ちょっとまずはこの話題から
渡辺明棋王、A級から降級決定
https://www.asahi.com/articles/ASL325JSXL32UCLV012.html?iref=comtop_list_nat_n01
渡辺明って名前は将棋ファンならだれもが知っているだろう。
史上4人目の中学生棋士(達成者は他に加藤・谷川・羽生・藤井の4人)、
30代半ばにしてタイトル獲得数は既に歴代5位、
将棋界最大級の名誉である「永世」についても竜王・棋王と2つ持っている。
ちなみに複数の永世称号を獲得しているのは将棋界歴代でも大山・中原・羽生そして渡辺だけ。
これらの記録だけを見ても彼がいかに特質すべき棋士かがわかるし、
ここ10年にわたり羽生と共に将棋界の第一線を支えてきた男である事は疑う余地もない。
そんな彼が将棋界の最高峰リーグ順位戦A級から降級。
まあどんな打ち手でも降級する事はある、現役引退までずーっとA級だったのはせいぜい大山くらいの物で、
中原だって米長だって谷川だって降級してるわけで。
ただ今回は彼が30代半ばという点が大きな注目ポイントである。
既述のように将棋界の歴代を見ても突出したレベルの成績をたたき出している彼、
その彼が棋士としてまだまだ最盛期レベルの年齢にて降級の憂き目にあったわけである。
当人も降級翌日にブログにてこんな心境をあらわにしている。
https://blog.goo.ne.jp/kishi-akira/e/51c9d2338e99440ebb753f9d64864a20
飾り気も何もない文章。
それだけに読んでいて色々な彼の心境が見えていたたまれない気分になった。
以下抜粋:
白星が集まらないことには何が今の自分に合ってる(戦法、取り組み方)のかも分かりません。
負けては変えて、負けては変えて、で元に戻る、という負の連鎖が今の状態です。
こんな時、将棋にもコーチがいれば、とは思いますが、自分で考えて何とかするしかないんですよね。
大変だよなあ。
業界最前線を走る男となると、もはや誰かに教えを乞う事も難しいだろうし。
今年については正直あまり応援してなかったが(例のソフト不正問題から三浦を応援してた。これは多くの人がそうかとも思う)、
彼が改めて来年以降に復活をとげて、羽生とA級や決勝で戦う姿を見たい。
そう思ったのであった。
さてそんな感じでYahooNewsを見ていた所、
ふと話しかけてくる我が家の相方。
「ねえ?」
『ん?何?』
「この渡辺って人、すごく強くて年齢的にもまだまだ若いんでしょ?そんな人が”弱くなる”何てことあるの?」
『まあ、普通にあるよ』
「この人練習とかをさぼっちゃったって事?」
『ひょっとしたらそうかもしれないけど、別にどんなに強い人がどんなに鍛錬をしたしても弱くなる時は弱くなる。アナログゲームってそういう物だよ』
「さぼってないのに弱くなるなんて事あるの?」
『うん。むしろ”さぼりさえしなければ弱くなるなんてありえない”、”弱くなったのはさぼった証拠”って短絡的に考えてる人の方が多いけど、それは間違い。』
「なんで一生懸命勉強して練習しても弱くなっちゃうの?」
『んーとね、
大きく分けるとその理由は2つ
①ゲーム自体の性質(バランスゲーム故に絶対解が無い)
②人間の性質(常に変化して揺らいでいる)
これがある。
どんな事象もある程度の知識を身に着けるとその先はもう”鍛錬すれば強くなる。少なくとも弱くならない”って事にはならないんだよ。
具体的に言うとだね、、、、』
ちょっと記事が長くなりそうなので次に続く
獲得タイトル:第13期雀竜位
趣味:競技麻雀、人狼ゲーム
活動範囲:各競技麻雀大会およびニコニコ生放送(スリアロチャンネル 等)
主に今までの経験や今後についての雑記です。
今まで書いた主な記事のまとめはこちら
麻雀プロ対局動画のまとめはこちら
twitterはこちら
facebookはこちら
2018年3月7日水曜日
2018年3月5日月曜日
そうです、私も、きざんでみたくなった・・・
ラベル:
競技麻雀関係
さて先週金曜、
ネット麻雀「天鳳」の超カリスマプレイヤーとして知られる「ASAPIN」こと朝倉康心さんが最高位戦への加入(リーグはB1から)を表明。
http://jan39.com/asapin/ご報告
少々前に同じく天鳳のカリスマプレイヤー「すずめクレイジー」さんが連盟にB2リーグから加入した時も大きな話題になったが、それに続いての物となる。
なんというか、最高位戦は昔からこの手の人材確保について柔軟な団体で、この点はうちももっと見習うべきなんだろうなあ、とか思う。(まあ事務局でもなんでもない俺が言うのもなんだがw)
https://susumutakenaka.blogspot.jp/2017/12/blog-post_92.html
ネット業界の人がどんどん評価されて特別待遇でプロ団体に入ってきている点については、上記の記事で所感を書いてるので割愛。興味ある人はそっち読んでいただければ。
まあ「10年前は全く評価されてなかったジャンルがいまや業界の中心の一つとして認められたよなあ」ってトコ。
んで今回改めて思ったのは、
「何故麻雀打ちは麻雀プロになりたがるのか」
って原点の部分。
ASAPINさんは既にこの業界にて十分な知名度がある、大多数の麻雀プロなんかよりもはるかにカリスマ的な存在だといえる。
それが何で今更麻雀プロになったのか?って本心は何か。
思えばこのテーマと切っても切れない人の1人は、
現在連盟のトッププレイヤーの1人である「佐々木寿人」さんだろう。
彼はプロになる前からその名を既に広く知られていた。
「フリーで1000万貯めた男」として漫画のモデルにもなり、特別対局も近代麻雀等で組まれたりしていた。
当時は今のようにネットでの公開対局も無く、メディア情報がごく限られてたのもあり、プロにならずとも彼は異色のカリスマとして業界の中心に近い存在だったわけである。
でもそんな彼も有名になった数年後には連盟に加入する。
その寿人さんやASAPINさんを見て思うのは、
やはり「それなりに知名度が高い」ってレベルじゃなくて「No1」になりたいってのが麻雀うちの本能なのだろう、という点。
この点は多くの打ち手が麻雀プロになる原点でしょう。
それはたとえネット麻雀が広く認知され、麻雀プロでなくても評価されるフィールドが業界に出来ている今であっても、変わらない。
無論「強い人と面白い麻雀が打ってみたい」という勝負への欲求もあったかもしれないが、
それでも多くの打ち手を突き動かす最大のファクターは「自分の名をきざんでみたい」という承認欲求なのだろう、と今回の件を見ても思ったわけだ。
ちなみにこの場面にでている「尾根」、
こんな壮大な前フリしたわりには超あっさり負けますw
興味ある人は「牌賊! オカルティ」を是非に。今ならKindle読み放題で全巻読めます。
最後に改めていうなら、
ASAPINさんが高い雀力もってるのは今まで色々な所で彼の考え方とか麻雀にふれているので今更疑いはない。
そもそも「しっかりした実力持ってる競技麻雀プロ」と「ネット麻雀の高段位者」
この二者はもっている能力、いうなら得意分野に差がある。
一番の差は「条件達成の為の能力」。
麻雀プロは多くのタイトル戦をとおして色々なルールや勝ち上がり条件戦にふれる中で、「決められた回数において、与えられたルールの中、決められた条件をクリアする」
この能力を鍛え上げる。
これは無制限回数でのトータル収支を安定させる事が目的となる雀荘メンバーとかネット高段者が体験したことがないことが多く、そのスキル差が露呈する場面も正直に今まで見てきた。
ただこの点についても彼は既に多くの体験をしているので問題もない点が多いかと。
果たして数年後、彼が「一介のプロ」になってるのか、それともトッププレイヤーになっているのか、個人的な楽しみでもある。
ASAPINさん、今後ともよろしくお願いいたします。
団体違うけど。
ネット麻雀「天鳳」の超カリスマプレイヤーとして知られる「ASAPIN」こと朝倉康心さんが最高位戦への加入(リーグはB1から)を表明。
http://jan39.com/asapin/ご報告
少々前に同じく天鳳のカリスマプレイヤー「すずめクレイジー」さんが連盟にB2リーグから加入した時も大きな話題になったが、それに続いての物となる。
なんというか、最高位戦は昔からこの手の人材確保について柔軟な団体で、この点はうちももっと見習うべきなんだろうなあ、とか思う。(まあ事務局でもなんでもない俺が言うのもなんだがw)
https://susumutakenaka.blogspot.jp/2017/12/blog-post_92.html
ネット業界の人がどんどん評価されて特別待遇でプロ団体に入ってきている点については、上記の記事で所感を書いてるので割愛。興味ある人はそっち読んでいただければ。
まあ「10年前は全く評価されてなかったジャンルがいまや業界の中心の一つとして認められたよなあ」ってトコ。
んで今回改めて思ったのは、
「何故麻雀打ちは麻雀プロになりたがるのか」
って原点の部分。
ASAPINさんは既にこの業界にて十分な知名度がある、大多数の麻雀プロなんかよりもはるかにカリスマ的な存在だといえる。
それが何で今更麻雀プロになったのか?って本心は何か。
思えばこのテーマと切っても切れない人の1人は、
現在連盟のトッププレイヤーの1人である「佐々木寿人」さんだろう。
彼はプロになる前からその名を既に広く知られていた。
「フリーで1000万貯めた男」として漫画のモデルにもなり、特別対局も近代麻雀等で組まれたりしていた。
当時は今のようにネットでの公開対局も無く、メディア情報がごく限られてたのもあり、プロにならずとも彼は異色のカリスマとして業界の中心に近い存在だったわけである。
でもそんな彼も有名になった数年後には連盟に加入する。
その寿人さんやASAPINさんを見て思うのは、
やはり「それなりに知名度が高い」ってレベルじゃなくて「No1」になりたいってのが麻雀うちの本能なのだろう、という点。
この点は多くの打ち手が麻雀プロになる原点でしょう。
それはたとえネット麻雀が広く認知され、麻雀プロでなくても評価されるフィールドが業界に出来ている今であっても、変わらない。
無論「強い人と面白い麻雀が打ってみたい」という勝負への欲求もあったかもしれないが、
それでも多くの打ち手を突き動かす最大のファクターは「自分の名をきざんでみたい」という承認欲求なのだろう、と今回の件を見ても思ったわけだ。
ちなみにこの場面にでている「尾根」、
こんな壮大な前フリしたわりには超あっさり負けますw
興味ある人は「牌賊! オカルティ」を是非に。今ならKindle読み放題で全巻読めます。
最後に改めていうなら、
ASAPINさんが高い雀力もってるのは今まで色々な所で彼の考え方とか麻雀にふれているので今更疑いはない。
そもそも「しっかりした実力持ってる競技麻雀プロ」と「ネット麻雀の高段位者」
この二者はもっている能力、いうなら得意分野に差がある。
一番の差は「条件達成の為の能力」。
麻雀プロは多くのタイトル戦をとおして色々なルールや勝ち上がり条件戦にふれる中で、「決められた回数において、与えられたルールの中、決められた条件をクリアする」
この能力を鍛え上げる。
これは無制限回数でのトータル収支を安定させる事が目的となる雀荘メンバーとかネット高段者が体験したことがないことが多く、そのスキル差が露呈する場面も正直に今まで見てきた。
ただこの点についても彼は既に多くの体験をしているので問題もない点が多いかと。
果たして数年後、彼が「一介のプロ」になってるのか、それともトッププレイヤーになっているのか、個人的な楽しみでもある。
ASAPINさん、今後ともよろしくお願いいたします。
団体違うけど。
2018年3月2日金曜日
思い出の雀荘について書いてみる : 仙川オレンジハウス
ラベル:
麻雀について思うこと
初めてフリー雀荘にいったのは高校2年生の時だった。(まあ年齢の細かい事は気にせずに^^;)
高校の麻雀友達に誘われ雀荘に行ったらいきなり知らない人と打たされたのはよく覚えている。
店は今は閉店している渋谷の「ベガ」
日本初の女流麻雀プロ「浦田和子」さんのお店だった。
後に人生で初めて雀荘でメンバーやったのもこの店である。
何人かこの店で顔を知って今でも親交がある人もいる。
協会の木原さん(この時木原さん20代、僕10代)
協会の出本さん
最高位戦の曽木さん
棋士会の山本さん
あたりかな。
ゆえに約10年前に閉店した時は結構ショックだった。(しばらくはルミアキとして続いていたが)
で僕が高校3年生の時に、人生で2番目に入ったフリー雀荘、
本格的に麻雀にのめりこんだもう一つのきっかけとなった店、
それが仙川オレンジハウスである。
ちなみにこの店を選んだ理由は家が近かったという点だった。(当時のバイト先から歩いて1分)
初めて入った日の事はほとんど記憶にないが、
人生で初めて一人フリー新規入店をした日なわけだったからそれなりに緊張したのではなかろうか^^;
まあ麻将連合の管理店という事もありマナーも良いお店だった。
健康麻雀に近い雰囲気で(といってもたばこOK等の違いはあるが)、ギラギラした人も全然いなかった。
今考えると雀荘なんて先ヅモOK、無発声OKの店も山ほどある中で(当時は今より場末店はもっと多かったし)、
たまたまこの店を見つけた事によってフリー雀荘って物に恐怖も抵抗も感じなくなり、
その結果競技麻雀の世界に足を踏み入れる事になった、とも思う。
なんせこの後に入った何件もの店の中には物凄いマナーの店もあったわけで、、、
(まあフリー雀荘ってどうしてもそういう方針をとらせざるを得ない店もあるわけで^^;)
ちなみに当時の店長は現在もμ認定プロとして活躍されている武則さんである。
思えば当時は10代のクソガキだった僕に、武則さん含め店の人達は苦笑いしながらも丁寧に接客していてくれたのは想像に難くないw
ついでに言うならこの店に通い始めた時、
一応身分を大学生と偽る為に、生年月日を1年サバ読んでいた。
が、数年後に私の双子の兄(武中真)もフリー雀荘に行くようになりこの店を知り入った時、
兄曰く「顔は全く同じで生まれた日も同じなのに生まれた年だけ違うという関係を関係性を説明するのはちょっと面倒だった」らしい。
※従弟という事でテキトーに流したらしいが、まあばれてただろどう考えてもw
井出プロがちょくちょくゲストで来ている事は知っていたが、学校などの都合で実際にその日に店に行けたことはなかった。
そして僕は社会人になると生活範囲が変わってしまった関係でほとんどこの店に行かなくなった。
後に女流プロをちょくちょくゲストに呼ぶようになったと聞いて、「あの健康麻雀的な店も女流を呼ぶとか時代の流れかなあ」とか思ったりした。
蔵美里がゲストの時に遊びに行って、
ヤツのゲストが終わった後に店の方々も交えて軽くお酒を飲ませて頂いた事も1回あった。
10年以上前に常連だった店の人と飲むというのは不思議な気分だと思いつつw、当時からのメンバーの方々の顔を久々に見れたのはうれしい限りだった。
そんな色々な思い出のある仙川オレンジハウス、
2018/2/28をもって閉店となったとの事。
なんというかね、こうやってまた一つ自分の思い出の場所が消えるというのは切ないなあ、と思うわけである。
そういえば第13期雀竜位が終わってしばらくたった後、
この店で働いている子が協会にプロとして入ってきて、
彼からその決勝を店の人達が見て盛り上がってくれていた、と聞いた時は懐かしい気持ちとうれしい気持ちで一杯だった。
最近は住居自体が仙川から離れてしまった為全然行ってなかったし、
最後に一度行きたかったけど、色々と多忙で時間も作れず。
無理やりでも時間作ればよかったかも。
店の常連だったのは18年位前でもう細かい事は思い出せないけど^^;、
やっぱ上記の通り改めて振り返って、
この店がマナーの良い絵にかいたような良店だった事、当時のスタッフの方々が暖かく迎えてくれたこと、これが今僕が競技選手やってる理由の一つだろうと思う。閉店と聞くと本当に寂しい限りだ。
そしてできればこの店みたいに、
まだフリー慣れしていない人が初めて来た時に、
「またフリーが打ちたい」って思えるような良いマナーと雰囲気の店が、今後もたくさんあり続けてほしい、
コアな麻雀好きができるきっかけってそれなんだろうな、とこの記事を書いてて思った次第である。
最後に改めて、 お店の皆様、関係者の皆様、ありがとうございましたm(_ _)m
高校の麻雀友達に誘われ雀荘に行ったらいきなり知らない人と打たされたのはよく覚えている。
店は今は閉店している渋谷の「ベガ」
日本初の女流麻雀プロ「浦田和子」さんのお店だった。
後に人生で初めて雀荘でメンバーやったのもこの店である。
何人かこの店で顔を知って今でも親交がある人もいる。
協会の木原さん(この時木原さん20代、僕10代)
協会の出本さん
最高位戦の曽木さん
棋士会の山本さん
あたりかな。
ゆえに約10年前に閉店した時は結構ショックだった。(しばらくはルミアキとして続いていたが)
で僕が高校3年生の時に、人生で2番目に入ったフリー雀荘、
本格的に麻雀にのめりこんだもう一つのきっかけとなった店、
それが仙川オレンジハウスである。
ちなみにこの店を選んだ理由は家が近かったという点だった。(当時のバイト先から歩いて1分)
初めて入った日の事はほとんど記憶にないが、
人生で初めて一人フリー新規入店をした日なわけだったからそれなりに緊張したのではなかろうか^^;
まあ麻将連合の管理店という事もありマナーも良いお店だった。
健康麻雀に近い雰囲気で(といってもたばこOK等の違いはあるが)、ギラギラした人も全然いなかった。
今考えると雀荘なんて先ヅモOK、無発声OKの店も山ほどある中で(当時は今より場末店はもっと多かったし)、
たまたまこの店を見つけた事によってフリー雀荘って物に恐怖も抵抗も感じなくなり、
その結果競技麻雀の世界に足を踏み入れる事になった、とも思う。
なんせこの後に入った何件もの店の中には物凄いマナーの店もあったわけで、、、
(まあフリー雀荘ってどうしてもそういう方針をとらせざるを得ない店もあるわけで^^;)
ちなみに当時の店長は現在もμ認定プロとして活躍されている武則さんである。
思えば当時は10代のクソガキだった僕に、武則さん含め店の人達は苦笑いしながらも丁寧に接客していてくれたのは想像に難くないw
ついでに言うならこの店に通い始めた時、
一応身分を大学生と偽る為に、生年月日を1年サバ読んでいた。
が、数年後に私の双子の兄(武中真)もフリー雀荘に行くようになりこの店を知り入った時、
兄曰く「顔は全く同じで生まれた日も同じなのに生まれた年だけ違うという関係を関係性を説明するのはちょっと面倒だった」らしい。
※従弟という事でテキトーに流したらしいが、まあばれてただろどう考えてもw
井出プロがちょくちょくゲストで来ている事は知っていたが、学校などの都合で実際にその日に店に行けたことはなかった。
そして僕は社会人になると生活範囲が変わってしまった関係でほとんどこの店に行かなくなった。
後に女流プロをちょくちょくゲストに呼ぶようになったと聞いて、「あの健康麻雀的な店も女流を呼ぶとか時代の流れかなあ」とか思ったりした。
蔵美里がゲストの時に遊びに行って、
ヤツのゲストが終わった後に店の方々も交えて軽くお酒を飲ませて頂いた事も1回あった。
10年以上前に常連だった店の人と飲むというのは不思議な気分だと思いつつw、当時からのメンバーの方々の顔を久々に見れたのはうれしい限りだった。
そんな色々な思い出のある仙川オレンジハウス、
2018/2/28をもって閉店となったとの事。
なんというかね、こうやってまた一つ自分の思い出の場所が消えるというのは切ないなあ、と思うわけである。
そういえば第13期雀竜位が終わってしばらくたった後、
この店で働いている子が協会にプロとして入ってきて、
彼からその決勝を店の人達が見て盛り上がってくれていた、と聞いた時は懐かしい気持ちとうれしい気持ちで一杯だった。
最近は住居自体が仙川から離れてしまった為全然行ってなかったし、
最後に一度行きたかったけど、色々と多忙で時間も作れず。
無理やりでも時間作ればよかったかも。
店の常連だったのは18年位前でもう細かい事は思い出せないけど^^;、
やっぱ上記の通り改めて振り返って、
この店がマナーの良い絵にかいたような良店だった事、当時のスタッフの方々が暖かく迎えてくれたこと、これが今僕が競技選手やってる理由の一つだろうと思う。閉店と聞くと本当に寂しい限りだ。
そしてできればこの店みたいに、
まだフリー慣れしていない人が初めて来た時に、
「またフリーが打ちたい」って思えるような良いマナーと雰囲気の店が、今後もたくさんあり続けてほしい、
コアな麻雀好きができるきっかけってそれなんだろうな、とこの記事を書いてて思った次第である。
最後に改めて、 お店の皆様、関係者の皆様、ありがとうございましたm(_ _)m
登録:
投稿
(
Atom
)
