日本プロ麻雀協会今期Aリーグ第九節の寸評がアップされていたのだが、
たろうさんの打ち方が相変わらず色々な意味ですごかった。。。。
http://npm2001.com/jannou/jannou-a.html
※以下一部抜粋
オーラス。以下、各家の持ち点。
東家 21000
南家 23500
西家 24900
北家 30600
ここで東家ののたろうが5巡目聴牌
四五④⑤244555777 ツモ六 ドラ⑦
皆さん、これどうしますか?
どうも何もリーチしかない、という方も多くいるはず。
しかしここからたろうさんはダマテンにし、
三順後に⑥ツモって4切ってフリテンリーチ
四五六④⑤⑥4555777 ドラ⑦
「相変わらずだ」と思ってしまった。
まあトータルポイントをさらに磐石にするならこの選択は無くはない。
ただそれでも既に充分形のこの手、
それでも「5巡目ならもっと稼ぎたい」と考える思考、
従来の戦略にとらわれない発想、
そして強欲さ
「色々と変ってないなあ。いや細かい部分は常に変えてるんだろうけど」
とか思ったわけだ
「聴牌だからといってあがらなきゃいけないって法律はない」
「固定概念にとらわれるのはまだ研究が浅い証拠」
昔からたろうさんが言ってきた言葉の一つである。
上記の寸評を見て、「そういや昔セットしてて凄い見逃しされたことあったなあ・・・」
と思いSNSを久々に開いて検索してみたらちょっとした記事もあった。
せっかくなのでこの日記の最後にはっときます。興味ある人はよんでください。
まあしかし、今年も決勝でたろうさんの勇士が見れるのは楽しみだ。
去年の決勝が終わった時、
僕は正直に「こんなに悔しそうなたろうさんは初めて見た」と思った。
本人と後に話をしても、相当に堪える敗戦だったのが本当に伝わってきた。
いつものらりくらりとした態度のたろうさんだけど、麻雀に対する情熱は誰よりも熱い。
今年の決勝にかける思いはかなりの物だろう。
期待したい^^
【以下、過去のSNSより抜粋したたろうさんの狂人っぷり】
南3局
東家 俺:33000
南家 たろうさん:21000
西家 たっちゃん:6000
北家 いっちー:40000
8巡目
四四五六七②③⑤⑥⑥⑦⑦⑧ ドラ七
まあリーチしますよね。
トップ目で仕掛けていたいっちーだったが、このリーチを見て後退。
たっちゃんも現物メインでオリ気味。
そして突っ張ってくるたろうさん。
うーむー、張っているのか?現張り?
「張ってますか?」と聞くと満面の笑顔を返される。
そして終盤に差し掛かろうと言う所で俺が引いたのが四。
会社が違う!!つーか当たったりするか??
だが、俺がツモ切るとたろうさんは微動だにせず次のツモへ。
セーフ!!!
するとたろうさん
「リーチすればいいんでしょ!」
ツモ切りリーチを敢行。
つかめやボケ!との願いもむなしく数巡後に俺が一を切ると
「ロン」
二三七八九(1)(1)112233 ドラ七
・・・・(´・ω・`)
あの、、、、
それ四も当たりだったんじゃ
3900で勘弁してもらえませんか???
※ちなみに一四は特に現物でもない。
「こうした方が面白いでしょ?」
満面の笑顔で答えるたろうさん
「でもツモ切りリーチでいっちーが出してくれるの期待してたんだけどな〜」
さらに満面の笑顔で答えるたろうさん
・
・
・
・
・
・
たまたま店の中にサンドバッグが置いてあるところだったので、
「たろうくたばれ!」と右ストレートを数発かまして店を出ました。
おしまい
懐かしくてちょっと読んでて切なくなった日記でありました。
獲得タイトル:第13期雀竜位
趣味:競技麻雀、人狼ゲーム
活動範囲:各競技麻雀大会およびニコニコ生放送(スリアロチャンネル 等)
主に今までの経験や今後についての雑記です。
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2017年8月31日木曜日
2017年8月28日月曜日
真の麻雀バカって類は大体は競技選手になってしまう、というお話
ラベル:
競技麻雀関係
雀荘メンバーと麻雀プロは切っても切れない関係にある。
現状では麻雀プロという肩書きは独立して生計を立てる事が出来ない以上、
大多数のプロは何かしらの生計手段を持っているわけで(当方の場合は会社員)、
その1つの選択肢としてメンバー業が当然あるわけだ。
というか、
若くしてメンバーになるヤツは麻雀プロの肩書きをもっている人の方が多数ではないだろうか。
このゲームを生活の中心として置く以上、そこに承認欲求を持つ事も、その為の手段として麻雀プロになる事を選ぶ事も、至極当然に思える。
そして「メンバー業」というのは麻雀に求めらる技術の高さという点では、
麻雀プロよりも過酷な環境にさらされているともいえる。
勝てないメンバーは色々な面から仕事を続ける事が難しい。
長年安定した成績を残せるメンバーというのは言うまでもなく技術的にも精神的にも強い人が多い。
そしてそういった「強いメンバー」というのは麻雀プロの間でも知られている人がいたりする。
例えば現Aリーガーの仲林圭はその典型だった。
協会の試験を受ける前から、彼は幾つかの雀荘にて既に名の知れた凄腕のメンバーであり一部プロの中では名の知れた存在だった。
そして数年後の彼の実績はその技術力を証明しているともいえる。
さてその一方で、
強メンバーとして名の知れた存在でありながらも麻雀プロにはなろうとしない人というのも数多くいる。
「店のシフトの都合」
「金銭的な旨みがない」
人によって理由は様々だが「麻雀で生きる事を選ぶ ≠ 麻雀プロになる」という事では必ずしもない。
麻雀はあくまで金銭を稼ぐ為の道具、と割り切るのも自然な思考の1つだろう。
そして改めて、
今年の最高位戦クラシックを獲得した日本プロ麻雀協会の堀慎吾、
彼も都内の雀荘業界でかってその名を知られた強メンバーだった。
鈴木たろうが昔店長をしていた中野の店とか、幾つかの雀荘にて安定した成績を残し続けるメンバーとして、多くの若手・有名プロがその名を知っていた。
が、彼が日本プロ麻雀協会の門をたたくのは、僕が彼を知った8年ほど後である。
彼が協会の名簿にいるのを見て「何で今更」とか思った物だw
まあこういうヤツは他にもいる。
当協会のB1リーガーである千貫 陽祐とか、
今や最高位戦女流のトップである大平 亜季とか。
「何で今更プロになったの?」という僕の問いに、
堀は「あんま意味感じなかったけど、やってみたくなってさ」と言っていた。
でもその後に幾つものタイトル戦にほぼ皆勤で出場している姿を見て、
普段ののらりくらりとした態度の裏側に、案外強い承認欲求があるんだろうなあ、とかちょっと思ったりもした。
麻雀打ちとして十分な評価を業界関係者には受けている。
生活するうえでは何も困らない。
でもそれだけじゃやっぱり人は満足できなくて、
オーバーな言い方をすれば片山先生の「牌賊!オカルティ」にあるように、
「自分の名前を刻んでみたい」という欲求にかられるのだろう。
それが人間なんじゃないかなあ、とか思ったわけだ。
というわけで、8/26(土)はそんな堀さんの名前が競技麻雀史に刻まれたわけであります。
前日に「頑張れよ」ってラインしたら
「まあ流してりゃ大体勝つ」とかいう返事が来た。
どう考えても流してなかった。見ててすげーハラハラだったw
でも改めて堀さんおめでとう。
やっぱり自分が強いと思う打ち手が勝ってくれるのは嬉しい。
そんな事を思った一日だった。
しかし最近協会員がオープンタイトルで強いねえ。
松本といい佐月といい近藤千といい、
僕もなんか決勝とか残りたい・・・・
おまけ:
ちなみに僕が堀さんに会ったのは第7期優駿杯(棋士会主催のオープンタイトル)のベスト16、
今から13年前です。
当時20代前半の僕は、
どうも堀さんに自分のリーグとかを偉そうに話してたらしい。
その事をまーったく覚えてなかったのが、それを数年後にその事を指摘された時は「自分にもそんな時代あったのね・・・」とか顔から火が出るほど恥ずかしくなったw
そしてその大会のベスト8(準決勝)のトーナメントで、
大接戦からチョンボして吐きそうになりながら会場を後にしたのは今でも良く覚えている・・・・・・(--;)
現状では麻雀プロという肩書きは独立して生計を立てる事が出来ない以上、
大多数のプロは何かしらの生計手段を持っているわけで(当方の場合は会社員)、
その1つの選択肢としてメンバー業が当然あるわけだ。
というか、
若くしてメンバーになるヤツは麻雀プロの肩書きをもっている人の方が多数ではないだろうか。
このゲームを生活の中心として置く以上、そこに承認欲求を持つ事も、その為の手段として麻雀プロになる事を選ぶ事も、至極当然に思える。
そして「メンバー業」というのは麻雀に求めらる技術の高さという点では、
麻雀プロよりも過酷な環境にさらされているともいえる。
勝てないメンバーは色々な面から仕事を続ける事が難しい。
長年安定した成績を残せるメンバーというのは言うまでもなく技術的にも精神的にも強い人が多い。
そしてそういった「強いメンバー」というのは麻雀プロの間でも知られている人がいたりする。
例えば現Aリーガーの仲林圭はその典型だった。
協会の試験を受ける前から、彼は幾つかの雀荘にて既に名の知れた凄腕のメンバーであり一部プロの中では名の知れた存在だった。
そして数年後の彼の実績はその技術力を証明しているともいえる。
さてその一方で、
強メンバーとして名の知れた存在でありながらも麻雀プロにはなろうとしない人というのも数多くいる。
「店のシフトの都合」
「金銭的な旨みがない」
人によって理由は様々だが「麻雀で生きる事を選ぶ ≠ 麻雀プロになる」という事では必ずしもない。
麻雀はあくまで金銭を稼ぐ為の道具、と割り切るのも自然な思考の1つだろう。
そして改めて、
今年の最高位戦クラシックを獲得した日本プロ麻雀協会の堀慎吾、
彼も都内の雀荘業界でかってその名を知られた強メンバーだった。
鈴木たろうが昔店長をしていた中野の店とか、幾つかの雀荘にて安定した成績を残し続けるメンバーとして、多くの若手・有名プロがその名を知っていた。
が、彼が日本プロ麻雀協会の門をたたくのは、僕が彼を知った8年ほど後である。
彼が協会の名簿にいるのを見て「何で今更」とか思った物だw
まあこういうヤツは他にもいる。
当協会のB1リーガーである千貫 陽祐とか、
今や最高位戦女流のトップである大平 亜季とか。
「何で今更プロになったの?」という僕の問いに、
堀は「あんま意味感じなかったけど、やってみたくなってさ」と言っていた。
でもその後に幾つものタイトル戦にほぼ皆勤で出場している姿を見て、
普段ののらりくらりとした態度の裏側に、案外強い承認欲求があるんだろうなあ、とかちょっと思ったりもした。
麻雀打ちとして十分な評価を業界関係者には受けている。
生活するうえでは何も困らない。
でもそれだけじゃやっぱり人は満足できなくて、
オーバーな言い方をすれば片山先生の「牌賊!オカルティ」にあるように、
「自分の名前を刻んでみたい」という欲求にかられるのだろう。
それが人間なんじゃないかなあ、とか思ったわけだ。
というわけで、8/26(土)はそんな堀さんの名前が競技麻雀史に刻まれたわけであります。
前日に「頑張れよ」ってラインしたら
「まあ流してりゃ大体勝つ」とかいう返事が来た。
どう考えても流してなかった。見ててすげーハラハラだったw
でも改めて堀さんおめでとう。
やっぱり自分が強いと思う打ち手が勝ってくれるのは嬉しい。
そんな事を思った一日だった。
しかし最近協会員がオープンタイトルで強いねえ。
松本といい佐月といい近藤千といい、
僕もなんか決勝とか残りたい・・・・
おまけ:
ちなみに僕が堀さんに会ったのは第7期優駿杯(棋士会主催のオープンタイトル)のベスト16、
今から13年前です。
当時20代前半の僕は、
どうも堀さんに自分のリーグとかを偉そうに話してたらしい。
その事をまーったく覚えてなかったのが、それを数年後にその事を指摘された時は「自分にもそんな時代あったのね・・・」とか顔から火が出るほど恥ずかしくなったw
そしてその大会のベスト8(準決勝)のトーナメントで、
大接戦からチョンボして吐きそうになりながら会場を後にしたのは今でも良く覚えている・・・・・・(--;)
2017年8月23日水曜日
私見にともなう麻雀プロ紹介その9:賀佐裕樹
ラベル:
私見にともなう麻雀プロ紹介
今回の記事は特に本人の許可を取ってません。
※連絡先を知らないので取り様がなく^^;
というわけでこんな社会の末端のブログながらも、
もしも苦情が来たら削除します。あしからず。
・
・
・
さて表題にある通り、今日書くのは私にとって協会に残っている数少ない先輩の一人、、
協会1期生の賀佐裕樹さんであります。
年齢不詳。協会1期からいるので推定40歳。
趣味不明。
職業不明。
僕との接点は特に無く、会話をした事一切なし。
ここまで長く同じ団体にいて一度の会話もない人って、東京住まいのプロの中では賀佐さんくらいの物・・・・
協会員の中でも彼と仲がいいって人をほとんど知らないので、あまり社交的に他のプロと絡むタイプではない模様。
そういえば朝倉ゆかりは接点があるとか言ってたな。
・
・
・
「じゃあなんでお前この人の記事書いたんだ?」
というツッコミが聞こえそうなのでお答えしましょう。
実は賀佐さん、
地味に数々の協会レコードを持っている方だからです。
まず今回の記事を書こうと思った発端、
今期この方が作った協会記録について紹介しようかと。
まず今期前期Dリーグ最終成績をご覧ください。
賀佐さんが9位で昇級しております
https://twitter.com/ClubNPM/status/896296971580751873
そして次に、
当協会の福井さんが趣味で作ってる以下データをご参照ください。
https://docs.google.com/spreadsheets/d/1zZkqhFdDH8oda1UK1hw-EfUt-bwJOZIhtOJDm8x6kMA/
これにより判明したのですが、
賀佐さんは今期の昇級が16年目の協会選手生活において初となっております。
※最高位在籍時代もあったはずなので、その時は昇級していると思われる。
しかも彼は協会在籍からの16年間リーグ戦に皆勤で出場しており、
今回が23期目のリーグ戦、
23期目および16年目にいたっての”初昇級”、これは文句無く協会新レコードであり向こう10数年破られる事は無いと思われます。
なんせ1期から在籍していないとそもそも樹立できなかった記録、
そして女流しか出てない人や地方所属に似た年数の記録はありますが、ここまでの皆勤者が樹立というのは、次点をさがすのが面倒になるほどのずば抜けた記録なわけです。
まあ一つこの背景を書くのであれば、
賀佐さんは協会デビューがB1リーグ、
つまり極めて昇級しにくい所からスタートし、何回もの残留をしている点にあります。
そういった特殊事情もなければなかなかに難しいこの記録なわけで。
そして他にも幾つか賀佐さんの持つレコードを紹介。
まず在籍したリーグ数
B1, B2, C1, C2, C3, Dと6個のリーグを渡り歩いており、
これはA~C3を渡り歩いている土子、岸本、岸、綱川、矢島、小川、仲林、田内、蔵と並ぶ協会最多タイ記録となっています。
まあこれはその内破られるでしょうが。
そしてリーグ戦出場回数。
後期C3リーグが24回目のリーグ戦となり、これも近藤千雄と並んで協会最多タイ記録。
しかも千雄が現在通期リーグのB2に所属している事、賀佐さんが半期リーグ所属であることを考えるとおそらく来期単独首位になる見込み。
※次点の23回が宮崎 信一、橘 悟史、赤塚 修の3名。
ちなみに第7期に賀佐さんがB1から降級したときは、
”別卓”の浪江さんに最終日390P差を逆転されたという悲劇的な事もあったりしました。
これも推定ですが「別卓者に逆転された降級の最多ポイント差記録」なのではないかと。
さて、こうして改めて見て、
長いキャリアの中で改めて賀佐さんが色々な協会記録を持っている事が今回判明し
僕は素直に「競技を愛してるんだろうなあ」と感動を覚えてちょっと記事にしてみたわけです。
以前に違う記事で書いたのですが、競技の成績というのは所詮水物です。
協会で言えば土子みたいに、それなりのキャリアのある中堅がいきなり昇級を続けてAリーグに行く事もあれば、
長い間Aリーグにいた人がいきなり降級を続けて下位リーグに行くこともある。
そこからまた這い上がってAリーグに行くケースもあるんですね。最高位戦の宇野公介さんとかその典型かと。
淡々と競技を続けた末に作られたいくつかの記録、これは本気で賀佐さんの誇るべき足跡だと思うし、同じ競技選手として敬意を払ってます。
これからもこの記録を更新して、そしていつか上位リーグでまた戦う賀佐さんをちょっと見たい。
そんな思いを込めて締めくくりたいと思います。
・・・でも冒頭の通り、
賀佐さんご本人がこの記事不快に思ったら消します。
ご本人様、もしも何かありましたらご連絡ください^^;
とりあえず協会16年目にて初の会話を今度試みようかな、、、w
※連絡先を知らないので取り様がなく^^;
というわけでこんな社会の末端のブログながらも、
もしも苦情が来たら削除します。あしからず。
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・
さて表題にある通り、今日書くのは私にとって協会に残っている数少ない先輩の一人、、
協会1期生の賀佐裕樹さんであります。
年齢不詳。協会1期からいるので推定40歳。
趣味不明。
職業不明。
僕との接点は特に無く、会話をした事一切なし。
ここまで長く同じ団体にいて一度の会話もない人って、東京住まいのプロの中では賀佐さんくらいの物・・・・
協会員の中でも彼と仲がいいって人をほとんど知らないので、あまり社交的に他のプロと絡むタイプではない模様。
そういえば朝倉ゆかりは接点があるとか言ってたな。
・
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「じゃあなんでお前この人の記事書いたんだ?」
というツッコミが聞こえそうなのでお答えしましょう。
実は賀佐さん、
地味に数々の協会レコードを持っている方だからです。
まず今回の記事を書こうと思った発端、
今期この方が作った協会記録について紹介しようかと。
まず今期前期Dリーグ最終成績をご覧ください。
賀佐さんが9位で昇級しております
https://twitter.com/ClubNPM/status/896296971580751873
そして次に、
当協会の福井さんが趣味で作ってる以下データをご参照ください。
https://docs.google.com/spreadsheets/d/1zZkqhFdDH8oda1UK1hw-EfUt-bwJOZIhtOJDm8x6kMA/
これにより判明したのですが、
賀佐さんは今期の昇級が16年目の協会選手生活において初となっております。
※最高位在籍時代もあったはずなので、その時は昇級していると思われる。
しかも彼は協会在籍からの16年間リーグ戦に皆勤で出場しており、
今回が23期目のリーグ戦、
23期目および16年目にいたっての”初昇級”、これは文句無く協会新レコードであり向こう10数年破られる事は無いと思われます。
なんせ1期から在籍していないとそもそも樹立できなかった記録、
そして女流しか出てない人や地方所属に似た年数の記録はありますが、ここまでの皆勤者が樹立というのは、次点をさがすのが面倒になるほどのずば抜けた記録なわけです。
まあ一つこの背景を書くのであれば、
賀佐さんは協会デビューがB1リーグ、
つまり極めて昇級しにくい所からスタートし、何回もの残留をしている点にあります。
そういった特殊事情もなければなかなかに難しいこの記録なわけで。
そして他にも幾つか賀佐さんの持つレコードを紹介。
まず在籍したリーグ数
B1, B2, C1, C2, C3, Dと6個のリーグを渡り歩いており、
これはA~C3を渡り歩いている土子、岸本、岸、綱川、矢島、小川、仲林、田内、蔵と並ぶ協会最多タイ記録となっています。
まあこれはその内破られるでしょうが。
そしてリーグ戦出場回数。
後期C3リーグが24回目のリーグ戦となり、これも近藤千雄と並んで協会最多タイ記録。
しかも千雄が現在通期リーグのB2に所属している事、賀佐さんが半期リーグ所属であることを考えるとおそらく来期単独首位になる見込み。
※次点の23回が宮崎 信一、橘 悟史、赤塚 修の3名。
ちなみに第7期に賀佐さんがB1から降級したときは、
”別卓”の浪江さんに最終日390P差を逆転されたという悲劇的な事もあったりしました。
これも推定ですが「別卓者に逆転された降級の最多ポイント差記録」なのではないかと。
さて、こうして改めて見て、
長いキャリアの中で改めて賀佐さんが色々な協会記録を持っている事が今回判明し
僕は素直に「競技を愛してるんだろうなあ」と感動を覚えてちょっと記事にしてみたわけです。
以前に違う記事で書いたのですが、競技の成績というのは所詮水物です。
協会で言えば土子みたいに、それなりのキャリアのある中堅がいきなり昇級を続けてAリーグに行く事もあれば、
長い間Aリーグにいた人がいきなり降級を続けて下位リーグに行くこともある。
そこからまた這い上がってAリーグに行くケースもあるんですね。最高位戦の宇野公介さんとかその典型かと。
淡々と競技を続けた末に作られたいくつかの記録、これは本気で賀佐さんの誇るべき足跡だと思うし、同じ競技選手として敬意を払ってます。
これからもこの記録を更新して、そしていつか上位リーグでまた戦う賀佐さんをちょっと見たい。
そんな思いを込めて締めくくりたいと思います。
・・・でも冒頭の通り、
賀佐さんご本人がこの記事不快に思ったら消します。
ご本人様、もしも何かありましたらご連絡ください^^;
とりあえず協会16年目にて初の会話を今度試みようかな、、、w
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