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2018年9月20日木曜日

ボクシング「黄金の中量級」の4人を第17期雀王決定戦のメンツに例えた記事

ボクシングというスポーツはミドル級が全階級で一番過酷と言われている。
※ちなみにミドル(中間)という名称なのに17階級中5番目に重い階級。この理由が気になる人はググってね

理由は世界的に多くの人間、特にボクシングが盛んな欧米出身者がこの階級に適した骨格と身長を持つためであり、
その競争率の高さと体格的な問題から「日本人には絶対に攻略不可能」とも言われていた階級であった。
実際に日本国内ボクシング(JBC)では2009年までこのミドル級が最重量階級だったりもした。(これ以上の階級は適正体重の選手がほとんどいなかった為)

1990年代の竹原慎二、
そして近年にオリンピック金メダリストでもある村田諒太がこの中量級にて世界チャンピオンになったのは日本のボクシング史上に残る偉大な記録である。


さてそんな激戦区の中量級には無論ボクシング史上に名を残す人気選手が多い。
近年だと長年無敗を誇ってきたゲンナジー・ゴロフキン、それを破ったアメリカのスター選手サウル・アルバレスが有名だが、
1980年代には「黄金の中量級」と呼ばれ絶大な人気を誇った4人の選手がいた。

4人が4人ともボクシング史上に名を遺す偉大な名選手であり、
しかも4人それぞれが個性的なファイトスタイルを持ち、
勿論お互いの対戦カードも複数回あり、
今でも語られている伝説的存在である。

んでだ、
ちょうど4人じゃないですか。
麻雀の人数と同じなんですよ。

前からどっかの決勝で、
この4人を紹介しつつ各選手に照らし合わせる記事が書けないかなあ、とか思っていたのだが、どうもしっくりするケースが少なかった中、
来月から開始となる第17期雀王決定戦の4人はそれなりにしっくりくる気がする。

という事で黄金の中量級ファンがいたらちょっと怒られるかもしれないが、
以下その伝説の4名のボクサーを今期雀王決定戦進出者4名に重ねてちょっと紹介した記事を書きたいと思う。


①石の拳 ロベルト・デュラン 

「Hands of Stone」と称された誰もまねできない重く野性的なパンチで数々のKOを築いた名王者。
4人の中でもっとも多くの試合(100戦以上)をこなし名勝負を繰り広げた事でも知られている。
ちなみにデビューしたライト級時代のやせていた頃、そして増量後のミドル級時代、そして現在にて風貌がどんどん変化している事でも有名。
その個性的かつ野性的な麻雀スタイルや風貌の経緯(というか体重の経緯)がちょっと今回だと金太賢に似ている、気がする。


②ミスターパーフェクト マーベラス・マービン・ハグラー

あらゆるテクニックと強打、試合運びの巧さ、強靭なメンタルを備え、「ミスター・パーフェクト」と呼ばれた名王者。
4人の中でも総合力ではNo1の強さという呼び声は今でも高い。
今回の中だとまさに仲林圭がそれにあたると思われる。

ちなみに彼は他3人のような派手な言動は好まず、現役時代は酒や煙草はもちろん菓子やコーヒーすら口にしない修行僧のような生活を送った事で有名である。
この私生活の面については残念ながら仲林とは全く似ていない。



③拳聖 シュガー・レイ・レナード

デビュー直後からモハメド・アリの後継者として絶大な人気を獲得し活躍した名選手。
特にそのスピードと天性の防御テクニックで知られている。

今回の中だとデビュー直後に王位戦を優勝しそれ以来活躍を続けてきた宮崎和樹が雀風的にもそれをちょっとそれを彷彿とさせる。

そして現役時代の彼は4人の中でも特にビッグマウスとして知られていた。
この点も言わんでよい事まで言ってしまう事がある宮崎に似ている気がするw


④ヒットマン トーマス・ハーンズ
左腕をだらりと下げたデトロイトスタイル(ヒットマンスタイル)から放つフリッカージャブと正確な強打、マシンガンのように繰り出すラッシュで1980年代のボクシング・シーンを席巻した名選手。
漫画「はじめの一歩」の間柴のモデルとしても有名である。

面長な風貌がどこかしら下石戟に似ている気がしないでもない。(消去法で下石がここに入った気がしないでもないがそこは触れないで欲しい


というわけでいかがでしたでしょうか?
黄金の中量級の試合、Youtubeで落ちてる動画もあると思うので気になる人は探してみるのもいいと思います。
そして10/13(土)から始まる雀王決定戦、今回書いた4人の熱い戦い。
こちらも是非ごらんください!僕もこの初日解説予定ですので是非是非!
なお本記事に対する苦情は特に受け付けません。
僕のにわかボクシング知識と勝手な見解で書いてますので。
ただ本人からのみ一応受け付けます。金・仲林・宮崎・下石、勝手に書いてごめんよw
【おまけ】
今まで書いた各選手についての記事。そういえば宮崎だけ触れた事なかった。
個人的な思い出は結構あるので後日ちょい書いてみるかな。
いや、下石の記事も下石について特に書いてないけどw

●金太賢
http://susumutakenaka.blogspot.com/2017/11/16.html

●仲林圭
http://susumutakenaka.blogspot.com/2017/06/8.html

●宮崎和樹
※いまのとこ無

●下石戟
http://susumutakenaka.blogspot.com/2017/01/blog-post_3.html

2018年9月18日火曜日

協会の期首順位と大会シードと久々の役満聴牌のお話

9/17(月祝) RMUクラウンの一次予選にいった。
会場で軽く突っ込まれたりもしたが特に今年シードとかはない。

競技団体についてあまり知らない人の為に参考までに書こう。
他の団体の細かいシステムは知らないが日本プロ麻雀協会には「期首順位」という物が存在している。

基本的には以下のようなルールにて、
毎年団体内のランキング数値が各個人に当てがわれているのだ。
① 雀王
② 雀竜
③ 女流雀王
④ G1タイトルホルダー
⑤ 雀王戦Aリーガー(15名)
⑥ 新人王
⑦ 雀竜戦A級(8名)
⑧ 雀王戦B1リーガー(18名)



これに沿って、例えば2018年度の順位はこんな感じである。
※厳密ではなく大体。
1位 金太賢
2位 江崎文郎
3位 朝倉ゆかり
4位 角谷ヨウスケ
5位 鈴木たろう
6位 田内翼
・・・・
21位 中月 裕子
22位 ヨンス
23位 斎藤俊

ちなみに僕は今年度多分35位あたりである。2017年度にB1残留上位だったので。
雀竜戦A級に残留出来てりゃもうちょうい上だったが。(つまり今年度は雀竜A級の大浜・武中兄の方が順位は上)

協会員の各大会(特に他団体主催の物)のシードは基本この順で割り振られる。
んでこれに対して今年度の成績=先日のAリーグ昇級は無関係で、反映は来年度、
まあつまりAリーグに昇級してようが今年のクラウンは勿論これから先のタイトル戦も予選からが基本となるわけだ。


さて冒頭の通りクラウン一次予選に行くと、
そこにいたのは先日一緒にA昇級となった渋川難波だった。
『あれ渋川もここからか(・・;)』
「ああ武中さんもですか。でも浅井さん(今年度順位が俺のちょっとだけ上)には2次シード行ったみたいですよ。」

渋川の順位も俺と大差はない。
つまり自分たちのギリギリ上にて二次予選シードが終わった悲しい事実をここで知る。。。
まあ僕らB1あたりが一番こういうギリギリ線上の立場ともいえるのでこういう事はたまに起きるわけだ。

んでそんなガレナーの悪さから始まった予選。
それが牌にも影響したのか、4着3着といういかんともしがたい展開であっという間に最終戦となった。
7万点以上のトップ取らないとキツイ状況、そして南1局親番も流され絶望に打ちひしがれていた南2局、
ちょっと凄い手が入った。


4巡目にて以下の形
四五③③2233444發發 ドラ 六

現在の点数は38000点ほど。
「こんないい手はさっきの親番で来てほしかった(ーー;)」
と既にガックリしていた中、即座に三をツモって聴牌。
・・・・が条件考えるとドラの六ならまだしもこれを聴牌は取れずにツモ切り。

そして数巡後に出る3をポンして打五
極めて非効率的ゆえに人生で今まで2回しか狙ったことのないとある役満をもうヤケクソ気味に目指す。
四③③22444發發 333(ポン) ドラ 六

そしてなんと次巡で發をアンコにして發・トイトイを聴牌。
③③22444發發 333(ポン) ドラ 六
が、次にもってきた8sで聴牌を崩して打③。
これで済ますつもりなら最初から三ツモで發切るかリーチ打つかしている。

するとなんと次のツモが6!
手牌が見事に緑の牌で一色となった!
2244468發發發 333(ポン) ドラ 六

(ーー;)(ーー;)(ーー;)
がしかし和了牌である7が緑の牌じゃないのであがっても5200どまり。
「出たらさすがにスルーか。早く手替わりしてくれ。。。」

とか思ってたら上家が6を2連発でツモぎりという悲しい状況。そして次巡そのままリーチも受ける。
「あかん。これ7s出たら本当にどうしよ、、、」
とか思っていたのだが、
次のツモでついに念願の聴牌。
2244468發發發 333(ポン) ツモ 8 ドラ 六

6を切って2と8、どっちも緑一色の聴牌。
しかもリーチ者が5切ってて索子も全体的にそこまで高くはない。
「いけるかも、、、」
人生3回目の聴牌にさすがにドキドキしながらドラだろうがなんだろうがのフルプッシュ。
が、あがれず。リーチ者の和了となった。

「せめて放送対局とかだったら面白かったのに・・・」
ギャラリー0の中、屍を晒す事すらできなかった緑色の手牌が悲しく自動卓に吸い込まれていく中、僕の今年のクラウンも終了したのでありました。


しょんぼりして帰ろうとしていたら、先ほどの渋川難波もとぼとぼ帰宅の準備をしている。
『あれ、あんたも負けたの?』
「宇宙1ついてない日でした。。まあリーグ戦昇級したからいいんだもんね!」

まあ気持ちはわかる。
が、いくら大事な対局で勝っても次で負けてやっぱり悔しい、そんな気持ちもわかるぞ渋川よ、、、
とか思って俺も帰ろうとしたらばったり斎藤俊(雀竜A級なので2次シード)が会場に来た。

「あれ?武中さん。まさか負けたんですか?」
煽ってきやがったので渾身の煽りでカウンターをくらわす。
『聞いて下さい。斎藤さん!4年ぶりくらいに緑一色ってレアな役満はりました!あんな非効率的な役満でもたまにははるもんですよね!あがりたかったです!』

・・・来年またがんばろっと(ーー;)

2018年9月14日金曜日

「人間」は結局「人間」に惹かれる というお話

ちょっと前にネットで見つけた以下の記事が興味深かった。

eスポーツ転身アナが熱く語る「実況」と「解説」の違い
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/56897

eスポーツという日本ではなじみに薄いジャンルを「喋りのプロ」という形でもりあげていこうと朝日放送テレビを退社し専門会社をたちあげた方のお話。
一番賛同したのが「ライト層を引き込んでいくために大事になるのが、各選手の人間性、生き様やドラマを実況で伝えていくことだ」という点である。

麻雀について考えてみても、
そもそも世間の多くのファンは「麻雀の内容だけで選手を評価する」という事が出来ない。

言うなら観衆の99.9%は、
「誰が打ったか」で麻雀の良し悪しを”多少なりとも”判断し、
「誰が喋ったか」で解説の良し悪しを”多少なりとも”判断している。
単純に麻雀や解説の質”のみ”で判断が出来る人は業界関係者のごく一部、言うなら同業の職人さん達くらいだろう。

別にこれは麻雀だけじゃなく将棋や囲碁、スポーツ、そして芸術分野を見てもそうである。
結局人間は提供された物よりもその背景にある「人間」や「ドラマ」って奴に強く惹かれるのだ。
ちょっとそれを実感させる例としての記事を今日は書いてみようかと思う

さて唐突だが皆さん以下の絵をご存じだろうか。

クロード・モネ作「日傘を差す貴婦人」である。
まあこれを初めてパッと見て「名画だ」と感じるような人ってどれくらいいるかちょっと知らないが、
この絵についてのエピソードをちょっとだけ紹介したい。

モネは19世紀に生まれた印象派を代表するフランスの画家だった。
多くの名作を世に残しているが、特に有名な作品といえばオランジェリー美術館の「睡蓮の部屋」、
部屋中がモネの「睡蓮」によって彩られたまさに「作品という名の空間」である。


印象派は簡単に言うのであれば当時の芸術分野で主流だった写実派に対抗するもので、
従来の絵画に比べ明るい色彩や荒いタッチを使う事で、光の動きや変化の質感、モチーフの「印象」を主軸に描画をするのが主な特徴である。
モネは印象派の巨匠として当時、そして今も多くの人に愛されており、絵画芸術の歴史において欠かす事の出来ない人物だ。
が、彼の一生は激動の物だったことでも有名である。

彼が従来の絵画とは一線を画した新たな作風を世に出し始めた当時、
画壇の中心を牛耳っていた多くの保守的な芸術家達がその作風を激しく批判した。
彼はそういった批判にもめげずに旧来勢力と戦い続け展覧会を連続して開催し、
1880年代には「印象派」は芸術界でも認められた存在になりその第一人者として認めらる。

が、その戦いの中での1879年、
当時まだ世間の批判に晒され続けていた中で妻のカミーユが病死する事となる。
その当時の彼の強い失望は所々に記録されている。(彼女の死に際の顔=デスマスクを描いた作品も有名だったり)


さて、冒頭の絵「日傘をさす貴婦人」は、
その妻カミーユと息子ジャンを1875年に描いた作品である。
柔らかい日差しの下にいる家族、
モネと幸せな家族との暖かい時間が伝わる一枚。
そして既述の通りその4年後にカミーユが病死するのだが、
更にその7年後、モネは2枚目、3枚目の「日傘をさす貴婦人」を描いている。
※描く際のモチーフは後の二人目の妻アリスの連れ子


だがこれらには1枚目との大きな違いが幾つかある。

表情が全く見えず塗りつぶされたかのような顔
人物と風景の境界が曖昧にぼやけた1枚目とはっきり異なるタッチ、
モネはこの絵を亡き妻カミーユへの追憶と惜別として書いた、というのが有力な説である。(彼自身はそれを明言はしなかった)

そしてこの作品以降モネは人物画を描いていない。
「日傘をさす貴婦人」は彼の家族そして亡き妻への愛が伺えるエピソード持つ絵として、
今でもモネを語るうえで欠かせない作品と言われている。

さて、
この長い記事をここまで読んでいただいたそこの貴方、
改めて冒頭のこの絵をもう一回見てください。

ちょっとだけこの絵が名画に見える気がしてきた方がいるんじゃないでしょうか?^^;
そう見えた方、それは別に正常な感覚の一部です。人間ってそういう物。
そこにある無機物よりも、その裏に存在した「人間」に惹かれる、それが自然なんでしょう。


さて、
じゃあ近々の日記で、今期の雀王決定戦をより深く見ていただける様に、
各選手の人物紹介でも書きますかね。
・・といっても仲林とか金とか既に書いたからその旧記事紹介しつつ、
必要分追加する感じになるでしょうが^^;

< とりあえず時間ないので本記事はここまで。