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2018年7月6日金曜日

手出しツモ切りってぶっちゃけ見る必要あるか? その1

「あなたは手出し、ツモ切りをどの程度見ていますか?」
この質問は麻雀を長く打っている人なら受けた経験がある人が大半ではないだろうか。

そして競技プロの場合、
「プロってやっぱり全部の手出しツモ切りを覚えている物なんでしょうか?」
という質問を受けた事が何回かあるし、興味のある愛好家の方はやはりいると思われる。

今日はちょっとこの点についてのぶっちゃけ話をしたいかと。

結論をまず述べる
① 他家全員の捨て牌を完璧に記憶している選手はおそらく0人
僕自身について言えば、他家3人の手出し・ツモ切りをすべて「目視=チェック」はしている。
そして、「直近の手出し1枚が何だったか?」だけは意識的に覚える様にしている。
しかし全捨て牌の手出し・ツモ切りを覚えるというのは瞬間記憶能力でも持ってなきゃ無理だと思う。

② 競技プロの中でも手出しツモ切りをしっかりとは見てない、そしてほとんど記憶してない人は結構いると思う
厳密なアンケ等はとってない。よって真相は闇である。
が、僕の意見は「下手をすると半数以上の選手がほとんど無視してる」である。
ぶっちゃけて言えば僕自身、プロ4年目位まではほとんど見ていなかった。
これはまあ「科学する麻雀」の全盛期、つまり「手出しツモ切り確認不要論」の全盛期だった故もある。
そしてそれをすべてチェックするようになったのは「このままじゃダメだ」と意識改革して無理やり習慣づけた結果だ。


さてこれらについて多少深堀りをしよう。
まず①「他家全員の捨て牌を完璧に記憶している選手はおそらく0人」

捨て牌というのはいわば断片的な情報となるケースが多く、手牌とは訳が違う。
そして人間の記憶力と言うのは正直にそこまで精密な物ではない。

例えばこれは昨日の研究会であったとある手牌
一一二二三①②⑦122667 ドラ⑥

・123の三色になりそうでならない
・ドラの⑥のくっつきがあるから⑦も切りたくない
・チートイの目もある
・切るならピンズ①②もしくはソーズ1あたり

とこんな具合に、
手牌というやつは13、14枚が持つ連携性や全体のビジョンを基に結構簡単に記憶が出来る。
が、捨て牌といのはどうしても断片的になる。

八九西白⑥發①七11白67東

上記と同様の14枚の捨て牌、
でもこれを記憶できる人と言うのはかなり凄い能力を持っている特別な人とかだろう。
これに切り出しの順番、手出し・ツモ切りという情報がプラスされたとして、
そんなものを3人分、毎局記憶できる人なんているとしても漫画の世界だけではなかろうか。
一流のトップ選手でもおそらく無理だろうし、そもそも記憶する意味もないのだ。

ただまあ完全な記憶はせずとも、
とりあえず目視をして断片的な情報は覚える、
こういった事は当然している。

例えば先ほどの捨て牌、これを全てを手出しとする。(そもそもそれをしっかり見るのが労力かかるのだが)
そうなると色々と情報が見えてくる。
主な部分をハイライトしよう。

八九西白⑥發①1167東
・マンズのペンチャン外し
・普通なら有効度が高い⑥より①が後処理。
・1のトイツ落とし
・索子の両面落としのあと字牌

とこんな具合に断片的ながら意味合いのある情報が拾える、
こういった点はチェックしてある程度記憶はするし、
その精度はトップ選手になるほどもちろん高い人が多い。


が、既述の通り「全て完璧に記憶」というのは不可能だろうし、そもそもする意味も非常に薄い。
改めて冒頭の「プロってやっぱり全部の手出しツモ切りを覚えている物なんでしょうか?」に回答するなら。
トップ選手にもなれば出来る限りチェックしている人が大半だし、意味合いがありそうな情報は拾うし、記憶もしている。でも全て記憶出来る人はおそらくいない
である。

さて、一方で②についての話。
改めて「手出しツモ切りをほとんど見てすらいない競技プロ」、
というのは世間の想像以上に多い割合で存在する、というのが僕の予想である。(自白する人はあまりいないだろうが^^;)
これは僕自身も無視していた過去があるからこそ、そう思っている。

これには理由があって、以前にも書いたように「読みという技術自体が労力の割には勝敗に寄与しない」から、つまり手出しツモ切り確認自体が徒労になるケースが多い、という側面を持っているからである。
https://susumutakenaka.blogspot.com/2018/03/blog-post_28.html

実際に片山先生のおバカミーコの中でも「手出し・ツモ切りは見るな」という回がある位だし、
僕が初心者・中級者に戦術を教えるとしても「見なくていい」と言うだろう。
読み、そしてその根幹であるこの技術要素はやはり労力に見合わない点が多く、「フリー麻雀で勝ちたい」位のレベルで考えるのであれば”不要”と結論づけても過言ではない。
でもそれでも、僕はやはり「チェックした方がいい」と10年ほど前に結論付けたからこそ、現在もやってるし、「あの時意識改革しといてよかった」と思っている。
実際10年前は本当に「不要論」の全盛期だったし、バカにされた事もあった。いやマジで。

そんな経験も踏まえて②「競技プロの中でも手出しツモ切りをしっかりとは見てない、そしてほとんど記憶してない人は結構いると思う」の話をもうちょっと深堀りした記事に続く。

違う記事挟むかもだけど。

つづく

2018年7月4日水曜日

我々が”勝負”に魅了され愛してやまない理由を考えた

「勝負事には”流れ”がある」
これはギャンブルだけでなくスポーツにおいても昔から常々言われている事である。

「ここはしっかり守って流れを相手に渡さない事が大事です」
「ここでしっかり加点してまずは悪い流れを断ち切りたいですね」
スポーツの解説者のこんなセリフはよく聞くし、
麻雀の解説でも「流れ」という言葉は出てくる。

んで、
「流れ」というのは心理学でいうと「クラスター錯覚」という現象に分類される。
「ランダムに起こるべきある出来事がまとまって起こったとき、それをランダムでないと錯覚してしまうこと」

例えば、
コイン投げで表が続けて4回出たら「偏り」とみなす人がいるかもしれないが、
20回連続してコインを投げた場合、表が続けて4回出る確率は50%ある。むしろ確率どおりの数値で結果が交互に出る方が珍しい。
よーするにある程度の偏りっていうのは当たり前で、それらはむしろランダム性の立証とさえいえるわけだ。


クラスター錯覚については、近代様々な分野で統計が勧められ、それが”幻想”という結論が多方面で出ている。
多くのギャンブルは勿論だが一番個人的に興味をそそられた事例は、バスケットボールの「ホットハンド」を題材 とした研究。

バスケットボー ルでは昔から選手・コーチ・ファンとも、選手に「hot steaks」(熱い乗り)と「cold streaks」(冷めた乗り)があるという考え方があった。
しかし1900年代後半にて複数チームを対象にし2シーズン中のシュートを決めた選手について詳細に調査を行なった所、
選手はシュートを連続して決めたり外したりするが、それは確率的に期待される以上のものにはなって無いという結論に至っている。
つまり「ホットハンド」は確率の範疇は抜けてないただの錯覚、という統計的見解が出たわけだ。

だが「ホットハンド」の信者達にこの統計を見せたところ、
出てきたのは拒絶反応だったケースが大半だったという。
「我々は経験のおかげでバスケットというゲームを”もっと良く解っている”」、
麻雀においてもオカルト信者から大体よく聞くようなこの手の発言、他分野でもよくある事のようだ。

結局こういった勝負におけるクラスター錯覚は、2000年代においてほぼ立証されつつあるのが現状だ。
麻雀においても「勝つための戦術」として流れの重要性を語る人は、2000年代においては減少しているのは事実だろう。それでも根強い信者は無論未だにいるが。
ただ僕自身もそういった点を戦術として組み込む事には悲観的だし、する意味も感じない。まさに「錯覚」と考えている。


でもそれはあくまで競技選手としての目線であり、
異なる他の視点からすると、それを信じるか否か、否定して捨てるか否か、というのは全く別問題である。

「神は死んだ」と呼ばれる科学全盛のこの時代でも、
紀元前と同様に宗教という存在がいまだに亡くならないのは何故か?
多くの日本人がこのネット社会においても大自然や宇宙に強い感動を覚えそこに神秘を感じるのは何故か?


W杯2018、
日本vsベルギー戦、
日本中が歓喜し、そして涙したこの戦い、
おそらく僕だけじゃなくて多くの人が、後半ベルギーが初得点を挙げたあの瞬間、
相手のセンタリングの上げそこねともとれるような微妙な球が日本のゴールを揺らした瞬間に、
「勝負の流れが変わった」
「微笑み続けた勝負の女神がそっぽを向いた」
そんな事を思ったのではなかろうか。

日本にミスがあったか?
おそらくあったとも思う。
それが元になり流れが変わったのかもしれない。
でもそれも含めて「流れ」でありドラマなのだろう。

ちなみに機械同士の戦いではこういった逆転劇はあまり生まれない。
典型例として、AI将棋ソフト同士が戦った場合、大体の試合は序盤にリードした方がそのまま勝ち切る。理由はAIは凡ミスをしないからである。

「流れ」というやつは多分終わってみればの結果論なのかもしれない。
でも人間同士が戦うから、勝負に流れと呼ばれる逆転要素が生まれる。
つまり人間同士が戦うからこそ人々を魅了する神秘的な物が生まれる。
勝負事における人間にはあがえない運命的な力、その存在の可能性に、多くの人が魅了される。
今回のW杯を通してそんな「勝負という物が人々を魅了してやまない理由」これを思い出した気がした。


思えば今回のW杯における日本の下馬評は最低だった。
でも選手たちはコロンビア戦の勝利をもとにベスト16にすすむ見事な逆転劇で我々を魅了し、
最後まで本当に我々を楽しませてくれた。

日本中を魅了し、
僕自身には勝負の面白さって奴も改めて思い出させてくれた日本代表に改めて感謝の意を述べたい。

サッカー日本代表の皆さん、本当にお疲れ様でした。
多分今回のW杯の記憶は僕の中でずっと残ると思います。
ありがとうございました!

多分僕がサッカーファンになるのは次の3年後とかだけど、その際はまた是非楽しませてください!w

2018年7月2日月曜日

サッカーW杯の日本とポーランドとベルギーを見て思った勝負論について

先週日本中で話題になったサッカーW杯の日本vsポーランド戦、
予選突破を目指し後半に負けている状態にもかかわらず異例ともいえるような長時間の消極的プレイをした日本代表に対して、
国内外から色々な賛否が出ている。
https://news.yahoo.co.jp/byline/suzukiyuji/20180702-00087790/

勝負事って難しい、と改めて思う。
1対1の純粋な殴り合いの結果のみが物をいう形式ならともかく、この手のグループリーグにはサッカーに限らずこういう事態が生まれる可能性がある。
もしもサッカーに「投了=ギブアップ」があったら、日本代表は残りの15分間を投了したかっただろうし、ポーランドに関しちゃもっとそうだったかもしれない。

更に言えば、
どんな競技にも観客サイドにはどうしても「エキサイティングな試合=熱戦が見たい」って思いがある。
たとえば麻雀において
① リードしている人がミスなく完璧に試合を進め、完勝する試合
② リードしている人が途中でミスして逆転される試合 → 逆転後、今後は逆側にもミスが出て再度ひっくり返されるシーソーゲーム
こんな2種類の試合をニコ生でアンケート取ったとする。
おそらく圧倒的に②が「1 とても面白かった」を多く獲得するだろう。
以前にも書いたが逆転劇とは言うならお互いのミスで生まれる「泥試合」の要素を持っている。
https://susumutakenaka.blogspot.com/2017/02/blog-post_49.html

①の試合、
優勝者の完璧な試合運びが却って多くのギャラリーに「凡戦」とみなされてしまうのは皮肉な話である。

今回の西野ジャパンの采配について言えば、
一番勝率が高いプロフェッショナルの選択が、
まあ百歩譲ってその日会場で試合見てた人達には「つまらない」とうつったのは上記グループリーグの性質上やむをえないが、
それ以外の特に日本国民から非難が飛ぶのは何ともおかしな話、と個人的には思うわけだ。
「勝つための徹底」
「スキを出来る限りなくす戦術」
伝わりにくいよなあ、と思うわけである。

麻雀だったらそれを伝えるのは主に解説の仕事であり、
だからこそ僕はそういった意識が低い解説ってのは席に座ってほしくないと・・・(まあこれは前も書いたし、機会があればまた今度)

まあこの話題は既に色々なところで出ているからこれくらいにするとして、
問題は明日早朝のベルギー戦である。

現在FIFAランク3位。
近年ヨーロッパで最強国の一つに挙げられている「赤い悪魔」、
勝ち目は薄い、というかこれに勝っても次はブラジルの可能性濃厚、
DQに例えるなら「りゅうおう」倒したら次は「シドー」ってレベルのラスボス連戦である。

正直に翌日早朝で日本代表の戦いが終わる可能性が濃厚だろうし、
本田圭佑も「ベルギーは僕らと当たることに対して、すごくラッキーに思っていると思う」と以下で語っている。
https://www.hochi.co.jp/soccer/worldcup/CO034053/20180701-OHT1T50086.html

ただまあ、
この記事で僕が一番「その通り」って思ったのは最後の彼のセリフ
―ベルギーの弱点を突くためにも遊び心が必要か。
「遊び心は一人一人が持てるかどうか。持てと言って持てるもんじゃない。言葉として、若い選手の頭に入れておくのは価値あることかなと思っている」


遊び心
言うならある種の余裕。
大事ですよね。
100%の実力を出すためには「ミスをしちゃいけない」って自分を追い詰める精神より、
実は「多くのギャラリーの前で堂々とミスをして負けてやる。かわりにそれがうまく行けば今日のMVPは俺!」位のある種のふてぶてしさが必要だったりする。


多くの経験を積んで批判とかを受けてきたからこそこの舞台でその重要性を語れる、それを若手に特に伝えたいと願う、そんな本田が凄いカッコよく思えた。
僕サッカーなんて4年に1回好きになる位のにわかファンだけど、
本田の事は「じゅんいちダビッドソンのそっくりさん」と思ってた時もあったし、
この記事とか今回のW杯の彼の一連の動向見ててちょっと彼のファンになりました。
今日のベルギー戦、奇跡を起こせるならやっぱ彼かもなあ、とか思うレベル。

麻雀プロの若手も、この「遊び心」をちょっと頭の片隅には入れといてほしいと思うのです。
「ギャラリー数万のニコ生で自分しかしないようなミスしてもいいから打ちたいように打ってやる」位の精神ね。

ちょっと伝えにくいんだけど、結構大事なんです遊び心って。