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2021年3月7日日曜日

This is a beautiful flower.

ちょっと前に雀荘の待ち席で、

「戦略本って買う意味があまりない」

「今は対局の動画がいくらでもあるし、それ見てればいい」

っていう話がされていた。まあ確かに10年前なら麻雀の教材は戦略本くらいだったけど、今では生の教材も多く世にあり、本の重要性は昔ほどは高くないという点はそうかもしれない。

、、、が戦略本には戦略本の優れた点があるのです。今日はそれについてちょっと見解の記事を書こうかと。



さて唐突なのですが英語のクイズを出したいと思います。

① This is a beautiful flower.

② This is a flower beautiful.

どちらが正しい英文かわかりますかね?

多分大体の人は正解できると思います。

答えは①「This is a beautiful flower.」の方です。


じゃあなぜこっちが正解か、わかりますか?

多分この質問になると明確な理由を説明できない、「なんとなく」という人がちょくちょくいるんじゃないでしょうか?

答えは「beautiful」という単語は形容詞であり、形容詞は修飾する名詞(今回だとflower)の前に置く、これが文法のルールだからです。まあ英文法に明るい人は色々な細かいルールが頭をよぎるかもですが、今回のケースはこれにより②は「間違い」なわけですね。



さて今日言いたいのはそんなことではなく、①が正解となる理論は答えられなくても、①が正解だと知っている人間は多数いる、この点なんですね。

そしてそれがなぜか?と言われれば「いままでの経験上」なわけです。

このブログでも何回か触れてきたのですが、経験というやつの力は絶大です。早い話、これはどんな理論よりも強い力を与えてくれるケースが多い。

ところが、これを経験レベルで納めている人、理論レベルに落とし込めていない人が麻雀でも多いのも事実、

そしてこれを理論レベルに落とすことが出来ている人、というのはやはり非常に間違いがすくなくて、新しい局面にも対応する力が高い。そのフィールドの広い人を"上級者"と呼んでいいでしょう。 


これは経験、理論のどっちが欠けてても結構難しい世界なのです。

冒頭にある英語の例に戻ると、「ある程度今まで英語に触れてきたし正解は解った」という人であればその発展、例えば

・SVC、SVOC等の文型

・関係代名詞や不定詞の適用法

という分野も今までの経験をもとに理解をすることはそんなに難しくはないかもしれない、ところが「そもそも英語のイメージがない」「利用経験がない」という人にこれを教えるとなると難易度が跳ね上がります。理論を説明しても「?」か「ふーん」で終わって、少なくともその瞬間には腹に落とせないでしょう。

逆に言うと、既にそういったイメージを多く持っている人ほど「宝の持ち腐れ」になってるケースも多い。でもだからこそ、ある日これらを体系立てて勉強したら内容がものすごいすんなりと腹に落ちて、そこから「じゃあ今まで見てきたこのケースはどうなんだろう?」という考えにつながって、今まで雑然としていた情報がつながって一気に視界が広がるケースがあるわけですね。

「意識と理論がつながる」、この瞬間は結構重要なのです。



というわけで冒頭の部分の結論にようやく。

対局の動画というのは”経験”の面では非常に有益な材料です。何を切ったかという結果と、それに対する解説者の説明があって、これ以上の材料はないくらいに有益。(こんな良コンテンツが転がりまくってる今のご時世から麻雀学べる若手ってのは僕から見るとズルいとすら思ってしまうのですが、この話題はいつかまた今度)


ただし結局これを腹に落とすには、その裏付けの理論を知らなければいけなくて、これを補うのには本の方が絶対的に有利な部分が多いです。本というのはある程度一貫したロジックで書かれていて、そこにある情報が今までの経験で得た意識とつながった時に本当に大きな力になるので。


というわけで「本も動画もそれぞれ大事」という非常にあたりさわり無い回答で今日の記事は終えるのでました。



実際の選択でも

「パット見て思い浮かんだ選択」と「じっくり理論を考えて改めて思った選択」この二つが一致した時は大体が一番効率的な選択であるケースが多いですね。


例えば最後にちょっとした例を

東1局2巡目

一一一三五六七八566789 ドラ⑥


何を切りますか?

まあこの際リーチを打つという選択はちょっと除外します。また索子のソーズの6sと9sの優劣もちょっと脇に置きましょう。(ここも巻き込むと話がおさまらないのでw)

これらを一旦外して9か三か五あたりを切ってイーシャンテン戻しをする前提で考えた時、ソーズとマンズだったら理論的に損得差があります。これを理論的に抑える事が出来て、かつパっと見で索子を選べる、こういう状態がやっぱり良いと個人的には思うのです。

※念のために言うと僕は9s切るのですが、マンズ切りをそこまで否定的に考えてるわけではありません。あしからず。


おしまい

2020年5月22日金曜日

地動説がこの世から消失した理由

人類の歴史のなかで長い間論じられてきた一つのテーマに「天動説」と「地動説」があります。
まず今日はそれについてちょっとだけ雑学を。

現代に生きる我々からすれば「地球は動いてて丸いに決まってる」ですが、
この事実が正しく証明されたのは1961年にソ連のユーリイ・ガガーリンが宇宙飛行をしてそれを目撃した瞬間、
それまではあくまで学説に過ぎなかった、と言えるかもしれません。

無論その遥か前から「地球は丸くて動いている」は既に人類に認知されていました。
でもその認知まではかなりの時間を費やした事は現代でも良く知られたお話で、
宗教の問題や長年学会で信じられてきた天動説の優位性もあり、かのコペルニクスやガリレオが色々な圧力に晒されたエピソードは大体の人は知っているでしょう。


ちなみにそんな地動説を世に普及させる一番大きな力になったのは、有名な上記2人ではなく「ヨハネス・ケプラー」という科学者だったと思われます。
彼は先人の築いた理論に独自の研究をプラスして「ルドルフ星表」という地動説の理論をベースにした従来の数十倍の精度を持つ星見表を発明しました。

当時の長距離移動手段の代名詞であった船旅は基本的に羅針盤と星見表による航路管理がされていた中で、この超高精度の星見表は画期的な道具として瞬く間に世間に普及していきます。
その結果として根底の理論=地動説も多くの人にとって「常識」として普及したわけです。

しかしそれでもまだ地球上には天動説を信じ続ける多くの人もいました。
冒頭にある通り地球人がそれを「目撃」できたのは300年ほど後だったのもあり、
生まれた時から天動説を信じてきた人達、それを支持してきた人達には受け入れがたい考えだった訳です。

じゃあそれが過去の物になったのはなぜか。
その答えは実はひどく単純だと言われています。


「天動説を信じている人が皆死んでこの世からいなくなったから」
酷くシンプルですがそれが事実。
この漫画「インベスターZ」ではこれが組織論で使われてますが、
一度人間社会が持った固定観念とかイメージってのは覆すことは簡単にはできない、という事を如実に表した例なわけです


さて昨日麻雀界で話題になったのはやはり黒川検事長の賭け麻雀騒動について
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200521-00010000-abema-soci

ぶっちゃけ、
賭け事に対して思うモラルとか、
刑法改正すべきとか、
色々な点はあるのですがそれらは置いといて、
まず僕を含めた多くの業界人がこういうニュースを見るたびに「麻雀の社会でのイメージの悪さ」を改めて認識させられる気がします。
デーブスペクター氏が「賭けてない麻雀なんてあるの?」とtwitterつぶやいている様に、
これだけ健康麻雀とかが世間で増えてきても、やっぱまだまだ麻雀ってのはアングラでタバコの煙にあふれてる、そんなイメージ持ってる人が多いんだろうなあ、と。
でも既述のようにそれは簡単に社会から消せないんだろうなあ、と。

Mリーグが創設されたときに似た記事も書いたのですが、
僕らができるのは結局(凄いオーバーに言えば)、
出来るかぎり多くの人、特に自分たちの子供世代とか若い人に、麻雀のキレイな面とか楽しさとかをどんどん伝えて、
今麻雀に対して強烈なアングラな印象持ってる人がどんどん寿命で世間から消えた時に、
麻雀をクリーンに感じる人が大多数派になるようにする草の根活動くらい、
と思ったりするのです。

ほんとそれだけなんですよね。
世間はきっと僕らが生きてる間は麻雀に対して冷たいのかもしれない。
でもまあ、僕らの子供世代には少しは僕らの持ってる良いイメージを引継ぎしてもらって、
いつかはトランプやウノくらいの感覚で楽しんで欲しい。物だ、と。
そんな時代になる時僕自身はこの世にはいないでしょうが、それでもまあそんな世の中が来てくれればうれしい。
こういうニュース見るとつくづくそれを思うのでありました。


いよいよ5月も下旬、
コロナの都内感染者も減りつつある中で、いよいよ色々と競技麻雀界も再開しつつあるここ最近。(無論制約も数多くありますが)

僕の今年の競技麻雀もいよいよ始まりそう。
すこしでも麻雀の楽しさを伝えれるように、微微微微・・・・微力ながら頑張りますかあね。

2020年5月10日日曜日

自分がずっと重度の麻雀中毒者であり依存症だと思ってきたけれど

どうもご無沙汰しております。
さてコロナによる緊急事態宣言下、色々と書くべきこともあるかもですが、

まずは日本プロ麻雀協会のリーグ戦について。
当初予定の4月開始が5月に延長され、緊事態宣言が5月末まで延長となった中でさらに6月からの開始が濃厚となっているのが現状。
http://npm2001.com/info_19enki.html
タイトル戦についていえば、毎年夏に行われている当協会の「フェニックスオープン」は既に中止が決定。
そして日本プロ麻雀連盟が秋に開催しているG1タイトル王位戦も既に中止が決定。
この一年は競技麻雀界にとっても深く記憶される年になりそうですね。

ただ色々な活動が停滞している中で、
本日竹書房が主催する「麻雀最強戦」については開催されることが決定しております。
https://twitter.com/mjsaikyosen/status/1258607596887400448

Mリーグをはじめとする多くの公式行事が延期になってる中で、
少人数の放送対局が改めて動き出す、これはちょっとうれしい事ですね。
このまま徐々に色々な事が再開し始めて、6月からは制限はあれど麻雀界がまた動き出す、そんな日々を願っております。

ちなみに当協会から渋川難波、松本吉弘の2名が出場予定。
頑張ってほしい。

さて僕個人の事を言えば、
3月末から既に一か月以上牌に触っていない生活が続いております。
、、、、、もうこれ異常事態ですよ。自分の中で。
雀荘メンバーの方は生活の観点から働かざるを得なくて牌に触れてる人もいるでしょうけど、僕みたいな会社員麻雀プロには同様の人が多いと思います。
こんなに長い間リアル牌に触れられてないのは、麻雀プロになった18年間で初めてでしょう。

改めてなんですが、僕は自分が「麻雀中毒者」だと思ってきたんですね。
というか世間からみたら多分そうだろうしw

僕、といか麻雀の競技選手を長くやってる人は、やっぱり普通の人が考えられないくらいの日数を牌触って生きてるものなのです。

メンバー業の人は勿論ですが、僕みたいな会社員麻雀プロは仕事が終わった後に少ない自由時間を縫ってフリーで牌に日常的に触ったり、
好きとか嫌いをもう通り越して牌に触る行為を自分の一部にしてるわけですね。

そこには「日常的に牌に触ってない事による反射神経の低下」ってのを非常に恐れてるのがあって、好む好まざるにかかわらず麻雀を生活に溶け込ませている、つまり依存症になっている人たち、と言うべきなのです。

だから緊急事態宣言が出た時に、「体調悪くなったりとかあるのかな・・・」とかちょっとだけ思ったりもした。
ただ実際に一か月以上の間があいても今のトコは特に変な事にはなってない。めまいもしなければ手も震えない。(いや精神依存症の人の症状がどんな物かなんて知らんが)
世間で話題になっているギャンブル依存症の人がパチンコ屋に詰めよるみたいに、雀荘に行きたいともいまのとこは全く思わない。

案外自分は健常者だったのかもしれないw、
と思ってるわけです。

まあ麻雀についてはネットで打ったり検証したり過去動画見返したりでそれなりにやってるのもあるかもですが、少なくともパチ屋に詰め寄るようなギャンブル依存症ではないのだな、と。(そもそも麻雀は好きだけどギャンブルは大っ嫌いで馬もボートもパチもやらんし)

在宅で余る時間を使って資格試験勉強したり、
体型維持のために体操したり(次に放送出た時に激太りしてると困るのでw)、
家の手伝いしたり、
気ままに過ごしております。

ただやっぱり牌を握らない自分に不安を感じる部分はある。
競泳選手が「筋トレである程度の力の維持はできるけど、水に入れていないことによる感覚が鈍る事の不安はあります」って考え方は少しだけ共感します。本当に少しだけw

早く緊急事態宣言が解除され、
雀荘に行けるようになり、
競技のリーグ戦が再開されることを祈っとります。
しかし毎年4月といえば「リーグ戦始まるの嫌だ。降級したくない。」とか思ってたのに、こうして始まらないとこんなに待ちどおしとはね、、、

最後に改めて、今日の最強戦は以下URLにて15時より。
競技愛好家の皆さん、ぜひご視聴ください。
松本も渋川も頑張って。
https://abema.tv/channels/mahjong/slots/C744xHJPB2G2Aj

2020年4月18日土曜日

”良い麻雀”って何でしょう? その2

さて前回の続き
https://susumutakenaka.blogspot.com/2020/03/blog-post_31.html

『、、、なんでしたっけ?』
「"良い麻雀"っていうのは全体がうまくまとまってる麻雀の事を指してて、そんな麻雀を打てるようになるための効率的な勉強法が何か、って話です。」
『ああ、そうでしたね。まあ答えから言えば対局番組を観戦する事ですね。』
「、、、へ?単純にそれだけですか?」
『はい。とりあえず対局番組を見まくる事です。そしてただ見るだけじゃなくて打ち手の思考をトレースすることを試みる事ですね。』
「思考のトレースですか。」


『はい。打ってる人になりきったつもりで、その人の見えてた情報や考えてた意図をトレースしてみるんです。結果(何を切ったか、鳴いたか 等)は既に出ているので、そこに向かうまでのロジック、それに行き着く為の要素、これを考えてみるんです。そういった打ち手の思考を知り「対局観」を磨くには観戦はこれにうってつけなんです。』
「その人の立場に立って、その人になったつもりで考える、それを繰り返す。ってことですねかね?」
『そうですね。ただ見るだけじゃなくてとにかくトレースをしてみてください。そうすると打ち手がその中で構築してるルールが見えてきますので。解説が優秀な人だとその”ルール”を説明してくれるケースが多いのでさらに勉強材料としていいです。
そうやって思考トレースを繰り返すと”良い麻雀”というのはなんとなく当たり前に見えて、実はかなり計算されている事を知れると思います。それぞれの打ち手の目指してる終着点を解説と結果で勉強しつつ打ち手の思考を模索しましょう。』

「なるほど。あっ、でもプロでもミスしたりしますよね?そいういう”見ない方がいい対局”だってありますよね?」
『そうですね。それは当然あります。』
「そういった悪い見本と良い見本を見分けるのってどうすればいいですか?」
『それは無理です。』
「・・・・あっさりと。」
『キバヤシサンのおっしゃる通り”打ち手のミス”がひどい対局ってのは確かにあります。それにプラスして”解説が平然と不正解を唱えてるケース”、というか主張がひどく偏ってるケースもあります。
でもそれが見分けられる人は観戦での勉強の一つ上のステージに行ってる人ですから。世間の評判とか色々なものは参考にすべきですが、最終的には観戦の勉強は質より量を重視した方がいいと僕としては思います。』

「量、、それが一番苦手なんですけど、、」
『まあそれでも世間でいう、各団体のトップの対局っていうのはそんなにはずれは無いと思います。
それらは
①結果(正解らしき物)が提示されている
②そのルールのヒントを解説が教えてくれる
という中々に優秀な勉強材料なのでどんどん見て、思考トレースする事ですね。もちろん元からの引き出しや細かい技術を磨くには書籍読んだり実際に打つ方が効果的です。要するに観戦以外もバランス考えて勉強するべきかと。』


「なんか麻雀って勉強する事案外多いんですね。」
『まあ強くなろうと考えるとそうなりますね。だから僕自身は”麻雀なんて強くなろうとしなくていい”って結構人に言ってますけど^^;』
「何切るとか戦術本だけで済ませちゃダメなんですかね?」
『技術や知識は間違いなくあがりますよ。でもそういった武器を対局観をもって正しく使わないとかえって全体の進行が曖昧になって悪い麻雀になるんですよ。ほら、案外知識が少なかった時期の方が麻雀勝てたりする事ってあるでしょ?あれは武器が少ないゆえに視点や進行が割り切れてて明確ゆえなんですよ。知識だけ身に着けるのは全くお勧めしません。それならいっそ勉強しない方がマシです。』
「先は長いって事は今回のお話で理解出来ました(T_T)」

いや、まあ競技やる以上は一生勉強ですけどね。
おしまい

2020年3月31日火曜日

”良い麻雀”って何でしょう? その1

「武中さん」
『ああ、キバヤシさん。最近お会いしてませんでしたね。』
「まあコロナで世があわただしいのもありましたし。回数は減ってますね。」
『なるほど。まあ僕もそうですね。今日は調子はどうでしたか?』
「まあ。可もなく不可もなし、って感じです。。。。」
『なんかモヤモヤしてる感じですね。』
「そうですね。最近、いやここ何年かもう行き詰ってるというか。自分なんてまだまだと思ってはいるんですが、一方で色々な知識は身についてきてる実感もあって、なんというか”これ以上うまくなるっていうのがどういう状態かが解らない”と言いますか。この感覚伝わりますかね?」


『まあわかりますよ。
ある程度実戦経験も積んで、
手役や牌効率もそれなりに解るようになって、
放銃の回避もまあまあできるようになって、
でもブレブレの自分をなんとなーく感じてる、って人は多いと思いますし。
というか世の中の多くの打ち手って大体そんな物だと思いますよ?』

「、、ハイ。正直にそうなんです。武中さんはそういう感覚は無いんですか?」
『まあ僕だって自分の実力に100%の自信なんてないし、不安もあるしバランスだってブレたりしますよ。というか人間である以上ブレは絶対おきますし。
でも”漠然と不安な状態”ってのはもう抜けちゃってますね。』
「それってどうやって抜けるんですか?」
『そんな物は人それぞれではあるんですけどね、やっぱり一番大きいのは”目指す麻雀の姿がある程度イメージ出来てる”かどうかですね。』


「目指す麻雀のイメージ、ですか?」
『はい。それが出来てる域の人って簡単にはぶれないですよ。』
「、、、どうしたらそれが出来るか教えてもらえます?」
『まあ別にいいんですけど、正直にこれはもう競技マニアレベルが考える域の話で、フリーとか大会を適度に楽しむってレベルの人に勧める話じゃないですよ?これを聞いてキバヤシさんが無理に目指す事も勧めません。”勉強すれば必ずできる”ってレベルの話でもないですし。それでも良ければ』
「参考までにぜひ。」


『じゃあまず結論部分から行きます。キバヤシさん。目指すべき麻雀、言うなら"良い麻雀"ってどんな麻雀だと思います?』
「良い麻雀ですか、、、放銃をしないとか、もしくは牌効率的に優れてる、とかですか?」
『まあそれらは評価ファクターの一部かもしれませんがそれをもって”良い麻雀”とは言えないですね。
”良い麻雀”というのはですね、”全体が上手にまとまってる麻雀”の事を言うんです。』

「はあ、全体ですか。」
『はい。
・コンセプト(一貫性)がある。
・それが大前提となるべき状況に適している
→ だから見ていると次の一手が大体予想できて違和感がない
・その一方で途中での柔軟性がある
・細部にも気が使われていて抜かりが無く精密
→ だから良いタイミングで予想を裏切る事がある
それが”いい麻雀”です。』

「なんか漠然としてて解るような解らないような・・・」
『今はそれでいいですよ。僕が言いたいのはそういった全体の骨組みへの意識が大事って点です。』

「骨組みですか。それって牌効率とか山読みとかよりも大事なんですか?」
『両方大事です。麻雀がすごく強い人が時折見せる”すごい放銃回避”とか”すごい手順”っていうのは、そういった山読み等の細かいテクニックは勿論ですけど、それらの引き出しを使い勝負で満たすべき条件をクリアするための術、いわば「対局観」によって生み出されてるんですよ。』
「対局観って言葉は聞いた事あります。」

『多くの人って、そうやって生み出された”和了”、”放銃回避”って結果、いわばその上澄みだけを見て、もしくはそれに用いられているテクニックの部分だけにあこがれて、真似しようとするんです。
”テクニック”ってのはこのご時世だと書籍も多くあるし結構簡単に勉強できる点も多い。でもそれを組み立てるイメージが出来てないと今のキバヤシさんみたいに漠然とした不安を持ちながら、まあそれなりに打てて不安ながらも楽しんでる、って状態になっちゃうかもしれないですね。』
「、、、じゃあ、その段階を抜けるのってどうすればいいんでしょうか?」


『経験積むしかないです。』
「もうちょっと具体的なアドバイスないんですか。」
『まあ勉強方法については無くはないですけど、結局最後は”経験積め”になるし、さっきも言ったようにここから先は競技マニアくらいにしか勧めない領域になってくるんですけど、まあそれで良ければ。』

気が向いた時に続く

2020年3月4日水曜日

麻雀の神様がいるならば、人間はミスばっかしてる生き物に見えるのでしょう

前回の記事で(内川さんのスッタン放銃局について)でちょっと触れた通り、
人間ってのはやっぱりその場その場で機転を利かせてベストの選択をする事ができない事が多い。
まあそれが人間なんですね。

A⇒B⇒Cという手順をたどれば、どうしてもDを目指すし、
その後でいきなり場の状況を全て冷静に見ていきなりXとかの選択を頭に浮かべるのはできなかったりするのです。
無論それを多くできる打ち手ほど最強ですが。

ちなみに将棋AIが注目された点の一つに、
こういった思考の流れや固定観念を捨てた「改めて見ると良い手」ってやつを機械は先入観無く打てる点にある、とか聞いた事もあります。
僕自身、
「冷静に考えればこうすべきだったけどそんな瞬間的に思考切り替えられんよ・・・・」と思った例はいくつもあるのです。


その最たる例としてよく覚えてるのがこの事例。
オーラス西家で点棒状況はこんな感じだったんです。
東 52000
南 7000
西 35000
北 6000

着落ちの心配はほぼない2着目でハネ満以上のツモ or 直撃条件。
そんな中で貼る以下の手。
五五六六⑧⑧⑧西西西北北北

直ならトップだし、16000を脇からアガリではまくれないのでダマ。
でも自模れずに、17巡目の最後のツモに力をこめるが空振り。
北家、東家、南家が打牌して流局。
北家との2人聴牌で終局したのです。

が終わって卓割れした後に、
自分の下(北家)が切った最後の打牌"西"にふと目が行ったわけです。

(これ大ミンカンだったかも)
・直撃かツモ条件のオーラス、
・東家が最後の切り番で自分のロン牌を出すなんてほぼ考えられない。
ならばいっそ大ミンカンでもう一回自分のツモを増やす手があった、
役満ではなくなるけど嶺上にいてくれればハネツモでトップだし。

ちなみにそんな事を考えてペロッと嶺上めくると、、、、
そこにいたのは無関係の場に2枚切れの字牌でしたw

ただその時も思ったのですが、
この状況で役満はってそれを自模れなかった直後に冷静にカンか、そのハードルはやっぱ高くて、
それを勝負の場でタイムリーに思考切替出来るのっていつだろう、
とか思ったし、
今でも実際穴だらけなわけです(ーー;)(ーー;)(ーー;)(ーー;)


さてそのほかに、「思考の切替」って観点から、
とある麻雀漫画の名シーンをちょっと紹介したいかと。

昨年実写化もされた福本先生の代表作「天」より。
舞台は東西戦準決勝。
あと一回アガリが出れば決着の瀬戸際。
西の原田がドラ8pをポンして以下聴牌
タンヤオに見せかけてヤオチュウ牌で打ち取る方アガリ14待ち。
一二三①②③2344 ⑧⑧⑧(ポン) ドラ ⑧

これに対して東の赤木はこの形となる
11112345678 777(ポン)

1をきれば258および369の6面待ち、
1112345678 777(ポン)

そして1はクイタン気配の原田に通りそうな牌だが、、、実は切ればジ・エンド。

そんな危ない状況だったが赤木は天性の嗅覚で1をカン、原田のロン牌を握りつぶす。
2345678 1111(カン) 777(ポン)

そして赤木は嶺上から引いた4をツモ切り。
だがこれに対して原田が反応「もろうた、その4・・・・」

だがそんな中、原田が牌を倒す前にリーチをしていた東のひろゆきが宣言、「ロン」
四五五六六七⑤⑥⑦5556 ロン 4

・ドラをポンしているタンヤオ気配の原田が8000を赤木からロンした場合、赤木が飛んで敗退決定
・ならば自分がロンを宣言すべき、裏さえ乗らなければ3900で赤木は生き残る、
という考えでのロンなわけです。

しかし上述の通り原田は4ではあがれない。
彼はその直後に手牌の4を2枚さらして「ポン」と宣言。

ひろゆきの「やられた」という表情、
つまりこれはひろゆきの勇み足を誘う原田の計算されたトリックプレー、
・ひろゆきのリーチを47が濃厚という読み
・自分が反応すればひろゆきは赤木を助けるためにロンするであろうという読み
この二つを読みから生まれた機転の刃だったのだ。

一見単純なこのプレーだが、
自分のロン牌がカンされてアガリ牌が無くなった瞬間にそれを実行してる点がまさに神がかり、
西の頭領である原田、勝負の化身と言われる男の力が発揮された名シーンなのです。
麻雀を知りこの回を読み返すほど「原田すげえ」と思わされたのでありました。
これくらいに頭が回る大人になりたい・・・・


でもちなみにこのシーンの真の主役は実はひろゆきです。
リーチに行く前の牌姿
四五五六六七④⑤⑥⑦5556

ここから7がポンされてるのに④を切って456じゃなくて567の三色目指してるお茶目さん。
多分彼は僕みたいに緊張しすぎてうっかり7ポンを見落としてたのでしょう!
そりゃポンさえなければ567の方があがれそうだしね。

赤木も凄い。
原田も凄い。
そしてそんな中にいるうっかりさんのひろゆき。
わかる。気持ちはわかるよひろゆき。
おかげで赤木も飛ばずに済んだしね!

2019年11月14日木曜日

直感のススメ その3 人間だからね

さて前回の続き
https://susumutakenaka.blogspot.com/2019/10/2.html

『決定戦シーズンの関係でこの記事書くのも久々になってしまった、、、、
えっと改めて何でしたっけ?』
「右脳の直感が左脳に比べてすごい高速の処理をしてくれる事は解りました。でも結局それって”速いだけ”じゃないんですか?麻雀勝つうえで必要ですか?って話です。」
『ああ、そうでしたね。じゃあその理由について述べましょう。大きく2つです。』
「お願いします。」

『まず一つ目は、体力の有効活用ができる、それにより視野が広くなるという点です。』
「体力ですか。。。」
『脳だって結局は体の一部で酷使するほど疲れるんですよ。』
「つまりそれを直感を使う事で楽にできると。」
『はい。そしてそれによりまず本当に体力を使うべき場面でじっくり使う事ができます。
将棋の棋士とか、結構多くの局面は淡々と進めて、本当に考えるべきところで1時間とか考えるでしょう?それに近い物がありますね。たかが麻雀でも脳は結構疲労するんです。』
「より正確な判断を全体的にできるって事ですね。」
『そして各局面で視野に余裕をもつこともできます。右脳で処理できる部分は右脳に任せて、左脳でキッチリ考えるべき部分は左脳を使う。脳のリソースを100%効率的に動かすためには直感が必要なんです。』


「なるほど。それでもう一つは?」
『これは一つ目と逆の理由になってきますが。”人間は直感に従ってしまう生き物だから”です。』
「・・・・?」
『例えばそうだな、、、
”頭で解ってはずなのにミスした”
”あとで考えたらあり得ない酷いミスだった”
こんなことを思った経験ってないですかね?』
「それは凄い山ほどあります。」
『この理由の一つが”直感”です。(厳密には他の理由もありますが)
ようするに左脳でじっくり考えればわかる事だけど、右脳が瞬間的に処理してしまったがゆえに間違えた、ってケースですね。人間は結局生き物である以上こういう本能的な行動をしてしまうわけですね。』
「なるほど、直感が鍛えられてない=ミスが多くなる、というわけですね。」
『まあそうですね。だからこそ普段から直感を鍛えることを意識するのは大事です。』


「それってどうすればいいですか?」
『うーん、、、、むずかしいですけど、一つは”練習の時はあまり考えないようにする”っていうのがありますね。将棋の早指し、囲碁の早碁ってのはまさにこれにあたるトレーニングで、麻雀も普段は敢えて早打ちする、ってのはひとつの方法です。』
「なるほど。」

『そしてもう一つ、これは逆のアプローチで、本番では常に一呼吸置く事を敢えて意識する、ですかね。つまり直感に意識的なブレーキをかけるわけです。』
「そういえば麻雀プロの対局って結構長く考える人が多いですよね。”何考えてるんだろ?”って局面よく見ます。」
『そうですね。あれは考えているケースもあれば、あえてじっくり直感をセーブするためにやってる場合もあります。
直感を鍛えつつ、ある程度直感をセーブする事の大事さと、そしてその方法を知る。
結論としてはこれですかね。』

「直感のセーブですが、、、なんか難しそうですね。」
『これは打ち手の永遠のテーマの一つかもしれないです。正直に有効な方法も人それぞれでしょう。
ただそういったメンタルコントロールの術も世の中にはあふれているので、色々とググってみるといいかもです。本シリーズ記事はそれについては特に記載しません。長くなりすぎるので。』

というわけでおしまい。
気が向いた時にまた続き(メンタルコントロールの具体例)は書くかもですが一旦はおしまい。

2019年10月29日火曜日

直感のススメ その2 同じ"カン"でも違う物

前回の続き
http://susumutakenaka.blogspot.com/2019/10/1.html

『じゃあ改めてお聞きします。
南2局 6巡目
五五六七七八九⑤⑥⑦⑧23 ツモ⑤ ドラ3
このリーチをした時に嫌な予感がした理由は何でしょう?』

「えっ?、、、、、それは、親が1sがアンコとかにされてて1-4sが薄いというのをなんとなく感じて・・・」
『あんまり答えになってないですが。
じゃあ今振り返って1がアンコになってるのを感じた論理的根拠はなんですか?』
「論理的根拠?」
『はい。直感でそう思ったにして、今振り返ってみて根拠と思える情報はあったのでしょうか?』
「そんなの無いですよ。感じただけです。」
『じゃあやっぱりそれはただの気のせい、結果が悪かったからそう思ってるだけです。』
「・・・・・」


『前回述べたように、直感というのはあくまで情報・知識から結論を導く処理を並列かつ高速にする力にすぎません。
”時間や労力をかければ至れる場所に瞬間的に到達する力”、ってだけなんですよ。
つまり逆に言えば”当人の知識や理論を超えた結論付け”というのは出来ないのです。』

「・・・・えっと、つまり直感はあくまで自分の力の延長にあるもので、
算出できる回答は自分の知識や技術の範囲でしかない、
そして冷静な分析をした際には根拠となる情報があるはず、
って事ですか?」

『はい。
もちろんアナログゲーム等は、全てが数値化されたような正確な情報、ではありません。
でもアバウトな幾つかの情報があった等、
背景無くして”直感”は生まれないのです。
だから今回のケースの様に改めて振り返って根拠らしいものが特に見つけられないのであれば、
それは脳の力=直感ではなく、
① 只のヤマ勘がたまたま当たった、
② 実はあなたはエスパーだった
のどっちかですね。』


「ちょっと待って下さい。
となると”カン”には、
① 自分の力によって導き出した直感
② 特に理由のないでたらめな感覚(もしくは超能力)。いわばヤマ勘。
の二種類がある、って感じでしょうか?」
『その通りです。』
「そんな二つが混在したら、どこまでが自分の右脳の直感なのか解らなくないですか?」

『だからこそ今回のケースの様に、
なんとなくの直感が出した選択に対して、
”なぜこの選択が良く見えたのか?”、
”そこに至った理論と情報の根拠は何か?”
と結果を無視してプロセスを常に見つめるのが大事なんです。
特に麻雀みたいに選択技術と結果が直結しにくいゲームでは。
そこの検討を見誤ると、直感力も鍛えられず、訳の解らない方向に麻雀の技術が迷走するんですよ。
まあ世の中にはそんな脳の直感をさらに超えた領域、
言うなら第六感を鍛える事に重きを置く人も結構いるんで、
何が正解かは解りませんけどね^^;』

「なるほど。」
『改めて結論を言えば、
キバヤシさんの今回のケースみたいに、後で理由付けをロクに出来ない件は直感に分類しない方がいいです。
そうしないと左脳で管理する基本的知識も、そして直感力も鍛えられません。
右脳はあくまであなたの出来る範囲の事しかやってくれないのですから。』


「・・・・もう一つお聞きしてもいいですか?」
『どうぞ』
「今のお話を聞いててまあ納得はしたのですが、
そう考えると結局直感って奴は情報の速く処理するに過ぎない力ですよね?
そんな物を鍛える必要性ってあるんですか?
別に時間かけてしっかり左脳を使えば何の問題もない(フリーで迷惑な客になるかもだけど)、
直感はいらないって聞こえたのですが。」

『いい所つきますね。
たしかにそう思えるかもしれませんが、それは大間違いです。
麻雀に勝つには直感=右脳を鍛えるのが絶対に必要です。
ちょっと次の記事でその理由に触れましょう』

続く

2019年10月28日月曜日

直感のススメ その1

「武中さん。ちょっと聞いてもらえますか?」
『ああ、キバヤシさん。どうかしましたか?』

「先日こんなことがあったんです。
南2局 6巡目
五五六七七八九⑤⑥⑦⑧23 ツモ⑤ ドラ3
27000点持ち、トップ目32000点ぐらいでした。」
『1-4のピンフドラ1聴牌ですね。まあリーチでしょうけど。それが何か?』
「この時僕、なんかダマテンの直感が入ったんです。嫌な予感というか・・・」
『ほう。』

「でも冷静になってこの状況で2000点ダマとか温いと思ってリーチしたんですが、しばらくして親に追っかけられて放銃して、これが響いてこの半荘ラスになったんです。
ちなみに親の手に1が暗刻で。リーチ時点では1-4待ちの薄さが分からなかったけどなんかダマにした方がいいと感じるような直感が働いたのに、それに従えなかったゆえに、、、って感じで。」
『はあ。そうですか。』
「こういうイヤな予感というか直感って、武中さんも感じたりします?素直に直感に従ってダマにすべきだったのでしょうか?」


『そうですね。まず一つ答えるのであれば、直感っていうのは人間誰でも備えてますし僕にもあります。それはすごい大事なものです。』
「、、、」
『なんでしょう?』
「意外です。”そんなオカルトあるわけない”とか言われると思ったのに。」

『オカルトでも何でもないですよ。直感というのは人間の脳のすごい優れた能力です。
多くの情報を受けた後、本人の持ってる知識(理論)をもとにそれを並列処理して瞬間的な一つの判断を即時に下すことが出来る力、これはスーパーコンピューターですらマネする事ができません。』
「そ、そうですか(いきなり熱く話し始めたな)。」
『有名なケースで言えば将棋ですよ。ルールの決まったテーブルゲーム、と言われればそれまでの分野なのに、この中でさえ人間を上回る事にコンピューターは長い時間を要してます。人間の直感がいかに優れた武器かを表した証拠ですね。』
「ああ、そういえば将棋とかでプロとアマじゃ利用する脳の部分が違う、とか聞いた事ありますね。」


『はい。アマの人が左脳を積極的に使うのに対してプロはそれに右脳も積極的に使っている事が研究で解ってます。』
「両者の違いは何ですか?つまり右脳が直感?」

『すごいざっくり言えば、
・左脳:知識をつかさどる脳。直列処理型。
・右脳:直感をつかさどる、並行処理の脳。
と言われていたりしてます。

両者の処理を超ざっくり比較したのが以下の図です。
左脳は順番に一つ一つの物を処理しますが、右脳はこれらを同時処理します。
これが直感と呼ばれるものの正体です。コンピュータも凌駕する大量瞬間処理ができる人間の武器ですね。
ただこれには無論多くの知識の蓄積も必要だし、無意識的に選択を引き出すには長い鍛錬も必要です。
将棋でも経験と鍛錬を積み続けたプロだからこそ、右脳で多くの事象を処理できるわけですね。
』

「つまり直感とは知識の無意識的な活用であり、脳の力の延長線上ってわけですね。」
『はい。知識を瞬間的に利用して答えに変換する、これが”直感”の正体です。けしていい加減な能力じゃないしオカルトでもないです。
ましてや麻雀は曖昧かつ方向性の違う情報が多々存在しているゲームです。
自分の手、捨て牌、巡目、点棒状況、ほかにも相手の所作などの細かい情報含めて一つの解を瞬時で出す”直感”は勝つ上で大事な要素だし、これを鍛えるのは大事ですよ。』


「という事は、僕はやっぱりあの時自分の心の声に素直に従うべきだったんですね!ミスったなあ。。。」
『それは違いますよ。僕が思うにキバヤシさんのケースはただの気のせいです。』
「・・・へ?」

続く

2019年10月16日水曜日

麻雀のルールについて思う事 その5 ルールをちょくちょく変えてる伝統的スポーツやゲーム

ちょっと前にテレビで「柔道」を見ていていろいろと衝撃を受けた。
何に受けたかって”僕が知ってるルールと全然違う”という点である。

さて現代を生きるアラサー・アラフォー世代が”柔道”と聞くと、
この名作を思い出す人が結構いると思われる。

かの名曲「ミラクル・ガール」を探したけどなかった・・・・

改めて”YAWARA”
浦沢直樹の初期代表作の一つ。
天才柔道少女”猪熊柔”が主人公のスポーツ漫画であり、
かの金メダリスト田村亮子のニックネームもここからきている。


さてこの漫画の中での柔道といったら、
・一本、技あり、有効、効果
・抑込みは25秒で技あり、30秒で一本
だった。

が、現在の国際公式ルールでは
・一本と技ありのみ
・抑込みは20秒で一本、10秒で技あり

となっているらしい。
さらに言えば、すくい投、肩車、双手刈、朽木倒、あたりの技には制限(連続技として出す以外は禁止)があるとのこと。
これは正直に面くらった。
テレシコワなんか裏投げ以外の得意技大体NGじゃん!(解る人には解るネタ)

ちなみにこれには柔道がもはや日本の文化というより世界的なスポーツになっている中で、従来の”伝統”という根拠なき風習にあまり外人が拘らない事が、ドラスティックな変更を生んでいるらしい。
日本人が中心にしきってたら多分カラー道着すらOKにならなかっただろう。

あと他の例を言えば囲碁である。
かの有名な「ヒカルの碁」では先手・後手のハンデにあたる”コミ”が5目半だったが、
2019年現在は6目半だったりする。
人狼関係で知り合った囲碁棋士の方々にこれを聞いたときは驚いたw
囲碁のコミはこの数十年の間でもちょくちょく見直しがはいっているらしい。



なんかこういった話を聞いていると、
無駄に複雑な部分が多くて、
無駄に細かくて、
不整合も多い”ゴミ屋敷”のような日本麻雀のルール、

今後のことを考えて、
まずは統一をして、
もっとシンプルな物にしていく、
この動きを業界全体がもっとしなきゃならないんだろうなあ・・・
とか考える部分がある。

ただまあ各人・各団体のこだわりとか、
色々と障壁多いのは事実なんだよなあ。
この考え方こそが古くて甘えた考えかもしれないが。
もう少々先にもっと業界に大きなスポンサーが増えて、
全団体が一つの方向に走ることを義務付けられたとき、
業界の一人として先入観ないルール整備に協力したい、とは思ったりするけどね。

麻雀のルールについて思う事 まとめ

2019年5月31日金曜日

四暗刻って倍満くらいでよくね?という意見あるよね

とある日の事だった。
対面のメンバーさん、
・手出しで打⑤
・次巡⑥カン
・手出しで打⑦リーチ
と来る。

既に他家が加カンをしていたのもありドラ表示牌3個という局面。
あがられたら裏ドラが大量に乗る恐れがあるが、
そもそもこの切り出しはそんな事言ってる場合ですらない。
親番の自分としては戦々恐々としていた。
そして必死に流局を願ったがそれもむなしく最後のツモ番でツモを宣言される。

さて麻雀にて数ある手役の中で、
和了宣言された瞬間に一番「ぐえっ」と来る手役は多分国士だろう。
極端なまでに捨牌が偏る手役、
手牌が倒される前に役満と察しがつくケースが多い。

今回のリーチはそれに似てて、
わざわざ2面子を1面子に格下げする手筋のアンカンを対面がしているわけだ、
「裏ドラ3枚とか関係なさそう・・・・」

一一一二二77南南南 ⑥⑥⑥⑥カン ツモ 7

案の定16000払う係であった。
 

まあ今更こんな事言うのもなんだが、
麻雀の点数ってのはかならずしもその手役の難易度と一致しているわけではない。
タンヤオや染め手はかなり優遇されているからこそ、麻雀の基本戦略として多用されるわけだ。
もしホンイツが食い下がり1ハンとかになったらもっと狙う人は減るだろうし、
タンヤオもクイタン1000点がNGとかになったら狙う人は激減だろう。(タンヤオは難易度も低いし喰いタンの特例もあるし優遇されている)

そんな中、役満の中で一番文句なく発生頻度が多いのはこの四暗刻。
手役を作る難易度は国士の方が低いかもだが、
国士は基本的に他手役の可能性を中盤以降は遮断する必要がある離れ小島的な手役なので、「手なり」では達成できない。
その点、四暗刻は「手なりでたまたまできた」が存在しうる。
タイトルの通り長い間麻雀やってる人からは「高すぎる」という苦情がたまに出る役だw
 

ただ一方で「手なりで出来るからこその迷う局面」もたまにある。
先日あったこの配牌

四五④④888999發發白 ドラ ⑥

いきなりのイーシャンテン、
そして發がいきなり打たれる。
1巡目という事で余裕をもってスルー。
するといきなり持ってくる④

四五④④④888999發發 ドラ ⑥

2巡目という事でダマ。
「どのタイミングでリーチかけるか」ってのが悩ましいが、暫定はダマで手替わりの役満を狙う。
無論この手、直近でぽろっと他家が打った牌で3200ロンなんかは間違いなくしない。
このブログでも再三書いてるが、
麻雀には”和了牌が出たら和了しなければいけない”というルールは特にない。
まあこの手のスルーをすべき局面が一番起こりそうな手は七対子だろう。
3,4巡目あたりの仮テン七対子1600点とか、
ぽろっと出ても1600何かで和了せず、
優雅に違う牌あたりを引いてからリーチした方が、トータル収支では得、
、、、だと思うw
チートイは待ちかえがしやすいだけに特に有効だ。

ただ今回の手は「ツモったらどうするか?」というのはちょっと悩ましい。
特に今回の場合は「何を切るか?」って点もあったりする。
一番無難なのは大人しく1300-2600和了する、
次は發切り。どこかのタンキで6400以上が確定のリーチが出来る。
どうせマンガン以下であがらないなら、いっそマンズのどれかを切ってあくまで四暗刻狙いのフリテンの仮テン続行という手もある。

「うーん、、、、どうするんだろ」
とか思ってたが実際はすんなり五引いて役満聴牌であった。
早過ぎる巡目だから特に迷いも無かったが、
これがもっと遅くなると即リーとかも悩ましいし、
色々と選択肢が多いのも却ってこまる事もある、
まあこれは麻雀全般に言えることだが^^;

どれがマジョリティなんでしょうねえ。
 

さてそんなこんなで5月も今日で終わり。
6,7月はリーグ戦もいよいよ盛り上がってくる時期である。
そういえば今のとこA1リーグはこんな感じ。

http://npm2001.com/jannou/jannou-a.html

鈴木たろうが飛びぬけ、
昨年金と激戦を繰り広げ準優勝だった下石が苦しい戦いを強いられてる。
僕はちょうど真ん中あたりです。
まあまだこれからですけどね。

そういえば上記URLにて大浜さんが寸評で僕について書いてくれました。
こっぱずかしい内容なので多くは触れませんがとりあえずは感謝してます。ありがとう。

でもどうせなら、
その日の麻雀で僕が打ってた局で女の子のファンが増えそうな局とか取り上げてほしかったかもしれない(嘘)

四回戦
東3局 親番 3巡目

四五六③④⑤⑦⑧⑨45678 ドラ 三

3万点ちょい持ちで一応トップ目。
聴牌だけどね、やっぱ今日の記事で書いた四暗刻の手牌と同様に、
この形と点数ならソーズの仮テンには僕は取らんのです。もっと大きく狙える。

というわけで手を組み替えて終盤に無事ツモ和了。
三四五③④⑤4456778 ツモ 6 ドラ 三 裏ドラ 三

これで突き抜けて、
そこからはキッチリメリハリかけて押引きしてトップ取るんですけどね。
その様子を見ててくれたのは採譜している40代男性(というか濱さん)位の物でした。
ギャラリーの女子とかは、というか男子も特にいませんでした。いませんでした。

まあそんな感じで6月もがんばろうと思います。

2019年5月16日木曜日

AIのお話から麻雀上達の為の注意事項をちょっとだけ書いてみた記事

近年IT業界で、
いや世間で話題になっている物の一つに「AI技術」がある。

このワードで多くの人が連想すると思われるのはやはりGoogle社の「AlphaGo」、
将棋よりも選択の範囲が多い囲碁というゲーム、
数年前まで機械が人間に勝てるのはまだまだ先と思われていたこの世界において、
2015年に欧州王者の棋士相手に勝利をおさめ、
さらにその2年後には世界レート1位の「柯潔」を相手に勝利し世界に衝撃を与えた。

また、我々の生活に近い物だと「Google翻訳」、
2016年にAlphaGoとおなじロジックを用いて内部刷新をした結果、大きな精度向上を実現している。
僕も仕事でちょくちょく使ってるがここ数年の翻訳精度の高さはマジでビビる。
 

さてそんなAIだが、
実は根幹部分は人間に近いシンプルな部分があったりする。

AIの利用方法として注目されている例の一つが、
製品等の画像データを元に故障検知をAIが行う「画像解析」、
以下の例は送電線に異常がないかを確認しているサンプルである。

そしてこれを実現するためにAIに対して施すべき作業、これが実はシンプル、
「大量の正常画像データと異常画像データをシステムに投入して学習させる」
これだけである。

まあつまり人間でいうところの「経験」を大量に投入するわけだが、
ここで重要なのは「正常」「異常」の両方が必要な点
「正常」だけでも、「異常」だけでも機械は正しいロジックを導き出せない。

こんなことは当たり前のような話なのだが、
人間はこの本質を忘れがちで、
どうも正常データだけを集めたがる習性があり、たかが麻雀でもそれは当てはまる。
このブログで麻雀を強くなる考え方の基本について私見を色々書いて、
その中の大体で「とにかく楽しんで経験を積むべき」って書いたきた。
http://susumutakenaka.blogspot.com/p/blog-page_78.html  

が、「知りたいのはもっと簡単に上達できるコツだ」ってご意見はやっぱその度あるわけで。

まあ「多少なりともの便利なシステム化されたやり方」ってのは世の中にも麻雀にもあるけど、
僕自身はあまりそういう物を他人に教える気はない。
結局正確な判断を下すのに必要なのは清濁織り交ぜた経験、
それをベースにしたDeepLearningのような反復学習によって得る「ロジック」なわけで。

そして例えば、
有名プロを師匠に持つ、
有名プロの勉強会に行く、
正常データを集めるには手っ取り早いかもしれないけど、
それだけで上達できると思うのはちょっと考え違いなんですよ。僕の中では。

自分の中にある情報の再精査も必要。
自分の中に多くの経験(データ)があるのに、「それが正常か異常かを精査してない
=無駄な経験になってる」って人も多い。
勉強会とかで「ただひたすら黙って話聞いてる人は上達しない」って言われる理由はここなのです。(これについは別記事書くかな)
「有名な人に教わってる=上達してる」と根拠なく妄信するのも危険なのです。
 

ただ近年結構話題になってるのが、
「少量の正常データだけで判断が出来るようになる最先端AI」
なんでも正常データだけを見て、波形分析をして、異常データはほとんどいらずに故障を認知してしまうらしい。

「ホントか?」と思う反面、
そういう人達、
ほんのわずかな経験で、
正常データだけで、
麻雀のロジックを把握してしまうような人、
まあ俗に言う「天才」って奴を何人か見てきただけに、
「あるのかもなあ」とか思うわけです。

ただ天才以外の人達は、
「良質な情報だけ集めて上達した気分になってないか?」
って常に自分を疑いましょう。
そして上達したけりゃ自分の意見を出すのを僕は勧める。
恥はかき捨て。

そんなお話でした。

2019年3月6日水曜日

謎の一巡回しツモ切りリーチ

特に手替わりがあるわけでもない(あったとしても少ない)、
待ちも良い、
場に動きがあったわけでもない、

そんな手なのになぜか即リーせずに一巡ツモ切ってリーチをする
こんな「謎の一巡回しツモ切りリーチ」フリー雀荘とかで結構見かける。
「”一発のタイミングを計った”とか奴らは言うが、奴らはエスパーか?ワシにはそんな物は計れん!」
と某麻雀漫画にもある行為、
個人的にも謎である。

まずこの行為、
数理的な観点から明らかに不利な理由が2つある事を今更ながら明記しよう。

ちなみに今回の前提として
・あくまで一発でツモる確率はどの巡目でも同じ
・人間に超能力は無い
この2つをつける。


理由その①
リーチする前にツモっちゃうケース

単純明快。
以下の様に「一発でつもらなかったケース」について圧倒的な差がある事である。
即リーの場合、一発は外した次の巡でもリーチという役が付く和了になる、
一方でダマで即だった場合、リーチは勿論裏ドラ等のオプションも一切つかない、
トータルで100回、1000回と回数を重ねりゃどっちが得かは言うまでもない。
※これは大体の人がすぐに理解できる

 即和了2巡後和了
即リーリーチ一発リーチ
一巡ツモ切りダマリーチ一発


そして
理由その②
一発の確率はどの巡目でリーチしても同じだが、
一発で和了できる回数は即リーの方が上だから

この概念を理解してない人は結構いるし、ちょっとわかりにくいので説明を。

麻雀というのはそもそも、
「巡目が進むほど誰かが和了して次巡に進まずに終了する可能性が高くなるゲーム」
という側面を持っている。
それを極端に表したのが以下

巡目この巡目に
突入する確率
備考
199.99999天和とか出れば終
299.999ダブリー一発和了とかなら終
399極稀に終わる時ある
 ・・・・ 
1061誰かが和了すれば終
1155誰かが和了すれば終
1250誰かが和了すれば終
1344誰かが和了すれば終
1436誰かが和了すれば終

例えば1巡目というのは余程の事が無い限り出番が回ってくるが、
10巡目や11巡目というのは絶対回数で考えれば来ないケースが結構ある。
「そこまでの巡目で勝負が終わらなかった」という前提があるためだ。
この「絶対回数で見れば遅い巡目ほど実現しない場合がある」という数理的側面がまず一つ、

そして麻雀は巡目が進むほど「次巡が来る前に他家が和了して決着してしまう可能性」は高くなる。
天和は滅多に出ないが12巡目の和了なんてごく普通、と考えればわかるだろう。

つまり一巡でも遅れるほど巡目自体の実現の可能性が低くなる性質を考えると、
リーチなんてとっととかけ続けた方が一発の成功確率は同じでも成功回数は多くなるのは当たり前なのである。
ましてや一巡ダマのケースは「前巡に自分自身が和了牌を持ってくる」という終了パターンがあるのも考えると、トータル回数はどう考えても即リーに軍配が上がる

そしてその他のアナログ要素、
「相手へのプレッシャー」とか、
他にも損な事が多いポイントも考えると、
トータルで考えりゃ「謎の一巡ツモ切りリーチはどう考えても損」なのである。

念のために言えば理由さえあればツモ切りリーチも戦略として効果的な時はある。
が、これは今回は言及しないでおく。
いつか別記事で。


とまあそんな感じの「謎の一巡ツモ切りリーチ」、
だがしかし「明らかに損」という事を知ってる人間ほど、
それゆえに、「謎に一巡回されて一発でツモられた瞬間が麻雀で一番イラっとする」という意見を聞く事も多い。
須田良規とか”だから俺はツモ切りリーチには降りない!キリッ”とか言っていた事もあったなw

ちなみに近年麻雀やってて一番イラっとしたツモ切りリーチはこれ。
「携帯電話いじっててよそ見してたにーちゃんが和了牌でたの気づかずツモ切りリーチ。からの俺が一発放銃」
なんなのよ一体(ーー;)・・・という気持ちでいっぱいでした。
http://susumutakenaka.blogspot.com/2017/03/blog-post_35.html

そういえばこの記事で引用した「はじめの一歩」の森川先生が今やMリーグの大ファンで「Mリーグ×はじめの一歩 コラボレーション」とかやってるんだよなあ。
Mリーグファイルナルもいよいよ始まり麻雀界も盛り上がってる。
凄い時代になったもんだ。
https://twitter.com/abema_mahjong/status/1101606159897640960

2019年2月13日水曜日

将棋に囲碁に麻雀に人狼、ネットとリアルで差が大きいのは?

とある日、
雀荘の待ち席でPCをいじっているお客さん、
よく見るとインターネット将棋をしていた。

インターネットによる対戦ソフトウェアは麻雀だけでなく、
将棋や囲碁にも当然ある。ほかのゲームも山ほどある。
かの漫画「ヒカルの碁」ではこのネットが物語のキーの一つとなっており、
主人公に憑依した「藤原佐為」が”この中であれば自由に打てる”、と連勝を続けて世界中に「謎の最強棋士」として噂されたりしていた。

んで改めて将棋やってるおっちゃんを見てて
「将棋や碁もネットとリアルで差ってあんのかね?(・・;)」
とふと思った。

ちなみに以前に以下記事で触れた通り、麻雀にはこの差がちょっとだけだが存在する。
アナログゲームを機械側に落とす以上、「デジタル化による細かい情報の欠落」ってのは間違いなくあるのだ。
http://susumutakenaka.blogspot.com/2017/11/2.html

麻雀だったら
・点数計算や多面待ち判断といった細かいスキル
・相手の表情や視線、微妙な判断の迷いから出る間、といった2次的情報要素
ネット麻雀だとこれらほぼそぎ落とされる。(逆に追加される要素もあるが)
リアル麻雀に触れまくってきた身からすると「根本は同じだが本当に微妙な細部は別ゲー」がネットとリアルに感じる感覚だろうか。

これが将棋や囲碁だとどうなんだろう。
僕は将棋なんて初級者レベルだし、囲碁はほとんどルールすらわからない、
よってリアルとネットで生まれる差って奴がわからんが、
まあ察するに「あったとしてもほぼ微差」とは思うが。

さて一方で、
「かなり別ゲー」と僕が思うのはやはり「ネット人狼」と「リアル人狼」である。
こればかりは本当に別ゲー要素が強い。
人狼はそもそも数字的・理論的に判断できる範囲はごく一部(縄カウントや投票履歴くらい)である。
議論の中核にはなれど麻雀と比べてもやはり大半はそれ以外の2次的情報要素が占める部分は大きい。
つまりリアル人狼ならば会話する人の表情や語調などの微妙なニュアンスは結構大きな判断材料になっている。
にもかかわらず一方のネットだとこれらがほぼカットされるわけだ。
チャット形式であろうがスカイプ形式だろうが、やはりリアルとの隔たりは大きいだろう。
こうなるとリアル派とネット派で大きくゲームや戦術への価値観が異なるのもうなずける。
僕は基本的にはリアル人狼派だが、かって結構「人狼パーティー」をやってた中で、ゲーム性の違いに戸惑った経験はある。


・・・・ところがどっこい、
にもかかわらず僕が見てきた限り「ネットへの拒絶反応」って奴は人狼勢より麻雀勢のほうが強い(強かった)と感じる。
「ネット強者=リアルでは弱い」といまだに主張する人は麻雀ではゴロゴロいる一方で、人狼だとそれをあまり見かけない。
僕の人狼経験数が麻雀と比べてリアル・ネットともに少ないだけでただの気のせいなのかもしれないが、「ネット=リアルでは弱い」って議論をほとんど聞かないのだ。

こうなるとゲーム性とか関係無いのかね。
やはりプレイしている人たちの平均年齢の違いなんだろうか。
そうなると将棋とか囲碁でも「ネット強者=リアルでは弱い」とか考える人がいたりするのだろうか。
僕にはよく解らない主張に見えるがw

とまあネット将棋を嗜んでるおっちゃんを見て色々と思った2月の夜であった。
今度将棋棋士の人とかに見解聞いてみよっと。

2019年2月1日金曜日

どっから選んでも同じ?違う?

麻雀というのは山に積まれた牌を順番に取るゲームである。
そのルール上、ツモには「ツモの流れ」という物が存在するという考えが昔からあり、
それに基づいて「好調者のツモをずらす、奪う」という戦略が麻雀漫画をはじめとした色々なところで戦術の一つとして言及されてきた。

これを本気で信じる根強い信者は今でも結構多いと思う。
「ツモ牌層論」とか「牌流定石」とかも言うならこれの一種だろう。

かの麻雀漫画「天牌」では、
好調者のツモをずらす為に配牌取り出しの際に2トン取るところをあえて1トンにして強制的にツモをずらす「ワザ少牌」という必殺があった。
「わかったかい、流れを変えるのは何もポンチーだけじゃねえ。…究極のアヤつけ、ワザ少牌だ」
・・・・というか今の自動配牌卓ではこの技もう使えませんけどね。どうするんだろw
この先この人また出てくる事あるんだろうか。

一方麻雀漫画「アカギ」の鷲巣麻雀、
これ改めて考えてみると山積まれてないから「ツモをずらす」が出来ない事に今日気づきました。
まさか麻雀漫画で長く書かれてきた伝統テクがこんな形でぶち破られていたとはちょっとびっくり。


さて今更書くまでも無いかもだが、
僕自身はツモに流れなんて無いと思ってるし、正直に興味もないw
が、幾つかそれにまつわる思い出話はある。
やっぱ信者多いからね。

昔フリー雀荘で勤務していた時に、
メンバーの一人にバリバリの流れ信者、ツモ牌層論信者のA君がいた。
その月彼はひたすら負け働けていた。というかその月に入店した人だったから入店以来負け続けていた。

そんな彼が、朝開店してまだ客も来てなかった店の中で、
「俺は山の好きなところからツモっていいならだれにも負けない!」
という凄い事を言い始めたのである。
「だったらやってやんよ」
と他メンバーが言いだしてお客さんが来るまでの間にメンバー4人で「どこからツモってもいい」という特殊ルール麻雀が始まった。
(ただ山が汚くなるだけだろ、意味あんのかこれ・・・)
と思いながらも客がくるまでにやった1半荘、

A君圧勝。

勝ち誇った彼の眩しい笑顔は今でもよく覚えている。
あまりにもイラっとしてリベンジをいつかしたかったのだが、その月、翌月と彼は負けすぎてバイト先から即いなくなった為、その機会はえられなかった。
もしもこのルールを適用していたら店の王者として君臨できたのだろうか・・・・


その他によく覚えてるのが、大久保のフリー雀荘「ぽん」での出来事。

とある日に店員Aが半荘の親番にてサイコロを振った。
出た目は6。
しかし「目は6だけど今のガレナー考えて俺7でとるわ」とか言ってゲームを始める異質のプレイをしはじめる。

まあ、ゆるいお店だったのもあり全員「好きにしろ」と言ってゲームは進められたが、
6巡目に彼が赤赤の6000オールをツモった時はさすがに全員まとめて「フザケンナ」と罵声の嵐を浴びせた。(まあ無論アガリ自体は認めたがw)

色々と思い出すと、
僕にそういう能力が無いだけで、
世の中には実は案外そういうツモのフォースを感じる事が出来る人が結構いて、
この「決まった場所からしか牌が取れない」という麻雀のルールに苦虫をつぶしてたりするのだろうか。
、、、いやあんま信じてないけど。


あっ、ちなみに日本プロ麻雀協会のルール裁定事例の一つに、
「裏ドラをめくる際に山を崩してどれが裏ドラか解らなくなった場合、和了者が山の中からテキトーに1枚引いてそれを裏ドラにする」
というのがあるらしい。

まあ僕はこの事例に遭遇した事はないが、
ツモのガレナー読む人の技術が有利にはたらくような気がしないでもない。
でも考えてみると「裏ドラなんて見えてない牌ならどれでもいいよ」と協会が認めているようにも思える。

今度誰か総会あたりで、
「僕はツモの流れ読むのが得意なので裏ドラは好きなところからめくりたいです。キリッ」とか提案してみてください。
そんな猛者を僕は待ってます!
ただし怒られたりつかまったりしても僕に唆されたとか擦り付けたりしないでね!

おしまい

2018年12月10日月曜日

ブラフ仕掛けの是非 その2

さて前回の続き
https://susumutakenaka.blogspot.com/2018/12/blog-post_7.html

『100%ブラフは間違いなく損な行為ですが、ブラフ自体は麻雀で有効な戦略ですよ。僕も結構良くやりますし。
つまり、”10回に1回とかのレベルで高い手になる可能性”、これさえ考えた手順でブラフをすれば問題ない、って事です。』

「すみません。違いがわからないです・・・」

『前回の手を例にします。
三四①99東南西西發中 ⑦⑧⑨(チー) ドラ 4

ここから打南でしたよね?』
「はい。」
『仕掛けるならピンズの染め手ねらって四あたりきりましょ。それなら悪くないです。チャンタも一応は考えて9より三、四の方から。』
「・・・本気ですか?」
『本気ですけど。』


「そんなのあがれる訳ないでしょう?何シャンテンですか?」
『うまくツモが利けば=ツイてればあがれますよ。以下みたいなマンガンになるかもです。
南南発発 ②①③(チー)中中中(ポン) ⑦⑧⑨(チー) 』
「・・・そんなうまく行くのなんて何パーセントの確率なんですか!?」
『そう考えるなら仕掛けなければいいんです。
前回述べたようにブラフだけを目的にする仕掛けは本当にメリットが無いのは数字上明らかです。ですがこういったあわよくばの加点を狙いつつ相手にプレッシャーをかける”高くて遠い仕掛け”、これは戦術として大いに有効です。』
「・・・・」
『それにキバヤシさんのおっしゃるとおり、この手面前で進めても大した手にはなりにくいです。
だったら最初から手役をにらんだ遠い仕掛けをしつつ相手にプレッシャーをかけてけん制する、って考えて⑦をしかける、これは戦術としてありですね。まあさっきみたいに8000になるのは出来過ぎでも、3900以上になるケースはいくらでもありますし。』

「なるほど。つまりカラの鉄砲じゃなくて、現状はカラだけどうまく行けば本物になる鉄砲でおどしましょう、という事ですね」

『はい。ただ本音を言いますと・・・』
「なんでしょう?」
『僕としては今回の記事内容を踏まえても⑦はしかけないですね。仕掛けても100%悪手ではないと思いますけどw』


「、、、え?」
『”高くて遠い仕掛け”に必要な条件を色々とクリアしてない点がこのチーはちょっと多く見えます。一方で9ポンはやってもいいかな、位のレベルです。』
「違いあるんですか?」
『結構ありますよ。まあこれはブラフ云々というより仕掛けのコツの話なので、今回ではなくいつかまた機会があればお話しましょう。なんせもう文字数が多くなりすぎるので^^;』
「スルーですか・・・」
『残念ですが。
ただ一つ言っときたいのは、”面前=高い手”、”仕掛け=安い手”というのは完全な間違いです。
きっちり仕掛けのコツを抑えれば、”仕掛けて高い手を作る”という行為はいくらでも可能ですし、これは今回の記事の様に他家のけん制としても大いに力があります。
このコツ(というか条件)はちゃんと知っといた方がいいですね。』
「そこまで言っといて詳細はまた次の機会とか、、、」


『いや、本当に長くなるので申し訳ないのですが。
ただいずれにしてもですね、
1. 100%ブラフは無意味。それやる位なら面前であわよくばのリーチ一発ツモ裏1あたり目指しましょう。
2. ほぼブラフになる様な仕掛けをするからにはきっちりと高打点の最終形をにらんで”高くて遠い仕掛け”にする事を目指しましょう。
これが今回の要点です。覚えておいてください。』

おしまい

2018年12月7日金曜日

ブラフ仕掛けの是非 その1

「武中さん」
『ああ、キバヤシさん。お疲れさまです。』
「ちょっと聞いてもらえます?」
『はい、なんでしょう?』

「この間、こんな手牌があったんですよ
東1局南家
三四①⑧⑨99東南西西發中 ドラ 4

それでここから⑦チーして南切ったんです。
三四①99東西西發中 ⑦⑧⑨(チー) ドラ 4」
『ほう』
相手をおろすのを第一に考えて仕掛けたんですけど、こういうのってどう思います?」
『死んだ方がいいですね。』
「・・・・」
『・・・・』


「いや、僕としてはどうせ真っすぐメンゼンで行っても高打点であがれる可能性低いし、だったら相手をけん制するための仕掛けを入れよう、って思ったんですが。」
『無意味です。そもそも麻雀で相手の動きをけん制する為だけの仕掛け=100%ブラフはしない方がいいです。』

「でも相手に素直な手作りさせないのだって大事じゃないんですか?
ポーカーとかでもブラフって大事って聞くし。麻雀漫画でもそういうのよく見るじゃないですか。」
『あれは漫画の世界です。現実と別です。そしてポーカーでは手の入ってない時のブラフが必要かもしれませんが麻雀ではほぼ不要です。』
「だって、、、例えば鈴木たろうさんとかよく凄い仕掛けしてるじゃないですか!」
『(たろうさんが聞いたら多分怒るだろうな・・・)
まあせっかくなので順を追って説明しましょう。
まず麻雀で100%ブラフは”やっちゃいけない”に等しいくらいの損な最大の理由、
それはシンプルに成功したところで期待できる収入が少なすぎるからです。』
「・・・期待できる収入?」


『例えば、自分のブラフが上手くはまって相手が3人とも降りたりします。
それであなたに入る点数は何点でしょうか?』
「自分がうまくテンパイなら最大で3000点です。平均は1500点でしょうか。」
『はい。つまりブラフってやつは失点を防ぐ事はできても加点はほぼ出来ません。
それなら手牌をどっしり構えて上手くツモが効けばリーチ、ダメならベタオリ、というシンプルな進行した方が100倍マシです。
なんせ上手くテンパイして裏とか乗ったら8000点とかの加点が出来るケースがあるわけですから。』

「でも相手を妨害できれば失点の確率は減らせないですか?」
『減らせるとしてそれは何パーセントでしょう?
そもそも麻雀は3人の相手がいる性質上、生半端な状況じゃその全員がオリる事もまずありえません。誰かしらは前に出てきます。
そして自分がブラフをしている以上はある程度つっぱる姿勢を中盤・後半に見せる必要もあり、それが返り討ちにされるケースもあります。
改めて、一体ブラフって失点回避の手段としてどれくらい得なんでしょうか?』

「じゃ、じゃあポーカーとかでブラフの話題がでるのは?」
『僕はポーカーをそこまで詳しくは知りませんので解る範囲の想像ですが、
ポーカーはそもそもブラフで相手を下した時の収入も毎回変わります。その額が凄い大きくなるケースもある。
加えて相手がオリてるか否かも明示されているし、
相手に与える印象って奴の重要度も麻雀より圧倒的に大きい、
ここまでそろってればそりゃブラフは大事になると思います。
でも麻雀では不要です。
さっき言った通り期待できる収支が低すぎる割にはリスクが高い、
しかも相手に与える印象もポーカー程大事なゲーム性ではない。』
「、、、、」
『つまり冒頭の貴方の仕掛けおよび南切りは極めて損なクソ手順です。』


「それって鈴木たろうさんとかの打ち方も否定するって事ですか?」
『はい?』
「あの人だってよく凄いブラフしてるじゃないですか!2,3副露して手牌残りバラバラとか!」
『僕だって2,3副露してのバラバラなんて普通にありますよ。』
「、、え?」
『僕がダメだと言ってるのは、完全な100%ブラフ、もしくはそれに近い行為です。
ちなみにですね、冒頭の形からチーとかポンするのも全然なくは無い手、と思ってますよ。』
「、、、、ちょっと待ってください。”死んだ方がいい”とかさっき言ってましたよね?」
『それは鳴いた行為その物ではなく手順に問題があるからですよ。』

続く

2018年10月31日水曜日

麻雀とメンタルの関係性 その3

キバヤシ「あの、、、」
『あ、どうもキバヤシさん。(最近出番多いですね)』
「先日ネットで麻雀のメンタル問題がちょっと話題になってましたね。」
『そうですね。まあ僕は以前にも書いたように”メンタルなんて鍛えようと考える事自体お勧めしない派”なんですが、
案外世の中にはそう考えない人もいるみたいで^^;』
麻雀とメンタルの関係性 その1
麻雀とメンタルの関係性 その2

「そうみたいですね。”武中さんMリーガーの魚●さんにフルボッコにされてるざまあみろ”と私思ってみてましたよ。」
『・・・まあ正直にどっちでもいいですけどね。
少なくとも競技選手は最終的にはメンタル・技術の両方が成熟されてる状態をめざすべきであり、
どっちから鍛えるか?と聞かれりゃ僕は技術の方から取り掛かった方がいいと思ってる、って程度なので。
ただ確かに女流の子とかは”自分の土台を作り”をする時間もなく大衆の目に晒される事があるし、
そうなると健全なメンタルを保つコツ(心がまえ)を知っとくのは悪い話ではないのかもなあ、とか思ったりはしました。』

「・・・ひょっとしてそういうのあるんですか?」
『まあ、ありますね。手軽な知っとくべき心がまえ。』

「早く教えて下さい!」
『(・・・世の中手軽って言葉に惹かれやすい人が多いよなあ、やっぱ)
まあいいでしょう。シンプルに3つ、
① 失敗を恐れすぎない 
② 自分の好きに打つ
③ これから始まる勝負は”今日とった写真”にすぎない
これを勝負が始まる前に自分の中で復唱する。
ってだけです。』

「・・・これだけ?」
『はい』
「・・・当たり前の事にもみえますし、こんな事でメンタル管理なるんですか?」
『前から言ってる通り、これはあくまで気休めレベルの管理術です。
風邪ひいたと思って飲む”早めのパブロン”みたいなものですよ。
でも試合が始まる前とかに改めて自分に言い聞かせるのは悪くないと思います。』


「うーん、、、実感がわかない」
『じゃあもうちょっと具体的に
まず①失敗を恐れすぎない 
超一流の打ち手でも1半荘打ったら細かいミスは探せばいくつも出てきます。派手なミスする時もあります。
つまり人間って絶対にミスをするんです。
その事を知って”10回チャレンジしたら6回成功すればいい”位に気軽さを心がける事、
つまり”完璧にやる必要性はない”という気楽さ、
これをまず意識する事です。』
「まあ確かに。完全にやろうとすればするほど一回のミスで一気に動揺しちゃいますからね。」

『その通り。
んで次の②自分の好きに打つ
対局における”正解”って奴は人によって色々と考えがあります。
たとえば典型的なのは”目無しの打ち方”、いまだに議論がつきてない。
打ち手に対する評価なんてのも人によって超バラバラです。
だから”人目につく場に立つ以上、どんな事やっても多少なりとも叩かれる”、これ当たり前なんですよ。
そういう時どうするか?
少なくとも勝負の最中は”自分が正しいと思った事=自分の利の追及、を完遂する”って精神を持つことです』

「えー、でもそれで叩かれちゃったらどうするんですか?」
『今言ったように、何やっても多少は叩かれますよ。
振り返りしたいなら後でやればいいんです。
ただどうせなら自分のやりたいようにやって叩かれた方がいいでしょう?
何より自分の意志よりも周りの目を優先しようとしてしまうと、せっかくの経験がその後の糧になりにくいです。何故なら自分に言い訳が幾らでもできてしまうから。
どうせ失敗するなやりたいようにやってその後の糧にした方がいいでしょう?
自分に後々言い訳しない為にも自己意志だけを優先する、と考えれば周りの目を多少は気にせずに打てます。』

「そんなものですか、、、」
『んで最後③ これから始まる勝負は”今日とった写真”にすぎない。
これは以前書いた別記事に詳細がありますので概要だけ。
http://susumutakenaka.blogspot.com/2017/02/1.html

言うなら対局というのは
自分の実力の一部を切り取った写真の一枚みたいなものです。
勝つこともあれば負ける事もある、
理不尽にあう事もある、
そしてミスする事もある、
けれどそれはあくまで自分の一部、
自分の全てではないし、
時間がたてば過去の一枚でしかない。(このご時世はそれが延々とネットに出回る面倒さはありますが)。
そう考えて”あくまで今日の写真の一枚”くらいに考えましょう。
という事。
そうすれば滅茶苦茶な理不尽にあったりとんでもないミスしても、多少は心が落ち着きますよ。』

「はあ、、、、なるほど。ちょっとだけ解る気がします」
『いや、実感わかない人が多いかもなあ、とも思いますよ。
ぶっちゃけ僕もそこまでこれが効果的とは思わないw
ただまあ、勝負に緊張しすぎる人ってあまりにも結果と内容に完璧さを求めるケースが多いんですね。(特に内容に)
結果として一つ何かが起きるとパリンといってしまう。
だから完璧さなんて必要がない事、
今日負けてもミスしても死ぬわけじゃない位の気楽さ、
そしてその理由を勝負の前に自分の中で再確認する、
これが一番単純なメンタル管理方法ですかね。』


というわけで、
「とにかく豆腐メンタルをなんとかしたい」という人がいたら、
参考までに試してみてください。
ただまあ何度も言うように、
日常的レベルの麻雀において「メンタルが原因で負けた」と考えてる人は、
まず技術を磨くことを考えるべき、って点はお忘れなく^^;

2018年10月16日火曜日

下手なのに強い人、上手なのに弱い人 その1

いつも通りにフリーに行くとそこでばったりと彼に遭遇。
「武中さん」
『あっ。以下の記事で出てきた常連客のキバヤシさんじゃないですか^^』
● 雀荘の女性店員とお客さんのとある光景
● 麻雀とメンタルの関係性

「どうもお久しぶりです。それじゃお先に失礼します。」
『もうご帰宅ですか?』
「はい。どうも今日は調子が悪くて」
『まあそういう事もありますよ。僕もこの間チンチンに負けましたし。』
「今日は特に対面のオバちゃんが凄くて。典型的な”ヘタなのに強いタイプ”でした。もうボコボコにされましたよ。」
『ほう^^;』

「すごい勢いで全ツされまくって、僕の勝負手全部不発になって酷いものでしたよ。。。」
『まあ言いたい事は解らないでもないんですが、そんな人地球上に存在しませんよ。』
「へ?」
『上手いと強いは同義です。
よって”下手なのに強い”とか”上手なのに弱い”って人はいません。
”強くて上手い”か”弱くて下手”かのどっちかです。』


「で、でも今日のオバちゃん凄かったんですよ。たとえば親リーチにドラを一発で勝負とかしてたし。」
『その勝負が本当に損だったかはその状況を細かく検証しなきゃ解らんですよ。僕だってドラ勝負する事くらいありますよ?その人の手牌も見てないのに何をもって”酷い”なんですかね?
”その人のバランス感覚や判断が本当に利にかなわないレベル”と貴方は全て判断で来てる自信ありますか?
そう考えているとしたらそっちの方がはるかに危険な思想です。』

「・・・でもこの間とその前に同卓した時は、その人凄い負けてたんです!」
『それ以外の時は凄い勝ってる人かもしれないです。
麻雀の結果なんて数千回、数万回レベルの試行回数が必要なんです。
数回、数十回同卓した程度で”強い””弱い”を判断するのは早計でしょう。
”上手い”か”下手”かなんて解るはずもありません。
いや厳密に言えば”弱い=下手”ってのは解っちゃうシーンが結構あります。
ただ上手いと解るシーンはまず起こりえないです。(この理由はいつか別記事で)』


「・・・じゃあ僕の考えはタダの思い込み?」
『はい。
麻雀のゲーム研究がまだまだ進んでいなかった時代ならともかく、
この統計データや研究が出そろったご時世でそんな発言してたら場所によっては嘲笑の対象かと^^;
ただまあ、そんな時代でも”感性で打つ”とか”運の流れを引き寄せる”とかオカルト思考は多くあるので、結局この考えもある種”正しい”と考えている人はいるんですけどね。
ただ僕としては”結局、強いと上手は一緒。それらを分けて考えるのは研究が進んでなかった時代の人達の戯言”と一蹴したいですね。』

「・・・・」
『あっ、でも最初に言いました通り。考え方は解ります。
実際に僕としても「”上手なのに弱い”と思われがちなタイプの条件」てのは幾つかあると思ってます。』

「へえ、そんなのがあるんですね」
『はい。打ち方の傾向等ですね。
つまりその逆の条件を多く満たしてる人は「”下手なのに強い”って思われがちなタイプ」です。

じゃあ、せっかくなのでそれについてちょっと触れてみましょう。
もしもキバヤシさんがフリーとか打ってて”なんで自分はいつもしっかり打ってるのに、こんなひどい下手な人に負けちゃうんだろう”って思う事があるとしたら、
これから述べるポイントを知れば自分の麻雀を見つめなおす参考になるかもしれないですね。』

続く

2018年9月3日月曜日

麻雀は生放送にとても向いているゲームである

Mリーグもいよいよ10月にスタート、
同じくこの時期は協会の雀王決定戦や最高位戦の最高位決定戦等もスタートし、
競技麻雀ファンのネット観戦ピークともいえる季節になってくる。

僕は昔からスポーツ観戦は好きだし、ネット放送が普及し始めた時期から麻雀観戦、そして将棋観戦もしている。
更に言えばスリアロチャンネルさんのご厚意もありそれ以外のゲーム番組とかにも出たりしている。
その経験等から一つ思ってるのは「麻雀は生放送にとても向いているゲーム」という点である。
ちょっと今日はそれについて記事にしようかと。


そもそも生放送は録画に比べて編集などの手間がかからない。
が逆に言うとこれは「視聴者に解りやすい形にする」という作業をするのが難しい点が多いと言える。
・視聴者が飽きないような工夫
・視聴者が理解しやすいような工夫
これをするための以下のような作業
・余分な部分のカット・編集
・注釈テロップ等の追加
これをするのが難しい。特にカット・編集は物理的に無理である。

つまりこの性質上、
「そのゲーム自体は面白いけど生放送には向いていない」という物が、結構あるのだ。
結論から言っちゃえば、麻雀や人狼はこれに向いてる一方で、ポーカーやカタンあたりは難しい部分が多い。将棋はその中間位である。

さてそれについての詳細を書いていこう。
「生放送に向いているゲームか否かを左右する要素」は大きく分けて2つある。
①スピード感
②最低限情報を映像だけ(もしくは音声だけ)で伝えられるか

まず①スピード感。
言うなら「視聴者が飽きない程度の動きが生放送にて常に起きる」という点だ。
麻雀は1局1局、1打1打にそこまで長時間がかかるゲームではない。
対局全体が数時間に及ぶことはあっても画面内では常に動きがある。
将棋はこの点について麻雀より不利といえる。
公式対局では1手に数十分なんて普通の事であり、解説は展開予想はもちろん昼食・おやつについての雑談等をしている。

将棋の場合、最近番組も増えライトなファンも増えた事により視聴者を楽しませる解説者の需要も大きくなってきているのではないだろうかと思う。
今年AbemaTVにて行われれている超早指し戦の「AbemaTVトーナメント」があるが、
これは”直感にゆだねる”というコンセプトは勿論、スピード感のある対局で新規のライトユーザーを取り込むという狙いもあるのではないだろうか。

さて次に②最低限情報を映像だけ(もしくは音声だけ)で伝えられるか
個人的には①よりも大事と考えるのがこれである。

以前に以下記事で例を書いたのだが、
麻雀対局を僕とかが見る場合、音声OFFにしても大きな問題は出ない。
点数・手牌・捨て牌全ての情報は映像から読み取れるし、いずれも非常に明確な形で表示されている。
まあ「ポン・チー・ロン」という発声はあるが、これは別に映像見てれば状況確認もたやすい。
https://susumutakenaka.blogspot.com/2018/07/blog-post_30.html

将棋もこの点は同様で、映像さえあれば知識の高い人は解説が無くとも楽しめるだろう。
これにより「音声情報をフル活用できる」という利点が生まれているのだ。
まあつまりゲーム状況の明示は映像をメインとし、音声によってその一部補佐=実況、解説による状況の深い説明、雑談などの遊び要素、といった付加価値を提供し、視聴者を更に楽しませる物にする、といった構図を容易に実現できているのである。
音声がゲーム状況の明示を阻害する部分が殆ど無いというのが大きい。

ところがポーカーを例にとるとそうはいかない。
そもそも場に映像で示すべき情報も麻雀・将棋と比べて雑然としている問題があるが(カード、チップの双方を明示するには色々と機器も必要)、
それ以上に「コール」「レイズ」といったプレイ、そして積むチップの数、これらが音声である。
つまり実況解説等をここに加えようとした場合、これとバッティングする問題が出てくるのだ。
解説が各プレイヤーを意図を説明するのに支障が出るケースもあるし、遊びの雑談も難しくなってくる。
結果、よほどの工夫や機器が無い限り放送として酷くのっぺりとした物、もしくは混沌とした物になる可能性が高い。

ちなみに「人狼」は音声に情報の大半が偏っているからこそ、映像でそれを補足することがやりやすい。
麻雀や将棋と逆の形で生放送に向いているわけだ。
各ゲームをまとめるとこんな感じだろうか。あくまで直感なので異論は特に受け付けないw

 スピード感伝えやすさ付加情報の付け易さ
麻雀〇〇〇
将棋×〇◎
ポーカー◎××
人狼〇〇△


とまあ色々と書いたが、
結論は「麻雀は非常にネットで見やすい面白いゲームである」という点である。
皆さん、10月から始まるMリーグは勿論、各団体のタイトル戦、是非見てくださいね!

以上w