押せ!」という名言(迷言?)を残しているほどの超攻撃型ファイターである。

・・・・いやまあ恋愛事ってそれくらいの方が最適バランスなのかもな、うん。
実際彼は結構モテます。20代の時は大浜クラスのチャラ男でした。元嫁もそりゃもう美人でした。離婚してしまった時はちょっと切なかったです。
今は多分落ち着いてる。多分。

おしまい

2017年3月20日月曜日

私見にともなう麻雀プロ紹介その7:坪川義昭

さて今回紹介するのは、
先日結婚を発表した日本プロ麻雀協会のこの男、坪川義昭


http://mj-news.net/mjpro/pd/2016071545482

お相手は同じ協会員の女流プロ、三添りん。
スリアロチャンネルの「お悩み相談室」等でも知れられております。
というか夫より嫁の方が業界ファンからは知名度が高いと思われます^^;


http://mj-news.net/mjpro/pd/2016082648693

さて今日はそんな彼について、
僕の覚えている事を書こうかと思う。

彼が協会に入ったのは第五期、もう10年以上前の事となる。
当時北海道に住む19歳の大学生だった彼は麻雀プロを目指して試験の為に東京にきた。

「どうしても麻雀プロになりたい。合格すれば大学を辞める事も考えている」

まだあどけなさが残る10代の可愛らしい少年がそんな真摯な思いを語る姿を見て、
当時の面接官達はその熱意に喜びを感じ、一方で少々の戸惑いを感じたと聞く。
麻雀プロはけして独立して生計をたてられる職業ではない、彼には是非とも合格してほしいが、それが生活や将来を狂わせることにはならないだろうか、という不安を感じざるを得なかったのが正直な所だっただろう。

結局協会は彼に「大学を卒業すること、それまでは北海道に在住すること」という前提を伝え迎え入れたのである。

それから約二年、彼は大学生をしながらアルバイトをし、リーグ戦の度に上京する忙しい生活をおくる事となった。
年会費に交通費、色々と大変な中でも懸命にプロを続ける彼を見て、多くの協会員が心から応援し、僕も彼が東京に来る度に色々な場に誘ったりした。

その後彼は無事大学を卒業し北海道にて一般企業に就職する。
だた仕事の都合等で一時的にリーグ戦を休場する中、やはり競技プロへの情熱を抑えられず、ついに数年後(今から5年前位)に「麻雀に骨を埋めたい」という気持ちから上京、そしてマーチャオに就職する。
彼が上京したことを聞いたときは「仕事やめちゃったか、、、、( ̄▽ ̄;)」と思いつつも、生粋の競技麻雀愛好家がまた一人東京に増えた事を嬉しく思ったものだった。

思えば、こんな風に一人の青年が長い年月で麻雀を軸に自分の人生を意思決定し形成していく姿を見る機会は、これだけの年数業界にいる僕でもあまり見る物ではない。そういう意味で彼は非常に印象的な後輩の一人である。
そしてその麻雀を通してついには伴侶まで得たわけだから、まさに彼の人生は今までもこれからも「麻雀ありき」なんだろうなあ、と思う次第だ。

2017年3月14日、坪川のそして二人の新たな門出、心からお祝いしたい。
本当におめでとう。






さて、
このまま終わると「坪川=麻雀に人生を捧げてきた真摯な男」みたいになるのだが、
それだと面白くないので違う側面にもちょっと触れておこう。

彼は既述の通り19歳で協会に入った。
そのあどけなさが残る可愛らしい容姿、北海道から来る真摯な姿、そして物静かな普段の態度は当時の先輩達、特に女流に大人気であり協会内のアイドル的存在だった。

たとえばある日、彼がヤングジャンプの水着グラビアを見ていると、先輩女流がいきなり雑誌を取り上げて「よしクンはこんな物読んじゃダメ!」と言ったほどである。
実際に僕も彼の事を「麻雀に真摯で他には特に趣味も無いのかなあ」とか思っていた。

しかしある日の事だった。
リーグ戦後の飲み会で彼をカラオケに誘った時に事件がおきる。
その時も彼はおとなしく端に座り何も歌って居なかった。「こういうお祭り騒ぎは苦手だったかなあ」と連れてきた事をちょっと申し訳なく思った位だった。
、、、、が、とある女流が入れたアニソンが流れた瞬間、いきなりあいの手を入れて彼が踊りだしたのである。
そこには今までのイメージを全てぶち壊す位の姿があった。

それ以来色々な所で彼はそのアニオタっぷりを発揮。
気付いたら彼は、最初の「可愛い」というイメージから、すっかり「アニオタ」になっていた。
そして数年後に上京した際、彼は「アニオタ」からすっかり「ももクロオタ」になっていたのである。

可愛い → アニオタ → ももクロオタ

思えば、こんな風に一人の青年のイメージが長い年月で変化していく姿を見る機会は、これだけの年数業界にいる僕でもあまり見る物ではない。そういう意味で彼は非常に印象的な後輩の一人である。

おしまい

2017年1月18日水曜日

私見にともなう麻雀プロ紹介その6:松嶋桃

このタイミング松嶋桃について記事をアップすれば、
TBSの恩恵にあずかってアクセス数が増えると考え書いてみる男

本日の記事は麻雀業界について知らない人にも解るように比較的ライトです。
ご承知おきをw

http://mj-news.net/mjpro/pd/2015090821046
日本プロ麻雀協会第9期後期で関東本部所属。
来期(第16期)女流Bリーグ所属

京都大学出身であり、
麻雀プロによるアイドルユニットMOREのメンバー、
まさに才色兼備の麻雀プロであります。

当方も初めて会った時に、
「こんな可愛い子がウチはいるのか」と驚き
「京大出身なのか」と驚き
そしてしばらく後に
「麻雀もソツがないなあ・・・」と三度驚きました。

昨年出演したアタック25
そしてクイズ!ボンバーワン
と最近ではその高学歴を証明する博識ぶりも披露。
ちなみにいつか当ブログで記事に書いた「麻雀界学力テスト」でも彼女は堂々の一位でした。
http://susumutakenaka.blogspot.jp/2016/12/blog-post_6.html


まあしかし、
僕の中での彼女の印象、
というか麻雀界で松嶋桃を更に有名にしたのはやはり食べ物関係です。

まず麻雀業界関係者なら知らぬ人はいないであろう、
麻雀スリアロチャンネルの料理番組「MOMO'S キッチン」
彼女はここでその腕を振るっております。
https://www.youtube.com/playlist?list=PLtRGrwNS-JenG_FIO13wx8-W7cKrG8LgD

この番組、
最初は「料理が苦手な子が頑張る番組」だったようにも見えるのですが、
途中から「鉄人松嶋が独自のアイディアでオリジナル料理を振舞う(味は保証しない)番組」にシフトチェンジ!

代表作はベーコンを昆布で包んだ謎の料理「べーこんぶ」
出演した女流(愛内よしえ)の感想ブログがこちらになりますのでご拝読ください。
http://ameblo.jp/aiuchiyoshie/entry-11978594174.html
http://ameblo.jp/aiuchiyoshie/entry-11979075017.html


ちなみに僕もこの番組に出たことがあるのですが、
「麻婆豆腐」を題材にしたところ、
何故か材料に”なめこ”がありました。

それを見た瞬間に嫌な予感はしたのですが、
出てきたのは麻婆豆腐のとろみを片栗粉ではなくなめこで出した一品、
料理する彼女を見ながら「これがTV的な悪ふざけだとしたら即刻やめてほしいですね」とコメントしたのを覚えております。
・・・・ちなみに癪な事に(?)味は美味しかったんですよこれがw

そして小さな見た目と裏腹に、
食べる。本当によく食べる。

飲み会に行ったとき、残った料理は彼女の席にまわせば全て綺麗に平らげてくれます!w
※ただし料理が美味しい場合に限る

よく覚えているのが、
同協会員の大崎初音の出演する舞台(人狼TLPT)を10人くらいで見に行った時の出来事。
皆で18時に待ち合わせをしていたところ、
グループラインに松嶋から「ちょっと集合前に買い物してきます」と来ていた。

まあ集合時間まで時間もあるので、別にそれ自体は問題なかったのですが、
数分後に当方、何故か彼女を寿司屋で発見。

本人曰く
「可愛いバッグとかを探していたところ、可愛いエンガワを見つけてしまった」
との事でした。


さて色々と彼女の小ネタを書きましたが、最後に麻雀プロとしての面を。
上述の通り彼女は今Bリーグ所属、
しかも二年連続首の皮一枚レベルの残留というシビアな結果になっているのですが、個人的には来年こそ順風が吹いてAリーグに行く事を祈っとります。

もともと勤務先での集計成績などでは非常に良い数字を叩いて一時業界でも話題になり、
解説等での視野の広さを見ても麻雀の実力って点は十二分かと、


リーグ戦という短期決戦、めぐりの悪さってどうしようもない部分があるのですが、
それでもやっぱり彼女がAや女流雀王で戦う姿に全然違和感はないし、頑張って欲しいですね。

というわけで最後に、
もしもtwitterとかで「松嶋桃」で検索してこの記事にたどりついた方、。
ついてに日本プロ麻雀協会のHPもチェックして帰ってください!
http://npm2001.com/


よろしくw

2017年1月13日金曜日

私見にともなう麻雀プロ紹介その5:吉田基成

今日の記事は第十四期雀竜位(現雀竜位)の吉田基成。


http://mj-news.net/mjpro/pd/2015100222791


つまりあと少々の期間が経てば雀竜位を失冠する=私に奪い取られる(予定)可愛そうな男です!キリッ

さて彼について語るに当り、
僕が以前にこのシリーズの記事にて鈴木たろうについて書いた時の記事を紹介、
http://susumutakenaka.blogspot.jp/2016/10/1.html
僕は鈴木たろうの一番凄い所を「勝ち続ける事、強者と呼ばれ続ける事」と書きました。
実際僕がデビューした十年以上前に超一流と呼ばれ、今でも超一流と呼ばれ続けている人って、
協会なら鈴木たろう・鈴木達也あたりの数名、他団体を含めても10人いるかどうかです。

そんな中で誤解を恐れずに言うのであれば、
少なくとも去年までの吉田基成は
「一流と呼ばれ続ける事が出来なかった打ち手の一人」と言えるでしょう。

基成は8年前に第六期に雀竜位を獲得し、その勢いのままに同年の第三回オータムチャレンジカップを獲得します。
リーグ戦についてもストレートでB1リーグまでの昇級をこの翌年に果たし、
まさに「協会で一番勢いのある打ち手」「協会五指に入る」等と当時評価されていました。

しかしその後の彼は長いスランプ時期に入る事になります。
翌年の雀竜位失冠、そして期待されていたリーグ戦についてもA昇級はかなわずB2リーグへの降級や毎年の残留争い、
第六、七期に協会の最強候補と称された評価もいつしか風化していく事になるのです。

実際に数年後に彼が決勝進出を果たした第十二期雀竜位、
渋川・木原の評価に対して、吉田の評価はやはり一段見劣りした物でした。
・・・まあ勝ったのは新人の斎藤俊だったんですがw

さてそんな時期を経て迎えた第十四期雀竜位決定戦、
僕は決勝メンバーとしてこの戦いを迎えるに当って、
「客観的に見たら多分一番勝ちたいのは基成なんだろうなあ、、、」と思ったのは良く覚えております。

まあ自分も勿論勝ちたかったですが、
入会三年目で既にタイトル持ってて順調なプロ生活続けてる斎藤より(まあ前年が悪夢でしたが)、
既に協会トップクラスの評価を受け野口賞も前年度に取っている渋川より、
前年に勝ったけどそこまで中堅やってきた僕よりも、

一度受けた「一流」の評価をはがされて、それでもなお何年も麻雀プロを続けている基成、
その勝利の執念は一枚上なのかもなあ、と。
まあ執念で勝てるなら苦労しないのが麻雀というゲームなんですけどね。

麻雀プロを続ける上で覚悟しなきゃいけないのは、
「一度勝っても結局次はわからない」という事、
「勝利の美酒は滅多に味わえないし、味わえてもほんの一瞬」という事です。

そして一度あがった頂点から落ちてまたそこに這い上がるのは、
下から上るのよりも遥かに精神力を要する事なんですね。
だから多くのプロは降級を期に引退してしまうケースがある。

でも、それでも歯を食いしばって「復権を目指す中堅」ってのこの業界には多数いるんですよねえ。
でもそれは非常に困難で、しばらくしたら「そんな奴いたなあ」になってしまう。

だからこそ基成の成し遂げた事はけして簡単なことじゃないという事、
元々競技麻雀なんてドMじゃなきゃできない、基成はその中でも筋金入りのドMと推定される事、
皆さん覚えておいてください。

さて基成さん。
一年間お疲れ様でした!
この二月をもって雀竜位の看板は下ろしてもらう!


※決勝いけなかったら後日この日記に
「俺じゃない、うちの渋川がやる」
とかこっそり追記しとくか(--;)

2016年12月12日月曜日

私見にともなう麻雀プロ紹介その4:近藤千雄

昨日行われた最強戦で見事優勝した近藤千雄について


http://mj-news.net/mjpro/pd/2015092822366

彼は日本プロ麻雀協会の二期生であり、12月受験組です。
ちなみに当時の協会は前後期に分かれておらず、
12月と2月の2回に行われたテストの合格者が全員通期リーグデビューをする形でした。
※ちなみに僕は2月受験組で彼と厳密には同期ではない。


さて彼についての僕が良く覚えている点は
「正当に実力を評価されていない時期が長かった選手」
というところ。

以前別記事でもちょっとだけ触れているのですが、
麻雀というゲームは実力の正当な評価が本当に難しい。

結果と実力が直結しないゲームという点もあれば、
打ち手の思考は打牌だけでは汲み取れないという点もあるし、
打ち方の好き嫌いという点もある。

本来実力評価は、
長い時間とお互いの意見交換をもってしなければいけないのですが、
実際には単純なイメージや噂で軽々しいレッテルを貼られることがあるのです。

そして近藤は元々ものすごいどんよくな攻撃型ファイターなのですが、
彼の麻雀をちょっと見て「酷い全ツしてるヤツ」と協会内で触れ回ってたヤツがいた事、
彼や僕がデビューした10年以上前はまだ戦術研究も進んでいなかった中で、「プロは防御力が大事」という先入観が蔓延っていた事、
これらが実力を正当に評価されなかった要因のだったかな、と今となっては思ったりします。

ちなみにそんな中で木原さんあたりはかなり早い段階で彼を高く評価していた気がする。
そしてそんな評価を受けつつも、ネット麻雀の好成績やリーグ戦での昇級、そしてブログでの意見発信により徐々に彼はその評価を高めていきました。

さて僕自身が彼についてよく覚えているのは、
第11期日本オープン決勝。
http://npm2001.com/nihonopen/11-nop.html

ぶっちゃけ彼とそこまで仲が良かったわけでもなかったのですが、
協会員で彼だけが決勝に残っていたのもあり、彼の後ろについて麻雀を見て応援しました。

その観戦と終了後の打ち上げの席での話を聞いて、
彼の実力の高さを改めて認識したのは良く覚えています。
トップを取れば優勝の最終戦最終局、
役満条件の中でそれを満たすために国士を必死で目指す中、
15巡目に有効牌が引けず和了が物理的に不可能になって、完全に敗けが決定した瞬間、
この時に彼が力をこめて牌をツモり、力なくツモ切ったのは印象的でした。

その二年後の第13期日本オープンも決勝まで進んだ中で惜しくも敗退、
そんな彼が今回の麻雀最強戦2016で改めて初タイトルを獲得したわけです。

昨日はたまたま協会の選手総会だったのもあり、
最終戦南3局と南4局は、多くの協会員がスマホにかじりついて応援してました。
こんなに多くの協会員が一同に一人の協会員を応援し、優勝の瞬間を喜んでいたシーンって、
ひょっとしたら初めて見たかもしれません。

これも以前書いたのですが、
麻雀プロ、特にタイトル戦ってやっぱり「勝ったり負けたり」どころか「負けたり負けたり負けたり」なんですよね。
そんな中でもめげずに精力的にひたすら色々なタイトル戦に出続けた古くからのよしみが、
こうやってタイトルを取るのは個人的にはやっぱり嬉しいです^^

千雄さん改めておめでとうございます。


ちなみに読み仮名は「かずお」ですが、
多くの協会員は「せんお」と読んでいます。面倒だからw