2016年10月31日月曜日

この十数年で麻雀プロの戦術も大きく変わったなあ、というお話。


麻雀の戦術というのは時代によって大きく変貌を遂げてきた。
それは最近の十数年だけを見ても、である。

私が麻雀プロになったばかりの時期、
麻雀界は空前の「デジタルブーム」だった。

従来の河に迷彩をほどこす事を主眼においた遅すぎる進行、
相手の待ち読みに主眼を置いた守備戦術、
あまり根拠のない「流れ」という事象、

多くの打ち手、
特に協会の若手はこれらの事象を否定する事を主とした戦術研究にやっきになっていた時代だった。
片山先生の漫画「牌賊オカルティ」なんて、まさにその時代を反映した作品といえるだろう。

実際にその数年間に巷で流行した新戦術の多くは、
現在の麻雀戦術における幾つかのベースとなっているのは事実である。

が、今考えると少々極端な戦術が採用されていた時代だった事も否めない。

戦術としてのトータルバランス云々よりも、
旧来の戦術への否定や新手作りへの意欲が走りすぎていた時代だったと言うべきか。

極端なまでの先手・好形の追求=先手両面リーチを打てればOKという考え、
極端なまでの読みの排除=ベタオリか全ツが基本と考えるバランス感覚、

現在においても「デジタル」という言葉のイメージを、
こういった打ち筋を指す単語と誤解(僕の中では)している人が多いのは、
この時代の功罪の一つと個人的には思っている。
※「デジタル」って何?って議論は今回は省略します。色々とややこしいからw

かの二階堂亜樹プロがこのデジタル全盛期に放った有名な一打があった。





二二四五七八④⑤456667 ドラ九

当時ここからの打五は、
全ての受入を否定せずに好形聴牌も保証した最良の一打、として話題になった物である。

僕もこの牌姿について意見して、先輩に説教された記憶がある。

現代だったらおそらく大体の競技選手がこういうだろう。
「もうちょっと打点大事にしようよ」と。

とまあこんな極端な時代を経て色々な人達が研究を重ねて、
現在では打点も大事、読みだって勝率を上げるための重要な要素の一つ、といった考えがどんどん出てきて、
「結局麻雀はバランスのゲーム」という考えが主流になっていると思われる。

鈴木たろう曰く
「あの時は皆がちょっと頭おかしかっただけで、数年後ようやく”皆正気に戻った”と思ったよ」
との事w

まあ今の若手人達が見ると、
「当時のプロ達は弱い人多かったんだな」と思うかもしれません。
実際に僕もそう思う。

ただね数年後、ひょっとしたらその頃の若手はこう言ってるかもしれません。
「5年前のプロ達は打点を追いすぎててとにかくスピード軽視の時代だった。弱かった」
と。

世間のトレンドっていうのは恐ろしいほど変化するのです。
そしてそれはある程度偏る物なのです。

一つの「勝ちやすい戦術」が見つかると皆それを真似するのは当然。
そして皆がそれを真似した結果、それが「ただの戦術」に成り下がるのも当然。麻雀は相対的ゲームですから。
結局またそのトレンドの中での最適戦術探しが始まり、トレンドは変化していき、最適戦術もまた変化していき・・・
言ってしまえば、
競技プロは今後とも永遠に「勝ちやすい戦術」という変動し続けている物を追い続けるわけですね。
当然一生勉強なんですよ。


さて、
昔の麻雀プロの戦術研究、
というか協会員の戦術研究の歴史、
これについて話をするとなると、ちょっと避けては通れない一人の男がいます。
かの「小倉孝」ですね。

次の記事ではそいつについて書こうかな、
あ、気が変わるかもだけどw