follow us in feedly このエントリーをはてなブックマークに追加

2017年12月11日月曜日

強くなればなるほど負けた時くやしくなります(麻雀最強戦2017 を見て)

「強くなればなるほど負けた時くやしくなります
むしろかけた時間の分だけ負けるとくやしいので進めば進むほどくやしくなります」

漫画「三月のライオン」で主人公の将棋プロ 桐山零が将棋についてこんな風に語るシーンがある。
直後に「将棋楽しいのか?」
って質問を受けた彼がフリーズに陥る、
コミカルな描写ながらも勝負に人生をかけている人間の矛盾を描いた、個人的には結構印象に残る場面だ。

僕ごときですらこの心境は共感できる部分があるし、
「村上さんとかたろうさんとかは負けた時にどれ位の暴風雨が心の中で吹き荒れてんのかね、、、」
とか思ったりもする。

麻雀は基本が運ゲーである。
でも、だからこそ負けた時、特にひどく納得のいかない負け方をした時、
自分の技術は勿論かけてきた時間、そして目的や意味その物を否定されたような気分になる、
この気持ちは競技選手なら一度は味わったことがあるのではなかろうか。

さて昨日、
2017年度の麻雀最強戦決勝が行われた。

優勝は当協会の金太賢、
先日の雀王獲得に続く快挙、
同じ団体のそして同じくらいの世代の男がやってくれた事についてはうれしい限りだ。

ただやっぱり負けた人たちの姿を見て、「悔しいだろうなあ・・・」と思ったりもする。


特に最後の最後まで優勝を争った連盟の猿川さんについて。
以前にこんな日記も書いた。
http://susumutakenaka.blogspot.jp/2016/10/blog-post_11.html


タイトル戦というのは究極のマゾゲーである。
 勝ち進めば勝ち進むほど次を勝ち抜く難易度は上がっていくし、
 勝ち進めば勝ち進むほど負けた時の悔しさというのは高まっていく。

既に多くの実績を上げており実力的にも日本最高峰の男が、
日本最高峰の舞台にて最後の最後で惜敗する、
想像しただけで吐きそうな位に悔しいだろうし、心の中はアイバンとかカトリーナ級のハリケーン状態になりそうだ、とか見てて思ったわけで。

そしてRMUの多井さん、
普段はのらりくらりとした風貌としゃべりだが、麻雀にかけるプライドも情熱も人1倍、いや人10倍以上だろう。
昨日にかける思いは要所要所でうかがえた。

特に印象的なのは準決勝の東場にて、
影山さんのリーチと藤崎さんの索子ホンイツに対して、
真っ向勝負で索子6sを切り出して満貫をあがり切った場面、

「俺には見えてない安全理論があるのか?」とか疑うよりも、
今日という勝負にかける多井さんの並々ならぬ決意が伝わった局だった。

金に大逆転をくらった浅井や、
猿川さんをあと一歩まで追い詰めつつも敗れた水口、
みんなみんな「悔しいだろうねえ」と思わずにはいられない。

そういえば準決勝D卓ではアマチュアの影山さんがオーラスにピンフドラ1をリーチして、
裏ドラ1枚で逆転の手を和了せずツモにかけて敗退していたが、
僕がプロになった一年目の最強戦(鈴木たろうが優勝した年)も、
準決勝にて当時連盟のクラッシャー海老海さん(記憶曖昧なので間違ってたらすみません)が、
まったく同じようなスルーをしていたのを思い出した。
損か得かじゃなくて、そこに座った本人の意思、いいんじゃないでしょうか。
見逃して負けて一日たって今となって本人はすごい後悔している可能性もある、
でもそういう想像も含めてこういうドラマは見ていて嫌いじゃない。

そしてそういった人達の思い=くやしさがあるから
優勝者は輝くわけで。



改めて金、強かった。

そして選手の皆さん、
今年も素晴らしい大会をありがとうございました!

自宅でやらなきゃいけない仕事を完全放置して見入ってしまったために、
今週は色々と激務になりそうな月曜に書いてやった日記でありました・・・・

2017年12月8日金曜日

競技麻雀を勉強した人がハマる勘違い その1

競技麻雀を多少勉強した人がハマる勘違いの代表例に、
「ヤマ読み(≒相手の手牌読み)を重視しすぎる」というのがある。

最初に言えば、これらの要素が麻雀を勝つ上で大事なファクターなのは事実である。
出来る限りヤマに多く残っている牌で待つほうがあがれる確率は高いし、
麻雀が強い人はこの能力が非常に高いのはいうまでもない。

実際に、元最高位で現フリープロの古久根英孝さんなんかは、その卓越したヤマ読み能力で知られている強者である。
RMUの多井さんも著名な存在だし、
彼らや彼らの弟子に麻雀の教えをこう人は多くいる。

ところが、
麻雀、特に競技麻雀には「条件」というヤツがある。
その条件をみたさなければ例え役満でも意味が無い。
正直に「条件を満たす事が出来なければヤマ読みもクソもない」のである。



最終局について言えば、
条件を満たしているが場に既に3枚見えていて残っていなさそうなカンチャン聴牌の方が、
条件を満たせないが場に絶好の両面聴牌、
こちらよりはるかに価値が高い。
前者は奇跡的にその一枚がいたときに勝てるが、後者は何枚ヤマにいようが負けだからだ。

そして最終局についてはその区分けを出来ても、
南場や終盤のギリギリまでヤマ読みばかりを重視して打点を軽視する進行をする人は結構見かける。
これは非効率的な悪手であるケースが多い。


上述の通り、
「条件を満たす手」「条件を一気に緩和できる手」というのはあがれた時の状況変化、いわば数値的なアドバンテージがある。
一方で
「ヤマにいそう」「あがれそう」というのは、
そもそもその精度自体に曖昧さがどうしても残る上、たとえあがれても条件的に意味が薄い。
つまり前者に劣る点がやはり多いのだ。

結局は両者のバランスを考慮して打てるのが真の強者なのだが、
そもそもの絶対的な前提をクリアする方法について強化をせずに、
その後の部分についての強化を考えるのはナンセンス、という点をここに明記しておく。

「点数計算、条件計算の出来ない強者」これは絶対に存在しないが、
「ヤマ読みの出来ない強者」これは存在する。
※無論どの程度を強者と呼ぶかにはよるがw

ちなみに過去に、麻雀における「条件」の過酷さを書いた、
「麻雀プロも投了したい」という記事を書いた事もあるので宜しければ参考に^^
http://susumutakenaka.blogspot.jp/2016/11/1_23.html
http://susumutakenaka.blogspot.jp/2016/12/2.html
http://susumutakenaka.blogspot.jp/2017/09/3.html

さて最後に、
ちょっとこれらに関係した雑記を。

先日ネットを見ていたら、こんな漫画を目にした
「あの娘を落とす間取り」

http://konomanga.jp/manga/madori


「女の子を部屋に連れ込んだ時に間取り次第で抱けるか否かが決まる!」という題材で書かれた漫画である。
読んでみるとまあ確かに面白いといえば面白い内容だった。
我が家もフローリングからカーペットにするかを検討(ry


・・・・が、そもそも
意中の女子が部屋に来て2人っきりで長時間いっしょにいてくれるとか、
つきあってない女の子がいきなり自分の部屋でシャワー浴びるとか、
そういう状況をどうやって頻繁に作りだすかをまず色々と教えて欲しい
とか思うのが男心でありました。

これぞまさに
「ヤマ読みとかの細かい技術よりも前提条件をキッチリクリアする為の手作り技術を教えて欲しい」
というヤツですね。

でもなあ、
「ヤマ読み」が麻雀ファンの多くの心をくすぐる題材であるかのように、
こういう細かい理論にほど人は引かれやすいのかなあ。
実際もうちょい読んでみたくなったし。

2017年12月6日水曜日

将棋界の巨星がまた一つの偉業を成し遂げた瞬間

昨日からやはり日本ではこの件が大きな話題になっている。

羽生善治氏が永世七冠を達成
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171205-00000123-jij-soci

まあ永世システムについて説明すると長くなるので、
今回これは説明を省きつつも羽生の凄さについて極めて簡単に説明すると。

将棋界には過去25年において7大タイトルと呼ばれる棋戦が存在している。(今年から8大タイトルに変更)
つまり過去25年において、25×7=175人のタイトルホルダーがいるわけだが、
この内の約90人が羽生である。
※無論分身の術などを会得しているわけではない。

僕は結構色々なスポーツ系も文科系も色々なジャンルが好きでみているが、
リアルタイムで見てきた日本人について言えば、
競馬の武豊、
野球のイチロー
そして羽生、
多分この三人はぶち抜けた天才だと思う。

まあこの数字だけでも羽生の凄さが良く解るが、
彼は将棋に取り組み姿勢も他の選手とは一線を画しているといわれている。

長年のライバルである森内俊之は、
「彼の凄さは、周りのレベルも上げつつ、自分のレベルも上げるところにある。勝負の世界にいながら、周りとの差を広げることだけにこだわっていない」と語っており、
実際に感想戦で対戦相手や周りに自分が考える手順を常にすべて明らかにする事で有名である。

彼の中には常に「自分が相手に与えることで、自分も相手から何かしらのものを与えてもらえる」という考え、「そして相手への敬意」ってヤツが常にうかがえる。
上記のニュース記事にある永世七冠後の会見でも
「若くて研究熱心な棋士の棋譜を勉強しないといけない。伝統的な世界だが、盤上はテクノロジーの世界として日進月歩で進んでいる。常にそういう最先端を探求する気持ちでいる」と語っているように若手の研究について深い理解と敬意を示し、それを自分に取込事を命題として課しているわけだ。

この生ける伝説が、こんな謙虚な姿勢を保ててる事、

麻雀プロもガチで見習うべきだと思うw


実際麻雀界もここ10年くらいで劇的な変化を遂げているし、
ネットやデータを利用した戦術研究により多くの新しい考え方が業界に波及してきている。
が、多くのベテランが羽生のような考えを持ってそれを受け入れて謙虚に研究をしているかといえば、正直に僕の目にはそう見えてない。
むしろ否定と拒絶が繰り返されているようにすら見える時がある。

「ただ麻雀を研究していきたいだけし、そのために肩を並べて話しがしだけなのに、若手というだけで取り付く島も無い」
昔とある人がこの業界についてこんな愚痴を言ってたことがあった。
全ての先輩がそうとは思ってないが、僕も似たような経験は何回もした。

今もそしてこれからも、
特に自分世代がベテランとして業界に居るときに、
個人レベルで言えば、
羽生みたいな姿勢で常に若手に教えそして教わり、最善手を目指す姿勢、これを持ってもっと高いレベルの打ち手を目指せる姿でありたいし、
団体レベルで考えれば

若手が意見をぶつけやすくて自分も意見を言いやすい、そういう土壌を作って保つのが僕らがベテランになってきた時に課せられる命題の一つなんだろう。

彼が無しとげた大偉業を見て、改めてそう思うのであった。

まあその前に、
まずは後輩に教えられるようにもっと自分が知識つけなきゃなんだけどねw
それに知識ってヤツはギブアンドテイクの面があって、
「コイツは知識を持っている」と相手が理解すると、相手ももっと色々と出してくれる、そういう面を考えてもやっぱ大事なんですよね。
※この本質はちょっといつか別記事でも書こう。


改めて羽生先生、本当におめでとうございます!