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2018年6月6日水曜日

麻雀とは人生の縮図か否か

ちょっとツイッターでも話題になってるこのつぶやきに対して
https://twitter.com/takeyou5_10/status/1003988963206488065

まあ言いたいことはもっともで、
確かに麻雀なんて人生と比較するほど大げさなゲームじゃないと思うのですよね。
所詮はただの絵合わせといわれりゃそれまでなのです。

ただ一方で根本的な部分は世の多くの事象に共通するところがあるのも事実で。
早い話、「根本的な部分はある程度数値基準で判断できるが結局はベクトルの違う情報をアナログで判断する事が必要」という根幹部分、
これは世の様々な事象とか仕事とかに共通して言える部分じゃないのだろうか

参考記事
https://susumutakenaka.blogspot.com/2016/12/blog-post_28.html

まあでもね、やっぱり一番「人生の縮図」って言いたい点は、「理由なき平等な理不尽さ」ですよ。
この人も他ツイートで書いているんですが、
麻雀の一番いい所って誰に対しても平等に理不尽な点なんです。麻雀はこれ結構絶妙なバランス感がある。
いやポーカーとか他ゲームはこれがどうか知らんけど、世の中には「始まる瞬間にある程度の優位性が人によって決まってる」ってゲームが結構あるし。
ぶっちゃけ人狼とかあからさまに存在してると僕は思ってたりするし。
この平等な理不尽さ、競技やると思い知るシーンが特に多くて^^;

例えばリーグ戦とかで「ここでトップとれば昇級」って時に、
ライバルの人が凄い猛烈な勢いであがり続けるのを見るときとか、
「自分が心の底から熱望する物が特に理由なく目の前の人に与えられてる」
って感覚ね。
競技選手長くやってると何回も味わうこの絶望感ですよ。

泣きわめきたいけど泣きわめいたところでしょうがなし、
人間が生まれた時からお金とか容姿とかで色々なハンデを背負ってて、
目の間には自分が欲しい物を当たり前のように手にしてる人がいて、
頑張ってそれを挽回する努力をしても不遇のまま敗れ去る事が大半、
大体は現実と妥協する。

まあそんな理不尽さを「縮図」と言うなら間違ってないんじゃないでしょうか。
と長くやってると思うわけです。

でも多くの人が同じこと思ってるだろうし、「俺ばっかり」は誤りかもしれない、
うんこの点も人生の縮図。

さてちょっと話変わって
個人的に競技麻雀やっててこの「理不尽さ」に心へし折れたシーン第1位は7年位前のB2リーグ最終節ね。

つなんだーこと綱川とB1への昇級最後の一枚争ってた中で、
オーラスまで1万5千点位リード、
そしてそのオーラスで親の綱川の12000(1副露)に5巡目で放銃、

まあ打った瞬間に崩れ落ちそうになったけど、
「結局はここまでの積み重ねもあっての結果、諦めねば・・・・(T_T)」
と思って終わった後皆で酒を飲んでた。

んで、そこにふと訪れたとある他団体の後輩の女の子
女の子「武中さん。リーグ戦お疲れまでした。結果どうだったんですか?」
ワシ「6位だった・・・」
女の子「え!?20人以上いて6位ですか!凄いですね!」
ワシ「昇級5位までだけどね・・・」
女の子「じゃあもうちょっとで昇級だったんですね!凄いじゃないですか!!」
※ちなみにこの会話の後、その場にいた彼氏とキャッキャし始める。

この子の悪意無き煽りを含めて、
「競技麻雀は人生の縮図だ・・・・」
とか思ったのでありました。


まあでも冒頭の彼のツイートの様に「大げさすぎるだろその表現」と思う人の気持ちは良く解る。
麻雀プロとか関係無しにこれは普通の感覚。
なので、特にこのツイートに僕は苦言とかないのです。

ただ一方、
前から彼に一つ苦言を言いたい点はあるのでこの際だから。

「たけなか」って名前が武中兄弟以外にいるとなんかややこしいので、
大先輩に気をつかって改名の検討を前向きにお願いしたい次第です。キリッ

以前朱雀リーグの連絡ラインにて「たけなか違い」に気づかず僕が返答しまくってまわりに注意されたのは恥ずかしかった。。。。

ちなみに麻雀界には「根本」って本名を、根本佳織に気をつかって改名した心優しい人もいます!w
と、どうでもいいオチで締めます。

2018年6月4日月曜日

百貨店のエレベーターを見て思ったバリアフリーについてのお話

※麻雀関係ないです。今日の記事は。

新宿近辺に住んで数年たつ。
もうこの駅の事はほぼほぼ知り尽くしてるし、
大久保とか西新宿とか東新宿とか新宿西口駅とかの近接駅も含めて
どこに行くにはどのルートが一番いいかとか、
駅から行きたい場所に行くための地下通路はどこ使えばいいかも、
住んで3年たったころには把握しきっていた。


でもこの数か月、改めて気づいたのが「バリアフリー」って視点、

「バリアフリー」っていうと、
真っ先にみんな車椅子の事を連想する。
ここからどうも「あまり自分には関係ない」って考える人がいるかもしれないが、
・大きなトランクを抱えた観光者
・ベビーカーを引いた親子
・足腰の悪いお年寄り
バリアフリーを必要としてる人はいくらでもいるし、
いつ自分が該当者になってもおかしくないわけだ。

んで正直に新宿駅の特に西口はバリアフリーの観点からすると、2018年6月現在かなりひどい状態である。
ホームから改札に降りれるエレベーターがほとんど無いのと新宿駅の構造上の問題で、
西口に用がある人は南口側から回る羽目になる。
足で歩けば2分だが、
ベビーカー同伴だと20分以上、なんて羽目になるポイントもざらにある。

ちなみにもっと酷い状況なのは山手線で新宿のお隣にある新大久保駅。
ここは駅にエレベーターが一切ない。(さすがに最近工事が始まったらしいが)
階段のとこに車いすを押し上げる機械はあるけど、
「バリアフリーを求めてるのは車いすの人だけじゃないんだけどなあ・・・・」
と考えざるを得ない有様。


更に問題は駅のホームの中だけではない。
新宿駅は都庁方面から3丁目方面、そして歌舞伎町まで様々な地下道が張り巡らされていて、
雨の日とかは非常に便利な作りなのだが、
この地下道もバリアフリーの観点からすると絶望的な構造のとこがおおい。
はっきりいって車いすとかでここを一人で動き回るのは無理だろう。

んでそもそも、雨の日の移動なんて、僕ら健常者は傘させばそこまで問題はない。
バリアフリーを求めてる人こそ、その設備を凄い欲してるはずなのに、
それに対して全く優しくない構造、
改めて色々と見て「なんだかなあ・・・・」と思ったわけだ。

まあでも、
これらはすぐになおせる物じゃない事位は理解できる。
ここから一番主張したい点で、
「バリアフリー」って点から新宿見直すようになって、
一番に「これどうなのよ」って思うシーンは、
駅とか百貨店とかで健常者が堂々とエレベータ使ってる所である。

いやね、「使うな」とは言わんのです。
いちいちエスカレーター探すのが面倒な時もあるし。
ただすぐそばに階段とかエスカレーターある中であなた方が無神経に使う事で、
本当に乗りたい人がすぐに乗れない、って問題を引き起こすことをちょっとは自覚してほしいと思うわけで。

早い話、
百貨店でベビーカー抱えたお母さんがエレベータを待ってて、
ドアが空いた瞬間に人が多すぎて乗れずにこれを見送る、
この光景みて違和感覚えない人が多くいるのって、「人間の本質かもなあ」と思うわけで。



自分ひとりで好きに動ける健常者からすりゃエレベーターの一回見送る位なんてことない。
でもエレベーターを待たざるを得ない人は、
一日の中でエレベーターのために遠回りして、
やっと見つけたところで健常者で満員のため見送るって行為を多分何回かしている、
これ結構なストレスなんじゃないの?と。

改めて今まで数年住んでた街を違う視点から見て色々と気づいた最近、
「人って自分の視点以外からはなかなか物事が見えないのかもなあ」と思うわけです。

実際に多分この記事読んで、
物凄い強く共感する人と、
「ふーん」って感じる人、
多分結構くっきり分かれるんじゃないかと思う。
この事こそまさに、その本質その物と思うわけです。

別にこれバリアフリーだけの話ではなく、
日常生活でも、
麻雀でも、
人狼でも、
それぞれの視点があって主張があって、
各自が各自の主張と願望で動く中、多分自分と違う視点ってのに人が思いを巡らすのって難しくて、
人と人がなかなか噛み合わないのも無理はないよなあ、、、
とか改めて色々と考えてしまったのでありました。


まあだらだら難しい事かいたけど、まとめとして。
この記事を読んだ元気な健常者の方にお願いしたいのは、
①公共施設では極力エスカレーターか階段使いましょう
②エレベーターに乗ってて車いすとかベビーカーの人が乗れなそうだったら、電車で席譲るのと同様に降りてあげてましょう
③駅の車いす用の広めの改札は極力利用を避けましょう
って点ですかね。うん。
一人でもそれを意識してくれる健常者の子育て経験がない若い人がいたなら、この記事書いた意味があるってもんです。

僕は色々と見てて最近やるようになりましたね。
これで裏ドラのるはず!キリッ
今度のリーグ戦も大体勝っちゃうね!


まあリアルな話、相手に対する優しさとかじゃなくて、
そういった考えが世の中にもっと普及すれば自分がいざそれを必要とするときに、ちょっとでも都合の良い世の中になってるかも、と思うからやってるだけです。
僕のモットーは基本的に「自分の事だけ考えて生きる」なので^^;

これ読んだ人もその精神でこれやってみてほしいと切に思ったりする。
おしまい

2018年6月1日金曜日

麻雀界の故人を偲ぶ その3:小島武夫プロ

※文中の人名はすべて敬称略です。
※当記事はあくまで筆者の主観ですので苦情等は特に受け付けません。

一つの大きな巨星が消えた
いや、
一つの大きな太陽が地平線の向こうに沈んだ、
そんな感覚である。

麻雀界の巨星墜つ「ミスター麻雀」小島武夫さん死去82歳 麻雀ファンを魅了
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180531-00010011-abema-ent

小島武夫
麻雀プロなんてよく知らないけどこの名前だけは知っている、そんな人も数多くいるのではないだろうか。
阿佐田哲也と共に麻雀新選組を結成し、まさに麻雀プロのはしりとして長い間業界の顔として戦い続け、
そして「魅せる麻雀」を信条に多くのファンを魅了し続けてきた、
そんな一人の競技プロがこの世を去った。

僕らの世代には似たような人が多いかもしれないが、
僕が初めて知った麻雀プロの名前も「小島武夫」だった。

高校生の時、「もっと麻雀を強くなりたい」と思って生まれて初めて買った麻雀戦術書が、
「小島武夫の負けない麻雀」だった。
※この著は日本で一番売れた麻雀戦術本らしい

まあ正直に、この本の内容はほとんど覚えていない^^;
覚えてるのは色々な勝負論についてのお話や、「裏スジ」の話くらいかな・・・
というかこの次に買った「安藤満の亜空間でポン」が、
僕の麻雀プロとしての原点になったまである本だったので印象的にもどうしても薄かったりもする。

ただそれでもやはり、
当時は今の様にネットもほとんどなくごく限られたメディアしかない中、
僕に初めて「麻雀プロ」という存在を知ったきっかけをくれたのが先生であり、
その後に近代麻雀を買うようになってからも漫画や記事で何度もその名前を見たし、
その10数年後に初めて王位戦で同卓させて頂いた際は、強い興奮を覚えた。
僕の麻雀プロとしてのルーツを作ってくれた方の一人であり、
それは同世代の多くのプロにとってもそうだろう。


さてちょっと話は変わる。
僕は上述の王位戦等で何度かお見かけしたことはあるが先生との個人的な接点はほぼ皆無である。
なので個人的な思い出なんかは書けない。
一方で私見を挟まずに、あくまで競技者の一人として、あくまでこの業界のファンとして見て、色々と考えた中、
「100年後の競技麻雀界は小島武夫をどう評するだろう?」
こんな事をちょっと思ったりもした。

小島武夫と言えばこの業界の第一人者であり、
とにかくファンを大事にする、
多くのファンに愛されたまさに麻雀プロの鑑的な存在であった一方、
近代の若手プロの価値観の変化を誰よりも強く否定してきた一人、でもあった。
これは事実である。

色々なところで先生が口にしていた若手の麻雀に対する
「品がない」
「格が低い」
「勝つだけならだれでもできる」
という言葉や堂々した打ち方批判、
「近年のファンの思考レベルの高さや多様性を考えると、昔の”魅せる”と今の”魅せる”って同一じゃないんと思うんですけど・・・・」
「たとえ価値観は違えど同じ麻雀を愛する人間同士として、もうちょっと理解を示してほしいんだけどな・・・・」
とか思ったりした若手も多かっただろうし、
ネット上にはそんな先生の頑強な意思を批判する競技ファンがいたのも事実である。

正直に今こうなって、先生の真意をちょっと聞いてみる機会が一度はほしかった、と思ったりもする。
自分が数十年かけて築き上げてきた価値を壊される事への拒否だったのか、
それとも我々の事を実は応援しつつもそれに対する「ファンを第一に考えろ」という叱咤だったのか。

んで上述の通り、
これらの色々な側面を含めて100年後の麻雀プロ、もしくは麻雀の研究家たちが、先生をどう評するか
ちょっと興味がわくのです。

もんの凄いオーバーな話になるかもだが、
歴史に名を残す多くの偉人は、
その人の長い人生は勿論、その後の影響も含めて色々な側面から評価を受けるケースが多い

例えば江戸幕府8代将軍の徳川吉宗、
「享保の改革」で江戸幕府の財政を立て直した名将軍、と歴史の教科書は銘打ってるが、
一方で彼の改革の根幹は農民への税金の強烈な引き上げであり、
結果として長期にわたる人口減や一揆増加を引き起こし、幕府の財政や権威を失墜させる引き金を引いた人物、という歴史評価の側面がある。

他に桶狭間で信長に殺された今川義元の後継者の今川氏真、
父の死後10年で大名今川家を滅亡させてしまったダメ主君という事実がある一方で、
実はその後に公家への知識や徳川とのパイプをフル活用し、旗本として今川家督を明治時代まで存続させたやり手、という側面は無視できない物がある。

まあ「大げさだろ」とは思いつつ、
100年後の麻雀界がどのような姿になり、どんな価値観が生まれているか、
それによって小島武夫が人々にどのような様々な評価を受けるのだろうか、
そして先生がそれに足る麻雀という歴史の中心にいた人物だった、
客観的に見てそう思うのです。


ただどんな後世の評論家も
「まず麻雀プロのはしりとして小島武夫がいた」
「小島武夫が麻雀プロという存在を大きく世に知らしめた」
という事実は全員が認めるのは間違いないでしょう。

本当に色々な先生の姿を思い出すけれど、やっぱり「敬意」という言葉しか思いつかない。
先生のおかげで今の麻雀界がある事に対する敬意、
先生という一つの大きな太陽と同じ時代を歩けたことへの敬意、
細かい話を抜きにしてこれだけは僕を含めた多くの打ち手が感じている事だと思います。

改めて最後に、
先生が築いてきたこの業界、先生が望む方向に出来るかはわかりませんが、
それでも僕が先生と同じくらいの年になった時に「後退した」とは言われないように皆で頑張りたいと思います。

本当にありがとうございましたm(_ _)m
安らかにお眠りくださいm(_ _)m