2016年10月6日木曜日

今では考えられない日本プロ麻雀協会の歴史①


14年前
日本プロ麻雀協会の門を叩いた。
当時の私は、大学の卒研必要単位数にわずか1単位届かずで留年が決定するというギャグのような状況にいた。

「1年あまるしどうせなら何かやるか」と考えた中、
もともと近代麻雀を読んでかつフリー雀荘にもちょくちょく通っていた私、
目についた近代麻雀のプロテスト記事を見て、受験を決めたのである。
そしてマジでバカづいて合格をし(今考えると本当によく合格したもんだ・・・・)、
日本プロ麻雀協会2期生になったのである。


さて私の身の上話は今回はこれ位にして、
今日書きたいのは冒頭の通り「今では考えられない協会の14年前の体制について」です。

これだけ古くからいると、
色々と団体自体も変化しているところが目に付きます。

そんな中で特に記憶に残っており、今では考えられない点を幾つかフューチャーしようと思います。

①プロテストについて:実績上位者は無条件合格だった
現在の協会プロテストには基本的に「無条件合格」はありません。
筆記・実技・面接をへて、試験官がトータル判断をして、合否を決めてます。
しかし当時は筆記・面接を通った後行われる実技にて、競技の成績上位者は無条件合格となってました。

ただし実技は半荘10回を2日かけて実施、と今よりはるかにみっちり打つ物でした。
ちなみに当時の合格は「正規合格」「女流合格」のみ。
研修合格制度ができたり、合格した後に研修を通して「正規」となるかをペーパーテスト等で決めるようになったのは最近(第十三期くらい?)からです。

ついでにプロテストの無条件合格制度も後の第三期にて撤廃となります。
また、テスト後の研修制度が出来たのは第四期からです。

これらにはちょっとした背景があるのですが、まあここらへんは気が向いたら後日書こうかな。


②全リーグとも通年リーグだった。
現在の協会はA/B1/B2/C1/C2/C3/Dとあり、
C1以上のリーグは一年かけて戦う通年リーグ、
C2以下のリーグは半年かけて半期リーグ(年2回開催)です。

また現在は関西支部がC1/C2/C3/Dに存在し、B2にて関東と合流する形になっています。

これに対して2期時点ではそもそも関西支部はなかったし、
リーグはA/B/C1/C2/C3で、これが全て通年リーグでした。

ちなみに第3期からC2/C3は半期リーグになりますが、
第3期前期の半期リーグは半荘6回×6節=36回やるというシステムでした。

終わる時間もおそくなるし、立会人も結構重労働だったでしょうね・・・・

もっともこのシステムは長く続かず、確か第3期後期には現状の半荘4回×6節に変更されたのです。


長くなってきたので続く